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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

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精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~
精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~ 精霊と人間の歩む道~イナテミスの精霊祭~

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●人間の思惑、精霊の思惑。
 イルミンスールの思惑、イナテミスの思惑。


「シャンバラの誇る腹黒四天王が、揃いも揃って帝国に完全服従を決め込むとは思えん。今は雌伏の時。……そうだろう? アーデルハイト女史」
「誰が腹黒じゃ、用意周到と言ってくれんかのう。私をラズィーヤやジェイダス、肥満と一緒にしてもらっては困る。……それに、いつでも本音ばかり口に出すことが必ずしも正しいとは限らんのじゃぞ?」
「腹黒な人はだいたいそう言うですぅ」
「おまえは黙っとれ!」
 『精霊指定都市イナテミス』の町長が執務をこなす建物、その一つの部屋にパートナーと共に腰を下ろすエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)の言葉に、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が不満混じりに答え、茶化したエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)を黙らせる。
「……しかし、建前ばかりでは人の心は離れていく。此度の精霊指定都市成立も、精霊を帝国の矢面に立たせるためとミサカから聞いた。それは本当か?」
 その言葉に、アーデルハイトの返答はない。エリオットが続ける。
「精霊を守るために今までみんな頑張ってきたのに、その精霊を帝国の矢面になど、これまでの努力を馬鹿にされてる気分になる。……これは友人の言葉だが、失礼ながら私も同意見だ。我々は精霊を楯にするために戦ってきたと言うのか?」
「エリオットさん、それは言い過ぎです。……事実はそうかもしれませんけど、少なくとも私は、イルミンスールの皆さんに利用されているとは思っていませんよ。戦うことになったとしても、それは承知の上です」
 まくし立てるエリオットを、ミサカ・ウェインレイド(みさか・うぇいんれいど)がなだめるように口を挟む。その間も、アーデルハイトは未だ沈黙を保っていた。
「大バ……ハイジ様。自衛力を固める方針はわかりましたけど、ミスティルテイン騎士団は今後どのように関わってくるのですか?」
「フリッカ、まだ質問は終わってないのですよ」
 身を乗り出して尋ねるフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)を、隣に控えていたルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)がフリッカの思いを察しつつ、なだめて元の位置に座らせる。
「……それは、まあ、色々と難しいことになっとるのじゃよ。精霊指定都市成立のことも、ミスティルティン騎士団のことも、な」
 いつになく歯切れの悪いアーデルハイトの様子は、何をどう話すか決めかねているようであった。
「……我々はここに、知るために来た。内容についての判断はとりあえず置いておく。だから話していただきたい、アーデルハイト女史」
 少なくとも話す意思はあるのだと悟ったエリオットがやや表情を緩め、アーデルハイトに話の先を促す。
「うむ……」
 どこか観念したように、アーデルハイトがゆっくりと口を開く――。

「……人も精霊も、ゴブリンたちだって獣たちだって、誰もが幸せに暮らせる世界が作りたいのよ。昔のヴィオラみたいな思いをする人がいない世界をね」
 同じ頃、イナテミスから北西に行った先、闇黒の精霊の都市の中心部に居を構えていたケイオース・サイフィード(けいおーす・さいふぃーど)の下には、アナタリアに案内を受け、ヴィオラを連れて茅野 菫(ちの・すみれ)が訪れ、これまでの出来事を踏まえた自分の思いを告げていた。
「ミーミルやネラ、そして私が得た安息の地が、イルミンスールが再び混乱の渦に巻き込まれるのは、辛い。……私の力なんて無きに等しいが、それでも、菫が願う世界を作るために、私も力になりたいと思う」
「ヴィオラ……いいの? ヴィオラは被害者なんだよ、それなのに――」
「菫。私は、自分のことを被害者などと称するつもりはない。ただ私が、私の名付け親で、そしてかけがえの無い友人であるあなたがやろうとしていることに力を貸す、それだけのことだ」
 菫の言葉にヴィオラが微笑で答え、そして視線をケイオースへと向ける。視線を向けられたケイオースはしばし沈黙を貫いた後、ゆっくりと口を開く。
「……俺も、君たちの意見には賛同したい。だが……」
 歯切れ悪く答えるケイオースに、菫が詰め寄る。
「どうしてそこで言い淀むの!? あたしたちがこれまで精霊たちと力を合わせてきたことは何だったの!?」
「菫、落ち着いて」
 アナタリアが間に入り、菫をなだめる。
「……そうだな。言わずにいることは、まずもって君たちに失礼だ。済まない、今の態度は詫びよう」
 呟いたケイオースが謝罪の言葉を告げ、そして改めて口を開く。
「まずは、俺たち精霊のことについて話させてくれ。……君たちは既に、それぞれの属性の精霊がシャンバラに縄張りを持っていることは知っていると思う。そして、ここからは初めて話すことだと思うが……精霊は他国にも、縄張りを持っている」
「それって……つまり、エリュシオンにも、ってこと?」
 菫の言葉に頷いたケイオースが、言葉を続ける――。

