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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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第五章 瑞穂の姫君3

「達者でな」
「兄上もお元気で」

 翌朝、香姫を乗せた御輿が瑞穂国を出発した。
 魁正は護衛の部隊をつけるといったが、香姫はやんわりと断った。
「扶桑の都を抜けたら織由の領内です。そのような共々を引き連れていたら、織由上総丞信那(おだ・かずさのすけ・のぶなが)公にいらぬ疑心を持たせます。わたくしはただ嫁入りに参るのですよ。ご案じ召さいませんように」
 そういって香姫はカトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)明智 珠(あけち・たま)ファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)といった腰元たちと、最小限の供を連れて国を出たのだった。
 それどころか香姫は最後に、「兄上もはやく跡継ぎをお作りなさいませ」と気遣いを見せた。
「跡継ぎか」
 ふと魁正は昨夜のことを思い出した。
「娶る、娶らないは別として、葦原の姫君とは一度会っておいたほうがよいかもしれん。『御筆先』という先を見る力がどれほどのものか、確かめておく必要がある」

 このとき、 武菱 大虎(たけびし・おおとら)が帰国途中の陣中で病没した事実は、武菱軍によってひた隠しにされていた。
 瑞穂国にもその知らせはなかったのである。
 すぐさま武菱は婚儀を延期する旨の使いを出していたのだが、書が届くことは無かった。
 すでに瑞穂国を出発していた瑞穂 香姫(みずほの・こうひめ)の運命もこの『鬼』の手の中にあった。

卍卍卍


【マホロバ暦1185年(西暦525年) 2月19日】
 瑞穂国――



「黒龍くん、大丈夫? 君を独りにはしないからね」
 盲目の楽師高 漸麗(がお・じえんり)は御前試合で負傷した天 黒龍(てぃえん・へいろん)を懸命に看護していた。
 その甲斐があって、黒龍はようやく身を起こせるほどに回復した。
「大丈夫だ。たぶん」
 黒龍は身体の傷よりも、魁正とほとんど話す機会が無いほうが気がかりだった。
「過去の瑞穂へ来たというのに、このままでは……何も変えられない。瑞穂が鬼を憎まない歴史にするためにはどうすれば……」
 気持ちばかりが急いていた。
 襖の隙間から、ことりと文が落とされた。
「――黒龍、知らせじゃ。おるか」
 暗がりの襖の陰が揺れていた。
 黒龍のパートナーである黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)秦 始皇(ちん・しーふぁん)が、馬を駆って四方ヶ原の戦況を伝えに来た。
鬼城 貞康(きじょう・さだやす)公はまだ生きておるぞ」
 大姫が憮然としながら鬼州軍の様子を語る。
「最悪の歴史は避けられたと思いたいが……黒龍、なぜまだ瑞穂にこだわる?」
「貞康公が生きている? 死を回避した?!」
 黒龍はふと顔を上げた。
「高漸麗、今日は何日だ?」
「え、えーと……確か2月19日だよ」
「19日!?」
 黒龍は着の身着のままで部屋を飛び出した。
「待たれよ、行過ぎた真似をするでない! 国を、歴史をなんと思うておる!?」
 始皇が止めるも彼の耳には入らないようだった。
「大姫よ。そのなたの言うとおりあれは戯け者(たわけもの)よ。黒龍は瑞穂を変えたいのではなく、1人を救いたい一心で動きよる。歴史を変えようなどと……その罪の重さ知ったとき、朕はどんな慈悲をかけてやろうかの?」
 大姫もこうなった黒龍を止めても無駄だということはわかっていた。
「わらわも悔しいのだ。『あのとき』と同じじゃ。同じマホロバの地にいながら、こうも引き裂かれようとは。わらわは……黒龍をどうすばよいというのか?」
 そんな大姫たちの思いを知ってかしらずか、黒龍は暗闇の中を無我夢中で駆けていた。
「間にあってくれ……!」