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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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14





「……なら、やっぱり糸を引いていたのは、真の王、ということですか?」

 浩一を通して伝わったその情報に、佑一が眉を潜めた。
「直接ではないにしても、何かしら影響は与えてたんじゃないかしら」
 プリムラも苦い息を吐き出す。ダンタリオンの書がリストアップした資料のうちの一つに、”賢者”が姿を消す頃の記述があったのだが、丁度その頃、最初の町長の一族が、今の町長の一族に変わったらしいことが判ったのだ。
『公文書によれば、選挙の結果で交代したわけではなく、あくまで自分から引退を申し出た、とあるが……恐らくは、”賢者”が町を離れたのと同じ理由じゃろうな』
 ダンタリオンの書が、自分の記憶に入れたその資料の内容を引っ張り出して付け加えるのに、ミシェルもその表情を曇らせる。
「確か、愚者さんが「町長は真実を抱えきれずに座を降りた」って言っていたよね」
 それは、町の成り立ちの秘密と、アルケリウス自身の憎悪の深さから逃れたがったようにも思える。同時に、何か決断をさせるような何かがあったのかな、と呟くのに、プリムラとダンタリオンが代わる代わるで口を開いた。
『何か、という具体的なことに関しては、当時としてはキリが無いのう』
『いくつもの場所で色んなことが起こっていた時代だもの、その内のどれかとなると、ね』
 その全てが「そう」というわけではない以上、特定は難しい、とは言いつつ、もう一つの可能性――その内の幾つかは繋がっていたのだとしたら、”真の王”はそれ程長い間、「何か」をばら撒いていたのだろうか。
 目に見えないものに蝕まれているような嫌な感覚を振り切るように、佑一が首をふって「それで」と口を開いた。
「地輝星祭について調べていたら、ひとつ、気になるものを見つけました」
「お祭の時の、ランタン、なんだけど……」
 佑一に続いて、ミシェルが言うのに、ああ、と思い出したように和輝が声を漏らした。
『地上に星を描くのに使ってた奴か』
 その言葉に「うん」と頷くと、ミシェルが続ける。
「ランタンに、それぞれの星座の文節みたいなのが見つかったんだ。ツライッツさんに訳してもらったところなんだけど」
「星座が持っている意味を捉え、歌として”接続”させるのに、役立つと思うわ」
 プリムラが付け加えるのに、判りました、と浩一が答える。
『こちらにデータの転送をお願いできますか?』
 その言葉に、佑一も頷いて、纏めたデータを送るべくHCに指を伸ばした。