「エリュシオンに住まう精霊方は、わたくしたちがシャンバラと交流を持つより早くから、エリュシオンと交流を持ち、独自の文化を築き上げてきたようです。おそらく、今ここで見られるよりも遥かに優れた技術が、用いられていることでしょう」
 同じ頃、イナテミスから北東に行った先、光輝の精霊の都市を訪れていた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)を案内しながら、セイラン・サイフィード(せいらん・さいふぃーど)が組み上げ途中の建物に触れて言葉を発する。
 セイランは、特に光輝、闇黒、炎熱の精霊の都市は、イナテミスの様式にザンスカールの技術を取り入れたものであると説明していた。外観はイナテミスにある建物に酷似し、内装はザンスカールの魔法技術で動作する家具を使用していることが確認できた。そしてエリュシオン帝国内の精霊の縄張りでは、ここよりもっと違った、そして、おそらくは優れた作りになっているだろうとのことであった。
「精霊という種族が備えている知識の貯蓄と利用は、実は同じ国同士の精霊に限られていた……そうでしたわよね、セイラン様?」
 イオテスの言葉に、セイランがええ、と頷く。
 つまり、精霊という種族全てが同様の知識を有していると思われていたのは違っていて、実際は『シャンバラの精霊』『エリュシオンの精霊』で有する知識は異なっていたのである。
「……エリュシオンに住まう精霊方が、わたくしたちシャンバラの精霊と友好的であるかどうかは、わたくしには分かりかねますわ。……同じ精霊でありながら、わたくしには彼らの思うことが分からない……」
 精霊には珍しく、分からない、と呟いたセイランが、憂いを含んだ表情を浮かべ、エリュシオンのある方角を見つめて言葉を続ける――。

「人間は、人間同士でワケ分かんないことになってる。……そして精霊も、精霊同士でワケ分かんないことになるかもしれない。そうなった時に、エリュシオンの精霊にあたいたちシャンバラの精霊は勝てない。……こんなこと言いたくないけど、でもあっちの精霊の方がずっと頭いいし、強い……と思う。縄張りにいるあたいたちを一斉に攻撃して倒すことだって、出来るかもしれない。だからあたいたちは『精霊指定都市』成立に乗った。向こうがシャンバラの精霊をエリュシオンの矢面に立たせる、それならこっちもシャンバラをエリュシオンの精霊の矢面に立たせるつもりで」
 同じ頃、『氷雪の洞穴』では、今回の顛末に納得出来ない様子の十六夜 泡(いざよい・うたかた)リィム フェスタス(りぃむ・ふぇすたす)レライア・クリスタリア(れらいあ・くりすたりあ)を連れ、カヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)に思いのたけをぶつけていた。
「カヤノ、なんですんなり了解したの? カヤノにだって今回の『精霊指定都市』の意味、少なからず分かってるはずよね?」
「正直な所、まだ私は納得できない……いえ、多分これからも納得する気はないと思う。だってそうでしょう、誰がどう見たって精霊達を盾として扱ってるじゃない!」
 泡の発した言葉に対し、カヤノはエリュシオンの精霊のことを話した上で、以上のように告げたのであった。
「……だけどさ、ホンネとタテマエっていうの? そういうのってすっごく嫌じゃない。イナテミスの人だって、あたいがヒドイことして、その後も散々な目に遭ってるのに、逃げないでずっとここにいる。だから、あたいたちはイナテミスに集まって、一緒になってイナテミスを守る。何があってもあたいたちは逃げない。イルミンスールがどう、ザンスカールがどう、ってことまであたいには分かんないから他の精霊長に任せたけど、あたいがしたいのはそういうこと」
 そう言い切ったカヤノの表情は、淀みのないすっきりとしたものであった。
「……カヤノ、わたしは泡と共に歩いて行くと決めた身。カヤノが氷結の精霊長として納得して決断をしたのなら、それに関しては何も言わない。……でも、一つだけ、親友として言わせて」
 レライアの眼差しが、真っ直ぐにカヤノを捉える。
「この先何があっても、自分の行った選択に後悔しないで、いつものカヤノのままでいて。精霊長が弱気になると、他の精霊達も不安になってしまうから」
「な、何よレラ。まさかあたいがうじうじ悩むようなキャラだって言うの?」
「そう言っているわけじゃないわ。カヤノにはリンネさんや泡達イルミンスールの生徒……いえ、学校関係なく皆さんが力になってくれるはず。だから一人で抱え込んで不安にならないで、素直に助けを求めて頂戴。……そうですよね、泡?」
 レライアに視線を向けられて、泡が強ばっていた表情を微笑に変えて答える。
「カヤノ……いえ、精霊にそこまで言われて、私たち人間が答えないなんて考えられないわ。もしこの地が危険にさらされた時は、この身を呈してでも絶対に守ってみせる。これは私、十六夜泡という一人の人間としての言葉よ」
 泡、そしてレライアの言葉に、カヤノが照れくさそうに視線を逸らす。
「……ありがと。困った時は、頼りにさせてもらうわ」
「お話は済んだようですね。さ、皆さん、折角のお祭りなんですから、街の方へ行っていっぱい楽しみましょー! 先の事を考えたって、出来る事は限られてるんです。未来も大事ですけど、今を楽しめなくちゃ未来だって楽しめませんよ!」
 それまで泡のポケットの中でじっと話に耳を傾けていたフェスタスが、ぴょこっとポケットから飛び出して元気に告げる。
「……そうね! じゃあレラ、一緒に行こっ!」
「ふふ、そうね、カヤノ」
「ちょっと、二人で抜け駆けは禁止よっ。私も混ぜなさいよね」
「私も忘れてもらっては困りますよー」
 カヤノとレライアが手を取って二人駆け出すのを、泡とフェスタスが笑みを浮かべて後を追う。
「そういえば、『メイルーン』は元気かしら? 順調に回復していれば良いんだけど」
「問題はないみたい。まだ自由に動けるようにはなってないけど、そのうち一緒に遊べるようになるわよ」
 そんなことを話しながら、一行はイナテミス中心部へと足を向ける――。