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リアクション
●町長室
衝撃波の襲来から数時間後、町長室はそれまでの様子を一変させていた。
「ここを情報網の中心にしたいのです。構いませんか?」
「ああ、役に立てるのであれば存分に使ってくれ。必要な物は――」
「必要な物ならここに。もしHCが必要であればお貸しします」
「……流石に用意がいいな。場所の用意を今させよう」
部屋の中は、樹月 刀真(きづき・とうま)が【アルマゲスト】の拠点となっている『田中さん家』から持ち込んだ機材が一面に広がっていた。イナテミスではここと後『ミスティルテイン騎士団イナテミス支部』がイルミンスールとニーズヘッグ防衛線と繋がり、互いに情報を共有し合って迅速な戦力の展開を行う計画になっていた。
『……刀真さん、聞こえてますか?』
機材の中心にいた刀真の下に、白花の声が届く。
「ええ、聞こえてますよ。無事にイルミンスールに着いたようですね」
『はい、武神さん達とも合流出来ました。一緒に情報整理を頑張りたいと思います。あの……刀真さんも、無理はしないで下さいね』
イルミンスールの校長室にいる白花からの、気遣うような声には答えず、刀真が漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の持つHCと連動させて情報共有が出来るようにする。
(今動かずして、いつ動くのか……)
その、冷めたような横顔を目の当たりにした月夜が何かを言いかけ、結局言葉を紡ぐことなく持ち場に戻り、コーラルネットワーク防衛戦の時に生徒が持ち帰った蛇からアーデルハイトがまとめた、ニーズヘッグの情報を生徒たちが参照できるよう手配する。
『えっと、これでいいんだっけか? おい刀真、聞こえてっか?』
住民たちの避難に当たっていた和希から、刀真の下に連絡が入る。
『街を一通り回って来たぜ。もう少しでイナテミスの中心部に住民が避難し終えるはずだ。どこに避難してっか教えといた方がいいよな?』
「はい、よろしくお願いします」
和希の言った場所を、刀真がPCに入力していく。『イナテミス総合魔法病院』『こども達の家』『イナテミス市民学校』『イナテミス文化協会』『イルミンスール武術イナテミス道場』といった場所が打ち込まれ、だいたいの人数も把握が行われた。
『んじゃ、何かあったら呼んでくれ!』
和希からの通信が途切れた所に、今度はミスティルテイン騎士団イナテミス支部からの連絡が入る。通信を繋いだ刀真の耳に、急いだ様子の風森 望(かぜもり・のぞみ)の声が届く。
『ニーズヘッグの現在の位置が分かりましたわ! そちらにも直ぐ送りますね』
素早く刀真がPCを操作すると、現れたイナテミス周辺の地図に赤い点が明滅し始める。しかもその点は現在進行形で徐々に南へと動いていた。
「この情報は、どこから?」
『『フォアサイト』と登録をしている方からですわ』
今回の作戦に参加している生徒の中には、情報の伝達がスムーズに行えるようにと事前に参加登録をしている者もいた。そのリストは牙竜たちによってまとめられていたのだが、そこに確かに『フォアサイト』で登録がされていた。
「そうですか……しかし、周辺の地理から考えても、この点がニーズヘッグを示すものである可能性は限りなく高いですね。分かりました、情報提供ありがとうございます。精霊塔の方にも伝えておきます。……上手くいけば、接近する前に先制攻撃を与えられるかもしれませんから」
望からの通信を終えた刀真が、通信機を取って今の情報を精霊塔へ伝達する――。
●神野 永太の家
時を少し戻して。
「永太。私はニーズヘッグと話したいことがあります。ですので少々、ニーズヘッグの下に行こうと思います」
突然放たれた燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)の言葉に、急いでイナテミスに舞い戻った神野 永太(じんの・えいた)とミニス・ウインドリィ(みにす・ういんどりぃ)が驚きの表情を浮かべる。
