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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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10



「……っ、予想通り、ではあったが……当たったからといって、嬉しいものではないな」

 開かれた廟の内側を覗き込み、司は苦く呻き、グレッグも思わず目を逸らした。蒼白な顔をして手を握り締めるノアの肩を抱いてやりながら、レンもサングラス越しに顔を歪める。
 そこにあったのは、かつては鎮めを行っていた場所とは、とても思えない光景だった。
 気の遠くなるほどの長い時を経ているというのに、閉ざされていた廟の中は、呪詛のせいで時間の影響も微細であったのか、人が一人入れば一杯になってしまうような狭い廟の中で、壁一面はどす黒く変色した血色に染まり、惨い殺され方をしたらしく、服装で辛うじて神官と判る、ミイラのようになってしまった乾いた遺骸は、さながら昆虫の標本のように、四肢と胴の中心を槍で貫かれ、壁に留められていた。
「……穢れの原因は、どうやら、彼らで間違いなさそうだな」
 その血と、死の間際の恐怖、あるいは怨嗟によって、廟は穢れてしまったのだろう。呪詛の原因としてはこの上ないが、解せない、といった顔で司は眉を寄せた。
「これは……本当にアルケリウスの仕業なのか?」
 今のアルケリウスは、確かに他人の命に無頓着な復讐者だが、その復讐心の根源は、一族を殺されたことによるものだ。そのアルケリウスが、いくら復讐のためとはいっても、同族である神官たちを、これほど惨たらしく殺したとは思えない。
『恐らく、その時間もなかった筈です』
 ツライッツが、ディミトリアスを経由して、当時の状況――唐突な侵攻と殲滅、そして超獣の封印から、暴走したアルケリウスが封じられるまでの経緯で、祠まで戻るような時間的余裕はなかった、と語る。
「ということは、神官たちを殺害したのは、侵略者たち、ということでしょうか」
 グレッグが眉を寄せた。
「穢れぬよう、飢えないよう……ということは、超獣のバランス調整のための術式を行っていた可能性があります」
 討伐のふりをして、超獣を自分たちのものにしようと目論んだ者達に取って、そんな場所は邪魔でしかない。神官たち自身の血で汚すことによって、祠の機能を失わせようとしたのだろう。そして、恐らく、それをアルケリウスが利用したのだ。
「仲間の死を利用するなんて……」
 ノアが震える声で言い、レンは苦く首を振った。
「利用したつもりはなく、力を借りている……残酷に殺された仲間の無念を果たすためだと、思っているかもしれない」
 本当のところは、アルケリウス本人にしか判らないし、実際神官達が、死の間際に呪いを吐き出したのかもしれない。
『……いずれにしても、その場を清める必要がありますわね』
 暗くなりそうな気持ちを振り切るようにして鈴が言うが、事はそう簡単ではなかった。壁に縫い付けられた神官たちの遺骸からは、酷い怨嗟と呪詛が溢れ出しているのだ。
 見れば、その中央の床には、血に染まってはいるが小さな祭壇のようなものがあり、”槍”と良く似た半月状の置物が台座に設置されている。
「これ、本来は球体で――太陽を現していたんじゃないかな」
 北都の言葉に、エールヴァントも頷いた。
『可能性はあるね。地下遺跡に残っていた方は、八節を示す太陽が刻まれていたわけだし』
 神官の屍から流れ出る呪詛を、ローズから渡された浄化の札や、呪い返し等の各々の能力で抵抗しながら、何とか槍をその台座に近づけると、まるで引き合うように二つが合わさり、最初からそうであったかのようにぴたりと一つの球に収まった。廟の扉をこじ開けた時の力の名残からか、それだけで台座付近が僅かに清められたようなのが判る。 
 それで触れることができるようになったので、アルフがサイコメトリで確かめると「大当たり、だぜ」と頷いた。
 どうやら、それは元々一つになるように作られたもので、上は集束し、下は拡散する役割を持っているようだ。その集束の役割を必要とした侵略者が、それを持ち去って利用することを思いついたのだろう。
「それなら、この球と言うか槍というか、こいつを通して、この場の呪詛を散らして打ち消すこともできる、と考えて良さそうだな」
 アキュートが、言うが早いか力ある言葉を試してみたものの、反応を示しはしたが、その光もかなり、薄い。
「これだけじゃ、力が足りねぇ……ってことか」
 呟き、アキュートは通信機越しに、皆へと呼びかけた。
「そういうことで、一丁頼むぜ、歌姫さんたち」




