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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

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イルミンスールの大冒険~ニーズヘッグ襲撃~(第2回/全3回)

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●ウィール支城
 
 ウィール遺跡の傍、イルミンスールの森を背後に背負う形でそびえるウィール支城。
 『氷雪の洞穴』における『雪だるま王国』同様、平時は航空戦力によるイナテミス周辺の警戒を担い、有事の際にはウィール遺跡およびイナテミス中心部への敵の侵入を防ぐ『盾』として建設が進められてきた。
 今はまだ全ての機能を備えてはいないが、いずれ完成した暁には、イナテミスの双盾として振る舞うことが期待されている。
 
「お嬢様、全ての支度は既に整えてございます。お嬢様はどうぞ後顧の憂いなく、存分に力を振るい下さいませ」
 支城内、北と南に据えられた郭の間にそびえる本丸で伊織とサティナを出迎えたベディヴィエールが、恭しく頭を下げる。彼女の言う通り、防衛線で利用出来そうな資材は一箇所にまとめられすぐに運び出せるようになっており、もしこの地が最前線になったとしても直ぐに迎撃態勢が取れるよう、備えがなされているようであった。
「ベディさん凄いです。これなら何とかなりそーですよ」
「うむ……しかし、ここまでする必要があるのかの? 見た所部屋まで綺麗になっとるようじゃが……」
 サティナの言うように、諸々の準備のほか、何故か部屋はホコリ一つなく掃除され、何やらいい香りまで漂っている。
「それはもう、お嬢様とセリシア様のためとあれば、不肖このベディヴィエール、手を尽くさせて頂きました」
「……へ?」「……は?」
 ベディヴィエールの言葉に、事情がさっぱり掴めない伊織とサティナが唖然とした表情を浮かべる。
「今回の作戦で、お嬢様はセリシア様に自らの魔力を渡されますよね。その献身のお心にセリシア様の心は揺り動かされ、そして作戦が終わった日の夜、目を覚ましたお嬢様は傍にセリシア様がいることにお気付きになられ――」
「な、なな、何を言ってるですかー! そ、そんなことないに決まってますー!」
 ベディヴィエールの言わんとしていることに気付いた伊織が、全力で否定する。
「ふむ、なるほど……そこまで考えが至らなかった。伊織、我からいい情報を授けよう。セリシアは腋を攻められるのが弱いぞ」
「サティナさんまで何を言うんですかー! 全然いい情報じゃないですー、セリシアさんが困るだけですー」
「? 私がどう困るのでしょうか?」
「はわー!」
 ヴァズデル、ルーナ、セリアと共にやって来たセリシアのかけた声に、伊織が飛び上がって驚く。
「……お姉様、伊織さんを困らせるような真似は止めてあげて下さいね」
「いやいや、我はそんなことはしとらん。むしろお主のためじゃ」
「私ですか? それは一体――」
「あああのあの、皆さん集まりましたよね? 早速詳細を決めちゃいましょー!」
 話がこじれないうちにと、伊織が強引に場を収める。首をかしげつつ、セリシアが吹風の精霊とヴァズデルの援護による結界について口にする。
「皆さんと検討してみたのですが、150mの巨体を押さえ付けられるだけの結界を張るのは、流石に厳しいそうです。その代わりといっては何ですが、ヴァズデルが代案を考えてくれました」
 セリシアに続いて、ヴァズデルが代案を口にする。
「私とメイルーン、セリシアとカヤノで極低温の気流を作り、その気流でニーズヘッグを正面から受け止める。その間に他の吹風の精霊と氷結の精霊が同じくカルテットを組み、同じ極低温の気流でニーズヘッグを縛り上げるのだ。……これならば、最低限の負担で効果を得られる」
 つまり、マラソン選手が最後に切るゴールテープ、それを極低温の気流に置き換えたものと言えよう。たくさんのゴールテープでマラソン選手をがんじがらめにしてしまうが如く、ニーズヘッグをがんじがらめにしてしまおうという作戦である。これだと、もしどこか一箇所が切れたとしても、他の部分でフォローが利く。最初にニーズヘッグを受け止める役が最もきついといえばそうだが、それだからこそ精霊長とかつての『龍』を配置しているのだ。
「セリシアさんとヴァズデルさんが言うのでしたら、僕に異論はないですよー。早速美央さんとカヤノさんにも連絡を取って、作戦の変更を伝えましょー」
「では、その役目は私が」
 言ってベディヴィエールが、HCを操作して雪だるま王国、ならびに氷雪の洞穴と連絡を図る。その間に他の者たちは支城から必要な物資を運び出せるように担当を決め、準備に向けて支度を整えていた――。
 
