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地球に帰らせていただきますっ!

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地球に帰らせていただきますっ!
地球に帰らせていただきますっ! 地球に帰らせていただきますっ!

リアクション

 
 
 始まりの場所 
 
 
 眼下は一面緑に覆われていた。
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)の地球のイメージは、人工の街……そう、たとえば東京のような。その印象が強かったのだけれど、こういう場所もあるのだと知り、カルキノスはほっとした。
 元々、龍族は自然の維持に責任があるとカルキノスは思っている。皆には言っていないのだが、かなりの年月を生きているのだから。
 そしてこの地球は上から見ると、身体を削られ苦しみ疲弊しつつある場所だとよく分かる。
 空京からの新幹線が到着したのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の実際の故郷である日本だったが、空は灰色の重い淀みに包まれていたし、水も汚れていた。
 恐らく、ここのように緑の生命に溢れた場所は、もうそんなに多く無いのだろう。だからこそ、この場所に、ルカルカの原風景があるということに、カルキノスは驚きもしたし納得もするのだった。
 す、と高度を下げ、カルキノスは地上へと降りてルカルカと合流する。
「行程は間違っていないようだぜ」
「ありがとう。覚えてるつもりではいるけど、何年か経っちゃってるからねー」
 生命力溢れる森はすぐにその形を変えてゆく。以前来た記憶を辿ってはいるけれど、カルキノスが上空から確かめてくれるのは有難いと、ルカルカは汗を浮かばせた顔を綻ばせた。
 
 
 地球への里帰りを考えたとき、ルカルカの頭に浮かんだのは実家ではなく、自分の原風景たる場所だった。
 自分の心の故郷、原風景をパートナーと訪れたい。自分の始まりを知って、見て、感じて欲しい。
 そうルカルカが言うと、パートナーたちは皆肯いてくれたけれど、その場所の説明を受けたときにはさすがに驚いた様子を見せた。何故そんな場所が原風景なのかと。
 それはナイルの源流。最初の1滴が生まれる場所――だったから。
 
 密林踏破用の装備は、ルカルカの家にあるものを利用した。
「淵は子供の頃のルカの物、俺は父親の物、カルキは種族的にそのままで十分だ」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が振り分けた装備を受け取り、夏侯 淵(かこう・えん)はけげんな顔になる。ルカルカがそこに行った時の装備だというそれは、どうみても子供用だ。
「ルカ御主、何歳でその、なんとかという場所まで行ったのだ?」
「中学に入学した記念にだから、12歳になる直前かな」
「その場所の詳細は知らぬが、俺の想像が間違ってなければ、普通の子供には無理なのではないか?」
 借りた装備は本格的なもので、そこからも目的地への道の困難さが推し量れようというものだ。
「確かにキツかったけど、すごく良い経験だった……」
 その時のことを思い出しているルカルカの表情はとても輝いていて。だから淵は、自分に合う装備が子供用であることにも文句は言わず、この旅に加わったのだ。

 旅は何日にも及んだ。虫が多く、寝る時には寝袋の上から毛布でガードしなければならなかったし、ワニ等の危険な猛獣もいるから交代での見張りはかかせない。
 けれど皆でテントにぎゅうぎゅうになったり、会話したり食事をしたり――料理の中に襲ってきたワニの肉もあったのはこの場所ならではのご馳走と言うべきか――、怖いくらいたくさんの星を見上げたりするのは、心浮き立つ経験だった。
 体躯が小さい淵も、鍛えてあるから他の者に後れを取ることはない。
 ダリルは道中の生物を興味深く観察し、事前に予習してきた知識を披露もした。
 河を何日も遡った後、彼らは目的地への最後の行程、険しい山の奥深くへと足を踏み入れる。
 道らしい道など無い。緑が人間を圧倒する場所。
 そんな中を進んでいると、自然が人の上位の存在だと、そして人間はその一部だと、改めて実感する。
 
 そして遂に、彼らはそこに辿りついた。
「ここがルカの家族の思い出で原風景。心の故郷、改めて生を受けた場所、失ってはならない世界。ここをみんなで見られて良かった」
 ルカルカが指した最初の1滴の場所には、それを示す看板が立っている。一体どのくらいの人がこの源流を目指し、そしてこの岩肌の草から染み出すような小さなはじまりの場所に到達できたのだろう。
「小さい場所だな」
 淵はにじみ出している水に手を触れた。
「うん。ほんとに小さな水。でもこれが各地の川と合わさって、あのナイルになるの」
「何事も、初源とはそういう物なのたろうな」
 川も然り、歴史の流れも然り、環境の変化、国の興亡も。
 兆候や変換点とはそういう物だと、淵は思う。
「ここに来た体験が、今のルカの始まりになった。正直キツかったけど、両親が色々遊びの中で教えてたことが役に立ったの。2人が教えてくれてたのは、こういう事なんだって」
 生きていくこと。どんなところでも生き延びる術。
 自分が何者であるか、何の一部であるか。何と共に生き、何を守り、何に還るか。
 理屈でなく心の深い部分でルカルカはそれを感じたのだ。
「だからある意味、ルカはここで生まれ直したのかもね」
 ルカルカはいとおしむようにナイルの源流、そしてそれを取り囲む大自然に目をやった。
 その様子を見てダリルは思う。
 原風景という言葉は、大抵の場合少々の痛みを伴うものだ。朧気に霞んだ記憶の光景は、どれもそんな良い物ではない。だが、ここで皆と星を見るうち、共に源を目指すうち、錯覚かも知れないがダリルに共感が湧いた。
(ここなのだ……)
 その瞬間、ダリルの心の故郷、原風景もここになったことを、まだ彼自身は気づいていないのだが。
 清らかな水の流れに目をやったまま動かず、カルキノスは思う。地球が地球のまま健やかにあるこの場所の貴重さを。
 
 どのくらいその水を見つめていただろう。
 淵はルカルカに向き直った。
「よい体験をさせてもらった。ここがルカの『始まりの場所』なのだな」
 始まりは小さな水から。
 けれどそれがあるからこそ、大河は流れる。
 そんな最初の1滴の湧くこここそが、ルカルカの原風景、始まりの場所なのだった――。