 一方で。
 クローディスの側へ呪詛が流れた事で、負担が軽くなったのか、八つの祠では、歌姫たちの歌が、着実に廟まで溢れ出していた呪詛を浄化しつつあった。だが依然、歌姫たちにかかっている負荷は大きく、押し戻そうとする力の方がまだ大きい。
「流石に、あの超獣を蝕むだけあって、一筋縄ではいかないか」
 司が呟くように眉を寄せるのに、グレッグも頷く。
「けれど、効果は着実に出ていますから」
 もう一押しすれば、一気に覆すことも可能かもしれない。しかし。
『本当にこのまま呪詛を払っていいのか、不安なのだよ』
 呟くようなリリの言葉に、司が反応して「どういうことだ?」と問うと、リリは説明を始めた。
 順当にいけば、このまま呪詛を祓えば、巫女とリンクしているクローディスを通じて、眠りの封印を解くことになるはずだ。だが、その行為そのものが危険ではないか、とリリは思うのだ。
「超獣を操れるのは巫女だけなのだ。逆を言えば、巫女さえ手に入れてしまえば、呪詛があるなしは問題ではないのだよ」
 思うまま超獣を暴れさせることが出来るなら、呪詛の力を必要としなくとも、大地を傷つける圧倒的な戦力を手にすることができるのだ。その懸念に、司もまた眉を寄せた。
「わたくしも気になっていた。地下の神殿を破壊ではなく封印し、祠も残っている……まるで、再び使うことが前提にあるように」
 そこに、アルケリウスでもディミトリアスでもない誰かの”作為”があるのではないか、と疑っているのだ。それこそ最悪、巫女の眠りが解かれることで発動し、超獣ごと手に入れる手段が、無いとも限らない。現時点でも、”真の王”の介入で巫女と超獣は同化状態にあるのだ。
『でも、他に方法は無いよ』
 そんな彼女らの話題に、漸く思考の渦から離れたエールヴァントが口を挟んだ。
 呪詛を祓わないと、大地には還せない。大地に還すためには、巫女を目覚めさせないと、一緒に還してしまう事になる。最悪、その可能性も捨てきれないが、それではあまりに巫女に惨い。
『やるしかない。巫女を超獣ごと奪われるか、巫女を取り戻して超獣を還すか――スピード勝負だ』
「方策があるんですか?」
 その言葉にグレッグが問うと、エールヴァントは勿論、と力強く頷いた。
『まず、歌姫たちの歌が、呪詛へ影響を与えていることで、この祠から超獣へ、直接干渉することができるっていう確証が取れた』
 言いながら、HC上に、今までの情報を三次元的に纏めたグラフィックを立ち上げ、現在の状況と各配置を表示させた。八つの祠と、イルミンスールの森、そこへ設置された結界、そしてトゥーゲドアの地下遺跡。それらを繋ぐ術や力の流れをそれぞれ色分けして分析されたデータを、エールヴァントは一つ一つ繋げていく。
『彼らの術はとても原始的で単純だけど、同時に、現代のネットワークにも似ているんだよ』
 一つ一つのポイントを接続点として、力の流れが、媒介を通して繋がる。データがサーバーやアクセスポイントを経由するのに似ている、と喩えた。
『そして、それは物理的な距離には左右されない。重要なのはその配置の法則性と、接続先、経由の順番なんだ。だから……』
 言いながら、エールヴァントの指が端末を叩き、地下にある柱を、イルミンスールの森……その結界の柱の位置へと移動させる。そうすることでまず、本来の柱のコピーである今の結界の柱を、オリジナルに繋げて、効果を底上げする。
『次に、今は祠に収まっている”槍”は、大地の力を集束して、楔にしていた。ならそれを反転させることで、大地へ還すことができるはずだ』
 しかも、その”槍”の本来の姿は、拡散の性質も併せ持つことが判っている。その可能性に、皆が一瞬言葉に詰まっている間に、最初に自分の役割に気付き、動いたのは鈴だった。

『――搬送を急ぎますわ』

 






「情報が揃ってきたな。あとはプリム達次第、というところか」
「それはいいけど、ちょっと接近しすぎじゃない?」
 次々に入ってくる情報を受けて、呼雪が呟いたのに、ヘルが困ったように眉を寄せた。
 歌の効果を実証するために、ヘルの箒に二人で乗りつけ、超獣に接近した状態で歌いながら実地で試しているのだ。地上の方でも、リカインが同じように超獣に接近して、伸びてくる手を避けつつしながら、ミスのと共に歌っているところだ。残るプリム達は、危険があるということもあり、巫女と繋がっているクローディスからも効果が向わないかと、同時に比較中だ。
「音波対策を怠るわけにはいかないからな」
 その有効性が確実に実証できるまで、スピーカーを使うわけにはいかないし、何より優の説得の邪魔をするわけにもいかないだろ、と続けると、呼雪は振り返りもせず口元を笑みにした。
「背中は任せる――死ぬ気で避けろ」
「わぁい、無茶言うなあ」
 呼雪の要求に形を竦めつつも、ヘルの顔も笑っている。
「まぁ、そういうところも、好きなんだけどね」
 口にしたと同時、目を細めたヘルは、自分たちの命を乗せた箒の柄を、ぎゅっと握り締めた。




