天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

リアクション公開中!

イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

リアクション

 
●【VLTウインド】作戦、発動!
 
 地面についた溝の向こうに、ニーズヘッグの姿が現れる。表面に無数についた傷が、これまで繰り広げられた戦闘の激しさを物語っていた。
「来たわね! ここがあんたのゴールよ!」
「わー、カヤノちゃん何だかキマってるよっ」
 ビシッ、と指を指して告げるカヤノに、メイルーンの賞賛が飛ぶ。
「皆、準備はよいか?」
「ええ、私はいつでもいけますわ」
 ヴァズデルの確認の言葉に、セリシアが頷く。4人の後方にはカルテットを組んだ吹風の精霊と氷結の精霊が控え、さらには【雪だるま王国】の面々や生徒たちが控え、作戦発動の時を待っていた。

「……そろそろ頃合いですな」
 サイレントスノーの言葉に頷いて、美央が前方の生徒たちに号令を放つ。

「【VLTウインド】作戦、発動!」

「来たか……行くぞ、セリシア」
「はい!」
 距離を開けたヴァズデルとセリシアが、それぞれ掲げた腕の間に、風の流れが生み出される。範囲を絞った分強力な、決してたわみも切れもしない気流が、腕の間に形成されていく。
「さあ、行くわよ、メイルーン!」
「うんっ! ボク、頑張っちゃうよー!」
 そこへ、カヤノとメイルーンが温度を下げる方向に力を働かせる。
 物理学的には決して為し得ない、極低温で流れ続ける風。それを以て、列車のように走り続けるニーズヘッグを一時的にでも留めようというのだ。
 この気流が切られてしまえば、後は無数の肉の壁がニーズヘッグを押しとどめなければならない。その時には、多くの犠牲が払われることは明確であった。
「……無理をするな、というのはなかなか難しいな、メイルーン」
「そうだねー。みんなのためにって思うと、つい無理しちゃうよねー」
「セリシア、危なくなったらさっさと逃げなさいよ? あんたトロいんだからさ」
「ふふ、そうですね。その時は、カヤノさんに運んでもらいます」
 気楽そうに話す4名、しかし、彼らはきっと、自らに危険が及ぶことになったとしても、その場を離れないだろう。
 
 そして、全貌を現したニーズヘッグが、何も気にしないかのごとく進み、先端が気流に触れる。
 
「「「「!!!!」」」」
 
 4名の表情が真剣なものに変わり、気流を保つことに全身全霊を注ぐ。その前方で、突如進路を妨げられたニーズヘッグが一瞬、何が起きたのか分からない様子を見せ、やがて妨害を受けていることに気付くと、それら障害を排除すべく噴射口を開いて毒液を噴射する。
 
「『護る』騎士の務め、今こそ果たす!」
「絶対、皆を守るって決めたんだから!」
 
 噴射された毒液は、4名に降り注ぐ前にコルセスカ・ラックスタイン(こるせすか・らっくすたいん)秋月 葵(あきづき・あおい)がそれぞれ掲げた盾に防がれる。
 
「壊す事しか知らぬ者よ……護る事の強さ、その魂に刻むがいい」
「聞いた話以上に大きい……だけど、あたしは皆を絶対に守る!」
 
 雪だるま王国騎士としての誇りを胸に、絶えず放たれる毒液を受け止め続けるコルセスカと葵。
 ニーズヘッグが対抗するように毒液の噴射圧力を増し、二人は一撃毎に襲い来る衝撃と、気を失いそうになる臭気と懸命に戦い続ける。
 
「セリシアさんとヴァズデルさん、風の精霊さんを援護するですよー!」
「カヤノさん、メイルーンさんばかりに戦わせるわけにはいきませんな」
 
 そして、二人の体力が限界に達した頃、両脇から伊織と吹笛の激励が飛び、促された生徒たちと精霊たちが一斉にニーズヘッグに戦いを挑むのであった――。
 
「我らが雪だるま王国の近郊で、これ以上好き勝手されて堪るものですか!
 雪だるま王国騎士団長、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)、皆の模範となるべくキッチリ侵攻を食い止めます!」
 
