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リアクション
第十三曲 〜Prototype〜
「ペルラ、パイロット科長の名前ってさ、確か『イズミ・サトー』だったよね?」
ミルト・グリューブルム(みると・ぐりゅーぶるむ)が、思い出したようにペルラ・クローネ(ぺるら・くろーね)に問う。
「ええ。そうですわ」
「ヴェロニカってだいぶ思いつめてる感じな所もあったけど、真面目そうな子だし、教官と生徒の関係で名前をファーストネームで呼ぼうとするのって変だよね。それに、パイロット科長もヴェロニカのことずっと前から知ってるみたいだったもん」
それがミルトには不思議でならなかった。
「そうですわね。パイロット科長の経歴を少し調べてみましょうか? 噂ではフランス外人部隊にいたとか、元雑誌モデルだったとか……後の方は、いかにもゴシップ好きそうな方から聞いた噂ですし、あまりあてになりませんわね」
「うん、お願い」
こうしてペルラは調査を始めた。
後に、フランス外人部隊の契約者連隊に五月田教官長と共に所属していたこと、2015年のレバノンクーデターでかつてのF.R.A.G.と組んでいたことが判明する。
リーダーとされたグエナ・ダールトンの名前は見つけられたが、他のメンバーに関する情報は残念ながら得るには至らないのだが。伝説と化しているのは、F.R.A.G.の素性がはっきりと分からないからなのかもしれない。
ペルラが去ったハンガーで、ミルトは調整中の自機【ゼーレ】を見上げて呟いた。
「みんな本当は、自分も悲しみたくないし、誰も悲しませたくなんかないはずなんだよね」
(・NEXT)
天沼矛内、イコンデッキ。
「いよいよコイツのお披露目だな」
天御柱学院整備科科長グスタフ・ベルイマンの後に続き、長谷川 真琴(はせがわ・まこと)とクリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)は格納庫の中に足を踏み入れた。
「これがイーグリット・ネクスト……」
第二世代機開発プロジェクトに関わっていた真琴達であるが、実際に完成した機体を見るのは初めてのことだった。
「ここにあるのは全部で二十機だ。つっても、五機はまだシステムが稼働出来る状態じゃねぇ。コイツで出撃しようってのは何組だ?」
「十五組です」
整備科に送られてきた搭乗者名簿に目線を落とし、真琴が告げる。
「ちょうどか。一応、根本的な部分の整備は終わってる。あとはお前の提案した整備計画通りに、こいつらも含めた出撃予定の機体の調整をすればいい」
春休みから新年度にかけてデータの整理を行い、四月からは整備科内で意見のすり合わせを行い、一層の整備の効率化に尽力した。
真琴はパイロット科初の実戦からずっとイコン整備に従事し、学院の機体を熟知している。それだけでなく、目の前の機体の開発にも関わっている。
それが評価されていたためか、高等部三年生となった彼女は2021年度の天御柱学院整備科生徒代表に選出された。
「それじゃ、向こうはあたいに任せな」
「お願いしますね」
クリスチーナが旧世代機の整備へと向かう。真琴は科長達と第二世代機につきっきりになるため、クリスチーナが既に手馴れた機体を見るというのだ。
ブルースロート、プラヴァー、イーグリット・ネクスト。
このうち、ブルースロートとプラヴァーは実機の運用データが存在する。少し前にテストが行われたプラヴァーは、装備パック次第でイーグリット・コームラントと同等以上になり得る、それでいて内蔵されたパイロットサポートシステムによって操縦や管制系統が簡易化されており、天学生のように訓練を積んだ者でなくともある程度の性能を引き出すことが可能となっている。
テストパイロット曰く「天学のイコンがマニュアル車だとすれば、この機体はオートマ車だ」とのこと。
プラヴァーの整備で最も注意すべきは装備パックとの接続部である。ここに欠陥があると、武装が正常に作動しない恐れがあるためだ。
とはいえ、「シャンバラ王国全土で運用される次世代機」として開発されているため、整備性も良くなっている。イーグリットよりも楽に整備出来るくらいだ。
問題はまだ試作段階であり、その性能も未知数であるイーグリット・ネクストである。
「コイツは二段階の『覚醒』を行えるように設計されている。それについては分かってるな?」
「第一段階で動力部の機晶エネルギーを、そして第二段階で内蔵されている二つの補助動力のエネルギーを完全に解放。理論上では、完全覚醒における出力はイーグリットの三乗倍となっています」
「そう、『理論上』は、だ。そしてこの二段階目についてはまだ班長未満の生徒とパイロット科には知らされてねぇ」
パイロットの安全を考え、まだこのことは秘匿されている。トリニティ・システムの完全覚醒が生み出す膨大なエネルギーに対するリスクがまだ検証されていないためだ。
「覚醒を使わない状態で、イーグリットの覚醒時と同等とされていますからね。それに第一段階の時点で、通常稼働時におけるイーグリットの三倍の出力です」
「これがこの先、イコンのスタンダードになるかもしれねえぇんだよなぁ」
