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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

リアクション


・ルージュ・ベルモント


『グラサン、情報屋が上手くやった。管区長の場所も分かったぞ』
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)林田 樹(はやしだ・いつき)から無線で連絡を受けた。
『場所は?』
『天御柱学院風紀委員会西地区出張オフィスがあるビル。そこだ』
 ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)の持つ銃型HCでその場所を確認してもらう。ほとんど目と鼻の先だ。
 入口は風紀委員の者達で固められている。レンが迷彩防護服、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が迷彩塗装、ザミエルがブラックコートで気配を消しているとはいえ、慎重に行かなければ気付かれるだろう。
 オフィスビルの裏口に回り込む。幸い、そこには守りがいなかった。
「静かだな」
 ビルの外には強化人間がいるが、中には誰もいない。風紀委員のオフィスの中もだ。
『グラサン、屋上だ』
 樹から無線が入る。
 そのままビルの屋上へと向かう。そこには、樹とジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が到着していた。
「これで西地区は準備完了だ」
 そこへ、連絡が来た。南地区の管区長も発見したと。
『では手筈通り一分後、無力化を実行する。健闘を祈る』
 樹がそこで無線を切った。
「しかし反吐が出る。人間を駒として扱うだけでは飽き足らず、一般人を人質に取るとは」
「腹が立ちやがります……機晶姫がこう思うのは変かもしれませんが」
 樹もジーナも、強い憤りを感じているようだった。それはレンも同じだった。
「この事件の黒幕が何者なのかは知らないが、戦場に自分の意思ではなく、意思を奪った少年少女を送り込むような非道、断じて許すわけにはいかない」
 空京のPASDの集合場所に集まる前に、彼は友人から頼まれた。「ルージュを助けて欲しい」と。そして、彼女は司令塔の一人として使われている。
 そのルージュを、絶対に解放する。
 時間だ。
 樹がそっと扉を開ける。その先には、白と黒が逆転したセーラー服風の天学制服を纏い、強化型Pキャンセラー対策の仮面を斜めに被ったルージュ・ベルモントの姿があった。ちょうど仮面のある右顔の方が、レン達側を向いている。
「まずは、仮面を……」
 樹がエイミングでルージュの仮面を狙撃する。だが、それはルージュまで届かなかった。炎の壁に阻まれたためである。
「出て来い。さっきからそこで見ていたのは分かっている」
 不意打ちに失敗した以上、ここからは戦って仮面を剥ぎ取り、無力化するしかない。
 屋上へとレン達は出て行く。
「西地区の連中には待機命令を出してある。一般人に危害を加えることも、天住に知らせることもしない。犠牲を出すつもりはないからな」
「自分の意識があるのか? なら、なぜこんなクーデターに加担する?」
 次の瞬間、出入り口が燃え上がった。退路を断たれた形になる。
「理由は簡単だ。オーダー13を下した天住は、俺達のような強化人間の住みやすい世界を創ると言った。それに、血の海になると言っても、それは俺達が一般人を殺すからではなく、俺達を鎮圧するためにシャンバラが一般人を巻き添えにするという意味だ。戦争好きなシャンバラなら、そのくらいのことは平気でするだろ? なあ、そこの軍人さん?」
 紅い瞳が樹の方を向いた。
「……軍人を舐めるなよ。私達が本当に好んでコンロンやエリュシオンと戦っていたと思うのか!? それに、私達はお前達のように人を駒として見ることはしない。人は、『ヒト』だからこそ力が出せるのだ」
 その言葉に、ルージュは口の端を吊り上げた。
「面白い。どちらにせよ、シャンバラに要求を呑む気などないことは分かっている。お前達が私を含む管区長全員を倒すか、それともやられた後にシャンバラが海京ごと潰しにくるか、道はどちらかだ。
 ――来い、契約者!」
 それが戦いの合図だった。
 最初に動いたのは、メティスだ。西地区の建物から拝借した避雷針を設置する。ルージュが「炎帝」の異名を持つことは事前の打ち合わせでここにいるメンバーは知っているが、炎以外を使わないという保障はない。
 レンは樹達に目配せした。時間を稼いでくれ、という意味だ。
 大魔弾コキュートスを効果的に撃つには、隙が必要だからだ。
「やいこらスケ番! スカートの裾が解れてましてよ!」
 ジーナが注意を逸らそうとするも、顔を向けることなく炎の矢のようなものを繰り出してくる。それを、スウェーで上体を反らしながら受け流す。
 ルージュの炎は厄介だ。一度受けてしまえば、彼女が炎を解除するか、相手が骨になるまで燃え続ける。
「く……銃は役に立たないか」
 ルージュはその場からほとんど動いていない。動かずとも、近付く隙を与えないのである。
 おそらく、フォースフィールドを身体の近くで展開した上で、実弾、ビーム弾問わず無効化するほどの高熱の炎を発生させているのだろう。
