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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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第三章 四方ヶ原の合戦2

【マホロバ暦1185年(西暦525年)2月10日】
 四方ヶ原 14時15分 ――



 四方ヶ原(しほうがはら)は松風城の北にある。
 砕ヶ崖(さいががけ)の上にある高原で、このあたりでは唯一の平地であった。
 荒れるに任せた土地であり、風の強い日などは、人のうめき声のような風音が聞こえてきた。

 武菱軍総大将武菱 大虎(たけひし・おおとら)は、この地に三万人という大軍で押し寄せた。
 武菱の出せる最大兵数である。
 もっとも大虎の目的は扶桑の都(ふそうのみやこ)へのぼることであり、都へと続く街道沿いにある鬼州国(きしゅのくに)は、その通過地点に過ぎなかった。
 周囲の城が次々と武菱軍に落とされる中、鬼城もこの大軍を前にすれば、武菱との前面衝突をさけて通過させるだろうという目算もあった。

鬼城 貞康(きじょう・さだやす)、もう少し利口な男かと思うておったが。どういうつもりじゃ」
 鬼州軍は鶴翼の陣(かくよくのじん)で構えているとの三ツ者(諜報活動を行っている忍び)の報告に、大虎は失望していた。
 鶴翼の陣とは、横一線に並び、進撃する敵を左右に広げた隊形から包囲するようにして戦う陣形である。
 本陣に回りこまれないようにする防御型の陣形として知られている。
 しかし、弱点もあった。
 中央の隊が突破されれば、敵軍はいっきに本陣へ詰め寄ることができるのだ。
 ゆえに通常は、敵よりも自軍の兵力が多い時に使用されることが多い。
「わざわざ若くして死にたいのか。それとも貞康の罠か……」
 大虎は、自軍に魚麟の陣(ぎょりんのじん)を命じた。
 武菱軍はどの一隊が敗れても、決して本陣には近づけさせまいとする構えである。
 時は一刻、一刻と過ぎていく。
 やがて夕刻になろうとするとき、合戦の合図の貝が四方ヶ原にこだました。

卍卍卍


「と、とうとうはじまっちゃたよ〜!」
 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は、パートナーのミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)とともに偵察に出ていた。
 丸太のような小型飛空挺で両陣形を確認する。
「うわ〜すごいですぅ。武菱軍と鬼州軍あわせて四万人がこの高原に集まってるんですものねぇ。あれぇ、陣形の並びが違いますねぇ。鬼州軍は横一列、対して武菱軍は重なるようにならんでますよ……まるで次から次へと押し寄せるように……」
 レティシアにもそれがはっきりとわかった。
 ミスティは冷静に各陣営の動きを指摘していた。
「この戦い方では、本陣に迫られたら鬼城は負けるわ。どうしてこんな並びにしたのかしら」
「うーん貞康の大殿は、斬り死に覚悟で挑んでるみたいだし。これじゃ戦死者も多くでちゃいますよう。ミスティ、出番かもですよ〜! 傷ついた人や疲れた人がいたら回復してあげるです!」
 レティシアの言葉に、ミスティもうなづく。
 上空から支援しようと彼女たちは近づいた。
 目立たないように飛んでいるとはいえ、上空のその異様な塊は、武菱軍も容易に見つけられた。
 武菱鉄砲隊の銃口がレティシアたちに向けられる。
 この時代の鉄砲は精度もそれほど高くなく次発装填に時間を要するとはいえ、敵の出鼻をくじいたり、接近するのを防ぐには効果がある。
 レティシアたちはその武菱の鉄砲をかいくぐらねばならなかった。
「大殿の無事を確保するまでは、ま、まけられませんですっ。良いように歴史を変えられてなるものですかぁ!」


卍卍卍



 その地上では、合戦開始直後から激戦が繰り広げられていた。
 武菱軍は歴戦の手だれであり、その采配を野戦の名手、天下一の武神とうたわれる 武菱 大虎(たけひし・おおとら)が振るっているのである。
 武菱の兵は恐れなく果敢に攻めた。
 右翼の陣では、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)の命を受けたリース・バーロット(りーす・ばーろっと)アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)が、召還獣で迎え打っていた。
「炎の魔法で火責めをと思いましたけれど、乾燥してましたから」
 枯れ草に燃え移って味方の陣形に影響が出てはいけないと、リースはその場に応じて戦法と変えていた。
 アンジェラも現代兵器の使用は弾切れが不安だと言った。
「銃器関係はまずこちらでは補充もメンテナンスもできないし、使いきりね。弾が尽きるまでにカタをつけられるかどうかだけど、敵との兵力差がこれほどあったら、役には立たないかも!」
 アンジェラは弾などの物資を必要としない、機晶石内臓の武器を持ち込んでいた。
 それもおのずから限度というものがある。
 彼女たちは臨機応変に戦術を変えていた。
 鬼州軍も懸命に斬りこむ。


