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燃えよマナミン!(第3回/全3回)

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燃えよマナミン!(第3回/全3回)

リアクション


【4】天宝陵『万勇拳』ここに有り!……4


 身体に満ちる闘気は幾多の死線をくぐって尚、衰える事無く彼の身体を満たしている。
 その背に浴びる喧噪は、眼下の万勇拳連合と黒楼館の争う、怒号と悲鳴。
 ジャブラは顎に手を当て、コキコキと左右に鳴らす……砕かれた顎は問題なく再生していた。
 打ち抜かれた胸板はまだ痛みがあるものの、原型を留めず破壊された肋骨は元に戻りつつあった。
 先ほど巽にひと太刀浴びせられた肩も、既に出血はおさまっている。
「所詮は烏合の衆、シャンバラの寄せ集めに、我らコンロンの精鋭が遅れをとる道理なし」
「いたたた……」
 頭を打って目を回す九十九に、ジャブラはゆっくりと近付く。無論、その息の根を止めるために。
 いーとみーは彼女を守ろうと羽ばたくが、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、足取りがおぼつかない。
 とその時だった。
 突然の気配を察し、ジャブラはバッとその場から下がった。
 彼の居た位置には、召還された大蜘蛛が2匹。
 出てくるなり、スプレーの如く糸を撒き散らし、屋根の上にベタベタと糸を張り巡らせる。
「ジャブラ・ポー。その首……、俺が貰い受ける」
 七枷 陣(ななかせ・じん)に憑依する七誌乃 刹貴(ななしの・さつき)は音も無く背後をとった。
「奥義『鬼門封じ』!!」
 人差し指に気を集め、ジャブラの経穴を狙う。
(……とは言え、こいつはフェイク)
 昭和世代としては技名を叫んだら必殺技、と言うのがセオリーだが、何も馬鹿正直に技を出す決まりはない。
 鬼門封じと思い、経穴を守ったが運の尽き、手に隠した短刀がジャブラを仕留める。
 しかし、この作戦には大きな誤算があった。
「……それで俺の後ろをとったつもりか!」
 向こうも食えない男、素直に防御などせず、むしろ攻撃を選んだ。食らう前に叩けば、それは最大の防御となる。
「砕けろ!」
 振り下ろした手刀が、刹貴の腕を叩き折った。
「……っ!!」
 手からこぼれる短刀を残し、刹貴は素早くその場から下がる。
 そう、この作戦は前提として、敵が『鬼門封じ』を知っている必要があるのだ。
 残念ながら、これまでにジャブラはこの技を目にしてない。よって向こうは誘いに乗って来なかった。
「……ふっ、企みどおりには行かなかったようだな」
「ぐ……!」
 両掌で龍の口を作る彼に、余裕の刹貴の表情も曇る。
 ところがその時、足元に張り巡る蜘蛛糸の一部が、突然、持ち上がった。
 まるで網のように、大きな口を開け、ジャブラを飲み込む。
