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リアクション
●防衛線から北上した先・本営
「……ロザリンド、そちらからニーズヘッグの姿を確認出来るか?」
『はい、確認出来ます。やはり、侵攻速度が大幅に低下していますね。ヴォルカニックシャワーの一撃が効いているのでしょうか』
恭司の持つ無線機から、前線に向かったロザリンドの声が届く。
鉄心の作戦を実行に移すべく、生徒たちは地面の溝を北上しつつ各地に縦穴を掘り、そこでニーズヘッグを遅滞させんと目論んだ。
そこにイナテミスから、ニーズヘッグの現在位置とヴォルカニックシャワー発動準備中との連絡が入る。
その情報は即座に伝えられ、シャンバラとエリュシオンの国境付近で炸裂するというヴォルカニックシャワーの影響を、生徒たちは準備を進めながら見守っていた。
「これで、こちらの作戦も少しはやりやすくなるといった所か。まだ完全に敵の動きが止まったわけではないからな」
地面の溝に沿うように掘られた防衛陣地、その最後方で指揮を執る格好の鉄心が呟く。一時的に判明したニーズヘッグの現在位置から導き出した侵攻速度に比べ、最前線に現れたニーズヘッグの侵攻速度は大幅に低下していた。
「そうだな。俺は引き続き、各地との連絡役に回ろう。そちらの指揮は頼む」
「やれるだけやってみよう。……ここからは、直接交戦してみなければ分からないことが多いだろうから」
一旦恭司と別れ、鉄心は前方を見遣る。その隣には予備兵力の立場を取るティー・ティー(てぃー・てぃー)が控えていた――。
●防衛線から北上した先・最前線
ニーズヘッグの腹の下で、くぐもった爆発音が響く。
それは鉄心が仕掛けた爆弾が爆発した証拠であり、同時に陣地に待機した生徒たちのニーズヘッグへの攻撃合図でもあった。
(可能な限り、他社に被害を出さない戦闘……これが、私の戦いです!)
強い意思を胸に、ロザリンドが飛空艇を駆り、侵攻を続けるニーズヘッグの頭部目がけて槍を振るう。振るわれた槍から飛び荒ぶ魔を払う力が、ニーズヘッグの頭部で炸裂し爆発を起こす。
並の生物であればおそらく悲鳴をあげて痛がるであろう攻撃も、さらには先程のありったけの火薬を詰めた爆弾の爆発でさえ、ニーズヘッグは特別苦しむ様子を見せない。それどころか頭部から背中にかけて噴射口が開いたかと思うと、空を覆いつくさんばかりの毒液を噴射して障害の排除を目論む。
(それでも、何としても食い止めませんと!)
飛空艇を巧みに制御し、それらの攻撃を回避するロザリンドが、次の攻撃の機会を伺う。そして、この難攻不落の戦艦に匹敵する強敵に挑むのは、彼女だけではなかった。
「こちら七尾蒼也、これよりニーズヘッグと交戦を開始する!」
HCを介してイナテミスの情報拠点と連絡を取った七尾 蒼也(ななお・そうや)が、陣地から飛び出し箒にまたがり、ニーズヘッグの頭上、全貌が視界に収まる位置を確保する。
(大きい……だが、ここを通すわけには行かない! 毒の穴を塞ぐことが出来れば、その後の戦闘を優位に展開できるはず……!)
蒼也の呼びかけに応じ、森の左右から毒を体内に持った蟲が無数に沸き起こり、次々とニーズヘッグに取り付く。彼らの硬い牙はニーズヘッグの殻を食い破り、中に毒液を流し込む。
毒をもって毒を制す、蒼也の思惑は成功した……かに見えたが、直後、蟲たちの様子がおかしいことに蒼也が気付く。何時まで経っても蟲がニーズヘッグから離れないのだ。それに、段々と蟲が小さくなっていくようにも見える。
(何だ!? 何が起きている!?)
やがて、一匹の蟲が身体中の毒液はおろか、身体中のありとあらゆる水分を吸いつくされ、殻のように成り果てて剥がれ落ちる。次々と蟲が剥がれ落ちていき、最後の一匹も地面に死骸を晒すこととなった。
そして、当のニーズヘッグは心なしか侵攻速度が上がったように感じられる。どうやら毒をもって毒を制すどころか、逆に活性化させてしまったようである。
(くっ、失敗か……! ならば、せめて噴射口を塞ぐだけでも……!)
