|
|
リアクション
・夜の海京で
「ふう、ようやく今日の仕事も終わった」
星渡 智宏(ほしわたり・ともひろ)は仕事を終え、会社を出た。
彼は学生ではなく、普段は西地区にある企業に勤めている。それでも、イコンのパイロットをしていることもあって、訓練には折りを見て参加している。半分は社会人学生のようなものだ。学籍を置いているわけではないが。
「お仕事お疲れ様です」
時禰 凜(ときね・りん)が彼を出迎えた。学院の授業の方が終わるのが早いため、こうして彼が仕事を終えるのを待っていたらしい。
二人で東地区の自宅まで歩いていく。
ふと、一ヶ月前の戦いのことが頭をよぎった。
「こっちが二挺拳銃を制御出来るようになったかと思えば、あっちはまさか二刀流とはな」
凛の操縦技術ならば、ある程度はどうにかなる。だが、接近されたらガードしても銃ごとバッサリで、今の武装では対処のしようがない。
追加武装として、ライフルの銃身下部の強度重視のブレードをリクエストしてみようかと考える。
銃剣なら、多分今の学院の技術ならばすぐに追加出来るだろう。
「この前の戦いのことですか?」
「ああ、そうだ」
すぐ隣で並んで歩いている凛を見る。
小隊長を務めていた褐色の少女を思い浮かべる。
年の頃は、おそらく凛とそう変わらないだろう。
(待てよ、顔分かってんだから、いっそのこと生身同士のときに暗……いや、それは相手も同じだしな。決着つけるなら、やっぱりイコンでだろう)
だが、あの少女のことは顔以外まったく知らない。
「……あの娘、なんて名前だろう?」
「え゛?」
凛が妙な声を出した。
「智宏さん、あの娘って何ですか!? 同じ覚悟を持って戦場にいる相手ですけど、敵ですよ!? 智宏さんの覚悟はそんなもんですか!?」
「ち、違う! そういう意味じゃない!」
「もーうっ!!」
やばい、絶対勘違いしている。なんとかなだめないと。
「そうだ、今日はディナーをしに行こう! 最近オープンしたこ洒落たお店があるんだ」
「仕方ありませんね……分かりました」
まだ完全に機嫌を直したわけではなかったが、一緒にお店に入る。
入った瞬間に、雰囲気にやられたのか凛の機嫌が直った。
「こんないいお店があったんですね」
二人で席について、注文をする。
料理を待っている間に、凛が今日の強化人間プログラムのことを話してくる。
「今日はどうだった?」
「特に今回も変わりなしです。ただ、最近は実戦傾向が強まっているように感じます。模擬戦も増えましたし」
その方が、制御を早く覚え安定を促進するとのことらしい。提唱者は管理課長の風間だ。
「まあ、どうやったって能力の制御は必要だろう突き詰めれば何か見えてくることもある。その辺は凛が気に病むことはないさ」
強化人間管理課のことはほとんど知らない。ただ、いくら強化人間部隊があっても、兵隊を育成するための場所というわけではないだろう。
あくまで、研究の一環としての能力開発。だと信じたい。
「ですが、ここに来て管理課で何かが動いているようです。あまり姿を現してなかったランクSも見かけるようになりました」
「ランクS?」
「強化人間は、いくつかのランクで区分けされてるんですよ。ただ、そういった制度を強化人間の人達はあまりよく思ってないので、自分がどのランクであるとかは言いたがりませんが」
何が動き出しているか分からない。
それと、今日試運転が行われていたレイヴンのこともある。
超能力者専用機と、強化人間管理課の動き。
そこには何らかの関係があるように思えてならなかった。
* * *
「朝斗」
ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)が
榊 朝斗(さかき・あさと)に声を掛ける。
場所は彼の自室だ。
「ルシェン……」
いつになく真剣な表情で、彼女が告げた。
「今までずっと契約しなかったのは、あなたを私と同じ吸血鬼にしたくはなかったから」
契約の形は様々だが、吸血鬼の場合は「吸血行為」によって契約が成立するとされる場合が多い。
八年。ずっと一緒にいながらそれを行わなかった期間は、それほどの長さになる。
「あのときの私のような思いをさせたくない。だから今やめることだって出来るのよ?」
やめるのは今。これが最後の機会だ。
「ルシェンの言いたいことは分かるよ。それでも僕は決めたんだ。自分が信じてるものを貫くために。それに……僕は守りたいんだ。大事な人を……ルシェンを……一番愛してる貴女を……」
後戻り出来なくなっても構わない。
覚悟は決めた。
だからもう逃げない。
「……分かったわ」
ルシェンが彼の首筋に顔を近付け――吸血を行う。
ここに、榊 朝斗とルシェン・グライシスの本契約が成立した。
朝斗は下位吸血鬼となった。