「……は、ここは……合戦場?」
 左翼側の陣に放り込まれていた伏見 明子(ふしみ・めいこ)は、辺りを見渡した。
 まわりは一斉に飛び出し、武菱騎馬隊を囲うために迫り出している。
「鶴翼の陣じゃな……日本史上、三方ヶ原ではこの陣形で敗れたときいたが、鬼城もこの陣できたか」
 明子に憑依している奈落人水蛭子 無縁(ひるこ・むえん)が答えた。
「だとしたら、鬼州軍の武将はそうとうやられてしまう! あれは……!?」
 明子は前面に向かって一直線に駆けていく武将、真田 幸村(さなだ・ゆきむら)を目撃した。
 武菱の騎馬隊に真っ向勝負に出るつもりだろう。
 明子はますます既視感(きしかん)にとらわれた。
「つくづくマホロバと日本国は奇妙なつながりをもってるのね。これも何かの力が働いてて……ううん、こんなことしてる場合じゃなかったわ。加勢に行かないと!!」
 忍の特性を活かし、明子は相手に気取られないようにすばやく動く。
 影である下忍を忍ばせて、明子は斬りかかった。
 不意をつかれた武菱武者が落馬する。
「鬼州軍を助け、手柄を立てて、貞康公の信用を得る……だから、助太刀するわ!」
 明子は鬼州軍の武者の間を駆け巡る。
 幸村は、眼前の騎馬隊に対し、独り言のようにつぶやいていた。
「……武菱騎馬隊とは、どういった巡り合わせだ」
 彼はこの光景をかつてよく見ていたのだろう。
 武者震いがした。
「我が名は真田源次郎幸村である! 名立たる武菱の剛勇の相手、僭越ながら勤めさせて頂こうか…!!」
 身体がまるで覚えている。
 こうして馬を駆るのも、戦を武器を振るうのも――。
 そしてあの軍旗。
 幼いころ見たあの軍旗に似てはいないか?
「ほう、真田殿と申されるか。それがしもサナダと申す。戦場でサナダ同士、これもまた何かの縁と心得る!」
 幸村の前にひとりの武菱武者が立ちはだかった。
 彼の名もまたサナダという。
「いざ、お相手いたそう!」
「その構え……まさかな」
 相手の槍の構えを見て、幸村は苦笑いを浮かべた。
 しかし、彼は後ろに引くことはない。
 本陣には彼のパートナー柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)たちもいるはずだ。
「鬼城の本陣へ突破させるわけにはいかない。後藤又兵衛基次、いざ参る!!」
 後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)は自慢の槍を振るいながら幸村の並び立った。
 いつものぐうたらな様子は微塵もなく、又兵衛は冷徹に戦っている。
 その傍で、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)天禰 薫(あまね・かおる)の身を案じていた。
 薫は目前で人の生き死にが繰り広げられるのを見て、立ちすくんでいる。
 孝高は又兵衛を呼ぶが、又兵衛は目の前の敵を倒すことにしか頭にないようだった。
「又兵衛、昔のおまえに戻りかけているのか? ……薫!」
 飛来する矢を必死にかわしながら、孝高は薫をかばった。
 どうと地面に伏せる。
「い……痛いよ。孝高」
「どうした、どこを怪我した!?」
「違うんだ、怪我はない。でも苦しいんだ。この胸の痛みは、何? この時代に来てもわからない」
 薫は戦争を知らない。
 彼女は平和の中で育った。
 薫をこのような合戦場に連れてくるべきではなかったと孝高は詫びた。
 薫は頭を振る。
「いいや、孝高が悪いんじゃない。我は力になりたいと思って付いてきたんだ。歴史を、取り戻したいから……!」
「それは……おまえが自身を取り戻したいのでは……」
 又兵衛のようにといいかけて、孝高は口をつぐんだ。
 再び矢が飛んでくる。
 このままでは二人とも狙い撃ちである。
 薫は立ち上がり弓を手に取った。
「怪我するのは……いやだ! 我も、みんなも!」
 合戦は歴史のように人を変えることがあるのだろうか……薫は自問しながら、怪我人の治療の準備を始めた。