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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第1回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第1回

リアクション


第一曲 〜Frag And Flag〜


(・思わぬ申し出)


「もう一度確認する」
 平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)久遠乃 リーナ(くおんの・りーな)はパイロット科長と目を合わせた。
「『F.R.A.G』への潜入。表向きは『所属』か。だが、それ自体は危険な行為だ。お前の行動一つで、地球とシャンバラが全面戦争に突入するかもしれない。大げさかもしれないが、その火種となる可能性がある」
 今回こそ共闘することになったものの、彼らは味方ではない。
「自覚はしています。ただ、このまま平行線を保ち続けるのは難しい。
 いずれ、均衡は崩れると思います。ならば、こちらからも行動を起こすことも必要かと」
 シャンバラは攻められることがあっても、積極的に攻めることはない。
 無論、ここでの「攻め」とは武力行使という意味ではない。エリュシオン帝国だけでなく、「見えざる敵」の存在もあり、国家単位では行動を起こせないというのが実情だ。
「お前の言うことも一理ある。個人的には今のF.R.A.Gについては知っておきたい。2017年に壊滅した、かつてのF.R.A.Gと――『R』の意味するところは違うとはいえ、なぜ同じ名前なのかということを」
 しかし、と続ける。
「私個人の裁量で決めることは出来ない。
 ――役員会の承認。彼らを納得させるだけの理由がなければ、許可は下りないだろう。それさえ聞かせてもらえれば、あとは私の方で何とかしよう」
 学校の生徒にとって、上層部のトップである役員会は手の届かない存在だ。
 だからこそ、こうやって科長に掛け合っておく必要があった。
「F.R.A.Gの真意を知りたいというのが大きな理由です。あの演説をした枢機卿の言葉はどこまでが建前で、どこまでが本音なのかも含めて」
 彼の言葉を、リーナが補足する。
「と、レオは言ってますが、F.R.A.Gに行くことによって発生するメリットは『双方』にありますっ」
 その内容は、
「おそらく新設されたばかりのF.R.A.Gはまだシャンバラのイコン運用や情勢をそれほど知らないはずです。最近まで私達は蒼学に通っており、実際にシャンバラで生活していました。相手は地球の組織。となれば、シャンバラを肌で知る人間を手に入れて損はないでしょう。また、情勢が悪化した場合はそのまま人質にも出来ます。それは最悪の場合、ですが。
 一方上手くいけば、学院はF.R.A.Gの情報を手に入れることが出来ます。それに、学院にとって転入して日が浅い私達は『切り捨てる』のに都合がいいでしょう」
 レオ達の損失は学院にとっては痛くも痒くもない。新参者とはその程度の扱いでしかないのだ。
「とはいえ、そもそもレオには学院を裏切れない理由がありますっ。裏切りは設楽 カノンを見捨てるに等しいですから……ね、レオ」
 そこまでリーナが口にしたところで、科長が顎を押さえた。
「……そこまで言うのなら、なんとかしよう。100%許可が下りる保障は出来ないがな。
 後ほど、通信を送る」
 ウクライナ到着までには結果が出る見込みだ。
 レオとリーナの二人は頭を下げ、科長室を後にした。

 二人がいなくなった室内で、科長は一枚の写真を見つめ、呟いた。
「あれから六年か。こんな形でまたF.R.A.Gと組むことになるとは、な」
 グエナ・ダールトンやエヴァン・ロッテンマイヤーを破ったと思えば、今度は彼らがいた組織が復活した。
 一体何の因縁だろうか。
(ダールトン、ロッテンマイヤー、そしてヴェロニカが生きていた。ならば『彼女』も――)
 と、そのときインターホンが鳴る。
「パイロット科の綺雲です」
「入れ」
 
 綺雲 菜織(あやくも・なおり)は科長室に足を踏み入れた。
「ヴェロニカ・シュルツの件で申し上げたいことがあります」
「何だ?」
「彼女は戦場の空気を知りません。それは味方を殺します。彼女自身が戦う意味を得るまで電子戦機として情報伝達を主任務として頂くことは可能でしょうか」
 それを教えるという意味でも、彼女を後方におくように伝える。
 だが、それだけではない。的確な情報統括を行える者がいれば、各位に余裕が生まれ、敵を殺さずに無力化することも可能となるはずだ。
「可能……というよりも、最初からそのつもりだ。あの【ナイチンゲール】は、そういう機体だからな」
 防御に優れ、電子戦もこなせる機体。その反面、攻撃には向かない。
 科長からそう教えてもらった。
「今は戸惑っているが、彼女はそう遠くないうちに、覚悟を決めるだろう。ヴェロニカ・シュルツが知らないのは『私達の戦場』であって、戦場そのものはよく知っているのだからな」
「彼女のことを、以前からご存知なのですか?」
「私がこの学院に来る前に、な。もっとも、彼女が試験に通って、顔を合わせるまでは同姓同名の別人だと思ってたが」
 それ以上のことを科長は語らない。
 ともあれ、ヴェロニカは後方支援に努めることになるとはっきりした。

* * *


『はい、状況は分かりました』
  同じ頃、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)はある人物と連絡を取っていた。
『詳しいことは後ほどお伺いします。それでは』
 電話を切る。
「傍受はされて……ませんね」
 情報撹乱を行っていた鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)が静かに頷く。
「あとはどうやって持ち出したものか……」
 イコンの整備、出撃記録は厳重に管理されている。
 睡蓮は今回、正規部隊として出撃表明をしていない。主搭乗機は天沼矛のイコンハンガーに待機している。
 正規部隊が出撃準備をしている間に、何とかもう一機を「誰にも気付かれずに」持ち出したい。
 だが、いくらイコンそのものは個人所有扱いとはいえ、一生徒である彼女には難しいことだ。
 着信。
 先程の相手からかと思い、通話ボタンを押した。
『「留学生」のお嬢さん。カミロ・ベックマンと何を話していたんだい? おっと、切っても無駄だよ。海京の通信網はこちらで掌握済みだからね』
 どうやら学院の関係者に気付かれてしまったようだ。変声機を使って素性を知られないようにしているということは、生徒なら誰でも知っている人間なのだろうか。
『このままだと君の処分は確実だ。だけど、見つけたのが僕だってのは君にとって幸いだと思う』
『……どういうことですか?』
『とある反シャンバラ勢力から送り込まれたスパイ、とでも言えばいいのかな。あるいはカミロ・ベックマンの仲間と。
 何やら彼、大変なことになりそうだからね。手伝いたいっていうのなら、学院への隠蔽工作はこちらでやっておくよ』
 続いて、添付ファイル付きのメールが送られてきた。
『その場所に、君のイコンを移しておく。【魔王尊】の方でいいんだよね? 
 なに、こっちには協力者もいる。そのくらいは造作もないさ』
 あとはまあ頑張って、と言い残し相手は電話を切った。
(信用していいものでしょうか?)
 罠かもしれない。だが、一か八か、これに賭けるしかなさそうだ。