 彼女が屋上で待ち構えていたのは、おそらく戦うことになった際、建物の中や街ではその力を十分に発揮出来ないからだろう。一般人や仲間にさえ被害が出かねない。
「その程度か?」
 次いで、防御に使っていた炎が球体となり、レン達を襲う。避ければ避けるほど、炎はビルに当たり、燃え広がる。
 だがここに来て分かったのは、いくらフォースフィールドで防いでいるといっても、限界はあるということだ。
 ザミエルがルージュに向かって機晶爆弾を投げつける。それをルージュが炎で防ぐ前に、機晶スナイパーライフルで爆破する。炎で物理攻撃は止められても、爆風までは止められなかった。
 樹がクロスファイアを撃ち込む。だが、それを察知していたのか身体をひねりながら腕を振るう。その弧を追うように、炎が発生しクロスファイアを相殺した。
 彼女が避けたところで、ジーナがクレセントアックスでツインスラッシュを繰り出す。が、相手はそれを流しうけながら途中でジーナの腕を掴み、さらにひねっている途中の身体をさらに回転させ、遠心力で樹の方へと放り投げた。
「……リンリンから武術教わってなかったら危うかったな」
 と一言呟き、ルージュは態勢を立て直した。
 服のポケットからグローブのようなものを取り出し、それを両手に装着する。
「さすがに、死なない程度の炎では埒が明かないようだ」
 それまでと違い、彼女の両手首より先に纏わりつく炎は蒼白であり、彼女の周囲の空気が揺れていた。陽炎が発生している。
「……死ぬなよ」
 蒼白の炎がルージュから繰り出された。それは地面を走るようにして、屋上の入口があった辺りまで突き進んでいく。
 通った屋上部分は、蒸発していた。燃える、などというレベルではない。
 おそらく、あのグローブに特殊な加工が施されているのだろう。この炎こそが、おそらく彼女を「炎帝」足らしめているものだ。パイロキネシスによって発生させることの出来る高熱は、その者の実力に比例する。それこそ、契約者でもここまで炎を極めている者は少ないだろう。
(これにかけるしかない……!)
 レンは、ルージュがグローブを嵌めている間に照準をルージュに合わせていた。彼女がレンの方に攻撃をしなかったのが救いだ。
 だが、これが決まらなければ打つ手はなくなる。チャンスは一度だ。
 ルージュの右手から蒼炎が放たれるのと、レンが引鉄を引き、大魔弾『コキュートス』が撃ち出されるのは、ほとんど同時だった。
 ビルをも溶かす炎熱と、彼の全魔力が込められた氷結が激突する。
「ぐ……なんて、やつだ!」
 レンの魔弾をも飲み込み、彼に炎が迫ってきた。咄嗟に右側へ身体を倒し、直撃を避ける。
 だが、彼の義手である左腕が消失した。
 何とか身体を起こすが、魔弾の反動で身体が動かない。
「さすがに、無理……だったか」
 対するルージュも、ただではすまなかった。
 レンの放った魔弾を打ち消すには、自分の操れる炎の限界を超えなければなかった。その反動で服は焼け、辛うじて残ったのは下着とスカートの一部だ。
 そして、炎を放った右腕は肩口の辺りまで蒸発してしまっていた。右頬の辺りも火傷を負っている。Pキャンセラー防止用の仮面もなくなっていた。
 ルージュが仰向けに倒れた。
「おい!」
 樹が彼女に駆け寄る。
 彼女の皮膚には、いくつもの痣や火傷痕、銃創、裂傷があった。
「その身体……」
「俺には素質がなくてな。管区長の他の四人は最初から能力を上手く扱えていたが、俺はそうじゃなかった。こいつらは、俺が自身を鍛える過程でついたものだ。まあ、俺は炎以外は今でもからっきしだがな」
 そして彼女は続ける。
「確かに、俺達はパラミタ化でちょっと変わった力が使えるようにはなった。だけどよ、その能力には個人差がある。才能がある奴、ない奴がいる。にも関わらず、強化人間って一括りにして、人為的に化け物染みた力を手に入れてるって、まるで人間ではないみたいに蔑まされるんだぜ? 挙句、精神不安定だとか暴走するだとか。契約者に比べれば、よっぽど弱いにも関わらず、危険視される。
 なあ、この姿を見ても、俺達がお前達とは違う人間じゃない存在だと思うか?」
 「炎帝」などともてはやされるよりも、ただ「ルージュ・ベルモント」という一人の人として見てもらいたい。彼女が求めるのは、ただそれだけだったのだろう。
「ああ、死神のお出ましだ」
 彼女の視線の先にあったのは、パワードスーツ「ストウ」の姿だった。
「まったく、俺を悩ませてくれた『アイスキャンディ』め。仕返しのつもりか」
 ルージュにはもう戦うだけの余裕はない。それに、インフィニットPキャンセラーの前ではあの蒼炎ですら通用しないだろう。
 ロケット弾が空中から放たれる。
 咄嗟にレンはルージュを残った右腕で抱きかかえ、ロケット弾をかわす。
 屋上への着弾の衝撃で、ルージュの炎で弱っていた部分が一気に崩落し、二人はその部分ごと下のフロアへと落下した。
「友人との約束だ。お前は絶対に死なせない!」
 ルージュを庇い、衝撃を全身に受けるレン。
 他の者達が「ストウ」を見上げるも、満身創痍の今は勝ち目がない。相手はビルごと消し飛ばそうとしさえするだろう。

 だが、そのときである。
 上空に現れた黒水晶の翼を持つ金髪の女性が、「ストウ」を地上へと叩き落そうとした。
「ガーナ、お願い!」
「おう」
 非常事態に備えて地上に待機していたPASD所属「五機精」のうち、モーリオンとガーネットが救援に駆けつける。
「あとはあたいらに任せな!」