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第四師団 コンロン出兵篇(序回)

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第四師団 コンロン出兵篇(序回)

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空路 7
タシガンまでの空
 
 
 交渉はひとまず成功した。
 これで東側であるタシガンを無事通過できることになり、貴族の許可を得て補給を行うこともできる。タシガン通過の緊張は緩和されたとは言える。
 とは言え、教導団にとってゆっくりできる場所ではなく、戦闘も控えている。
 飛空艇は、それぞれの思いをかかえ、タシガンまでの空を飛ぶ。
 各艦では、交替で見張りや兵の訓練が行われたり、整備から掃除まで各々が任務に就いている。
 
「トイレ詰まり? 衛生担当に……いや自分で何とかしてくれ」
 というのは、ダリル。なんで俺ばかり……という思いもあるが(誰だ、雑用係とか言うのは!「即答で指示してくれるからじゃん」とルカルカの優しい声も届いてくる)。
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は兵たちを編成し束ねる役目も負っているので、頼られるのも仕方ないことであるが。
 兵種はもと部隊長や李梅琳の率いていた兵等種々混ざっているが、今はルカルカの率いる獅子の牙隊やレーゼセイバーズ等、鋼鉄の獅子独自の部隊を形成していると言えた。これは、他の部隊にも言えることであったが。とにかく、今回運べるのは艦の収容人数分である。空路が確保できそうなので、順次、運び入れられるようになるだろう。勿論、まずはこの第一陣が無事、コンロン入りすることなのだが……まだ、雲海を無事抜けられるかは、わからない。
 夏侯 淵(かこう・えん)は、ルカルカ不在時の担当として戦闘に向けて訓練を詰めていく。とくにこれまでも兵の指導にあたってきたルカルカの組なので、その能率は大幅に上がった。空賊との戦闘経験があることも強みであった。とくに空中で動かせる兵力である鴉兵には、対空賊用の戦術をよく教えておく必要がある。旗艦では鴉兵を束ねる一条がやはり空賊との戦闘経験があるのでこの点を徹底させた。
 ルカルカが運び込んだ大量のチョコバーもある。「疲れたらチョコバーね♪」と。鴉兵に人気だった。
「よし、チョコバー食べ終わったら、次、班交代!」
 鴉への支給武器は主に、弓となっていた。
「銃もよいが、やはり弓だ」
 弓なら、夏侯 淵(かこう・えん)。「銃はルカに任せる、弓は俺。叩き上げ、鍛えてやるぞ……!」ふふ、と淵は微笑んだ。
「だいぶ、錬度も上がってきたか」
 月島もルカルカと交替で訓練を受け持っている。
 兵の訓練だけではない、ルカルカは、最終的には編隊飛行での戦闘までを目算に入れており、この点は、同じ教導団のクリーゲ・フォン・クラウゼヴィッツ(くりーげふぉん・くらうぜう゛ぃっつ)のいう、訓練では、連携の取れた艦隊運動と対雲賊用の陣形の素早い展開・構築に努めるべしとの意見と一致していた。
 湖賊艦で操舵関連を教えてもらっていのは、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)である。先輩の夏野夢見や頭のシェルダメルダに手取り足取り教えられ……?
 航空科なので、知識は十分にある。
「知識だけじゃダメよ」
 と、夏野が言う。
「ハ、ハイ……」
 パートナーの一人、綾小路 麗夢(あやのこうじ・れむ)はそんなフリンガーの様子を見ながら、自身は、雲海に入ったときのため、また空で遭遇戦になったときなどのため、航法の勉強と、日々、気流の読み方の実践に励んでいるのであった。また、ゴットリープの組も、教導団艦におけるルカルカやローザマリアの組のように、パートナーと交替で湖賊艦の訓練担当を兼ねている。兵らの連携や士気は、これにより確実に高まっている。
 