「ちょっと、こんな時に何言ってんのよ!? 今はそんな事してる場合じゃ――」
声を荒げるミニスを制して、まずは話を聞こうとばかりに永太がザインに先を促す。
「本能の赴くままに害悪を振りまく意志無き怪物ならまだしも、聞くところによるとニーズヘッグは、意志を持ち言葉を交わすことが可能だそうです。
そうでありながら、対話という手段を用いず戦闘行為による混乱の解決を目指すのは、私の矜持に反することです」
真っ直ぐな視線を向ける永太に訴えるように、ザインが言葉を続ける。
「それに、私はイルミンスールを、イナテミスを守るために集った皆を、信頼しているのです。
この自然を愛し、幾度も窮地を切り抜けてきた皆が、竜一匹ごときに遅れをとるとは一抹も考えられません。
……そして逆に、私はニーズヘッグの身を案じてしまったんです。
これは私の予測でしかないのですが、ニーズヘッグは皆様に敗北すると思うのです。無論、皆様も無傷とはいきませんでしょうが、いくら巨体とは言えニーズヘッグただ一人の思考では、対処に限界が有るでしょう。
……だから、こちらの優位性を、イナテミスには精霊塔という秘密兵器があり、イルミンスールとイナテミスを守るために集った皆のことを伝え、退いてはくれないかとお願いしてみます」
一息に言い終えたザインの言葉を聞き終え、永太が瞳を閉じる。
ミニスは永太とザイン、両方に視線を向けて次の言葉を待つ。
「……その目を向けられて、私にザインを止めることは出来ないよ」
「えーた!?」
驚きの声をあげるミニス、そしてザインに振り返って、永太が家に戻り、何かが詰まったバッグを手に戻って来る。
「絶対、無事で帰って来いよ」
受け取ったザインが中を見ると、パンとバナナが入っていた。
「……はい、必ず。私の帰る場所は、ここだけですから」
微笑んで、バッグを手に、装備した機晶姫用フライトユニットの力でザインが空に浮かぶ。
「……えーたが止めないから、あたしも止めない。けど、絶対帰ってきなさいよ! アンタが帰ってこないと、えーたのマズイご飯食べる羽目になるんだからね!」
「ふふ、それは困りますね」
ミニスにも微笑んで、そしてザインは単身、ニーズヘッグの下へと飛んで行く――。
●地面の溝を北上した先
「リリ、ごめん。あんたの提案は受け入れられないわ。あたいにはどうしても、逃げ道を作ってるような気がするの。
氷雪の洞穴は、あたいたちはイナテミスの『盾』よ。盾は壊れるまで、守ると決めたものを守り続けるものじゃない?」
(……カヤノは甘いのだ。兵法を知らぬ愚か者なのだ。だが、その楽天的な前向きさが人を惹きつけるのだろう)
箒に跨るリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が、先日『氷雪の洞穴』に隠し通路を建設する提案をカヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)に否定されたことを思い出しつつ、ガマの【身毒丸】に乗るロゼ・『薔薇の封印書』断章(ろぜ・ばらのふういんしょだんしょう)と共に、地面に刻まれた筋に沿って北上していく。
二人の目的は、斥候として敵の情報を得、可能ならニーズヘッグに発振器を取り付けること。『将』であるカヤノが退かぬと言うのであれば、『兵』としてすべきことは、カヤノが退かずに済むよう手を尽くすこと。
やはりカヤノは、なんだかんだで愛されているようであった。
二人がしばらく進むと、イルミンスールの森が切れ、シャンバラとエリュシオンの国境線が近付いてくる。
「……おかしいのだ」
「何がだ?」
ロゼの問いに、リリが答える。
「静か過ぎるのだ。エリュシオンという大国が、国境警備を疎かにするとも思えない。それにこれだけの騒ぎを知らないはずがない。警備部隊の一つや二つ、寄越してくるはずなのだ。……これを機に、シャンバラに攻め入ってくることだってあり得るのだ」
