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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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「さて、こちらも見物ばかりしているわけにもいかない」
 ぱん、と仕切りなおすように手を叩いたクローディスに、後方に揃っていた面々が視線を集めた。
「兎も角、状況が状況だ。最善を望むにしても、最悪に備えないとな」
「……あくまで、この手段は最悪の場合、としておきたい所ですが」
 もし、他に有効な手段が見つからない時には、クローディスと、巫女アニューリスを繋いで、超獣を制御する、という案に、白竜は途端に顔を苦くしたが、彼を含め、皆も強くは反論をしなかった。危険だとはいっても、世界単位の大きな危機の前に、一人の危機を問うてはいられないと判っているからだ。
 こちらもまだ、可能性の一端でしか無いが、少なくとも本人の危険性を全く無視すれば可能である、ということはアルケリウスの言葉から判っている。
『と、言うわけで、やるからには準備をしなけりゃならねえが』
 流石に、端末を通じて術式を行う、と言うのは無理があるらしい。
『あいつらの術とは根本が違うし、こっちにゃアレほど大規模な施設やらなんやらも無いしな』
 そう言って、愚者は『と言うわけで』と妙に楽しげな声で続けた。
『そこなお嬢さん方。手伝ってもらえるんだろう?』
 言うなり、理王の回したカメラに映し出されて、グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)は軽く眉を潜め、アニス・パラス(あにす・ぱらす)は和輝の後ろに隠れてしまった。とはいえ、残るシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)に任せたところで話が先に進まないので、結局口を開いたのはグラルダだった。
「……私たちに何をしろって?」
『術式を教えるから、そっちで準備をしてくれりゃあいい』
 簡単だろ、と笑うような声には目を細めたものの、役割を演じていただけとは言え、一時は賢者と呼ばれた相手の使う術に、興味が無いといえば嘘になる。
「……わかった。よろしくお願いするわ」
 返答に満足げな愚者だったが「問題は」と続ける声は僅かにだけ重い。
「この術は、発動してから移動はできねぇってことだ」
 それは、移動したら術の効果が薄れる、と言う意味ではなく、移動してしまうと、術の場が狂って同影響するかがわからない、ということだ。
「ふむ。それなら、あれが役立つやもしれんのう」
 口を開いたのは、鵜飼 衛(うかい・まもる)だ。
「恐らく、アルケリウスがこちらの動きに感づくか、戦況が変わった場合、クローディスを狙ってくるはずじゃ」
 もっともな可能性に、そうだろう、と皆が頷くのを待って「そこでじゃ」と衛はにやりと笑った。
「結界を完成させる時に、予防線としてルーン魔術カードを配置して、結界を作っておるのじゃ」
 リンクの術を使うのであれば、その防衛用として、そうでなければクローディスの方を餌として、トラップとして十分役立つだろう。
『成る程、そりゃあ良い』
 愚者は頷き、早速グラルダ達に術式の手順を説明した。術の構成は、イルミンスール魔法学校生のグラルダに一日の長がある。そのため、アニスの役目はクローディスのフォローだ。
「リンクって、アニスと和輝の精神感応みたいなモノなんでしょ?」
 そう言い、だいぶ顔なじみになって慣れてきたのか、クローディスに話しかけると、その服の袖を少し引っ張って、にひっと笑って見せた。
「アニスは、クローディスのお手伝いするね」
 普段から、和輝と精神感応でリンクしているため、その感覚には慣れているアニスである。
「頼もしいな」
 クローディスは、その頭をぽん、と叩くようにして笑った。

 そんなやり取りを横目で見ながらも、シィシャは別のことが気になっている様子で、その視線を直ぐに理王――正確には、その端末へと向ける。そちらでは、理王の回すカメラに映る、超獣の姿を見ているらしい愚者が『はは、すげえな』とどこか興奮気味な声を漏らしていた。
『超獣とは言ったもんだな。まさに、人智を超えた獣ってやつだ』
 だが、同時に映し出されている激しい戦闘と、契約者たちと対峙するアルケリウスの姿には、あまり興味は無いのか、理王が「巫女を巡る兄弟の争い……その行方は彼らにかかっている!」と、ナレーションじみた文面を映像に差し込むのに、『巡るつってもなあ』と淡白だ。
