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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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第十七章 〜死闘〜


 シャンバラ宮殿地下、天沼矛連絡口。
 封鎖されたその場所の前で、世 羅儀(せい・らぎ)は待機していた。
(制圧以外、って言っても、ここ以外に海京に入れる場所はないからなあ……)
 しかも、ゲートを越えればエキスパート部隊のテリトリーだ。そもそも、ここが使えないからPASDの転送術者に送ってもらうしか方法がなかったのだ。
 白竜から待機を命じられたのは、オーダー13の影響を考慮してである。だが、それだけではない。
「徹底しているよなあ、白竜は……。まあ自害しろと言わないだけましか」
 ぽつりと呟いた。
 彼の手には、薬品が入った注射器が握られている。万が一オーダー13のコントロール下に陥りそうになったときは、速やかに体内に投入し、睡眠状態になれと。
 国軍として、迷惑を掛けてはいけない。むしろこういう状況だからこそ、一歩間違えれば国軍はシャンバラ国民からの信用を失うことに繋がりかねない。
 例えば、オーダー13の影響下にある国軍の強化人間に、海京の強化人間だけでなく民間人も殺すように命じれば、「国軍は民間人を犠牲にしてでもクーデターの制圧を優先した」と非難するためのいい材料になる。『自分達の都合で戦争ばかり起こすシャンバラ政府の犬』などというレッテルが今だって存在しているくらいだ。決定権を持つのが政府、あるいは女王だとしても、軍隊の性質上命令は絶対だとしても、合法的に人を殺せる「軍隊」というのは、悪者に仕立て上げやすいのである。
 裏を返せば軍人は逆恨みされやすく、機会があれば真っ先に攻撃される対象となる可能性が高いのだ。


・国軍


 佐野 和輝(さの・かずき)は北地区の港にいた。
 クーデター勃発の直後、アニス・パラス(あにす・ぱらす)の様子がおかしくなったため、急いで海京を出ようとしたからだ。
 天沼矛が封鎖されている以上、海に出るしかない。幸いシャンバラ教導団に所属していることもあり、北地区に行けば国軍の持つ船舶も使えるだろう。
 だが、そう都合よくはいかなかった。
 エキスパート部隊は、海京の中にいる人間を外部に出さないように命じられているようだ。
「船まで行ければ、何とかなるわ」
 スノー・クライム(すのー・くらいむ)が強化人間の前に立ち塞がり、時間を稼ごうとする。
 しかし、相手は完全に統制の取れた兵士と化している。厳しい訓練を積んだ軍人でさえ、互いに死角をカバーし合い、しかもこちらの動きに応じて精密機械のごとく反応してくる相手と戦うのは難しい。しかも、それぞれが何かしらの能力に特化しているわけではなく、身体能力の差こそあれ均一的な近、中、遠距離の戦い方を身に付けている。そのため、役割は決して固定ではなく、状況に応じて臨機応変に対応してくるのだ。
「アニス!!」
 エキスパート部隊が振るったナイフからアニスを庇う。だが、避けきれずにナイフが皮膚を裂き、鮮血が飛び出す。
「和輝が……血を……出して……アニスは、あにすは……あに、す……?」
 アニスの目から光が失われた。
 和輝が怪我をしたショックで、必死で抵抗していたオーダー13に耐えられなくなったのだろう。
「……ここまでですか」
 人形のようになってしまったアニスが、使い魔で和輝とスノーを包囲した。
「分かりました。もう、抵抗はしません」
 代わりに、管区長を呼んでもらうように依頼する。
「あいやー、逃げようとしちゃ駄目ネ」
 すぐに、チャイナドレス風にアレンジされた天御柱学院の制服を着た少女が現れた。
「……アニスの安全だけは確保して下さい」
 もちろん、そのためにエキスパートには協力する。
「感情を持たない、統制の取れた忠実な兵士が強いでしょう。だが、敵の策略などの対応が難しい事態が出てくるはずです。アニスの安全を確保してくれるなら、私がその部分を補う役目を務めます」
 まして、ここは国軍の駐屯地だ。
「うーん、そんなことはどうでもいいんだよネ……あ、いいこと思いついた」
 管区長が何やら指示を送ったようだ。
「この五人、キミの命令聞くようにしといたネ。じゃ、ちょっと国軍の人達殺してきて」
 少女が、和輝に仮面を渡してきた。
「それ、着けといた方がいいヨー」
 スノーを纏った上で、仮面を装着する。今の彼に選択肢はなかった。

