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リアクション
・ブラウ・シュタイナー
「にいちゃん、こっちだぜ」
海京東地区制圧に向けて移動中の一行を、トーマ・サイオン(とーま・さいおん)が先導する。
「海京の街の奪還、上手くいってよかったですね」
御凪 真人(みなぎ・まこと)は銃型HCに送られてきた情報を見た。これで、あとは「ストウ」の監視に注意すればいいだけだ。
「いい、くれぐれも管区長に辿り着くまでは戦闘は厳禁よ」
セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が言う。ただでさえ、これは秘密裏に行わなければならないものなのだ。
速やかに管区長を押さえることさえ出来れば、このクーデターの終息に一歩近くことになる。
「特定出来たみたいですね。風紀委員会東地区出張オフィスです」
サイオドロップのアジトからブラウ・シュタイナーの居場所が分かったという報せが入る。
その場所の最も近くにいたのは、秋月 葵(あきづき・あおい)と魔装書 アル・アジフ(まそうしょ・あるあじふ)だった。以前、エミカ・サウスウィンド主催の缶蹴りが実施された際に、このエリアに攻め込んだものだ。
「管区長:ブラウ・シュタイナー。関西弁を話すヤンキー風。可愛い女の子に弱い。通称は『雷神』っと。雷系かなぁ……だったら、相性は悪くないかな?」
紫電槍・参式などという危なっかしい雷使いの知り合いがいることもあり、それ系の対策は万全である。
「また不幸なことに巻き込まれたですぅ……」
彼女の背中の後ろで、アル・アジフがぼやく。死んだ魚のような目をした強化人間達が街中にいることもあり、ビクビクしているようだ。
「大丈夫だよ、アルちゃん……見つからなければだけど」
監視カメラはアレンが掌握してくれたから、今は大丈夫だ。それでもパワードスーツが上空から監視していることもあり、ベルフラマントで気配を薄くしている。
「管区長のオフィスってこの辺りだよね?」
周囲を見渡すと、正面がガラス張りになっている建物があった。その奥に、ブラウらしき姿を発見した。
「あの人、なんだか波羅実っぽいですね」
「うん、間違いなくあの人だよ」
無線を使い、管区長発見の連絡を入れる。
「アルちゃん! 力貸して!」
魔鎧のアル・アジフを着用する。
同じ地区の他の人も準備が出来て、他の地区も全員準備が出来たら行動開始だ。
そしてもう一人、橘 恭司(たちばな・きょうじ)もこの地区の管区長の元へ向かっていた。
(さすがに一般人はもう出歩いてないか)
光学迷彩で姿を消しながらも、周辺への警戒は怠らない。見つかったら、相手は複数で連携して追い詰めてくるだろう。直接見たわけではないが、サイオドロップのアジトからの報告ではスリーマンセルで行動するらしい。無論、状況次第ではあるだろうが。
(さて、この建物か)
管区長がいるオフィスまで辿り着く。ただ、他にもこのエリアで行動する者はいる。それに、強化型Pキャンセラーが使えるのはたった一度きりだ。本当に隙を見て使うしかない。
全員が揃ったところで、連絡を行う。あとは、他の全部の地区で管区長の姿が発見されるのを待つだけだ。
「一分経過、行きますよ!」
全管区長の発見と、突入の合図であるその通信からの一分後を迎え、ブラウの元へと攻め込む。
不意打ちの意味も込め、セルファがバーストダッシュとランスバレストの加速を活かして、オフィス正面のガラスを突き破った。飛び散るガラスに注意を向けることで、他のメンバーがブラウに気付かれずに、中に入れるようにする意味もある。
だが、彼女が突き出したウルクの剣は、ビームサーベルのようなもので受け止められてしまう。
「なんや、『サイコイーター事件』ぶりやな」
セルファの剣を払うと、今度は真人の方を見てくる。
ブラウとしての意識はあるようだが、雰囲気は前に会ったときとは異なっていた。また、Pキャンセラー防止用の仮面を顔の左側に、斜め掛けで被っている。どうやら、仮面そのものが遮断するらしく、身に付けていればちゃんと被らなくても大丈夫らしい。
「あれからずっと考えとったんや。ワイら強化人間ってそない世間サマから疎まれるもんかってな。まあワイもその原因を作ったモンの一人やけどな」
部屋全体にサンダークラップを走らせてくる。
真人は即座に対電フィールドを展開し、ガードした。
「風間さんも死んでもうたし、死んだっちゅー天住科長が風間さんみたいな主張しとるし、正直訳が分からんのや。せやけど、こういうときどうすりゃええかは分かる」
ファイアストームを繰り出す真人。それに対し、フォースフィールドを張ってガードするブラウ。
「売られた喧嘩は買って確かめる。勝った方が『今は』正しいんや」
ファイアストームの中から、ファイアプロテクトで炎のダメージを軽減してセルファが飛び込んでいく。
「ったくこのへタレヤンキー、考えることを放棄するんじゃないわよ!! こういうときこそツッパってなんぼのものでしょ!」
サイコイーター事件が彼にとってショックが大きかったらしいこと、そしてそんな精神状態を引きずったままオーダー13の支配下に入ったことで、彼は他の管区長と違い、半分命令による精神支配に身を委ねていた。