『なんのかんの、理由は言っちゃいたが、あの野郎は実質、復讐にしか頭にねぇだろうよ』
「彼らの過去に、一体何があったんでしょうか?」
 すかさず問う理王に『さあな』と肩を竦めるような声が返った。
『俺が知ってんのは、説明してやった通りの経緯ぐらいさ。あの野郎は、その辺は口にしなかったし、俺も興味ねぇ』
「なら何故、協力したんです?」
 追求を止めない理王に、『面白そうだと思ったからさ』と愚者は笑った。
 本来なら超獣は、巫女が眠ってる以上、どれだけ力を溜め込もうが、ディミトリアスの魂を使った楔のために、動くことはできないはずだったのだ。仮に動けるようになったとしても、本来の力を顕現させることは不可能だった、と言う。
『あるいは、あの野郎が弟君を犠牲にしてでも超獣を復活させようとしたなら、それはそれで面白いしな』
 聞きようによっては、大変不穏な言葉に、「大変興味深いですね」とシィシャが口を挟んだ。
「”面白そう”ですか。それがあなたの存在の理由ですか」
 魔女として長く生き、感情の磨耗した自分に比べ、その感情を保っている愚者に対して、無表情の中に好奇心を覗かせたシィシャが続ける。
「”それ故”に、あなたは存在し続けていられるのですね。いえ、それしかない、から存在しているのですか?」
 それは思念体にすぎないのではないか、という問いも含まれていたが、愚者は『否定はしねえさ』と曖昧に言ってくつくつと低く笑う。
『”知りたい”ことは”面白い”。俺は好奇心のためだけに生きてんのさ――お前らも、似た者同士だろ?』
 知識欲、好奇心……そういったものが、体を突き動かしているはずだ、と向けられた言葉に、理王は肩を竦めた。
「良い趣味じゃあないけどね、お互い」
 と、屍鬼乃も否定はしない。
『なら”なんでこっちについたか”も判るだろ?』
 人智を超えた存在へ、相対することへの興味もあるだろう。この状況を面白がっているのも間違いない。だが何よりも、この存在を突き動かすものを、理王はうすうす察していた。
 果たして。愚者は言った。

『俺にはまだ”知りたいこと”がある。それが舞台ごと台無しになっちまうのは”面白くない”からさ』




 そうして、クローディスと巫女とのリンクの準備が進められている中、白竜は息をついて視線をふと下ろした。
「他に……考えられる手段は、現時点では”それ”だけですか」
 その言葉と視線に、丈二は預かっている腕輪を見やった。
 細かな装飾の入った、相当古いと思われるその腕輪は、それを嵌めた者の名と共に「封じよ」と命じることで、その魂を封じてしまうことができると言う代物である。自身に何かあった時でも利用が出来るようにと、ディミトリアスから外した際にクローディスが投げてよこしたものだ。
「使用方法として、一番有効と思われるのはアルケリウスに対してですが……ディミトリアスもまだ、可能性の範囲内でありますね」
 その言葉に、ディミトリアスが気分を害した様子も無く、ただ疑問を宿した目で首を傾げて見せたのに、丈二は続ける。
「自分の懸念としては、アルケリウスがディミトリアスを押しのけてディバイス・ハートの肉体に入る可能性がないのだろうか、という点です」
 アルケリウスがディバイスに憑依可能なのは、地輝星祭の折に判明している。ディバイスの意思で抵抗される可能性はあるものの、彼の父親は、抵抗する際に命を落としているのだ。まだ子供であるディバイスが抵抗しきれるかどうかはわからない。それに、と丈二は難しい顔だ。
「ディバイスの肉体に移ったアルケリウスがディミトリアスのふりをする事態も想定が必要でしょうか」
 真剣に検討する丈二の横顔を見ていたヒルダは「あっ」と思い出したように声を上げた。
「待って丈二。もう一人いるわ」
  ヒルダが口を開いて、視線をクローディスへと向けた。
「彼女が巫女とリンクした場合の話だけど……アニューリスの意図と無関係に、クローディスを開放するために必要になるかもよ?」
 超獣を制御できるほどの力を持った存在だ。本人にその気が無かったとしても、リンクした瞬間にクローディスの体を乗っ取ってしまう可能性がある、と言うのだ。
 確かに、と頷いた丈二は、その可能性を検討する上で、確かめておかなければならないことも思い出した。
「ところで、所有者の判別は肉体と魂のどちらなのでありますか?」
「魂だな」