 同じ頃、イルミンスールの森、地上。
 白花の奏でるヴァイオリンの音色と、クローディスを囲む歌い手たちの歌が響く森の中で、戦闘は続いていた。

「もうやめるんだ、アルケリウス! こんなことが、本当に貴方がしたかったことなのか!?」
 刀真がワイヤクローを駆使して、アルケリウスの攻撃を阻害する傍ら、パートナー達を伴った優は、果敢に説得を続けていたが、憎悪と復讐心のみで永い時を過ごしたアルケリウスに、その言葉は簡単には届かないようだった。煩がるように槍を振るい、生み出された真空波が優を襲う。それを、歌菜の槍が相殺する中、優は続ける。
「貴方がやっている事は、超獣の力を利用しようと企んでいた輩と同じだ!」
 貴方の一族は何の為に超獣を鎮めてきたんだ、と、優は拳を握り締めた。超獣を悪用する者や超獣からこの星を守る為に守護してきたのではないか。大地を傷つけ、大切な人を蘇らしても誰も喜びはしない、と叫ぶ優に、零も続ける。
「貴方の大切な人は絶対にこんな事を望んでいない……お願い、憎しみに囚われないで、貴方の大切な人達の声を聴いて!」
「巫女は眠り、ディミトリアスは俺と袂を分かつと言った……これ以上、何を聞けと言うんだ?」
 アルケリウスの反応は、凍った刃のように冷ややかだ。皮肉に上げられた口元は、哂っているようであり、どこか自嘲しているかのようにも、優には見えた。
「そなたは、その憎しみを、”真の王”に利用されているだけです。このままでは、後悔するだけ……」
 刹那も訴えたが、アルケリウスは首を振る。
「利用ではない、契約だ……”真の王”が俺の望を叶える代わりに、俺が望みをかなえてやる……それだけのことだ」
 言い終えると同時に放たれた雷が刹那を狙うのに、敬一の銃弾の雨がそれを遮る。攻撃のことごとくを邪魔され、投げかけられる言葉に苛立ちを露わにするアルケリウスに、優はそれでも訴えるのを止めない。
「憎しみに囚われるな、アルケリウス……! 復讐を果たしても、何も変わらない……!」
 誰より、悲しい存在と化した、アルケリウス自身が救われない。何とか分かり合う糸口を探そうと言葉を探す優達だが、まるで全てを拒むかのように頑ななアルケリウスは、憎悪と――見間違いでなければ、絶望を宿した目で、口端をあげて、笑いながら、大きく槍を振りかぶった。
「変わるさ……貴様らを殺し尽くせばな……ッ!」
 叫んだアルケリウスの放った攻撃に、聖夜がそれをいなすと、エリスが挑発するような動きで引き付け、防御姿勢を保ちながら、攻撃を受け流していただったが、限界が来た。
「……っ」
 回転の勢いを乗せる、槍の横薙ぎの一撃に弾かれ、盾ごと体がざざっと押し出されるように下がる。
「くそっ」
 次第に劣勢になっていく中、エヴァが思わず舌打ちした、その時だ。
「悪い、待たせた」
 その肩を、叩く手。エヴァ達が稼いだ時間のおかげで、完全回復を果たした煉だ。
「遅ぇよ」
 エヴァは文句を言ったが、その声は笑っている。それを背中に受けながら、示現流「蜻蛉」……剣を右手の耳辺りまで上げ、威力と速度を重視した構えで、煉は前へ踏み込む。その気迫を認めてか、アルケリウスは槍を構えなおした。
「理非無き時は鼓を鳴らし、攻めて可也……ここからは、俺が相手だ、アルケリウス」
 口上の後、向き合うこと数秒。僅かな睨み合いが続いた。互いにタイミングを計っているのだ。
 動いたのは、アルケリウスが先立った。
「はぁあ……ッ」
 先手必勝と見たか、真正面から入った突きの一撃に、煉は足捌きでそれをすれすれの位置でかわすと、返しの一撃を振り下ろしたが、その時には、軌道を変えたアルケリウスの槍先が切り返しており、ガギン、と互いを弾いた。
 そこからは、手数のぶつかりあいだ。
 流星のアンクレットによって底上げされた、速度のある剣戟が放たれる。が、アルケリウスの槍もまた、長さのリーチを最大限に生かす形で、自分の間合いより内に、中々踏み込ませようとはしない。突き、払い。振り下ろす剣よりも遠くから飛んでくる一撃を、先程までモニターで戦いぶりを観察していたために何とかかわし、時に受け流しながら、互いに打ち合うことどれ程か。実際には短い間であり、互いに傷もつけてはいないが、一旦間合いを取りに離れたときには、共に息が乱れていた。
「……残念だ。叶うなら、もっと別の立場で合間見えたかったな」
 もっと純粋な、勝負の場で。だが、そんなことも言っていられない。
 煉は剣を担ぎ直すと、剣先を背後に隠すようにして構えなおした。剣の間合いは、既に相手の知るところだ。今更隠す意味はない。本来なら、だ。
「勝負だ、アルケリウス」
 ことさら挑発的に言い、煉はじり、じり、とその間合いを詰めていく。警戒してか、アルケリウスも手は出してこない。そうしている内に、煉の足は、最後の一歩を、超えた。
「くらえッ、奥義、真・真・雲耀之太刀ッ!」
 飛び出した煉が剣を振り下ろすのと、アルケリウスの槍が突き出されるのは、殆ど同時だった。だが、アルケリウスは知らなかった。間合いを詰める傍らで、倍勇拳によって高められた、自在に姿を変えることのできる闘気を剣に纏わせ、その剣の間合いは既に変わっていたことを。
 見誤った距離感は、そのまま、相手の隙になる。
「ちい……ッ」
 舌打ちし、すぐさま穂先を切り替えしたが、遅い。すれ違うようにお互いの切っ先はぶつかることなく交錯し、アルケリウスの槍は深々と煉の左肩を抉り、しかし――煉の剣は、アルケリウスの右肩から食い込み、胸元までを一気に断っていた。本来なら、即死に至るほどの傷だ。だが、そんな傷を負いながらも、アルケリウスはまだ、立っていた。
「……やって、くれるじゃないか……」
 口元から血を吐き出しながら、アルケリウスは笑っている。その口が何かを唱えた途端、光がアルケリウスの槍から体を伝って、じゅうと音を立てて傷口を塞いで行った。回復魔法だ。
「太陽を象徴に持つ俺が……回復魔法が使えないと、思っていたか?」
 笑ったが、それにしても異常な回復力である。恐らく、その体が、本人の言ったように不完全な復活……本当の生身では無いからなのだろう。
 苦い顔をしつつも、煉が諦めず再度切り込もうとした、その時だ。

