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第1章 百合園女学院生徒総会

「──それではただ今より、2021年度、百合園女学院第一回生徒総会を開催いたします」
 百合園女学院生徒会・白百会会長伊藤 春佳の涼やかな声が、壇上から響き渡った。
 春佳は、百合園女学院短大の二年に在籍している。長く艶やかな髪に凛とした横顔、優雅な所作に加え、文武両道は学院中に知られている。
 百合園女学院が理想とする大和撫子が白百合の校章が刻まれた演台に立つ姿は、まさに長らくパラミタ校のある種の象徴の一つだった。
 それを、生徒達は小さなため息をつきながら見つめていた。……まるで、劇のようだと思いながら。
 壇上の向かいには、上品な作りの、ふかふかの椅子が並べられ、ちょっとした劇場や映画館のような趣があった。だから彼女たちが観客のような気分になってしまっても仕方なかっただろう。
 けれど、ここは百合園女学院に複数あるホールの一つ。そして手に配られた資料は、彼女たち全員をも、劇の登場人物になっていることを示していた。
「今回の議長は会長の私、伊藤春佳が務めさせていただきます。宜しければ、拍手による承認をお願いいたします」
 生徒達から拍手が起こる。
「承認ありがとうございます。それでは、新入生もいますので、まず初めに役員の紹介をさせていただきます」
 春佳の背後には、多数の女生徒が座っていた。そのうち四人の女生徒が、彼女の紹介を受けて立ち、一礼していく。
「副会長井上 桃子。書記山尾 陽菜、会計遠藤 桐子、庶務野村 弥生です。
 それでは、昨年度までの各種報告を、簡単にそれぞれの役員から申し上げます」
 春佳の視線を受け、彼女たちは一人一人演台に立って、報告を始める。副会長による、昨年度の生徒会や部活動の活動報告。会計による、部活動をはじめとした今年度予算の説明と、拍手による承認。それらは予算の額の巨大さを除けば、普通の、どこにでもある学校の生徒総会の風景と変わらない。
 けれど、その一つ一つは実は、地球ではない、パラミタにある百合園女学院であることを否が応でも実感させられる。戦争で試合が延期になったとか、中止になったとか。そんな話題がちらほら出てくる。遠い過去の出来事だったような、つい昨日あった出来事のような、戦争。花よ蝶よと育てられたお嬢様たちの中にも戦場に立った者はいた。
「──今年は、沢山のできごとがありました。白百合会の役員及び執行部、会員の皆様全てにとって、混迷の、困難の一年であったと言えるでしょう」
 再び演台の前に立った春佳は、マイクの位置を直しながら、静かに言葉を継ぐ。
「ですが、それもアイシャ新女王陛下誕生によるシャンバラ王国の建国と東西統一などがあり……夏には、一応の道筋が付くでしょう。そこで本年度の夏に、延期となっていました生徒会選挙を行います。現生徒会役員は全て進学等により退任させていただきます」
 生徒達から再び、寂しさと期待と、緊張の入り混じった小さなため息が漏れる。
「夏に行われますのは、百合園女学院生徒会、白百合会の本部役員の選出です。執行部につきましては、この後説明させていただきます。では、お手元の資料、ピンク色の別紙をご覧ください」
 生徒たちは壇上から手元に視線を移し、薄いピンク色のA4サイズの紙に目を走らせた。
「本部役員は、先程もご紹介した五名の役員から構成されます。
 会長は、文字通り生徒会の長、最高責任者です。様々な会議を開くとともに、会議の議長として、様々な会議の決議を取ることが多いです。
 副会長は、会長の補佐を務めます。
 書記は、会議の議事録を取ることが主な仕事となります。
 会計は、生徒会の予算を管理します。
 庶務は、上記仕事に当てはまらない様々な仕事を行います」
 もっともこれは、あくまで通常の学校運営を想定したものだ。
 百合園の実質的な権力者ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)と、校長にしてラズィーヤのパートナーでもある桜井 静香(さくらい・しずか)。白百合会の権限は、彼女たちに次いで高く、一般教職員に優越する。
 パラミタで起こる様々な問題に対処するという大きな責任と、その為の様々な権利が保証されている重職なのだ。