* * *


「あれが、管区長の黄 鈴鈴」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、港でのやり取りを終えた鈴鈴の姿を捉えた。
 サイオドロップのアジトからこちらに向かう際、「二手に分かれよう」と同じ北地区の制圧に出る人達に言って、何とか単独行動が行えたのである。
「ローザ、行くなら今しかありませんよ」
 エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)が横目でローザマリアを見る。
(シルヴィア、状況は?)
 シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)にテレパシーを送った。
(全部完了したよ)
 彼女には、海に入ってもらい、メガフロートの底面や近海に爆弾を仕掛けるよう指示していた。
(ゴーよ)
 そのうち、陽動のために設置したものの爆破を指示する。それによって、強化人間達だけでなく、国軍の注意も向けさせた。
 そして、鈴鈴に接触を図る。念のため仮面は被り、エシクに強化型Pキャンセラーを持たせた上で。
「管区長、黄 鈴鈴ね。『マヌエル枢機卿のパトロン』の者よ。学校勢力解体を支持し、天住に協力するように命じられてきたわ」
 だから、天住の元へ連れていって欲しいと伝える。
「うーん、それを鵜呑みにして連れてくわけにはいかないかなー」
 ここで、シルヴィアから送られてきた、北地区の底面に設置された爆弾の写真を見せる。
「私は北地区ごと沈める覚悟でいるわ」
 それを耳にした鈴鈴がにやりと笑う。
「利害の一致だけではないわ。天住の考えに賛同する、地球を想う契約者がいたところで不思議はないでしょう? パラミタにおける利権は実質、開発にアドバンテージを持つ日本とその出口機関たる『新日章会』が牛耳っているわ。その機関の解体を目論むというのは、天住の要求とも相容れるもののはずよ」
 もちろん、これは天住に近付くためのただの方便だ。しかし、嘘だというわけでもない。日本の立場を弱めたいというのは本音だ。ただ、それは地球のためではなく、あくまでアメリカの国益のためである。マヌエル枢機卿と接触したのも、アメリカ国民の八割が「教会」の掲げる宗教の信者であり、彼のコネクションとバックの力を利用しようと考えたからだ。もっとも、九割というのはあくまで全ての教派を合わせた数であり、「教会」と同じ教派なのは二割程度であるが。
「それが本当だとしても、嘘はよくないネ」
 鈴鈴の動きを察知して、エシクが即座に強化型Pキャンセラーを発動させようとした。
「遅いヨ」
 鋭い蹴りが真空波を発生させ、Pキャンセラーが破壊されてしまう。次いで軸足をそのまま回転させて身体をひねり、勢いを利用して後ろ回し蹴りをローザマリアに浴びせてきた。
 ほとんど不意打ちであったため、アクセルギアを作動させて動こうとしたが間に合わず、まともに食らってしまう。バランスを崩したところで鈴鈴が懐に入り、平手で彼女の身体を地面に叩きつけた。
 その際、爆弾の写真が収められているローザマリアのスマートフォンが取り上げられてしまう。
「この爆弾、ダミーでしょ。君達のテレパシーは筒抜けだヨ」
 内蔵が潰されたらしく、まともに身体を動かせない。それをエシクの方に投げ、一瞬彼女の視線がそれに向いた瞬間に一気に距離を詰め、エシクにも打撃を食らわせる。
 おそらくは、神速からの即天去私。契約者から見れば大したこと技ではないかもしれないが、相手は一瞬の隙に流れるようにそれらを繰り出してきたのだ。
「へー、二人とも軍人さんネ。この写真、『軍の人が海京を沈めるために仕掛けた』って言ったらどうなるかな?」
 スマートフォンをしまい、ローザマリアとエシクの襟首を掴んで海へと放り投げた。

