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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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第四章 砕ヶ崖1

【マホロバ暦1185年(西暦525年)2月10日】
 四方ヶ原 砕ヶ崖 25時38分 ――



 急勾配の坂の上――
 暗闇の中、わずかな明かりだけが頼りの山道である。
 一人の武将が立ち、よく響き渡る声で叫んだ。

「我が名は鬼城 貞康(きじょう・さだやす)也。武菱のもののふよ、わしは逃げも隠れもせぬ。手柄がほしくばこの首。討ち取ってみせい!」

 軍馬が嘶く(いななく)。
 松明の明かりが右へ、東へと動いた。
 貞康はその動きを察すると、方向をかえて坂道を登り始めた。
「間違いないわ……武菱の兵よ!」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は息を潜めて動向をうかがっていた。
 貞康の軍馬が動いたのを機に飛び出す。
「鬼州武士たちよ、虎の群れに忠勇武烈を魅せつけるのよ! いざ行かん! 」
 祥子の合図に湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)も続く。
 ユニコーンに乗り込んだ彼らは、敵の真っ只中へ躍り出た。
 祥子とランスロットは息を合わせながら、剣を振るった。
 遠くから、イオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)の高らかな声が聞こえていた。
「『虎の群れに追われ鬼、逃げ出しけり。鬼の頭、一族郎党家臣を捨てたもう也』……そのように【御神託】がでておりますわ!」
 警鐘が鳴った、
 サイフォードは暗闇の中でさらに煽り立てている。
「鬼の頭、一族郎党家臣を捨てたもう也……!」
 武菱軍は鬼州軍を追い込むべく、一気に山を駆け上った。
「鬼城は山中へ逃げ込む気だ! このまま城へ返してはならん。後を追えー!!」
 騎馬隊は祥子たちを執拗に追った。
「私たちの役割は『負け戦を演出すること』。そのためには……戦で負けて、敵を払う。それしかないわ」
 祥子も暗闇の中で慣れない山道を、追いつかれないように駆け抜けるのは至難の業であった。
 それでもこの方法によるに勝機を逃すまいと、祥子とランスロットは決死に駆け上った。
 別ルートから武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)とそのパートナーたち、重攻機 リュウライザー(じゅうこうき・りゅうらいざー)武神 雅(たけがみ・みやび)が合流した。
 牙竜は上空から、魔鎧になって牙竜に纏われているの力を使って、鬼鎧ダイリュウオーの動きを武菱騎馬隊龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)に合わせて予測していた。
「武菱の馬が、このまま疑わず追ってくれればよい」
 雅とリュウライザーが地上から援護する。
「この先で……雅様。わかっておいでですね?」
 リュウライザーの念押しに、「私を誰だと思っている?」と雅は答えた。
「ぎりぎりまで引きつける。その後は回避だ!」
 鬼鎧ダイリュウオーが『小型飛行ユニット』で頭上すれすれを飛びぬけた。
 と、騎馬隊に追われていたリュウライザー隊が一斉に反転する。
「今よ!」
 祥子がきびすを返し、斜め後ろに飛びのく。
 その脇を貞継の軍馬がすり抜けて行った。

「なんだと……!?」

 突如、地面が消えた。
 ぽっかりと開いた暗闇が軍馬を飲み込んでいく。
 武菱の兵は足場を失い、下へと落下していった。
「上よ、飛んで!」
 どこからともなく叫ばれたその声。
 『貞康』はとっさに、乗っていた軍馬の背を蹴って宙に向かって飛び上がった。
 空中で両手を伸ばしたその先には、玉藻 前(たまもの・まえ)の手が差しだされている。
「……くっ!!」
 衝撃で腕に激痛が走るのを必死でこらえ、前はがっちりと握り返した。
 その拳の上に、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)が華奢な手を重ねていた。
「頑張ってください……ぜったいに手を……はなさないで!」
 彼女たちを乗せている『魔法の箒』は大きく揺れ、空中をくるくると回った。
 腕一本だけで繋がっている『貞康』は、重心が大きく揺れ振り回される。
 『貞康』は片手で兜を脱ぎ捨ててバランスをとろうとしたが、三人はそのまま勢いよく藪の中へ突っ込んだ。
「刀真!!」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が息を切らせて坂の上をのぼってくる。
 藪の中へ分け入り、三人の下へ駆け込んだ。
「みんな無事? 怪我はない!?」
 鬼城鎧の武者――樹月 刀真(きづき・とうま)は痛みを抑えて答えた。
「ああ月夜、何とか生きてる。それより、武菱の騎馬隊はどうなった?」
「今頃は崖の下に……」
「そう、か」
 彼は、前や白花をかばって下敷きになっていた。
 月夜が手を貸して上がらせた。
 アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)鬼城 貞継(きじょう・さだつぐ)から借りてきた鬼城家の鎧を着ていなければ、あばら骨が二、三本折れていたどころではすまなかっただろう。
 刀真は心の中で二人に感謝していた。
「鬼城の鎧に染めた黒髪か、ふふ……似合っているぞ。刀真」
 自慢の長い髪がぐしゃぐしゃになっているのを気にしながら、前は刀真に向かって言った。
 着物は白い太ももまでめくれているが、そちらはわざとなのか刀真には判断が付かなかった。
 前は意味ありげに笑みを浮かべる。
「そのままずっと、貞康公の影武者をやってたらどうだ?」
「いや……遠慮したいな。墨でわざわざ染めてみたが、洗うときのことを考えると気がめいる」

「敵の罠だ、撤退する! 退け退けー!」

 武菱軍のほら貝が吹かれた。
 間一髪、落下を免れたものは、態勢を立て直して引き返していく。
 最強の騎馬隊は、その引き際も見極めも見事なものであった。
 刀真は崖の下を立ち、下を覗いた。
 崖の下は武菱の兵が幾重にも折り重なっていた。
「これは勝ち戦ではない……からくも逃げ切ったという形にする。それが、後々の貞康のためだ」
 刀真はそうつぶやいた。