 北、一本の杖を刻む祠では、最初の一声、イコナが”槍”の前で緊張に胸をどきどきと鳴らしながら、ぎゅうっと手のひらを握り締めていた。力ある言葉から、ペトが歌いやすいように直した、という歌詞は全て頭に叩き込んでいる。メロディだって忘れていない。だが。
(し……失敗したら、どうしましょう……)
 他に皆に迷惑をかけたくない、という思いが、イコナの体を硬くさせているのだ。
 不安の晴れないまま、ちらりと振り返ると、その気持ちを察していたのか、鉄心がイコナに向ってにっこちろ微笑んで見せた。大丈夫、心配ない、と励ますように、安心させるようにと浮かべられた微笑みに勇気付けられて、イコナはこくん、と頷くと、来る合図を待って、深く息を吸い込む。
 その後ろ姿を見守りつつも、祠の観察も怠らぬように、視線をめぐらせていた鉄心は、しかし、と色濃い血に塗れた床や壁面の有様に、苦い息をついた。
「呪詛が溢れかえっているのもそうですが、嫌な光景ですね」
「そうだな」
 応えて、アルフは嫌そうな顔をして、サイコメトリしている手を壁から離した。読み取って楽しい情報は無かったようだ。
「確認してみたけど、司ちゃんたちの推理、だいたい正解みたいだぜ」
 神官たちの血によって穢し、超獣を手に入れるために存在を縛る布石としておいたのが、一族を滅ぼされた恨みで逆上したアルケリウスが、自分の憎悪で穢れを結んで、呪詛を練り上げた……というイメージらしい。らしい、というのは、呪詛が濃すぎて、深く情報を読み取るのを阻んでいるからのようだ。その情報をエールヴァントが纏めて、今まで手にしてきた情報とあわせ、当時と今の状況をシュミレートしていく。
「……色々と複雑になってるように見えるけど、ディミトリアスが言っていたように、突き詰めていけば根っこは単純なんだ。一つ一つ要素を振り分けて、分解していけば……そこに解決のヒントがあるはず」
 そう言いながら、持ち込んだ端末とノートパソコンを繋げ、更にはそれをユビキタスで教導団のホストコンピュータと繋げて、ほとんど簡易情報処理室のようなものを作り上げてしまうと、持っている全ての知識と能力をフル活用して情報を整理し始めた。こうなると、全く止まらないのはいつものことだ。諦めに似た息を吐くアルフとは逆に、半ば感心したようにその様子を見ていた鉄心は「ところで」と口を開いた。
「気になっていたんだが、このレリーフはトゥーゲドアに伝わる絵画に似ている、と聞いたんだが」
「ああ、それか」
 情報整理に没頭しているエールヴァントに変わって、HCでそのあたりの情報を伝えると、ふむ、と興味深そうな声を漏らして、鉄心は「大地へ眠る、超獣へ力を与える歌……か」と呟いた。
「巡る八つの星……が、この八人なのだとしたら、このレリーフも、それ自体が調和や循環を象徴しているのかもしれないな」
 それは殆ど独り言のようなものだったが、それをぴくりと耳の端に捉えたエールヴァントが、更にデータを付け加えるようだった。それらをイルミンスールの校長室にある中継点を経由して、前線まで広く開示していると、漸く、待ち望んでいた合図がやって来た。
『全員のスタンバイを確認しました』
 ツライッツからの声が、それぞれのインカムに流れた。
『始めましょう』
 その合図で、イコナは目を伏せ、大きく息を吸い込むと、流れてくるヴァイオリンの音に耳を済ませた。
 そして――……”歌姫”達の声が、地上へ星を灯した。






