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仮初めの日常

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仮初めの日常

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 寮でポストを確認する優子の肩がぽんと叩かれた。
 振り向いた彼女の頬に、指がぷにっと食い込んだ。
「よっ」
「なんだ……ミューレリアか」
 優子はくすりと笑みを浮かべて、ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)の指を下ろさせた。
「これ、なんだと思う?」
 ミューレリアは魔道書を一冊、優子に渡す。
 ぺらぺらと優子は魔道書を捲るが、その難解さに眉間に皺を寄せていく。
 それは、転送術に関する魔道書だった。
「才能と努力次第で離宮へ行ける、かもしれない本だぜ」
「封印が完全な状態ではいかなる転送術者でも行けはしないはずだが……」
「だけど、アレナは死んだわけでもないし、離宮が永遠に手の届かないところへ行ったわけでもない。結界を突破できる術を習得できれば、アレナのところにいけるハズ!」
 アレナは眠っている状態で、起こすことは出来ないだろうけれど。
 いや、起こすことだって、短い時間なら可能かもしれない。
 短時間なら代わりの結界で離宮を支えることも出来るかもしれない。
「魔道書の中にはそういう魔法が眠ってるかもしれないし、無いなら自分が作ればいいんだぜ」
「魔法には疎くてな……」
 全く使えないわけではないが、優子は魔法に精通していない。
「ヴァイシャリーの土地を買い占めて離宮を復活させても良いし、アレナの復活が数百年後になるとかなら、英霊になって迎えに行ってあげればいい」
 ミューレリアのそんな言葉に、優子は僅かな驚きの表情を見せる。
「というわけで、戦友。落ち込んでる顔は似合わないぜ?」
 にやりとミューレリアは笑顔を浮かべる。
 優子も少し笑みを浮かべ……それから、軽く吹き出して、声を上げて笑った。
「ははは、凄い発想だな。大丈夫、落ち込んでない。希望も沢山見えてきたよ。ありがとう、ミューレリア。地上に戻ってこられて、本当によかった」
 優子は微笑みながら、ミューレリアに礼を言う。
「私は自分が出来ることも、しなければいけないことも、全て放り出してしまうところだった。それでも、アレナと一緒にとあの時は思っていたけれど……一緒に残ってくれる人がいて、キミ達がこうして私を連れ戻してくれて、だからこそ目指せる未来がある、希望がある。自らの手で掴むことが出きる。ありがとう、感謝してるよ」
 優子は指を伸ばして、ぷにっとミューレリアの頬につっついた。
「そうか、それならいいんだ。それじゃ、また明日、な?」
「また明日」
 笑いあって、手を振り合って。
 ミューレリアは校舎の方へ、優子は寮の中へと歩いていった。

 寮の部屋に戻って、優子はベッドの上に腰掛け、届いていた手紙を確認する。
 個人からの手紙は、関谷 未憂(せきや・みゆう)樹月 刀真(きづき・とうま)から届いていた。
 未憂の手紙には、感謝と彼女が分校と集まる人々を好いているという気持ち、それから分校名についての提案が記されていた。
「分校名については……あとは、サルヴィン分校、川岸分校という案が出ているようだったな」
 分校に顔を出した際に、役員達からそのような話を聞いてはいた。
 ただ、川岸というほど川の近くでもないということもあり、まだ決定はしないでいた。
 未憂の提案はこうであった。

 ”学校に通っていない者も、契約者ではない現地人も、誰でも通える”
 ”全ての人が集まる、集まれる場所”
 挨拶回りの時、神楽崎先輩がおっしゃっていた理念が今も変わらないなら
 「若葉分校」という名前はどうでしょうか。

 私達はまだまだ、若く幼く、無知で未熟です。だから
 「これから育ってゆく人達の集まる場所」という意味を込めて。
 いつか老い、枯れ朽ち果てるまで自分を育てられるように。


「若葉分校、か……。そうだな、この案をいただくとしよう」
 微笑みながら、優子は未憂にメールで礼の返事を送った。
 それから、刀真からの手紙を開く。
 こちらは手紙というよりメモだった。
 その紙には一文だけ記されていた。

『俺は諦めていません、君はどうです?』

 しばらくの間、その文字をじっと眺めた後。
 優子はメールで刀真に返事を送る。

『諦める? 何をだ。
 離宮での尽力に深く感謝している。
 ラズィーヤさんへの提案も聞かせてもらった。
 またキミと共に戦える日を楽しみにしている。
 次は私からキミに剣の試合を申し込ませてもらうかもな』