 馬を駆り、手甲のように取り付けた血煙爪(ちぇーんそー)型光条兵器を両手に、クロセルがニーズヘッグに接近を試みる。
「キミの相手は私なのだ! クロセル、支援は任せるのだ!」
 クロセルに併走するマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が、ニーズヘッグの注意をクロセルから逸らすべく、光の弾を生み出し離れた所へ放る。ニーズヘッグの背中で爆発が生じ、迎撃せんと噴射された毒液は、しかし彼らがいる場所とは全く見当違いの場所に命中する。
 その隙にさらにニーズヘッグに肉薄したクロセルが、まずは片方の手に付けられた血煙爪を唸らせ、ニーズヘッグの胴体を抉っていく。光輝の力を持つそれは、木を切る感覚で硬い殻すら易々と切り裂いていく。
「これだけでは終わりませんよ!」
 さらに反転し、もう片方の手に付けられた血煙爪で、二度目の攻撃をクロセルが繰り出す。一度の襲撃で二本の傷を付けられたニーズヘッグが反撃を繰り出す頃には、既にクロセルとマナは毒液の射程外に避難していた。
「よし、後はこのHCで、精霊に情報を送りましょう」
 クロセルがHCを操作して、今攻撃を与えた箇所を精霊たちに伝える。彼がつけた傷は長く伸びる胴体に垂直に、左右対称に付けられている。後はそれを目印に、極低温の気流を操る精霊たちが上から押さえつけるようにしてニーズヘッグの動きを封じればいい。1本、2本では効果が薄くとも、10本、20本と数を増やせば、いつかはニーズヘッグの動きを止められるはず。
「さあ、こうしてはいられません。次行きますよ!」
「うむ! 悪は懲らしめてやるのだ!」
 クロセルとマナが頷き合い、揃って次の攻撃へと向かっていく。
「サラさんに保護区の守りを手伝ってもらった分まで、頑張ってニーズヘッグを食い止めるよ!」
 ミレイユの掌から氷の嵐が生み出され、ニーズヘッグの動きを封じ込めんとする。極低温の気流の影響もあり、普段よりも威力を増した嵐が吹き荒れる。周囲の気温はみるみる下がり、その場で戦う生徒たちにも影響を及ぼしつつあった。氷結に耐性のある装備を施したとて、寒さの影響は完全に無視は出来ない。
(ですが、それは敵とて同じこと……! 森のために尽くしてくれたサラさんに、私も出来る限り応えましょう)
 保護区に向かったデューイから詳細を聞いたシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)は、サラの事情のことも耳にしていた。それは影響を考え、ミレイユには伝えずにおき、その分自分もこの場で力を尽くそうと決意し、刀を抜いてニーズヘッグに飛び込んでいく。身を切るような寒さをもろともせず、射程内に飛び込んだシェイドが刀身に纏わせた冷気を放出する。冷気は氷の刃と化し、あちこちに傷の開いた外殻の中へと入り込み、羽化の時を待っているであろうニーズヘッグ本体に損害を与えんとする。
「千雨さん、俺たちも続きますよ。俺が操縦をしますから、千雨さんは強力なのをお願いします」
「分かったわ。……カヤノさんがニーズヘッグを抑えてくれてる、それを決して無駄にはしない!」
 大地の操縦する飛空艇の上で、千雨が決意の言葉と共に、瞳に紅い閃光を走らせ、高めた魔力を氷嵐の発動へと注ぐ。大地が攻撃地点と定めた場所に飛空艇を寄せ、その上で詠唱を終えた千雨が魔法を発動させる。生み出された氷の嵐はニーズヘッグを包み込み、生きとし生けるものの活動を停止させるが勢いで荒れ狂う。
 そして、冷気による攻撃はこれだけでは終わらない。エウリーズ・グンデ(えうりーず・ぐんで)による射撃の援護を受け、吹笛が箒でニーズヘッグの上空に上がる。その地点で吹笛が「霙颪……」と静かに呟くと、周囲に霙が吹き荒れ始める。
「荒ぶあなたよ、安んじよ。重き霙は現し世を遍く憂いを葬ろう」
 吹笛が詠唱を終えたその時、まるで雪山から吹き降ろすかのような風に乗り、霙がニーズヘッグに降り注ぐ。全てを濡らし、凍りつかせるように落ちる霙は、ニーズヘッグの動きを鈍らせていく。
「ナメクジに負けるのと、泥酔した隙に首を斬られるのではどちらがマシですかー?」
 そんな吹笛のネタ振りに、ニーズヘッグは毒液噴射で応える。分かっているかどうかは定かではないが、どちらもお断りらしい。
(……あれ? 今の吹笛の言葉だと、私がナメクジってことにならない? ……ま、そんなのは後でいいわ!)
 浮かんだ疑問を切り替え、一連の行動の間に接近していたエウリーズが、ニーズヘッグの足元を狙って一撃をお見舞いする。不意をつかれる形で攻撃を受けたニーズヘッグの巨体が、少しだけぐらり、と揺らいだ。
 