 同時刻、南西。二つの水瓶の祠。
 ツライッツの合図を受け、ヴァイオリンで歌の導入を演奏しながら、自分の番を待つアリスの傍で、護衛として周囲を警戒していたリンダは、ふう、と息をついた。
「ここに辿り着くって思ってなかったのか、単に仲間がいねぇのか……敵らしき相手がいないのは助かるぜ」
 アリス様の歌を邪魔されずにすむからな、とリンダが言うのに「そうね」とは答えつつも、アリスのほうは違うことを考えているようだった。
「超獣の呪詛を祓ったからと言って……殺された彼らの悲しみや怒りが、晴れるわけでは無いわ」
 物憂げな声に、リンダの表情もしゅんと曇る。そんなリンダを励ますように、アリスは口元で微笑んだ。
「――これが終わったら、一曲作りましょう」
 語り継ぎ、歌い継ぐことで、この悲しい出来事を伝え、死んでいった人々の魂の慰めとするために。そうすればいつか、忘れられてしまった彼らも、安らげる日が来るはず。そうアリスが言うのに、リンダはこくこくと頷いて顔を綻ばせた……が、それもアリスに歌の順番が巡ってくるまでだ。
「―――」
 歌い始めたアリスのその吐息が、先程までの空気を一気に冷たいものへと変えていってしまう。周囲が凍りつくようなその冷気に、リンダはかたかた身を震わせながら、慌てて暖を取るために、ペットのサラマンダーを呼ぶのだった。


 同じく東、三本の花の祠。
 クナイは痛ましげに、壁に縫い付けられた神官たちを見やっていた。
 何とかしてやりたいが、彼ら自身が呪詛の礎であるため、動かすどころか触れることも出来ないのだ。
「これでは、どちらが邪教か判りませんね……」
 あるいは、佑一が指摘していたように、”真の王”こそが最初に巫女を操ろうとした者達の後ろにいたのではないだろうか。
「……兎に角、今は考えるより、役目を果たしましょうか」


 その後も、四つ目、五つ目と順調に祠に歌が満ち、五つ目。
 北東、六本弦の竪琴の祠では、まだ少し膨れっ面をしたティーが待機していた。
「いいもん。鉄心は見ててくれないけど、レガートさんがいるもん」
 すっかり拗ねているが、その声が聞こえたのかペガサスのレガートがその黒い鼻を持ち上げて首を傾げたのに、ほんの少し和んだようだ。だがそれも、歌の順が巡ってくるまでだ。
「循環する大地の力……きっとこの音も、廻って、辿っていけば、いつか……」
 そんな想いと共に、神楽舞を舞いながら、ティーは歌い始めた。
 届くように、繋がるように、と祈りを込めて紡がれる歌は、七つ目の祠にいるユリの歌とも繋がって、最後――南東、八つ目の球体の祠で待つ北都の元へ、辿り着いた。
「ふう……」
 大きく吸い込んだ息を吐き出して、喉を整える。
 正直なところ、恥ずかしいから、と言う理由で、その力を持ちながら人前で歌うことを避けていた北都だ。だが、この場所には他には誰もいない。誰の目も気にしないでいい。それが、北都から緊張を拭っていた。
「どこまで祓えるか判らないけど――……」
 届けられるところまで、歌が届きますように、と。
 幸せの歌の旋律に載せて、その歌は祠の中に響き渡った。 




 惑わされ探す 帰り道 追いかけて来る 邪まな影
 言霊に乗せ 指し示す 回れ周れ父の側を 帰れ還れ母の元へ
 夜の暗さ祓う 月の光束ね 闇を貫く 槍と成す
 星の狭間 在るべき場所へ 怯えて帰れ月の光に 想いを秘めし強き光に




 ペトが言葉をその意味を、歌いやすくと組み替えたその歌が、八芒星を描くように、順番に祠を満たしていくと、それに呼応するように、廟の中央に据えた”槍”が、淡く光を放ち始めた。目を焼くような強さではなく、冷たい指先を暖める、灯火のような光だ。その光が、廟に溢れる呪詛の重たい空気を、じわり、と揺らがせたように見えた、その時だ。
「……うえ……っ」
 突然、歌っていたペトが苦しげに眉を止せた。
「大丈夫ですか、ペトペト」
 ハルが心配そうに声をかけたが、他の歌姫たちも同様に、苦痛が襲い始めていた。
『呪詛が抵抗してんのかっ?』
 顔色の悪いアリスに、自分まで顔色を変えながらリンダが言うと、『いや』と、サイコメトリでイコナから情報を読み取ったアルフが、青ざめた顔で首を振った。

『呪詛に混ざった憎悪、嘆き……荒れ狂ってる呪詛が、超獣から、逆流してきてやがるんだ……!』