理論的なことは分からないまでも、技術革新でも起こらない限りはこのトリニティ・システムが、今後開発されていくであろう第三世代以降にも引き継がれていくだろうと、科長は見ていた。実際、まだシャンバラでは第二世代機が実用化されていないにも関わらず、第三世代機の構想自体はあるらしい。
とはいえ、ホワイトスノー博士によれば「第二世代機の完全配備には最低あと二ヶ月、第三世代機を開発するとなれば、あと一年はかかる」とのことである。
レイヴンの試運転のときと同じように、真琴は初期設定を行う。コックピット内の作業をしながら、同じように第二世代機の整備担当となっている生徒達に外部の――特に、イーグリット・ネクストのメイン・補助スラスターの調整をしてもらう。
ブルースロートに関しては、機体外部よりも、内部の管制系統を重点的にチェックする。システムに異常がある場合、エネルギーシールドが正常に作動しない可能性が出てくるためだ。
「ブルースロートはやっぱり兵装は変えられないぎゃか?」
親不孝通 夜鷹(おやふこうどおり・よたか)が尋ねてきた。
「ええ。ビームライフルで固定になってますね。防御性能を最大限に発揮するために、武装は最低限にされているようです」
仕様書を見ながら、夜鷹に説明する。
「五機編成の小隊までなら一機でカバー可能なエネルギーシールドがありますが、私としては、この機体の最大の強みは機体への干渉能力だと考えています。エネルギーシールドは動力炉の機晶エネルギーに干渉することで発生させているので、味方機に干渉することも出来る、ということになります」
パイロットの情報処理能力の高さが問われるが、覚醒が使えない機体の性能を最大限に引き出したり、被弾して制御不能に陥った機体に干渉して不時着させたりと、支援機として大きな力を秘めていると真琴は考える。
「とにかく、機体そのものが『生き残りやすい』ものってことだぎゃ?」
「そうなりますね。シールドを展開しない状態で大型ビームキャノンが直撃しても、一発では落ちないくらいの耐久力もありますから」
その能力からブルースロートが集中攻撃される可能性は高い。そのため、機体自体も高い装甲強度を誇っているのだ。
「とはいえブルースロートはその性質上、他の機体よりもエネルギーを消費しやすいというのが短所です」
「余計なところで負荷がかからないように整備しなきゃいけない、ってことぎゃ」
「特に機体で負荷がかかりやすいのは駆動部です。負荷が溜まると動かすのによりエネルギーが必要になってしまいますから。それに機体の弱点の一つでもあるので、ここは重点的に整備しなければなりません」
それを受け、真剣な面持ちで夜鷹が関節駆動部の整備を始めた。
* * *
「マニュアルは熟読した。経験の絶対数が不足しているため、イコン整備そのものは未だ慣れんが、適宜教示願いたい」
「とにかく整備は身体で覚えるものだ。って科長なら言いそうだね。最優先は関節駆動部とフローターが正常に動作するかどうかの確認だよ」
クリスチーナの指示の下、
クラウディア・ウスキアス(くらうでぃあ・うすきあす)が機体整備を行っている。彼が整備しているのはパートナー達が搭乗するレイヴンTYPE―Cである。ブレイン・マシン・インターフェイスを除けば、コームラントと変わらない。
内部のチェックをするため、クラウディアがコックピットの中に入った。
(あら、レイヴンのリミッターが解除されている……)
彼と同じようにコックピットで計器類を確認していた
カーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)はそのことに気付いた。現在も、レイヴンのパイロット志願者に対してはBMIシンクロ率の上限が30%に定められているはずなのに。
「そっちの機体もか。シンクロ率が解除されているのは、全部で六機。ちょっと確認しとかないとな」
クリスチーナによれば、出撃予定のレイヴン七機のうち六機がリミッターを解除されているという。残る一機もパーセンテージが固定されていた。
ベルイマン科長が様子を見に来たところで、その件について確認する。
「風間が言うには、『50%を超えると暴走の危険性があります。しかしそれを知っていれば、リミッターを外しておいたとしても無闇にその数値を超えようとはしないでしょう』とのことだ。あの男の考えは分からねぇが、少なくともパイロットが乗りこなせると考えてなけりゃそんなことは言わねぇ。だったら、実際に動かすパイロットを信じてやんのが筋ってもんだ。俺達がすべきはパイロットを疑うことじゃなく、機体を万全に整えてやることだ」
シンクロ率30%を扱いこなせれば、クルキアータと同等に戦うことは既に証明されている。
「科長、一つ確認したいことが」
カーリンは科長に申し出た。
TYPE―Cはコームラントをベースにしている。それに、乗り慣れた機体にBMIが搭載されることで、パイロットの精神への余計な負荷がかからないようにも出来るかもしれない。
そう考えたカーリンは、【ジャック】にBMIを搭載するように打診していたのである。
「このTYPE―Cは、お前のパートナーが乗る【ジャック】がベースになっている。BMIが追加されたことを除けば、ほとんどそのままだ」
それを聞いて、カーリンは安心したかのように一息ついた。
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