蒼也がよく練られた餅を手に、開かれた噴射口目がけてそれを投げつける。
「くらえ、モチッドミスト!」
飛んだ餅は噴射口に収まり、そこだけは毒液の噴射が収まった。が、他の噴射口から雨霰の如く毒液が噴射され、それを浴びた蒼也の身体が毒に蝕まれる。自らの毒は解除することに成功したものの、このままでは防戦一方になると踏んだ蒼也は、態勢を立て直すべく一時撤退を図る。
「かー、ネットワークで見た時よりさらにデケェな! ま、その分燃やしがいがあるってモンだぜ!」
言い放ち、恐れることなくニーズヘッグの進路上に立ったウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が、高められた魔力を自身が最も得意とする炎に変換、嵐としてぶつける。炎はニーズヘッグの頭部を包み込み、表面を焼くに至るものの、ニーズヘッグ自身の侵攻は止まらない。
「うおっと! 流石に丸焼きってワケにゃいかねえか」
箒にまたがり、かろうじて突進を回避したウィルネストが、彼に目もくれず突進を続けるニーズヘッグを見下ろして舌打ちする。
「オレの見立てじゃ、一点に火力を集中させた方が効果がある感じだぜ!」
「攻撃をより深い位置まで届かせれば、その箇所が回復するまで機能が停止する。敵は回復に多少なりとも気を取られるはずだから、いつかは付け入る隙が生じるはずだ。ここは一つ協力して、一点に攻撃を集中させるのはどうだろうか」
同じく陣地から飛び出してきた生徒たち、キィル・ヴォルテール(きぃる・う゛ぉるてーる)の助言を元にセイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)がまとめた提案を森崎 駿真(もりさき・しゅんま)とウィルネストにもちかける。
「アイツに痛い目見せられんなら、いいぜ! 俺を無視した報い、たっぷり思い知らせてやらぁ!」
目立ちたがり屋のウィルネストにとって、ニーズヘッグにさも自身がいなかったかのように扱われたことは相当頭に来ていた。今度は再び高められた魔力を、炎術と氷術両方の発動に回すように詠唱を行ない、箒に乗って発動のタイミングを図る。
「セイ兄、オレは何をすればいい?」
「駿真は、彼の魔法が炸裂したタイミングで敵に向かい、魔法の衝撃で少なからず弱っているその箇所に強力な一撃をお見舞いすればいい。大丈夫、駿真なら必ず出来るよ」
「……ああ! こんな所でオレたちの冒険は終わらねぇ! もちろん、イルミンスールだって終わらせねぇ! 行くぜ、ニーズヘッグ!」
自身に炎と氷に対する抵抗を高める加護を施し、盾を前に剣を抜く格好で、駿真が突撃の準備を完成させる。
「両方まとめてくらいやがれ!」
ウィルネストの放った氷柱が、ニーズヘッグの殻を突き破ると同時、まるで釘を深々と突き刺す金槌の如く炎がぶつけられ、瞬時に熱せられた氷柱が爆発を起こす。
「今だ、駿真!」
「うおおおぉぉぉ!!」
セイニーの施した加護の力を背負い、駿真が渾身の突撃をその爆発が生じた箇所に見舞う。既に回復の始まっていた箇所を深く抉る一撃は、駿真が剣を抜いた後も容易に回復が始まらなかった。
しかし、次に待っていたのはニーズヘッグの悲鳴ではなく、一撃を与えられた怒りだった。開かれた噴射口から毒液が、スプリンクラーの如く撒かれ、取り付いていたウィルネストと駿真を襲う。身体がしびれたように動かない二人、セイニーのキュアポイゾンも彼の位置からでは十分な効果を発揮しない。
このままでは突進に巻き込まれる、その矢先に飛び込む一つの影があった。
「ちっと乱暴だが、我慢しろよ!」
飛び込んできたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が二人の首根っこを掴み、ニーズヘッグを蹴って宙に舞い、地面に降り立つ。毒液の追撃を目にも留まらぬ速さで避け切ったラルクが、二人を安全な場所まで運び、戦闘前に彼が自らの知識で作り出した解毒剤を投与する。
「しっかりしろ、大丈夫だ。今治してやるからな」
解毒剤を投与された二人の顔が、どす黒かったものから徐々に赤みを取り戻していく。瞬時に回復とまでは行かずとも、このまま安静にしていればじきに動けるようになるだろう。
「さってと……みすみす行かせるってのもアレだよな。硬い装甲が厄介ってんなら、そいつを削ってやりゃあいいんだよな!?」
地面についた溝の上に立ち、過ぎ去ろうとするニーズヘッグの背を前に、ラルクが身体に流れる気を高めていく。気の流れがニーズヘッグを包み込み、表面を覆う硬い殻を軟化させる、そんなイメージを頭に描きつつ、高めた気を両の掌に集め、腰を低く落として構えを取る。
「――はぁぁぁぁぁぁ!!」
拳が前に突き出されると同時、ラルクの身体の内側から腕を伝い、気が流れを為して飛び出していく。溝に沿って飛ぶ気は瞬く間にニーズヘッグに追い付き、回り込み、全身を包んでいく。見た目に変化はなく、ニーズヘッグも声を発さないためどうなったかは定かではないが、もし次の攻撃の時に抵抗が弱くなっていれば、それはラルクが発した気の効果であったと言えよう。
「く……」
やがて、毒から解放された駿真とウィルネストが起き上がり、恐る恐る身体を動かす。殆どしびれが取れていることを確認して、寄ってきたラルクが自らを治療したのだと知って、礼を言う。
「あのままだったらどうなってたか……一つ借りができちまったな」
「ああ……あん時はオッサンなんて言って悪かったぜ」
「ま、いいってことよ! イルミンスールの奴らが早々にリタイアしちゃ、不甲斐ねぇだろ?」
言い残して、すぐさま後を追うラルクに次いで、無事合流を果たしたセイニーとキィルと共に、駿真とウィルネストが続く――。
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