 問われたクローディスは即答した。時には、自分自身が幽霊にとり憑かれた時に使うこともできるものであるらしい。だが逆を言えば、そういったケースで自分に嵌めた場合、封じる前に意識を失ってしまえば、自分の腕からも外せないということが起こり得る。
「つまり万が一私が死んだりした場合は、つけられたものは一生外せないというわけだ」
「縁起でもない例えは止めて欲しいであります」
 溜息混じりに言って、丈二は話を戻した。
「……ところでその場合、アニューリスとクローディスとの判別はどうしたらいいのでありますか?」
「フライシェイドの佃煮を食べれるかどうかとか?」
 すかさずヒルダがフライシェイドのタッパーを出そうとしたが、それは丈二が素早く抑えたので、事なきを得た。それでも、記憶にあるものは思わず顔を背けたりなどしていたが。
「……彼女は卒倒しそうな気がするが」
 ディミトリアスも若干顔色を悪くしながら言う。
「卒倒するほど不味くは無かったと思うがなあ……」
「そういう意味じゃない」
 全員の声を代弁するかのようなディミトリアスの言葉に、クローディスだけが首を傾げている。何となく皆が苦笑を浮かべてしまう中、「兎も角」と白竜が些かわざとらしく咳き込んで、皆の意識を引き戻した。
「……最悪の場合はそうするしかないにしろ、危険は出来るだけ回避したいところですね」
 そのためにも、巫女とクローディスのリンクがどういう種類のものなのかを把握しなければならない、と説明を求める白竜の目線を代弁するように、理王が端末に文字を入力していった。
「例えばだけど、超獣からの同化を、強引に引き剥がして巫女とクローディスさんを入れ替える、なんてことをするわけじゃないんだよね?」
 確認のような言葉に『そいつは多分不可能だ』と愚者は答えた。
「そうなのか?」
 羅儀が意外そうに声を上げた。
「クローディスさんが巫女の替わりに超獣と融合したら、内側から超獣を支配してくれるような気もするけどね」
 半分は冗談だったのだろうが、切りつけるように鋭い白竜の視線に、ごめん、と首を竦めた。だがそんな白竜自身もその可能性を視野に入れていたのか、何とも言えない表情を一瞬浮かべて「その根拠は」と尋ねる。
『あの同化の術が強力すぎる、ってのもあるが、最大の理由は、超獣と巫女さんの同化が、肉体的な部分まで及んでる、ってことだな』
 魂だけの同化であれば、あるいは引き剥がして入れ替えることも可能であるかもしれないが、物理的なものはそれこそ双子でも無い限り一致することはないため、全くの他人である二人が入れ替わることは無理だ、ということだ。
『そもそも、巫女さんとそこの姉さんが同じなのは姓だけだ。完全な一致じゃないから、完全な同化はまあ無理だろう』
 だが、だからこそイイんだよ、と愚者は続ける。完全な同化では、巫女の封印状態まで引き継ぐことになってしまうからだ。それでは、操ることもできない。それ故にアルケリウスも「運命だ」等と称したのだ。
『それに、その姉さんはなんつうか、直線的っつうか……』
 クローディスは良くも悪くも、憑依には向かない性質の魂なのだそうだ。そのため、ディバイス少年のように、能力などを引き継いだりは難しい。つまり、巫女に「代わって」超獣を操る、といったことは不可能、ということだ。本人が複雑な行為をする必要の無い操り人形には都合は良いのだろうが、逆に、クローディス側からアプローチするには向いていない、とも言える。
「じゃあ、そんな人をわざわざリンク状態にして何をしようっていうの?」
『大雑把に言えば、媒介ってところだな』
 グラルダの疑問には、愚者が答えた。
「依り代……ってこと?」
 今度はディミトリアスがその言葉に頷いて答える。
「リンク状態であれば、クローディスの魂を媒介にして、俺の術は彼女へ届く。だが……」
 言い淀んだ先を悟って、グラルダはその眉根を寄せた。
「間違いない。超獣を蝕む呪詛は、巫女との因果を辿って、アンタへ向うわ」
 見つめてくる真っ直ぐなグラルダの視線に、クローディスは不安を宿すでもなく「そうだろうな」と頷いた。
「逆に、超獣と巫女を蝕んでる呪詛が、全部こっちに来てくれるならその方が、被害は少なくてすむんだが」
 そこまで都合よくは行かないだろうな、と、言葉の割りにあっさりした態度に白竜の渋面は深くなったが、ため息だけをついて首を振った。
「……ならば、最低でも呪詛を払った後での手段、としておきたいところですね」
 それなら、超獣を鎮めるための一手としてはかなり大きいものになるはずだ。

「いずれにしても、ツライッツさんの胃によろしくないのは、間違いないようですが」