 例えばモンスターが郊外に現れて農村を襲っている、といった事件が起こった場合、一般人より戦闘能力に秀でた契約者が事態に当たることが多い。農村からヴァイシャリー(そしてヴァイシャリーを治めているヴァイシャリー家のラズィーヤ(正確には、彼女の父親)が作った、契約者の通う学校である)百合園女学院に連絡が来ると、生徒会はことの重大さに応じて生徒達に「依頼」という形で協力を呼びかけるか決め、情報収集や必要な物資(と予算)の調達などの後方支援を行うのだ。
 またラズィーヤの政治的な思惑のサポートをしたり、時に活動は一般の教職員や事務員の分野に渡ったりすることもある。
 要するに、「百合園のためになりそうなことなら何でも」するのだ。時には、ラズィーヤ個人のただの趣味だった、ということもあるかもしれないが。
 生徒が資料に目を通し終わったころを見計らって、春佳は再び口を開いた。
「生徒会役員の具体的な選出方法ですが、まず立候補者を募ります。会長がいいか、それとも庶務がいいか、皆さんで考え、基本的には一役職に立候補してください。
 それから一定期間、指定場所による選挙演説やポスターの掲示などの期間を設けまして、最終演説が行われます。白百合会の皆さんは、良く候補者の考えを聞いて、各役職に一人、相応しいと思われる方に票を入れてください。
 尚、選挙・被選挙権は、百合園女学院に通う生徒であれば、高等部短大部や年齢等は問いません。ただ──」
 春佳は穏やかな瞳に、ちらりと真剣な色を浮かばせた。
「立候補者には、生徒会の活動をより深く理解していただきたく、選挙期間中に一度、現役員の職務に携わっていただく機会を設けます」
 と、言えば、聞こえはいいが。春佳(とラズィーヤ)が望んでいるのは、役員に相応しいか見極めるための試験だった。生徒会は民主主義的な制度だ。生徒の投票結果は勿論反映される。しかし同時にここはラズィーヤの学校であり、契約者の学校であり、かつて東シャンバラの首都であり、他国やエリュシオンに地理的に近いヴァイシャリーの学校でもあった。
 安心して次代の百合園女学院を託せる生徒の出現を、彼女たちは望んでいたのである。

「執行部の部長を務めています、桜谷鈴子です。執行部も今年度、選挙を行うことになると思います」
 続いて、執行部の部長――白百合団の団長である、桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)がマイクの前に立った。
 執行部の方は、普通の日本の学校にはない組織――パラミタ校であるからこそ、必要な組織だ。
 パラミタの百合園女学院に所属していれば、年齢制限などもなく、種族により就けない役職などもない。
 本部の方は地球の学校の生徒会組織に近い組織だが、執行部はより社会の組織に近い。
 制度も白百合会本部とは別であり、定期的に信任投票は行われるが、選挙が行われることはあまりない。
 ただ、今回は長く団長、副団長を務めた桜谷鈴子と神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)が、来春百合園短大を卒業予定であることから選挙を行わざるを得ない状況だった。
 鈴子の方は、卒業後も理事に加わり、学院に籍を残す予定だったが、生徒の代表として白百合団をまとめることは出来なくなる。
 優子は卒業後は進学を希望しており、大学のある学校に編入――それが叶わぬ場合は、騎士として宮仕え、または、ヴァイシャリー軍属となると見られている。
 ヴァイシャリー軍は形式上、国軍の一部となった。そのため、ヴァイシャリーでの円滑な活動を目指すシャンバラ教導団から、頻繁に勧誘されているという噂もある。
「具体的な方法は、これから決めていきますけれど、団の方は人格と人望、そして個人の能力と実績が重視されますわ」
 能力とは戦闘能力のことではない。
 尚、白百合会の重役にあたる、会長、副会長は白百合団の重役として信任されることはなく、白百合団の重役にあたる、団長、副団長は白百合会の会長、副会長との兼任は認められない。また、団長、副団長代理、特殊班の班長等の責任の重い役職についている者は、会長、副会長に立候補は出来るが、当選の際には団側の役職を下りなければならない。
「白百合団重役に求められているものは、百合園の仲間を護る意志の強さです。皆様のその心の強さを見させていただきますわ」
 鈴子は百合園の仲間を、後輩達に微笑みを見せた後、軽くお辞儀をしてその場から退いた。