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リアクション
第十四曲 〜Conditon Of The Hero〜
(大体のことは分かったわ、ありがとう)
如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、シスター・エルザと面会をするという宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)にテレパシーで、エルザという人物についてと、彼女と話した内容を伝えた。
「まずはこれでよし、と」
シスター・エルザとの話で正悟が感じたこと。
それは、パラミタと地球、双方に戦争を望む「歪み」があるということだ。ならば、それを潰すにはどうすればいいのか。
パラミタに戻ろうが、F.R.A.G.に残留しようが、それだけでは足りない。どちらかの勢力に加担した時点で、一方勝者、一方を敗者とする二元論が成立してしまう。そしてそれは、また新たな挑戦者を生み、結果争いは繰り替えされる。
正悟は熟考し始めた。
「元凶」を倒すための方法を――。
(・英雄の条件)
2021年4月。
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はマヌエル枢機卿の紹介状を携え、聖カテリーナアカデミーにやってきた。
「話は伺っております。では紹介状をお預かり致します」
紹介状を渡すと、受け取った職員はそれを校長の元へ届けに行った。
すぐに祥子の所まで戻ってくる。
「こちらへどうぞ」
修道服を着た職員に案内され、校長室へ通される。
(正悟からの情報によれば、彼女は十人評議会の一員の可能性が非常に高い。そうなると、枢機卿も……?)
考えるが、そこで頭を振る。仮にそうであったとしても、別に意識する必要はない。正悟の話によれば、シスター・エルザは特にシャンバラを敵視しているわけではないらしい。枢機卿も、頭ごなしにシャンバラを否定しているわけではなかった。
相手が受け入れてくれている以上、話し合うことは出来る。
「いらっしゃい。まあ、座りなさいな」
校長室の扉の先にいる少女の姿が目に入った。
微笑を浮かべ、紅と碧の瞳で祥子をじっと見つめている。彼女が声を発しなければ、人形だと思っても不思議ではないほどだ。人間らしさが感じられないほど、彼女の容貌はあまりにも良く出来過ぎていた。
「失礼します」
一礼し、室内に一歩踏み込む。その瞬間、祥子は感じた。
(「会うならば気をつけた方がいい」。その意味がよく分かったわ)
圧倒的なプレッシャー。目の前に座っている人物への認識が「少女」から「女性」に変わる。見た目通りの十二歳そこいらの少女が醸し出す雰囲気ではない。
「あら、どうしたの? 遠慮する必要なんてないわよ」
エルザの声で、はっと我にかえる。
「……では」
静かに腰を下ろす。
「紅茶を二人分。そうね、アプリコットティーを」
座って少しすると、職員が紅茶を淹れて二人の前に差し出した。
「マヌエル君がシャンバラに行ったときに知り合ったご友人だそうね」
「はい。宇都宮 祥子と申します」
改めて自己紹介を行う。
「猊下とは地球とパラミタの関係について意見を交わしました」
これまでにマヌエルと話したことをかいつまんでエルザに伝えた。
「へえ、なかなかマヌエル君も気を許しているようね。ちなみに、あたしは『融合派』よ」
「その理由は?」
「だって、分断するってのは元の世界に戻すってことでしょう。2009年よりも前の状態に。それなら不確定要素が多くても、パラミタと地球が融合した方が『新世界』って感じで面白いわ」
相変わらず不敵な笑みを浮かべている。それが冗談なのか、本心なのかは分からない。
「マヌエル君は賢いんだけど、真面目過ぎるのよ。そもそも融合にしろ分離にしろ、そのための方法が確立されていない段階でいくら話したところで、意味を成さないわ。机を囲んで理想論を語るだけじゃ、世界は何も変わらないのよ」
「しかし先に話し合っておけば、その状況が訪れたときに迷わずに対応が出来るのでは、とも思います」
「そういう反論は当然あるわね。意味をなさないとは言ったけど、無駄だとは言ってないわよ。単に、それが直接世界を動かす要因足り得ないというだけの話ね」
紅茶をゆっくりとすするエルザ。
「それに、世界を動かすのは少数のエリートじゃないわ。確かに、影響力という点で彼らはきっかけを作りやすい位置にはいる。けれど、多くの場合は些細な何かがきっかけとなって、いつの間にか大きな動きとなる。きっかけというのはあくまでもきっかけ。もちろん広がらない可能性だってある。いえ、むしろその方が圧倒的に多いわ。そうね、抽象的な言い方をするならば、世界を動かすのは人間であり、社会であり、この世界そのものよ。『世界の選択』っていう言葉もあながち的外れではないわけね。けれど、それで納得出来る者は少ない。じゃあ、どうすればいいか?」