 しかし、艦隊を運用した戦闘法については、実戦経験も積んでいかないことには、おそらく勝手のわからない面もあるだろう。彼らの連携のとれた艦隊運用を見られるのは、まだ先のことになろうか。
 おそらく当面は、空の実戦力になるのは、小型艦や、あるいは個人が操る小型艇(小型飛空艇)やワイバーン、それから指揮に影響されるだろうが飛行能力のある鴉兵等であろうか。
 前衛・湖賊艦の先頭を行く小型艦。
 黒豹の旗が立っているのであった。この、唯一小型艦に進んで乗り込んだのは【黒豹小隊】初期からの隊員ロイ・ギュダン(ろい・ぎゅだん)
 それも、自らの経験を生かし第四師団の空挺部隊として小隊を育てていきたいという今後を見据えてのことだった。ひとまず、小隊の兵を二班に分け、自らとパートナーのアデライード・ド・サックス(あでらいーど・どさっくす)とでそれぞれを指揮する。
 更に、艦の周囲を飛来している、丸い小型艇を旅の冒頭で見た。空の色に溶け込んで確認しづらいのだが、十艘前後はいようか。無論、空中戦の戦力として期待がもてるだろう。
 南部平定の折に、シェルダメルダら湖賊勢力の旧知であるみずねこと共に、湖賊と教導団を助けた。みずねこ王国の王女となっていたミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)も、この度の出兵を知ると、みずねこたちに「またパーティをやろうぜ!」と誘いをかけたのだった。鴉兵と共に、南部から引き継がれた兵力となった。
 もっとも、湖賊同様、みずねこもまさか「みずからそらにあがることになろうとはにゃ」だったのだが、冒頭での通り湖賊艦同様、(小型)飛空艇に改良してもらい飛ぶこととなった。数人(数匹)乗りで、通常の小型艇程度だが、小回りが効き、また内海着後は、やはり船に変形できる。それまでは、こわごわだが……あるいは、訓練すれば雲海を思うように泳ぐことができるようにかもしれない。
 小型飛空艇については、各員が持ち物として所有しているものが幾つか収容されている。こちらは、戦闘時に出されることになる。
 それから、わずかだが、ワイバーンといった乗用の動物を持ち込んでいる者も……
 自身その世話をしているセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)
「そう言えば、いつまでもレッサーワイバーンだと呼びづらいですよね」
 その手伝いをしている瀬尾 水月(せのお・みずき)。それを聞いて、名前をつけたくてウズウズ、色々言ってみるが……
「ソクラテティヌスとかどうだ!」
「じゃあアリストテーリェンスとかどうだ?」
「アナクシメネスィスス……」
 ――「却下」「却下」「却下」
「さっきから何その哲学者もどき!? 大体、知っているのか」
「うーん。真面目に考えているんだけど……エ。全然知らないけど」
「?!」
 ともかく。もっとこう、厳つい感じじゃなくて……
「なんで採用されない!
 じゃあ……」
「もういい」セオボルトは無視しかけた。そのとき、水月に神が降臨した。
「ひらがなで可愛い感じにして、るねっでかると、とか」
 神の声だ。
「エッ。まじですか……」
「レッサーワイバーン、るねっでかると」
 レッサーワイバーンは喜びの声を上げた。「っえ? ……これで決まりですかポカーン」「よかった」
 タシガンの島が見えてくる。
 しかし島へは近付かず、島を覆う雲の影に隠れるようにしてあり、小島に向かって飛空艇団は速度を落としていく。
 

 
 タシガン領空の離れ島。
 ここでは、交渉に行っていた者たちと、合流した。
 黒豹小隊のジャンヌと、ロイ。隊長の黒乃音子は、現地で待っている。
「ジャンヌは交渉を成功させたか……!
 俺は、これからの戦闘を勝利に導いて小隊に貢献するぜ」
 外交官姿のままの水原ゆかり。ノイエのクレーメックやジェイコブらが迎える。ほっと一息つく水原。
「男装していった方が効果的だったかもしれない点が一つ、失点かと……」
「?」「水原が男装……」相手が薔薇であったので……なのだが。
 「……」アクィラはちょっと見てみたいと思った。
「レーゼ、ルカルカ」
 獅子の艦から出てきた月島。「レーゼはへたれることなく、よくやったらしいな」
「無論である!(あとから気付いたのだが、私が唯一の男性だったので薔薇的に狙われる可能性があったという。危なかった。貴族の趣味に合わなくて、よかったような、よくないような……?)」
 ルカルカはようやくパートナーらに合流。「ダリル、しっかり皆の面倒見てた? 淵、訓練の進み具合はどう? カルキ、何か変わり事は……」
 これまで軍を置いてきた見知った地ではあったが、堅苦しい交渉の場にも同行していたので……
「よしっ。戦闘直前までみっちり、訓練続行。体を動かさなきゃね。
 敵が来たら思いっきり暴れるよ!」
 クレアは交渉団の護衛に付き従ったエイミーにご苦労、とねぎらう。
「ボス。
 でも危なっかしいことが全くなかったのもオレとしては物足りないかと……まあ、撃墜とかされなくてよかったんだけど」
「うむ。それにこしたことはない。船の上で、存分に動いてもらうことになろう。
 補給まで受けられることになったとは。予想外に、凝った策略までは要らなかったようだ。それはそれでよいが……」
 この小島は、美麗な薔薇の学舎や、血筋の高いタシガンの吸血鬼らの住まう館などからは想像もつかないボロ島であった。それも、このようにあまり表立ってできない事のために用意してある場所なのであろうから、仕方なしとは思えたが。口数の少ない下位の吸血鬼が、淡々と補給の任をこなしている。それに数名の薔薇の騎士が侍っている。教導団には、とくに手伝ってもらう必要もないし、なるべく指定の区域からは出ないでもらいたい、とだけ告げられた。
 ともあれ、確実に得られる補給としてはここが最後になる。
 この他、今後の戦闘に備え、若干の兵の異動等も行われた。
 レナ・ブランド(れな・ぶらんど)は、マーゼンから湖賊艦にノイエ・シュテルンの精兵を借り受け、配置に就かせる。ここからは、戦闘のため厳戒態勢をとっていかねばならない。昼夜三交代でローテーションを組むつもりだ。
 他の艦でも、同じだった。ここからは、より態勢を厳しくしていかねば。
 
 このあと、いよいよ最初の戦闘……タシガン領空との境界に陣取る雲賊討伐となる。
 ――筈であったのだが、これに先行して偵察を出したところ、すでに基地はもぬけのからに近く、ほとんど人の姿は見えず、どうやら引き払ったようであるという。
 タシガンの貴族にもこのことを報告し、彼らを追って必ず討ち果たすことを述べた。貴族は、今回の補給点を経由して今後も通過を認める、但し何らかの形で通行税を払ってくれればいい、とのみ念押し伝えてきた。
 飛空艇団は、領空を抜け、コンロンの雲海に近付いていく。そこは、どこの領空ということでもないのだが、雲賊たちが好き勝手に暴れ回り彼らの縄張りと化している。