●氷雪の洞穴
 
 カヤノが扉を開いた先、周りの氷柱の中でひときわ太く伸びる氷柱を見上げ、カヤノが告げる。
「起きなさいメイルーン! いつまでも寝てると、身体なまっちゃうわよ! それに、あんたを助けてくれた人たちがピンチなの。あんたの力で、敵をやっつけちゃって!」
 その言葉に応えるように、氷柱の一点に光が集まり、光が氷柱から出ると同時に、ゆっくりと人の姿を取っていく。一見少女に見える姿を取ったメイルーンが、カヤノと共に来た鎌田 吹笛(かまた・ふぶえ)を認めて、今度は吹笛にも聞こえる言葉を口にする。
「やっとキミに会えたね! 今すぐ遊びに行きたかったけど、大変なことになってるんだって?」
「そうなのよ! 今まで寝てた分、あんたには色々やってもらうわよ!」
「え〜、せっかく出てきていきなりお仕事かぁ〜。もう少し寝てよっかな……わわ、そんな物騒なもの向けないでよ、分かってる分かってる、ボクも頑張るよ」
 氷の刃を向けられてたじろくメイルーンと、吹笛と共にカヤノが最奥部を飛び出していく――。
 
●雪だるま王国
 
 氷雪の洞穴の東に位置する雪だるま王国。
 王国国民でもあるカヤノのサポートの下、今では氷雪の洞穴およびイナテミス中心部への敵の侵入を防ぐ『盾』としての機能を持つに至っている。
 やはり盾として建設が進められているウィール支城と連携を取ることが出来れば、イナテミスに留まらずザンスカールの双盾として振る舞う、そんな可能性まで秘めた施設なのである。
 
「ハァ〜……お茶が美味しいデスネ。これなら見張りも苦じゃないデスネ!」
 王国のほぼ中心にそびえる『雪だるまの王宮』、その2階から螺旋階段を登った先にそびえる監視塔で、ジョセフ・テイラー(じょせふ・ていらー)がお茶を啜りつつ監視を行っていた。
 尤も、本人は最初から監視をするつもりでここにいるわけではなく、「鬼の居ぬ間に洗濯デース!」とばかりに雪だるま王国に遊びに来ていた所、ニーズヘッグ襲撃に巻き込まれたという次第であった。
「オウ、せっかくのいい所デスヨ! ……ソーいえば、こういうのは叩けば直ると美央が……」
 ジョセフが、通信のためにとノートが設置していった水晶を前に呟く。ジョセフはこれを暇つぶしにとテレビ代わりに使用していたのだ。
 どうやらアーデルハイトが回路を弄ってテレビにも使えるようにしていたようだが、無論ジョセフがそれを知る由もない。
「……フンッ!」
 そして、あろうことかジョセフは、「大抵の物は叩けば直るんです」という美央の言葉を真に受けて、杖で水晶をぶっ叩く。
 すると乱れていた映像が元に戻るが、映し出された映像はそれまでの放送ではなく、どこかの風景を映し出しているようであった。
「……オウ? ココはドコデスカ?」
 頭を打ったショックで記憶を無くしてしまった人が呟くような言葉を呟いて、ジョセフが水晶の映像を凝視する。常に動いていて見えづらいが、溝のついた地面を何かが移動している様子を映しているのだけは理解出来た。
 その時、背後から届く閃光、そして聞こえてきた音にジョセフが振り返ると、イナテミス中心部の方角から上空に伸びる光が見えた。
 その光は上空高くで屈折して、雪だるま王国の上空を通り過ぎていく。
「オウ! アレはいったい何デスカ――」
 光の正体、そして行き先をジョセフが模索していた所、映し出していた映像にも変化が生じる。
 光が地上に吸い込まれるのと同じタイミングで、水晶から膨大な量の光、そして音が生じたかと思うと、まるで回路が焼き切れたかのようにプツリ、と音がしてそれ以上何も映さなくなってしまった。
「アァ! ど、どうしまショウ、壊してしまいマシタ」
 ジョセフがいくら叩いても、水晶は何の反応も示さない。このまま黙っておけばバレないかもしれないが、今見た映像のことは重要な気がする、ジョセフはそんな気がしていた。
「……怒られてしまいマスケド、背に腹は代えられませんネ!」
 お茶を飲み干し、ジョセフが美央に連絡を取る――。
 