セルファの攻撃を防いでいる武器を真人は見た。ただの金属製グリップにライトニングウェポンで帯電させ、そこにサンダークラップを掛けることで防ぐときと攻撃をするときだけ、剣のようにしているのである。おそらく常時ビームサーベルのように出来るのだろうが、集中する必要があるらしく、サンダークラップと放電実験の広範囲攻撃と使い分けている。
「対電防御フィールド、展開!」
葵が、そこから庇護者で真人達のガードに入る。
「せめて仮面を壊せれば……!」
真人は唇を噛んだ。対電フィールドで相手の攻撃に耐えるだけでなく、こちらは機械仕掛けの武器を持っていないこともあり、ブラウに対して優位であった。
「シューティングスター、フルバースト!!」
葵がシューティングスターをブラウの仮面に向かって放つ。
「仮面が!」
そのタイミングで、隠れ身でずっと待機していたトーマが強化型Pキャンセラーを発動させようとした。
だが、何も起こらなかった。
「これ、壊れてる……!」
彼が持っているPキャンセラーが故障していたのである。
今度は葵が使おうとしたが、彼女のものも同様に機能しなかった。
「精密機械っちゅうんは、強い電磁波や磁場の乱れに弱いんや。ワイかて何の意味もなく広範囲に電撃浴びせたりせんわ」
つまり、ここにいる契約者に電撃を食らわせようとしているように見せかけて、室内の電磁場を乱していたのである。それによって、真人達が知らないうちに、強化型Pキャンセラーが破壊されていたのである。
「こっからは小細工なしや。ガチでいかしてもらうで」
先ほどの金属製グリップを電撃剣として固定し、構える。
『葵ちゃん、あれならどうです?』
「あれ? うん、もしかしたら効くかも」
アル・アジフに促され、葵がその身を蝕む妄執をブラウに繰り出す。あまり精神状態がいいとはいえないため、これは通用する……かと思われた。
「危うくなんか嫌なもん見るとこやったわ……」
そこはさすがに弱っても超人的精神の持ち主か。なんとか妄執に耐えたようである。
改めて剣のようなものを構えた瞬間、
「…………ッ!!」
バーストダッシュで建物の外からオフィスへと飛び込み、ワイヤークローでブラウを締め上げる。
彼はずっと戦いを見つつ、慎重に隙を伺っていたようだ。
「落ちたか」
そして、強化型Pキャンセラーで完全に無力化した。
「さて、これで完了だ」
東地区制圧完了。
と思った次の瞬間、
「皆さん、伏せて!!」
真人はディテクトエビルで建物の外から何者かが狙っているのを察知した。伏せた直後、室内にミサイルが撃ち込まれた。
パワードスーツ「ストウ」の襲来である。
同時刻、西地区にも出現していることから、海京には二体いることになる。もっとも、西地区に現れたことを、彼らはまだ知らないが。
また、こちらの「ストウ」は、西地区のものとはデザインが若干異なる。向こうのものは『アイスキャンディ』と同型だ。
「ちょっと、今ブラウごと殺そうとしてきたわよ!」
セルファが叫ぶ。
どうやら、無力化された彼を助けに来たわけではないらしい。
「ああ……そういうことやったんか」
「起きてたのか」
恭司がブラウを見やる。
「何秒かは落ち取った。まあ、おかげでなんか吹っ切れたわ」
ブラウは憑き物が落ちたような顔になっていた。
「で、何がそういうことなんだ?」
「万が一司令塔である管区長からの信号が止まったら、速やかに処分せよってことやろな。ただの操り人形にされとる連中はオーダー13から解放されたら何も覚えとらんやろし、まあ早い話が口封じやな」
ただ監視するだけにしては、「ストウ」の戦闘力は高過ぎる。不審者だけでなく、一般市民も巻き込みかねないほどのものだ。だが、オーダー13の縛りが緩い管区長が、何かの拍子で離反したときに処分するのであれば、合点がいく。
「あれと真正面から戦って勝てるんは北地区の鈴くらいや。アイツは一度も実戦で超能力とか使うたことあらへんしな。訓練で何度か超能力と武術を組み合わせた戦い方教えるために使うたくらいや」
そこで、ブラウが提案する。
「ワイに仮面貸すか、そのPキャンセラー切るかしてくれへんか。したらアイツはワイが足止めするわ。元々、狙いはワイやからな。戦ったばかりで、皆力出ぇへんやろ?」
どうやら演技ではなさそうだ。Pキャンセラーは一度発動すると、有効時間一杯止まらないらしい。そのため、有効範囲外で真人が外し、セルファに渡してもらった。
「おおきに」
そして、早くここから去るように彼が告げる。
「クーデターを早く止めに行き。天住は天沼矛のどっかにおる。なに、ワイかて利用された挙句、みすみす殺される義理はあらへん」
「何か切り札があるんですか?」
「ワイが操るんは電気や。人間の体内にも、電気信号があるやろ? そいつを操作して一時的に身体能力を爆発的に高めることが出来るんや。身体に負担かかって乱発出来へんから、『切り札』なんやけどな。ほら行き、こんなとこで時間を無駄にする必要なんかあらへん」
「死なないで下さいね」
勝つのはワイや。と笑い、東地区の面々を送り出した。
* * *
「さて」
ブラウは全員が行ったのを確認すると、「ストウ」に向き直った。
「何が切り札や。んなこと出来るわけあらへんやろ」
そう、彼が言った切り札というのは大嘘だ。本当は、策も何もあったものではない。
「ヘタレたまんま終わんのは嫌やからな。人生の最後くらい、かっこつけたってええやろ?」
だが、ただで終わるわけにはいかない。
ブラウは最後の戦いに臨んだ――。