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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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第六章 朱天童子4


「今夜は新月か。思えば、そちら未来人と出会ったのは満月の日じゃったかな。先の世に帰るのか?」
 鬼城 貞康(きじょう・さだやす)の言葉に巫女柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)は驚きを隠せなかった。
 やはり貞康はするどい勘というものをもっていると、氷藍は思った。
「貞康公、何を見た。感じた。この戦で得たことはしっかりと掴んでほしい。そして、手放すな」
 氷藍は戦死者を弔い、舞を奉納していた。
 氷藍の意味ありげな台詞に、貞康は片眉を上げた。
「そなたも預言者の一人というわけか。ということはやはり、まだわしが天子様より宣下を賜り、天下太平を収めるかは決まっておらぬのだろう?」
「……それは俺の口からは言えん。ただ、話をさせたい奴はいる。自称天下人と鬼だ」
 氷藍は徳川 家康(とくがわ・いえやす)という青年と真田 大助(さなだ・たいすけ)という少年を連れてきた。
 彼らはもの言いたげに貞康の様子をまじまじと見つめ、家康は声を低めた。
「貞康公、この戦で多くのものを失ったろう。御主はこれからも失い続け……そして奪う。その覚悟をもっているか? このマホロバに泰平の世を、その磐石の礎を築くと約束するか?」
 家康は真っ直ぐに貞康を見つめた。
 貞康は一度も目を晒すことはなく、むしろ見返していた。
「無論……ただ、奪いはせぬ。奪うのでは乱世と変わらん。戦のない世をつくる。そのためにはどうしたら良いかを考えている」
 家康はこの言葉に満足げに頷いた。
 どうやら貞康は、この負け戦で多少変わったらしい。
 『切り死で挑め』などと命じた自分を恥じているとも言った。
 家康はかつての自分の生涯に起こったことを目の前の男に重ね合わせ、この男の覇道を見届けたいものだと思った。
「主の足元にはいくつもの屍が積み上げられておる。それを忘れてはならん。目をそらさずに噛み締めよ。前だけを向いてやがて辿り着いた先に御主の目指すものがあるはずだ」
「あの……聞いても良いですか。貞康様は鬼……なのですか。どうして、マホロバのためにここまで。いえ、マホロバ人だからというわけではなくて……僕は」
 大助はそっと顔を隠していた面を外した。
 恐怖や敵意に晒されると眼球に異変が起こり、このようなおぞましい姿になるという。
「僕はこのために鬼を名乗っています。では、貴方は……?」
「古代の鬼はこのマホロバの地に住みつき、命を繋いできた。わしはその鬼の血を引いている。そしてわしの母、鬼子母帝(きしもてい)は、このマホロバに生きる多くの鬼たちの母でもある。もとをただせば、鬼もマホロバ人も同じなのだ。わしはそう思っておる」
 貞康は合戦場で助けたおかっぱの童女を見つめた。
 童女雪うさ(ゆき・うさ)は貞康を見つめ返し、小首をかしげている。
 この名は雪うさぎが縮まったもので、『髪も肌も真っ白でよほど怖い目にあったと見える。まるで雪の中のうさぎのようだ』と、貞康に名づけられたものであった。
 貞康は雪うさに、大介の面を付けさせてやった。
「こわ……くない……よ。こわく、ない」
 たどたどしい言葉で、雪うさは大介の顔をなでている。
 その暖かさが大介の殺伐とした心にしみた。
「この小娘もそういっておるのだ。そちはれっきとしたマホロバ人だ。他の者になんと言わようとそう名乗るが良い。さて……」
 貞康は夜空を見上げた。
 暗闇の中で星だけが光っている。
「先のこと知りすぎても碌なことはない。正直、先の世を知る人間がいるなどまだ信じられぬが……マホロバの太平のためにと尽くしてくれたことに感謝している。わしも決してあきらめぬ。そう決意させてくれたのは、そちたちだ」
 貞康は雪うさを抱き上げ、手を振った。
「さらばだ。また……会おう!」

卍卍卍


「御覧ください、戦神子様。本来、時の流れは一方通行であるもの。過去からの積み重ねで起きた『必然』こそが、今という時を紡ぎだしているのですわ」
 中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は、四方ヶ原で散った武将たちを前に黙祷を捧げていた。
鬼城 貞康(きじょう・さだやす)はこの合戦で生き延びることができました。しかし、死ぬこともまた時間(とき)の流れの一つであるはず。『過去への干渉』を行ってまで、貴女様はいったい何をなさろうと……これも貴女様の望むことなのですか?」

「私は、1192年に散った葦原の民を救う使命がある……」

 葦原 祈姫(あしはら・おりひめ)は静かに、そしてはっきりと答えた。
 小さく息を吐く。
「ひとつ、歴史は変わった。『御筆先』を変えることができた。貴女は、もどって確かめる必要があるでしょう?」
 その言い方があまりにも確信めいていたので、綾瀬はそれ以上の追求をやめ、祈姫のほっそりとした手をとった。
「分かりましたわ。では祈姫様、ご一緒に参りましょう。ドレス、またこの時代に戻らねばならないときがくるかもしれませんわ。この時代で起こったことを良く覚えておかなくはね」
 綾瀬の漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)がはためく。
 しかし、祈姫は立ち止まって、綾瀬の手をそっと離した。
「私が……呼びます、再びこの『時空の月』を作って。マホロバが滅ぶという歴史が本当に変わるのか……私には、まだわからない」
「待ってください、貴女様はここへ残るのですか? 私たちとともにいかないのですか?」
 綾瀬の問いかけに、祈姫はさみしそうにほほ笑んだ。
「私の罪は……いずれ償う。もうすでに……罰は始まってるから」
 きっと自分は、この筆を使い続けるかぎり、時間の輪から逃れることはできないだろう。
 もう、元の生活にも時代へも戻れない。
 その寂しさ以上に、、この筆を作り出すためにと来世へ想いと命とを祈姫に託した葦原の民のことを思い出すと胸が痛む。
「『御筆先』はまた違う歴史を示すはず。それを変えられるのは、あなたたちしかいない。しばしのお別れです」
 葦原の戦巫女こと芦原 祈姫(あしはらの・おりひめ)は巨大な筆を振り上げた。
 祈姫が大きく輪を描く。
 円は吸い込まれてような深淵だ。
「新月は未来へと続く……戻れる場所があるのは……素敵なこと。さあ、おかえりなさい」