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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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第二章 葦原の戦神子1

【マホロバ暦1185年(西暦525年)2月1日】
 葦原国葦原城――


 葦原はこのときまだ一国の一勢力にすぎなかった。
 シャンバラの古代王国崩壊後、遺臣たちが流れ着いたマホロバの地であるが、ここでも彼らの安住を約束する地ではなかった。
 小国が乱立し、群雄割拠乱れる中、彼らもまた生き残る術を持たねばならなかった。
 国主、葦原 総勝(あしはら・そうかつ)は、歴代の葦原国主の中でも、人生のほとんどを戦に費やした人物だろう。
 彼を長年悩ませ続けてきた国境の武菱 大虎(たけびし・おおとら)は、天下取りの最後の野心をかなえるべく、扶桑の都へと上洛に向かった。
 大虎をここまで野に放たせなかったのは、この総勝の働きにほかならないが、大虎が武菱の跡目に苦慮していたように、すでに晩年にさしかかる年頃の総勝もまた、自分亡き後の葦原を憂いていた。
「虎はついに行ったか」
 総勝は武菱軍が出兵したのをきき、ただ一言述べただけだった。
 跡継ぎである葦原の若殿を呼び寄せる。
 しかし、息子は政(まつりごと)にはとんと無関心であった。 
 父親の呼び出しにも応じず、古代王国の装置やら機械いじりやらに没頭していた。
「今年の雪は深い……予もまた何処へゆこうか」
 葦原の水田はすっかり豪雪に覆われていた。

卍卍卍



「マホロバが滅ぶってどういうことだろう。『御筆先』の正史と異なる歴史の事も何か知っているのかな、彼女」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)は、追ってきた葦原の戦神子が雪化粧をした葦原城に入ろうとするのを見て、やはりこの鍵を握る人物だと思った。
「扶桑の花びらは……何か知ってるのかな」
 セルマが時を渡る前に拾い上げていた、桜の花びらを手のひらに置く。
 扶桑の噴花と何か、関係しているように思われた。
「へえ……こんな真冬に珍しい。それ、桜だよね。どこで手に入れたの?」
 ふとセルマをのぞき込む男がいた。
 男は飄々とした出で立ちで、名を葦原 鉄生(あしはら・てっしょう)と名乗った。
 葦原家の人間なのか、身なりからも低い階級ではないことがわかる。
 鉄生は、度会 鈴鹿(わたらい・すずか)の乗ってきたイコンルビーベルを見つけておおはしゃぎしていた。
「すごい! これ龍の剥製かい!? いや……違うな。こんな固い皮は見たことがないよ! 鋼でできてるのかな? ついさっきも、鉄の鬼(鬼鎧雷桜鬼)がきて驚いたね!」
 イコンにすり寄る鉄生は、『自分は東西一のからくり師』などとうぞぶいていた。
 その姿を葦原の戦神子は、寂しげな顔で見つめている。
 セルマと嫌々ながら行動をともにしているリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)が、それに気がついた。
「葦原の戦神子さんでしょ? あの、あなたがしようとしていることは、多くの人が傷つくことでしょうか? あそこにいる人は鬼鎧を見て、本来ならこの時代で出会わないものに出会ってしまってる」
「本来出会わないもの……? 私は、そうさせてしまうと?」
「そう。その『時空をの月』を描きだすことのできる筆は、一体何なの? マホロバが滅びないように、何をしたらよいか知ってることを教えてほしいな、協力できるかもしれないよ」
 セルマの言葉に彼女は唇をかみしめている。
 どこまで話したらよいか迷っているようにも見えた。
「マホロバを救う為にということであれば、私達も想いは同じです。お手伝いできることはありませんか?」
 彼らの話を聞いていた度会 鈴鹿(わたらい・すずか)はやさしく語りかけた。
「ごめんなさい、立ち聞きをするつもりはなかったんだけど。気になって、未来から貴女を追ってきたの。私の敬愛する方、葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)様に……似てもいるし。着ている衣装の御紋も同じだから」
「葦原……房姫?」
「ええ、御髪は短いけれど雰囲気が良く似ているわ。房姫も葦原の神子だった。貴女がこの城に縁あるものだとしたら、それもわかる気がするわ……お名前を、教えてくれるかしら」
 戦神子はちょっと考えて、筆を使って空中に『祈』という文字を書いた。
「いのり……?」
 鈴鹿のパートナー織部 イル(おりべ・いる)が読み上げる。
葦原 祈姫(あしはらの・おりひめ)……それが、そなたの名か!」
 イルが確信に満ちた声を上げた。
「葦原の姫君であるなら尚のこと。そなたの描いた月によって、多くの者がこの時代に流れ込んだのだぞ。覚悟はされておるのじゃろ?教えてくりゃれ。そなたが何を見てきたのかを……!」
 鈴鹿も固唾をのんで見守っている。
 現代で消えゆく人々を目の当たりにしては、原因を突き止めなければ気が気ではなかった。
 祈姫がゆっくりを唇を開く。
「……葦原を助けたい……」
 リンゼイがセルマをせっついた。
「それでは『御筆先』に従っただけで、あなた自身には悪意はないのですね? セルマ兄さんはどう思う?」
「兄……?」
 祈姫ははっとしたようにセルマをみた。
「あなた、おとこのこ?」
「え? ああ、うん。たまに女の子に間違えられるけどね。なぜかね……どうしてかね」
 そういってセルマは、合点がいかないといいながら、持っていたうさぎのぬいぐるみを見せた。
 祈姫からさっと血の気が引いていく。
「い、いや……!」
 逃げだそうとする祈姫を鈴鹿とイルが支える。
「待って、大丈夫だから怖がらないで。祈姫さん……あなた、男の人が苦手なのね?」
 こくりとうなずく祈姫。
「私、神子として育てられたから。おじいさまやお父さま以外の殿御と、お話もできなかったし……」
 その視線の先に、先ほどの鬼鎧に執着している男がいた。
 祈姫の瞳に影が落ちる。
 白い息が吐き出される。
「お父さま……」
 鬼鎧にしがみついている鉄生は、目の前にいる自分の娘のこともわからずに、しきりにわめき続けていた。
「ねえ、この鋼の龍。譲ってほしいんだな。金は父が出すよ。ああ、ここの国主でね、葦原 総勝(あしはら・そうかつ)っていうんだ。僕に譲ってくれたら数年で同じもの……いやそれ以上ものもを作るよ。僕はね、シャンバラ古代王国の技術を学問してるんだ。だからね、置いてってくれよ……このとおりだからさ!」