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第11章 ヴァイシャリーの今

 運河を行き交う船も、ゴンドラも、通常に運航されている。
 民家や店も、修繕工事を終えて、人々も普通の暮らしに戻っていた。
 怪我人も殆ど見かけなくなった。
 観光客や買い物客で今日も街中はとても賑わっている。
「うわあ〜、美味しぃぃ〜♪」
 生クリープたっぷりのイチゴケーキを一口、口に入れたクラーク 波音(くらーく・はのん)は、目をぎゅっと閉じて、味わっていく。甘くて、ほんの少しすっぱい。
「こうしてイチゴに生クリームをたっぷり付けて〜♪」
 続いて、イチゴに生クリームを絡ませて、零れ落ちないよう注意しながら口の中に入れていく。
 ふわふわクリームの後に、イチゴの甘酸っぱさが口の中に広がっていく。
「ん〜、サイコー♪」
「ララもぉ、イチゴさん食べるよぉ♪」
 ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)も、イチゴをぱくりと口に入れる。
「あとぉ、バナナさんとぉ〜、メロンさんもぉ〜。それから、アイスさん〜」
「どんどん食べよ〜♪」
「わあ〜い、冷たあい」
 ララはフルーツたっぷりのフルーツパフェとアイスミルク。
 波音の前には、イチゴケーキのほかに、マロンとマロンのクリームを使った、モンブランのようなケーキにアイスミルクティーが並んでいた。
「うふふふ、幸せそうですね」
 2人が楽しそうに、美味しそうに食べる姿に、アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)は微笑みを浮かべる。
 アンナが注文したのはチョコレートケーキとアイスストレートティー。
 チョコレートケーキはビターだ。
 3人は、運河の側のオープンカフェでお茶を楽しんでいた。
 情勢のことは良くわからないけれど、建国が成されて、ヴァイシャリーにも平和が戻ってきたということを知って。
 久しぶりに景色とヴァイシャリーのちょっと高くて美味しいケーキを食べようということになったのだ。
「マロンのケーキも美味しい〜♪」
 続いて波音が口にいれたマロンのケーキも、栗の風味が効いた甘いクリームが絡んでいて、とってもとても甘くて美味しかった。
「あー、アンナのケーキやララのフルーツパフェも食べたいっ! えへへっ♪」
 そして、波音はイチゴケーキをちょっと切って、フォークで刺し、ララの口の方へと差し出す。
「あ〜ん」
「あ〜ん」
 ララは可愛らしい小さな口を開けて、波音のケーキを食べて、自分のパフェのイチゴにアイスをちょっと乗せてスプーンで掬うと、波音の方に差し出した。
「波音おねぇちゃんもあーん」
「あ〜ん」
 そして、食べあいっこをして「美味しいーっ」と笑いあう。
「アンナもあ〜ん」
「アンナおねぇちゃんもあ〜んだよぉ」
 波音はマロンケーキを一切れ、アンナの口に向ける。
 ララはバナナにアイスを乗せて、同じくアンナの方へ差し出した。
「同時には無理ですよ。溶けちゃうのでララちゃんの方から」
 パクリとララのパフェを食べて、微笑んだ後、アンナはちょっと迷いつつも、自分のケーキをララの口に入れてあげる。
 それから、波音のマロンケーキもいただいて、代わりに同じくチョコレートケーキを波音の口にも運んだのだった。
「んー、どうでしょう?」
「甘いんだけど、苦いよぉ」
「ホント、苦味があるね!」
「やっぱりちょっと苦手な味だったでしょうか」
 アンナはくすっと笑いながら、アイスティー飲んで、2人の顔やヴァイシャリーの風景を楽しんでいく。
「生クリームと一緒に食べるとちょうどいいかも〜。フルーツとも合うよっ」
 波音はイチゴケーキの生クリームを口の中にいれて、味の調和にうんうんと頷く。
 それから、ナプキンを手に取ると、ララの口の周りについているクリームを拭いてあげる。
「ありがと〜。アイスと一緒だと苦いケーキも美味しいよぉ〜♪」
 拭いてもらった途端、ララはまたアイスクリームを口の周りにつけていく。
「それはよかったです。ほろ苦い思い出にならなくて」
 にこにこ、アンナは笑みを浮かべる。
 空から降り注ぐ明るく、暖かな光に負けないほど、少女達は明るく楽しそうに輝いていた。

「笑い合う人の声が聞こえますぅ」
 川沿いの道を歩きながら、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)が微笑みを浮かべた。
「お洒落なオープンテラスに、女の子達が集まっているみたい。寄っていく?」
 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)が、盲目の日奈々の手を引きながら尋ねる。
 日奈々は少し迷った後、首を左右に振った。
「もう少し、千百合ちゃんとこうして歩いていたいですぅ……。迷惑じゃなければ……」
「迷惑なんてことあるわけないじゃん! あたし……日奈々を守ることができて、本当に良かった」
「千百合ちゃんが……無事で、よかったですぅ……」
 日奈々は繋いでいる手に力を込める。
 日奈々も親とはぐれてしまった子供を守ることが出来た。
 だけれど、とても大切な千百合を危険な目にあわせてしまったことがやっぱり残念で……。
 自分は、足手まといにしかなれないのかなと、不安な思いを抱えていた。
「心配かけてごめんね」
 千百合もぎゅっと日奈々の手を握る手に力を込めた。
「心配かけなくて済むくらい強くなりたい」
 そう、千百合が呟くと……日奈々は軽く首を横に振った。
「どんなに、強くても……心配ですぅ。千百合ちゃんの……役に、立ちたいですぅ……」
「あたしはちょっとくらいの怪我なら全然平気だから! 日奈々が治してくれるしね。側にいてくれるから、出来ることだよ」
「側に、いたいですぅ……いて、下さいですぅ」
「もちろん!」
 ぐいっと千百合は日奈々の手を引いた。
 そして、引き寄せた日奈々のことを軽く抱きしめて。
 柔らかな髪に手を伸ばし、そっとそっと壊れ物を扱うように撫でていく。
「そばに、いようね」
 こくんと日奈々は首を縦に振って。
 千百合の肩に頬を寄せた。
「千百合ちゃん、大好きですぅ……」
「あたしも、日奈々が大好きだから、大切だから……あたしが守る、絶対」
 再び手を繋いで、離れないように強く繋いで。
 ヴァイシャリーの細い道を、2人きりで一緒に歩いていく。