「……これは!」
 よく見れば、それは蜘蛛糸などではなく、想念鋼糸。
 それが網状に編まれているのだが、糸が自然とこうなる事はない、間違いなくトラップだった。
「……いやぁ助かりましたよ。糸を仕掛けようと思ったら、蜘蛛糸だらけとはね。随分楽に罠を張れましたよ」
 空京中華街『赤猫娘々』アルバイト八神 誠一(やがみ・せいいち)は言った。
「ど〜も、赤猫娘々です。この前の乱闘騒ぎで黒桜館の皆さんが破壊した備品と店舗の修理代金の請求に来ました」
「赤猫娘々?」
 おもむろ請求書を突き付ける。
「万勇拳に支払いを約束させたのに、代表の老師さんは病院送りにしてくれて、こっちも迷惑してるんですよ」
「くだらん」
 糸に手をかけようとすると、誠一は糸を揺さぶり、ジャブラの拘束を更に強める。
「まさか、黒楼館館主ともあろう人が支払い拒否ですか?」
「五月蝿いっ!」
「……そんな態度をとるなら、こっちにも考えがありますよ。裁判沙汰はあなただって嫌でしょう?」
「勝手にしろ! 裁判所ぐらいどうとでもなる!」
「……反省の色がありませんね」
 はぁとため息を吐き、誠一は糸をたぐり寄せた。
 鋭い斬糸が、ジャブラの身体を斬り裂く……かと思ったが、龍鱗功に阻まれ、上手い事いかない。
 焼豚のように糸が食い込むばっかりで、ウンともスンとも。
これ、だるい事になるパターンですね……
「死ね」
 掌に龍牙掌を纏う。龍の牙と同じ鋭い闘気の牙を糸に伸ばした。
「あ、まずいっ!」
 龍牙掌が糸を斬り裂くその寸前、張り巡らされた蜘蛛糸のしなりをバネに、刹貴は跳躍してジャブラに襲いかかった。
「この腕の借りは返す……!」
 短刀を鋭く光らせ、雨の如くジャブラに連撃を放つ。
 一撃を与えては退くの繰り返し、ヒットアンドアウェイで、糸に戻ってまた反動を使って、高速の連撃を叩き込む。
 昭和世代としては技名を叫んだら必殺技、と言うのがセオリーだが、その逆もしかり。
 技名を叫ばないからと言って、技を使わないとは限らない。
「……少し思惑とは違ったが、ようやく糸に獲物がかかったようだ」
「貴様……!」
 連撃に紛れ、打ち込まれた鬼門封じが、ジャブラの闘気を絶った。
 とは言え、ジャブラほどの使い手では、おそらくものの数秒、いや2秒も封じられたら良いところだ。
「我が一閃……。汝に与える解脱と悟れ! 絶技『殲酷・解脱殺』!!」
 息を吐かせる間もなく、刹貴の短刀が閃いた。
「させるかぁぁぁっ!!」
 振り下ろされた刃が、バツの字にジャブラの胸を斬り付け、血飛沫が舞う。
 と同時に、ジャブラの拳が刹貴に深々と突き刺さっていた。
「……ぐ、おおお……」
 ジャブラはよろめき、ふらふらと後ろに下がった。
「……どうだ……」
 刹貴も力無くその場に膝を突いた。
「こ、こんなもので……、この俺が……!」
 再び戻った闘気を身に纏い、筋肉を締め上げて、とめどなく溢れる血を止める。