(私たち雪だるま王国はイナテミスの『盾』……我らが剣、我らが腕は『護るため』のもの。
 ……例え足止め程度であったとしても、志はより上……そう、ここで貴様を……討つ!)
 冷気に閉じ込められつつある中にあっても、変わらず続く毒液の噴射を、鬼崎 朔(きざき・さく)が飛び回りながら回避し、反撃の機会を伺う。一通り毒液の噴射が為され、ニーズヘッグにとっての『弾幕』が途切れた瞬間を逃さず、朔は横を同じく箒で飛んでいたブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)、飛空艇を駆るスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)と視線だけで確認し合い、即座に行動に移す。
(蛇の次は蛹、で最後は竜? 何だか大げさの事になっちゃてるけど、やることはやるよ!)
 ニーズヘッグに肉薄した朔とカリンが、なるべく一点に集中させるようにして光の力を解放する。浄化の力は範囲を絞られた分強まり、外殻を溶かすように作用していく。
「やっふぅ〜! そこでスカサハの出番ですよ! 機晶キャノンのゼロ距離射撃をお見舞いするであります!」
 魔法を行使し終えた朔とカリンが退くのに合わせて、スカサハがキャノンの砲身を脆くなった外殻にねじ込み、そのまま発射する。周囲の気温が下がっている状態で、ミサイル等の火器はせっかくの冷気の影響を減じてしまう可能性がある。機晶石のエネルギーを利用したこの、しかもゼロ距離射撃ならば、最小限の影響で最大限の効果が得られる計算である。
 そして事実、三人の連携による一撃は相応の損害をニーズヘッグに与えた。だが、その分ニーズヘッグの反撃も手痛いものだった。このままでは満足に移動出来ないと踏んだニーズヘッグが、自らを移動させる力を自らの身体を動かす力に切り替えたのだ。つまりそれは自らの身体を使った体当たり攻撃であり、全長150mの身体による体当たりは、三人を吹き飛ばすことなど事もない。たちまち三人は散り散りに戦線から退場させられる。
「朔! ……フフ、アハハ、アハハハハハ……そう、そんなに殺してほしいの? だったら、お望み通りにしてあげる!」
 朔を傷付けられたことで箍が外れ、アテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)の放つ電撃がニーズヘッグのあちこちで炸裂する。もし彼女が鉈を持っていればそのまま斬りつけに行ったかも知れないほどの猛襲は、地面に転がるスカサハとカリンの姿を認めたことで終焉を迎える。普段なら気にも掛けないだろうが、もしここで二人を放置し、そのことが朔に知れれば、朔は自分を見てくれなくなるかも知れない。その考えに至ったアテフェフは、それは死んでも嫌、と悟る。
 恍惚とした表情から一転、表情を消したアテフェフは二人を回収し、治療を行わせるために後方へ向かったのであった――。