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(個別面談……私、は……)
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、一人、庭園へと出ていた。
 一人、大切に首に下げている姫百合のロケットの中を……名前と一緒に彫られた寄り添う2人の姿を眺めていた。
 誰かに、相談したいことがあった。
 だけれど、校長や先輩達に聞いてもらうには……心の中が複雑すぎて。
 だから一人で、抱え込んで、考え込んでいた。
 木蔭で、両足を組んで――うなだれた。そんな時。
「小夜子さん」
「小夜子様」
 パートナーのエノン・アイゼン(えのん・あいぜん)と、エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)が静かに近づいてきていた。
「会場を抜け出してしまったのですね。本当は、個別面談で相談事があったのでは? ……結局、出なかったようですけど……」
 言いながら、エノンは小夜子の隣に腰かけた。
「少し、お話ししましょう」
 エンデは反対側の隣に、腰かける。
 小夜子は戸惑いながらも、こくりと首を縦に振った。
「相談は、そう、恋沙汰の悩みとかね」
 エノンの言葉に小夜子の瞳が揺れた。
「貴女が姉妹関係を持った亜璃珠さん。でも亜璃珠さんには想ってる人がいますね」
 エノンは小夜子が握りしめているロケットに目を向ける。
 その、姫百合のロケットは、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が、姉妹の証として、小夜子に贈ったものだった。
 彫られているのは、小夜子と亜璃珠――。
「小夜子様が亜璃珠様を想っている。つまり、恋をしてるのは知っています」
 エンデもまた、ロケットに目を向けながら話していく。
「けど、亜璃珠様は別の人を愛してますわ。だから小夜子様は姉妹関係で満足してる」
「……」
 小夜子のペンダントを握る手が微かに揺れた。
「けど、亜璃珠様が別の人と付き合い出したら……その事について小夜子様は目を背けてますわ」
「ええ……亜璃珠さん……もとい御姉様との関係で悩んでるのは本当」
 小夜子は息をのみ、呼吸を整える。
「御姉様が優子さんを想ってるのは知っている。……もしも、二人が付き合い出したら、たぶん私と御姉様は今までの関係ではいられないでしょうね」
 淡々ともいえる口調で語っていく、けれど。
「勿論、それ以上の関係も望めない……。優子さんを嫌いなわけじゃない。優子さんが悪いわけではないから……」
 感情を抑えてはいても、声が軽く震えてしまう。
「でも怖い。私から大事な人が居なくなりそうだから」
 両手でペンダントを握りしめて、小夜子は肩を震わせた。
 泣き出しそうな小夜子の左右に座る、エンデとエノンは目を合わせて頷き合う。
 ここに来る前に、小夜子のことについて相談をしてあった。
「エンデさんが言ってくれたけど、今のままだといずれ行き詰りますよ?」
 エノンの言葉を、小夜子は黙って聞いている。
「亜璃珠さん一筋は悪いとは言わないけど……、亜璃珠さんは変わるかもしれない。その時、貴女は行き詰る。……小夜子さんもその時は変わる必要があるでしょうね」
「え、え……」
 そうとしか小夜子は答えられなかった。
 分かっている。だけれど、怖い。たまらなく怖い、のだ。
 亜璃珠が自分にかけてくれる言葉も、優しさも、愛情も、全て、全てが。
 優子に盗られてしまいそうで。
 好きという言葉をかけあうことも、もう許されないような気がして。
「醒めぬ夢などない、かしら……」
 だけど、『姉妹として』『御姉様として』『妹として』……好き。
 そんな嘘をつき続けることも、欲しい唯一の愛情を決してもらえないことも。
 辛い、悲しい――。
 でも、怖い。
 嘘でも、恋人としてじゃくても、好き合って、いたい。
「私には小夜子様には亜璃珠様以外に好きな人はいるように思えますが……?」
 そんなエンデの言葉に、小夜子ははっとする。
 そう……。
「大切な人はもう一人いる。でも、御姉様に尽くしてきたのに、今更変えるようなことは、代わりのようで相手に失礼じゃないかしら……」
「貴女なら尽くすタイプですもの。代わりのつもりで付き合う人じゃないでしょう?」
 エノンが穏やかにそう問いかけた。
 小夜子はただ、瞳を揺らして。
 顔を上げて、遠くを――校舎の方に目を向ける。
 亜璃珠は今、面談の順番を待っているはずだ。
 相手は、神楽崎優子。
 亜璃珠が優子の傍に向うのはいつもの事。
 小夜子はいつも、こうして近づきすぎずに待っている。
 そう、いつも優子には近づかなかった。
「御姉様……いえ、亜璃珠さんを諦めるわけじゃない。でも私は亜璃珠さんに嫌われたくない。だから、もしその時になったら……」
 ぽつぽつと、ゆっくり小夜子は語っていく。
「私も変わらなくきゃいけないかしら……」
 亜璃珠だけを見ず、もっと周りを見れば……。
 あるいは……?
 分からないけど……。
「お姉様」
 少女の声が、響いてきた。
 振り向き、目を向けた先に――長いピンク色の髪の少女の姿が、ある。
「ご気分でも悪いのですか?」
 心配そうに駆け寄ってきたのは、泉 美緒(いずみ・みお)。小夜子達をお姉様と慕う少女だ。
「いえ、少し涼んでいただけですわ」
 そう微笑みを見せて、小夜子は立ち上がる。
「そうですか、良かったです。あの、小夜子お姉様が持ってきてくださった、ハーブティとても美味しかったですわ。どこで購入されたのでしょうか?」
「あれは……」
 問いかけてくる可愛らしい少女に、小夜子は微笑みを見せながら答えていき、パーティ会場へと歩きはじめる。
 そんな2人の後ろ姿を。エンデとエノンは顔を合わせて頷き合って、穏やかに見送った。