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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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【戦国マホロバ】壱の巻 葦原の戦神子と鬼の血脈

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第六章 朱天童子3

【マホロバ暦1185年(西暦525年) 3月22日】
 於張国――


 於張国(おわりのくに)の豪傑、織由上総丞信那(おだ・かずさのすけ・のぶなが)は、武菱軍の撤退を喜び、鬼城 貞康(きじょう・さだやす)を於張の屋敷へと呼び寄よせていた。
 見せたいものがあるという。
筍千代(たけちよ・貞康の幼名)、おぬしは俺にないものをもっているな」
「……なんだ急に? わしが織由に人質にいたころ、誰の家来にもならんといったことを根に持っておるのか?」
 貞康の物怖じしない返答に、信那は闊達(かったつ)に笑った。
「俺はどうして、おぬしのことが弟のように好きかわかったぞ。母に会うてゆけ。おぬしは幼少のとき引き離されて以来、他国で人質生活を送っていたのだ。これから好きなように会っても誰も文句はいわん」
 鬼城家は先代で城が他国にとられて以降、城なしであった。
 その後は、家臣は他家で仕われ、貞康は他の土地を人質として転々としている。
 於張国では、貞康が幼少のときから引き離された実母、鬼子母帝(きしもてい)がいる。
 すべてが、忍耐忍耐の日々であった。
 鬼子母帝は貞康の成長した姿を認めるなりそっと涙を拭いた。
「鬼の目にも涙か……母に人も鬼もないものだな。連れて帰ってよいぞ」
「しかし……」
 貞康は素直には喜べなかった。
 ようやく人質時代を抜け出して鬼城家を再興しつつあるとはいえ、まだこの戦国の情勢の中では、自分の母親のことでさえ決定権をもたない力を持たぬ身であることを知ったのだ。
 それに、織由に人質同様だった母親を突如返されるなど、信那に抱き込まれているような気もしていた。
「どうやら武菱 大虎(たけびし・おおとら)は死んだらしいな。東国の守りは鬼州に任せるぞ、筍千代。葦原のジジイ(総勝)が目を光らせてる以上、まだ油断はならん。あの戦力を温存した日和見爺が、野心を捨てたとは思えん。葦原はありもしない御筆先やら、とっくに滅んだ古代王国の技術とやらにまだ傾倒してるらしいが、俺には迷信や古臭いものにしがみついてるだけにみえるな!」

 そういって信那は、鬼城母子(おやこ)を見届けるなり城の主殿に戻ってきた。
 舶来品らしい椅子にどかりと腰を下ろす。
 すかさず家臣の一人が、茶を持ってこさせた。
「鬼子母帝を鬼城にお返しになったのですか。あれはただの鬼母ではなく、五千年も昔から生きている物の怪と聞いておりますが……」
「俺は鬼や古代人なんぞ恐れぬ。まことに恐ろしいのは底なしの欲よ、現世(うつしよ)の人の欲よ! ……のう、サル?」
「はッ、右府(うふ)様のお言葉は毎度心に響きますなァ。この秀古、感激でござります」
 木之上十吉郎秀古(きのうえ・とうきちろう・ひでこ)
 後に羽紫(はむら)と名をあらためる。
 下層階級の出身でありながらその機転の早さと類まれな武勲の数々から、足軽から一大将、奉行、城主と異例の出世を遂げており、今では織由の腹心である。
「さすれば、母の恩をきせた鬼城などは、織由との同盟は破棄なさいますまい。右府様は安心して他国平定に出陣されまするなァ」
「お前は頭だけではのうて、口もよく回るサルよの」
 秀古が「恐れ入りまする」と頭を下げるのを見て、上総丞はさらに続けた。
「しかし、恩をうるつもりで鬼城の母を返したのでないぞ。筍千代は俺とは違う器量がある。さて……これでよい。俺が唯一恐れた武菱も牙の抜けた虎、おいそれと天子様の都に近づくまい。東の守りは鬼城に任せて葦原を押さえつつ……鬼征伐といくか」
「鬼とは……?」
「山門のくそ坊主どもよ。人のなりをした鬼どもよ。都の鬼門を守るべきものが、朱天童子(しゅてん・どうじ)などという鬼と手を結び、うつつを抜かして世を乱しておる。焼き払ってくれるわ!」
 信那のいう『山門のくそ坊主』とは、扶桑の都の東側にある山寺で、有力大名と結びつき、さらには僧兵集団を形成した自衛を超えた軍事力を持っていた。
 都と東国を結ぶ街道を脅かす拠点ともなったため、黙って見過ごすこともできなかった。

「鬼征伐というのならその役目、瑞穂にお言いつけください。見事、成し遂げてしんぜよう」
 憤怒の表情を浮かべた信那の前に現れたのは、瑞穂 魁正(みずほ・かいせい)であった。
 魁正は三道 六黒(みどう・むくろ)東 朱鷺(あずま・とき)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)といったわずかな供をつけただけで、於張国へ乗り込んでいた。
 思いがけない武人の登場に、織由陣営に緊張が走る。
 しかし、信那は、魁正のその豪胆さが気に入ったようだった。
「ほう、誰かと思えば瑞穂の魁正殿か。瑞穂はやっと俺の軍門に入る気になったのか。武菱とは手をきったのか?」
「その武菱と手を結ぶ……大事な術を失ったのだ。この弱肉強食の世では、弱者はあきらめながら死ぬより他ない。ならば、一刻も早く強者によって天下を平定し、そのような不幸なものを出さぬようにするしかない。私は……貴殿に賭けようというのです。信じてくださるか」
 秀古は、魁正の腹を探ろうと鋭い猿眼を向けている。
 相手は瑞穂の軍神とも揶揄される戦上手である。
 なるべくなら敵に回したくない。
 しかし、魁正の言葉にうそ偽りがあるならば、これまで何度となくそうしてきたように、自分が泥をかぶってでも謀略で消さねばなるまい。
 秀古が頭の中を目まぐるしく動かしているときに、信那は立ち上がると、魁正の肩とポンと叩いた。
 扇子の先で魁正の端正な顔を上げさせる。
「よかろう。ならば成し遂げて見せよ。おぬしの鬼嫌いもここまでくれば立派なもんだ。何があったかはきくまい……芯があるなら貫け」
 そして、信那は扇子をぱっと開き、秀古にボソリと呟いた。
「筍千代(貞康)には逢わせられんがの……」
 この潔癖な軍神は、鬼の秘蔵っ子とは反目するだけだろう。
 しかし、これをうまく利用すれば、天下への道を早めることができるかもしれないと於張の覇者は考えた。
 これは秀古も同じだった。
 それゆえに、これ以上は反対しなかった。
 秀古はにこりと手を差し出す。
「それでは私と山登りと参りましょうか、魁正殿。ええ、このサルめが『天下布武』への道先案内をしようというのです。行きはヨイヨイ帰りは……それ天誅と評されるか、仏法破滅の悪行とそしられるか……さてさて、どちらですかなァ?」



 こうして山門は焼かれた。
 住んでいた僧侶、僧兵達、またその周辺住民やその妻子、山の方に逃げ延びた者ともどもを巻き込む激しいものだった。
 大勢が業火で命を失った中、朱天童子率いる鬼たちは東のほうへ逃げていった。
 後の世に、『天下布武』を掲げる織由信那魔王による前代未聞の所業として伝えられるものの一つであり、その影で、瑞穂魁正が流した血と涙であった。