 追いつめれば追いつめるほど、ジャブラの力は増大しているような気さえした。
 傷付いた龍ほど恐ろしいものはない、と和輝は言ったが、それは真実だ。
 極限状態が潜在能力を引き出すように、追い込まれたジャブラはどんどんその力を増している。
「……それでも退くと言う選択肢は、万勇拳にはない」
 屋根に上がった樹月 刀真(きづき・とうま)は目標を見つめ、青い炎のように闘志を燃やす。
「頑張ってね、刀真。この戦いが終わったら、老師のお見舞いに行こうよ。中華街で美味しい肉まん買ってさ」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はグッとガッツポーズを作った。
「ああ、老師には世話になったからな」
「あ、ちゃんとお金包んでかなきゃダメだよ?」
「お金?」
「もう。何言ってるの、入会金と年会費だよ! まだ老師に払ってなかったでしょ!」
「ああ……」とちょっと納得しかけたが「……それ、もしかして、お前の分も俺が払うの?」
「じゃあ、誰が払うのよ!」
 玉藻 前(たまもの・まえ)は月夜の頭をポンと叩いた。
「それぐらいにしておけ、月夜。戦の前の男を困らせるのは女の仕事ではないぞ」
「玉ちゃん……」
「女の仕事は、ほれ」
 玉藻は刀真に近付き、首筋に甘くとろけるような吐息を吹きかけた。
「褒美がなくてはやりがいがなかろう? もし奴に勝てたら、今晩、我を好きにしてもよいぞ、刀真」
「え……?」
「昂る男を鎮めるのが女の仕事だ」
「ちょっと玉ちゃん!」
 玉藻と、あと何かカチコチに固まってる刀真に、月夜は頬を膨らませた。
「ズルいよ、玉ちゃんばっかり!」
「ん?」
「あーあ、私も『熊田曜孔』突いて、玉ちゃんみたいなスタイルになろっかなぁ」
 月夜はそう言って、玉藻の胸に顔をうずめた。
「……ふむ。別に月夜には月夜の良さがあるのだから良いではないか。無い物ねだりはよくないぞ」
 2人の微笑ましさに、刀真はふっと笑うと、決闘に向かった。
 剣士である刀真は手刀を剣に見立て、あくまでも剣士としてジャブラの前に立つ。
 拳術の修練を積んだ者と拳で競っても勝てる気はしないが、剣術の修練とそこにかける想いなら絶対に負けない。
「来い、ジャブラ・ポー。お前と俺と、どちらが最後まで立っていられるか、勝負だ!」
「……大層な自信だな。だが、そのほうが打ち砕きがいがある!」
 刀真は眼光鋭く、ジャブラの動きに注意を配った。
 視線、構え、足裁き、重心移動から、左右から繰り出す龍乱撃を躱し、牽制の手刀を面打ちの如く放つ。
 攻撃の出を潰すように技を合わせ、ジャブラの呼吸を乱そうとするが、すぐに攻撃の間をズラし対応してくる。
 とその時、ジャブラの姿が消えた。
「!!」
 刀真が殺気を辿ろうとすると、玉藻が「刀真!」と叫んで、小麦粉の袋を放り投げた。
 手刀で袋を引き裂くと白い粉が飛び散った。
「……なるほど。こいつで奴を見破れと言うことか」
 粉塵舞う中、ゆらりと空間が歪むのが見えた。
「あそこか!」
 しかし玉藻の狙いは、これで敵の居所を探し当てる事ではなかった。
「刀真よ、伏せろ」
「え?」
「はよう」
「わ、わかった……」
 それから玉藻は粉塵に炎を放った。
 次の瞬間、粉塵爆発が屋根の上を爆風と火炎で彩った。
 諸とも吹き飛ばす荒技だが、龍鱗功を持つ彼には炎などそよ風に等しい、防御の構えで爆風に耐える。
 そこに刀真が手刀の連撃を打ち込む。ジャブラも切り返すが、慎重に立ち回る彼を攻めきる事はむずかしい。
「ならば……!」
 ジャブラは龍気砲の構えを見せた。
(来たか!)
 刀真は上に回避するそぶりを見せ、攻撃を誘う。
(このタイミングで下に潜れば龍は天を仰ぐ……、そうすれば!)
 しかし、ジャブラは龍気砲を刀真ではなく、月夜と玉藻に向けた。
 その瞬間、刀真の頭にカッと血が上った。
「貴様ぁ!!」
 龍気砲の向きを変えるため体当たりをすると、突き飛ばされながら、ジャブラは龍の口を刀真に向けた。
「ようやく俺の間合いに入ったな」
「!!」
 発射された閃光が眼前を焼き払う。
 しかし発射の刹那、刀真は左手を伸ばし無理矢理、龍の口を逸らした。
 体当たりを仕掛けた時点で、龍気砲を受ける事は覚悟している。
 だが、ただ倒れるのは彼の性分ではない。高熱に焼かれる左半身を捨て、必殺の余力を残し右半身を生かす。
「き、貴様……!」
「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」
 龍気砲を撃った直後、彼の気が消えるその間隙を突いて、刀真は肩を鳩尾に入れる。
「!?」
 そして、そのまま相手を担ぎ、宙に投げ飛ばす。
 刹那、刀真は闘気を爆発させた。白光する闘気が全身を覆う。
「燃えろ! 俺の闘気! 万勇拳最大奥義『壊人拳』!!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
 片腕のため、完全に経絡を破壊する事は叶わなかったが、一発一発は必殺の威力、ジャブラはその場に崩れ落ちる。
「が、ぐ……!」
 拳を突き出したまま、刀真もまた倒れた。