 海に投げ込まれた二人をシルヴィアは救出するも、そこから海京で引き続き戦うにはダメージが大きく、もはや不可能だった。

* * *


 国軍海京駐屯地の兵力は、二千人規模の連隊である。対し、クーデター勢力の一部である北地区の強化人間は百人程度だ。専門的な軍事教練を受けている軍人契約者と、あくまで超能力の訓練を積んだに過ぎないただの生徒。その差は、一見すれば歴然である。
『大尉、強化人間部隊が基地の敷地内に侵入しました!』
『迎え撃て。出来る限り、敵の戦力をこちらに引き付けよ』
 報告を受け、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は指示を出した。
 要求を受け入れるならば、海京の人間に危害は加えない。ただし、実力行使――クーデターの武力制圧に出た場合は一般人を傷つけることも辞さない。それは、海京駐屯地の国軍の動きを封じるための言葉でもあった。
 しかし、国軍は今の海京における唯一の戦力でもある。強化人間部隊が殲滅に乗り出してくるのは、決して不思議なことではなかった。
『大尉、重要な知らせがある』
 上官である中佐から連絡が入る。
『国軍のネットワークを通じて入ってきた報告によれば、現在空京から秘密裏に援軍が送られ、海京の反クーデター組織と共に行動を開始したとのことだ。その組織の使者から、物資も届いている』
 届いたのは、Pキャンセラー遮断用の仮面と、強化型Pキャンセラーだ。後者の方は、数が少ないため、使うタイミングを考えなければならない。
「受け取ってきますねぇ〜」
 パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)がクレアが指揮を任されている中隊分の物資を取りに向かう。
『基本的に、強化人間はオーダー13という命令によって自由意志を消された戦闘人形と化している。指揮官の意のままに完全に統制が取れた部隊である以上、未契約の強化人間だと侮ってはならない。また、彼らもまた人質のようなものだ。止むを得ない場合を除き、無力化に止めよ』
 ここからは、駐屯地の各部隊単位での作戦行動になる。
「こちらが勝てば相手は実力行使をしたと判断し、負ければ強化人間部隊の力の誇示と国軍の面目を潰すことが出来る、か。舐められてものだ」
 クレアは歯を噛み締めた。負けることは許されないが、かといって勝ってしまっては別の地区の一般人に危害が及ぶ可能性がある。
 秘密任務を成功させるためには、この場所に強化人間を集めることで時間を稼ぐのが有効だろう。おそらく、管区長は駐屯地の様子が分かる場所から指示を出していることだろう。
(空港の管制塔、あたりが妥当か)
 念のため、エイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)に管区長を探し出し、狙撃出来るように待機することを命じる。
「黄 鈴鈴。この北地区を任されている人物か。一応聞いとくけど、殺さなくても止められるような奴か?」
「操られているだろうとはいえ、指揮官の立場にある以上、人間的な思考判断能力は残っているはず。それに、軍がいる地区を任されているくらいだ。非常に手強い相手だろうな」
 それでも、気絶させて意識を失くさせるか、Pキャンセラーで力を奪い精神感応ネットワークを使えなくさせれば指揮下のある者達は止まるだろうとは予測されている。
 エイミーが狙撃、前線での対処がパティ、中隊指揮はクレアが執り、それをハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)がサポートする形になる。
「クレア様、侵入してきました。こちらのブロックには十五名です」
 敵はスリーマンセルで攻めてきている。それが最も彼らの戦い方に適しているのだろう。
(なるほど、簡易命令だけ与え、最小単位で並行して動かせば高度な演算を行う必要もない。それぞれの脳への負担も軽減されるというわけか)
 どうやら五人の管区長をコアとした、マルチコアの並列コンピューターのような原理らしいが、演算速度が高速になればなるほど大元の負担は増える。そのため、オーダー13と一緒に強化人間には命令に応じた戦術プログラムのようなものも仕込まれていたのだろう。考えるのではなく、条件反射的に敵に対処することで演算を簡易化し、大元への負担を減らせる。
 あくまで予想に過ぎないが、そんなところだろう。
(いい具合に誘い込まれたな)
 状況を確認し、指示を出す。
『各位、強化型Pキャンセラーを起動せよ!』
 それにより、彼女の隊が対処すべき強化人間達は動きを止める。
『速やかに拘束せよ。支給された手持ち式のものは、一定時間しか効力がない』
 増援が来て取り返されても厄介だ。Pキャンセラーの効力が切れても動けないようにする。その上で数人はあえて囮用に放置させる。
 ここで一度、中佐に報告を入れる。が、応答がない。他のブロックからも、連絡が行われる気配がない。
「クレア様、来ます!」
 ハンスがオートガードで銃撃からクレアを庇う。死角から二人は狙われていた。仮面に、国軍の軍服の上に、黒地で襟の長いロングコートを纏った人物だ。
「悪く思うな」
 血と鉄の構えから、二挺のマシンピストルから漆黒の魔弾を放ってくる。それを、歴戦の防御術を活かして対処する。
 相手は不利を悟ったのか、撤退していく。しかし、追いかけることよりも軍の指揮を執ることを優先する。上官との連絡がつかない以上、暫定的に彼女に全指揮権が委ねられることになるからだ。
 どうやら、敵は強化人間だけではなさそうだった。

「やっぱり、リンが直接出た方が早かったネ」
 国軍がPキャンセラーを持っているとは思わなかったが、佐野 和輝に仮面を渡しておいたのは正解だった。
 Pキャンセラー発動後に国軍の兵士の被っている仮面を撃ち抜き、行動不能にさせた上で国軍の軍服を奪う。後は、強化人間達は停止している見せかけて待機させ、味方を装って不意打ちで殺していけばいい。
 その間に、「準備運動」がてら自分も国軍駐屯地に攻め込んだ。彼女にとって、オーダー13というのは『北地区の国軍相手に本気で喧嘩を売っていい』という意味でしかない。
「うんうん、上出来」
 和輝と合流する。
「とりあえず、もういいかな」
 不意に彼の頭を掴み、壁に勢いよく叩きつけた。壁に亀裂が入り、そのまま埋まる形になる。その弾みで、魔鎧であるスノーが外される。
「パートナーの安全は確保するけど、キミの身を保障するなんて言ってないヨー」
 しかし、パートナーロストになると死ぬかもしれないため、彼を殺しはしないという。
「リンはね、軍隊や軍人さんが大大大ッ嫌いなんだ。これだけで済んだだけでも、感謝して欲しいネ」
 彼らを放置し、鈴鈴はその場を後にした。