●『ウィール遺跡』と『氷雪の洞穴』の中間地点
 
「……バカジョセフからの連絡と、イナテミスからの連絡を総合すると、イナテミスから発射された『ヴォルカニックシャワー』は、侵攻中のニーズヘッグに直撃したと考えるのが妥当のようですね」
 セリシアとヴァズデル、伊織、カヤノとメイルーンを前にして、美央がイナテミスから届いた情報とジョセフが見たという映像の情報からサイレントスノーが導き出した結果を口にする。
「ヴァズデルさんの意見も了解しました。作戦の実行部隊である精霊達が言うことに、私も口を挟むつもりはありません。メイルーンさん共々、ご協力感謝します」
「済まないな。だがその分、私も力を尽くすとしよう」
「え〜っと……つまり、どういうこと? ボクに分かるように3行で説明してよ」
 首をかしげるメイルーンに、サイレントスノーから入れ知恵を受けた美央が説明する。
「風の精霊達が二人並んで、その間に気流を発生させる。
 氷結の精霊達が温度を下げ、極低温の気流にする。
 その気流でニーズヘッグをがんじがらめにする。
 メイルーンさん雪だるま王国に入りませんか?」
「うん、分かった! ボク頑張るよ!」
「あんた、そんなことも分からなかったの? あたいはもちろん分かってたわよ!」(……よかった、ミオがまとめてくれなかったら分からなかったわ)
 作戦を理解できたことをさぞ自慢するように、えっへんと胸を反らすメイルーン。
「あのー、もしかしてメイルーンさんって」
「……済まない、私からは何も言えない」
 伊織の疑問に、ヴァズデルは首を振って回答を避けた。
 そしてカヤノは、美央の所へ向かっていき、ゴメン、と頭を下げる。突然のことで面食らう美央に、カヤノが補足の言葉を紡ぐ。
「ほら、あんたが言ってくれたこと、守れなくなっちゃったからさ」
 美央はカヤノに、作戦の代表者として最後衛から見守ることを提案し、カヤノも一旦はそれを了承した。しかし、作戦の変更により、結局は最前線に出ることになった。作戦を確実に成功させるために仕方ないこととはいえ、カヤノは美央との約束を破ってしまったことを気にしていたのだ。
「私には私の、カヤノさんにはカヤノさんの役割がありますから。……途中退場は絶対禁止ですよ? その時は私が引きずってでも連れ戻しますから」
「うん、期待してるわ。それじゃ、また後でね」
 背を向けてカヤノが飛び立っていくのを見送って、美央が自らの呼びかけに集まった王国民たちに作戦の概要を説明する。
 
 そして、カヤノとセリシア、ヴァズデルとメイルーン、吹風の精霊と氷結の精霊によるニーズヘッグ捕獲作戦、【VLTウインド作戦】の準備が進められる中、ここより先の戦場では――。