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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

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【●】葦原島に巣食うモノ 第三回

リアクション

   一二

「誰が使っても同じだろう。その剣、俺たちに貸してはくれぬか?」
「目的は同じでも、誰が使っても同じかどうかは分かるまい」
 夏侯 淵(かこう・えん)の頼みを、久我内 椋は一蹴した。
 椋は、パートナーのモードレット・ロットドラゴンから受け取った本物の「風靡」を手にしていた。
 彼の狙いはカタルを正気に返し、漁火の支配下に置くこと。しかし、漁火の敵である淵やカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)に渡したのでは、彼女の術が効かない可能性がある。
「なら、力づくでいくしかねぇな。時間もねぇ、一気にいくぞ」
「もちろんだ」
 舌打ちと共にカルキノスは告げ、淵も頷いた。
 椋は魔鎧であるホイト・バロウズを身に纏い、「風靡」を抜いた。六十センチほどの刀身は鈍い色を湛え、美しさとは無縁だ。
 この剣が無機物にのみ抜群の切れ味を誇ることは、カルキノスも淵も知っていたが、壊れない保証があるわけではない。椋にとっては、ホイト以上の盾になる。
 椋が「風靡」を大きく振るった。【霞斬り】が二人を襲う。怯んだ隙に、【しびれ粉】を撒く。風に乗って、カタルの方まで流れ、少年の動きが更に鈍くなった。
 カタルに狙いを定め、駆け寄る椋の前にルカルカ・ルー(るかるか・るー)が立ちはだかる。椋の【疾風突き】が、ルカルカの心臓を貫いた――。


 ――ルカルカたちがオウェンと合流したのは、牙竜たちが搬送された直後だ。
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)とカルキノスは、牙竜同様、一番初めに生命エネルギーを奪われていた。回復したのも同じ時間だったが、淵と合流するため、駆け付けるのが遅れた。
 その時、カタルは洞窟まで一キロという地点にいた。明倫館の野外訓練場らしく、背の高い麻や、壁越え、浅い池とまるで様々な道具がアスレチック場のように置いてある。
 カタルの遥か後方に現れた椋を見つけたのは、クローラだった。手にした「風靡」が本物である可能性は極めて高い。椋はどうやら、カタルの動きを見ているようだ。
「時間を稼いだだけの価値はあったか……」
 オウェンはベルクに感謝した。そして、誰か武器を貸してくれと頼んだ。オウェンの得物である棒は、既に折られている。
「だ、駄目です! その体で……きちんと治療も受けていないのに……」
 オウェンの日に焼けた顔は、今やカタル以上に白かった。近付けば、生命エネルギーをあっという間に吸われてしまうだろう。まして、椋から「風靡」を奪うことなど不可能だ。
「だが、これは俺がなさねばならんことだ」
「オウェン、あなたが死んだらカタルはどうなるの?」
 ルカルカが厳しい目で睨む。
「もし元に戻っても、あなたが死んだらカタルの“心”は今度こそ死んでしまう……」
 ルカルカは、カタルの“心”を救うことを第一に考えていた。パートナーであるダリルは、鏖殺水晶で眼の周辺だけを石化してみることを提案したが、それでは意味がないと彼女は言った。カタルが自分を肯定するためにも、私たちが彼を否定してはならない、と。
「確かに、このままでは可哀想だしな。彼の救助を優先した作戦を立てるか」
「可哀想?」
 カルキノスが鸚鵡返しに尋ねた。「今、何つった?」
「ミ、ミシャグジの完全封印に必要な駒だからだ」
 カルキノスも驚いたが、自然に出た憐憫の言葉にダリル自身、戸惑っていた。カルキノスは、にやにやと笑いながら、後でたっぷりからかってやろうと思った。
「おい、見ろ!」
 淵が指差した先で、椋がゆっくりと歩き始めた――。


 ――心臓を貫かれたルカルカは、一瞬後、三十センチほどのコピー人形に戻った。カルキノスの【●式神の術】で動かされていたのだ。
「何!?」
 愕然とし、椋は「風靡」からコピー人形を抜こうとした。
「受けろ、我が神弓の矢を!!」
 淵が呪縛の弓を弾いた。椋は【スウェー】でそれを受け流すが、次の瞬間、手の中の「風靡」が掻き消えていることに気付いた。
「な……!?」
 呪縛の弓で時を止められ、ダリルの持つトラクタービーム発射装置で奪われたのだが、知る由もない。
 ダリルはコピー人形を捨て、本物のルカルカに「風靡」を投げた。
 はっしとそれを受け取り、ルカルカは【ゴッドスピード】でカタルへ駆け寄った。
「カタル!」
 考え得る限りの対策は講じたが、結和たちの話を聞く限り、どれほどの効果があるかは分からない。時間はないと思った方がよかった。願いを言葉に乗せ、風靡を振りかぶる。
「一緒に祠の奥に行ったよね。使命は重大だったけど私は楽しかったわ。カタルという友人を得て、災いを封じるお手伝いが出来たんだもの。カタルの力は、カタル自身なの、共にあるものなの。力を自分のものとしなきゃ。出来る、カタルなら出来る。だって、その力を持って今まで生きてきたんだもの――。怖がらないで――。私たちが手伝うから、何度でも手伝うから――カタル自身を諦めないで!」
 ルカルカの【疾風突き】が、カタルの胸を貫く。ずぶずぶという生々しい感触の後、手応えがなくなった。少年の背中に、先端が大きく飛び出す。
「カタル……」
 信じるしかない。「風靡」の力を。この剣が、彼を傷つけないことを。
 カタルの目の空洞に、文字が渦巻く。飢え。虚ろ。空。欲……。
 ルカルカは、体中の力が急激に抜けていくのを感じた。「眼」が吸い取っているのだ。
「……れて」
 少年の唇が動く。
「カタ……ル?」
「離……れて、くださ……」
 ルカルカは少年を抱き締めた。力が続く限り。
「ルカの生命エネルギーをあげる。大丈夫。契約者だから……死んだりしない」
 ルカルカの瞼が次第に落ちていく。遂に彼女の体が崩れ落ちたとき、支えたのはカタルだった。
「すみません……すみません……」
 カタルはただ、その言葉を繰り返していた。


「当てが外れたか?」
 どさくさに紛れて逃げ出した椋に、人間体に戻ったホイトは声をかけた。
「いいや……」
「梟の一族」の成り立ちを考えると、カタルに同情を覚える。一方で、漁火の正体も気になっていた椋は、後者に重きを置いた。
 カタルが正気を取り戻したことで、ミシャグジの復活は遠のいた。だが、可能性が完全になくなったわけではない。
「後は、漁火殿に任せよう」
「……ったく、何を考えているんだか。ま、俺たちはお前についていくだけだけどな」
 振り返ると、カタルをオウェンが、ルカルカをパートナーたちが抱き締めているのが見えた。
「ハッピーエンドってやつか」
 口の端だけで笑い、ホイトは椋の後を追った。