しかし、警備部隊はおろか、人の姿すら周囲には見当たらない。辺りに潜んでいる可能性がないわけではないが、軍事力で圧倒的に上回っているはずのエリュシオンが、わざわざそんなことをするとは考えにくい。
「……エリュシオンは、知らん顔をするつもりではないかの?」
「まさか、そんなことが――」
相手の意図が読めず鬱屈とするリリ。しかしこのまま待っていては、斥候として出た意味が薄れてしまう。敵の情報を、より遠くにいる段階で持ち帰ることが斥候の役目なら、ここから先に進まねばならない。
思案の末、二人は出来るだけ地形を利用して隠れながら、国境線を超えてエリュシオン領内へと入っていった。
……それと同時に、高高度を飛ぶ一つの人影があったのだが、二人は知る由もなかった。
(……見えた。あれが、ニーズヘッグ……)
その、高高度を飛んでいたザインは、溝に沿って進む黒色の巨体、ニーズヘッグを視界に捉える。全長はゆうに100メートルを超え、砂煙をあげながら着実にイルミンスールへと近付いていく。
「私は、燦式鎮護機 ザイエンデです。争いに来たわけではありません。ただ、退いてはくれませんか? あなたがこのまま向かったとしても、負けるだけです。私は、あなたのことが心配なのです」
ザインの言葉に、しかしニーズヘッグは何も答えず侵攻を続ける。
「お腹が空いてはいませんか? よかったらアンパンがあるので食べますか? 私も食べるので半ぶんこですが」
差し出されたパンにも、ニーズヘッグは興味を示さない。結局両方共食べ、ついでにバナナも食べて、再度ザインがニーズヘッグに会話を試みる。
「道中、暇ではないですか? 歌は、お好きですか? お聞かせしましょうか?」
ニーズヘッグと並走しながら、ザインが歌を歌う。
それは死への悲しみの歌、恐れの歌、そして生きることの幸せの歌――。
「む、音がするのだ。おそらくニーズヘッグだろう」
微かに聞こえる音、そして伝わる震動にリリとロゼが予め決めた作戦通りに行動する。ロゼは隠れ身を発動させて気配を消し、リリはゴーグルとバンダナで顔を覆い、光条兵器【ニケの翼】を前方に展開させ宙に浮かび上がる。
やがて、二人の前に姿を見せたのは、黒い巨大な蛇らしき生物と、それと並走するように飛ぶ一つの人影。
(敵は……二人か? 疑問に思ってはいたが、なぜこれほど――)
HCに情報を送ろうとした矢先、ニーズヘッグの頭天辺付近から黒色の液体が噴射され、それは並走していた人影に降り注ぐ。人影は速度を調節してそれを回避するが、なおも噴射は続き、毒液と思しき液体が人影に襲い掛かる。
(いや、違う。敵はニーズヘッグ一人なのだ。あれが誰かは知らないが、好都合なのだ)
ニーズヘッグの意識が人影に向いている間に、【猫の首に鈴】作戦を実行せんと、リリがニーズヘッグに向かう。その姿を認めたロゼがすれ違い様、ニーズヘッグの身体に発振器代わりのHCを取り付ける。
(……ひとまず作戦は成功なのだ。後は、今の情報をイナテミスに送ればいいのだ)
自らのHCを操作し、ニーズヘッグの情報を送る。
「リリ、解毒を頼む。毒を受けて動けないようだ」
一通り情報を送り終えた所で、ロゼがリリを呼ぶ。先程ニーズヘッグに並走していた人影が、黒色の液体に塗れて地面に伏せていた。
「何故リリが――」
「放っておくわけにはいかぬだろう? 彼女のおかげで作戦が成功したとも言えるのじゃからな」
ロゼの言葉に、渋々といった様子でリリが解毒の魔法を発動させる。黒ずんでいた彼女の顔に赤みが戻ってきた所を見るに、どうやら解毒は成功したようである。
「さあ、戻ろう。エリュシオンの者に気付かれると面倒じゃからの」
ガマに負傷者を乗せ、リリとロゼは来た道を戻っていく――。
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