「――英雄を作り上げる」
「そう。最も分かりやすい例としてそれがあるわ」
マヌエルも似たようなことを言っていた。
歴史において英雄が生み出される原理。それは、現在でも当てはまるものだろう。
「パラミタに戸惑う民衆の先に立ち『こう接するべき』とその動きを先導する形で、シャンバラ各校やアカデミーのような『英雄』が生まれた」
「あくまで契約者と呼ばれる者達が誕生したことで必要になった受け皿。けれど、それは大衆から見た一つの希望であり、新しい時代の象徴となったというところかしら」
しかし、時が経つとその英雄達は立場の違いから対立し、衝突した。
「『狡兎死して走狗烹らる』。英雄を必要とするのが民衆なら不要とするのも民衆。私の危惧は契約者という存在が地球にとっては異分子で、パラミタが消えた後、どう扱われるかです。力ある者はそれだけで危険視され『歪み』となるでしょう」
英雄とは利用される存在だ。
仮に地球とパラミタが切り離され、元通りになったとする。そうなった際の契約者に対する影響は分からないが、仮に契約者としての力を維持したままならどうなるだろうか。
「それは、パラミタが消えた後の契約者次第よ。その力で何をするか。この惑星の人間の寿命は長くて百年くらい。パートナー契約を交わしても、片方が死んだら解除される。力があっても、それは長い歴史のほんの一世紀の間に過ぎないわ。その力をどう振るうかによって、契約者の扱いは変わってくる。聖人となるか、魔人となるかはね」
エルザが続ける。
「シャンバラ、いえ、学校勢力の契約者は恐れているんじゃないかしら? パラミタが消えたら、地球の人々に掌を返されてしまうのではないかと。理由については、『反シャンバラ勢力』がいることと、聖戦宣言を聞いていれば思い当たる節があるはずよ」
地球の顰蹙を買っているのは、シャンバラ政策を行っている学校勢力の上層部だ。多くの学生は関係がない。だが、パラミタがなくなれば「元シャンバラの契約者」で一括りにされる。レッテル貼りが平然と行われる可能性が高いのだ。
「仮にパラミタと地球を切り離さなければならない、という状況になったとしても、シャンバラ政府は頑なにそれを拒否するでしょう。そりゃあ我が身が大事よね」
決して彼女は非難している風ではない。むしろ、特権を得た者が保身に走るのは当然の摂理だと言いたげに見える。
「マヌエル君は分離と融合で迷ってるってあなたと話したそうね。それは嘘よ。彼は分離を強く主張している。その上で教会による『救済』を行おうとしているのよ」
「……救済?」
なんとなくだが、その内容が予測出来た。
「契約者としての力は、奇跡を可能にする。教会における聖人の条件は、生涯において何らかの『奇跡』を起こすこと。そして、教会の抱える信者は地球の三分の一にも上る。加えて、欧州同時多発テロを一人の死者も出さずに鎮圧し、テロリストである鏖殺寺院を次々と壊滅させ、人々を守ってきた。それに、F.R.A.G.は武力を持ってはいるものの、軍と言うには小規模過ぎるわ。はっきり言って、数ではシャンバラはおろか、先進諸国の軍隊にさえ及ばない。でも、そうでなくてはいけないのよ」
「プロパガンダ……ですね」
F.R.A.G.と契約者を利用し、教会の権威を取り戻す。それが信心深いマヌエルの目的であるようだ。
「マヌエル君も見事なものよ。ここまで上手く舞台を整えるなんてね。既に学校勢力のバックにいる先進諸国以外の多くの国家取り込むことに成功している。パラミタと地球が離れた方が彼にとっては都合がいいのよ。そうでなくとも、シャンバラが引鉄を引きさえすれば、正当な理由をもって武力を行使することも出来る」
「そうなった場合、あの人はもう言葉では止められないでしょうね。一度は殴り合わないと。そうする力があれば……まぁ、するでしょうね」
せっかくの縁を無闇やたらに失いたくはない。
そのために、戦うことになったら実力行使をしてでも止めなくてはと、祥子は考える。
「信仰を持った人間を変えるのは難しいわよ。それに、暴力でねじ伏せるのではさらなる反発を招くだけになるわ」
「ええ。ですが、そうやってぶつかり合うことで分かり合えるのなら……と思います」
エルザが興味深げに祥子をじっと見つめる。
「頑張りなさいな。あなたがこの先何をなすのか、少し楽しみだし。それに、あたしは誰の敵でもないし、味方でもない。余計な手出しはしないけど、話し相手くらいにはなるわよ」
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