「―――これ、は」
 二人の戦いを録画していた理王が、そのカメラを僅かに引いたところで、思わず漏らした。
 黒く染まる超獣の体が、淡い光を纏い始めていたのだ。






 煉の剣が、アルケリウスに振り下ろされる、そのほんの少し前へ遡る。
「……これ、では、繋がりが、弱い。もっと、リンクを強くできないか……?」
 巫女とリンクし、その呪詛を身に引き受けながらも、クローディスはクローディスだった。
『馬鹿言え、体が持つわけねぇだろ』
 これでも、負担をギリギリまで抑えた術式なんだぞ、と呆れたように愚者は言ったが、余裕があるはずも無いのに、これではリンクと言うより、ただ指先が触れた程度でしかない、とクローディスは不満げだ。
「……甘く見るな、一進一退では埒が、明かん」
 巫女と繋がりが深まるリスクが判らないクローディスでは無いが、祠の歌姫たちの歌が押し返す呪詛はまだじわりじわりといった速度で、このままでは呪詛が祓われるより先に、彼女たちの体力の方が持たないだろう、と判断してのことだ。
「私なら、まあ……何とか乗り切って……やるさ」
 洞窟探検者の魂を見せてやる、と、苦しい息の中で口の端をあげるクローディスに、結局周りのほうが折れた。グラルダが呪文を口にし、アニスが調整を取りつつ、互いの接続が一段階深まる。その、瞬間。
「――……っ」
 ぽたり、と。突然、クローディスの目から涙が零れ落ちた。
「クローディスさん!?」
 未憂が驚いたように声を上げたが、戸惑っているのはクローディス自身も同じだったようで、ぱち、と瞬きすると、その視線がディミトリアスを追い、そして眉を寄せた。
「……成る程。裏切った、とは良く……言ったもんだ」
 呟くと、恐らく彼女のものではない涙を拭うと、先程よりもふらつく体を踏ん張りながら、自身に繋がる巫女の感覚を説明した。
「眠りの封印を受けている、だけに、意識は、明朗ではない、し……言葉での説得は、難しい筈だ。だが、聞こえていないわけじゃあ……ない」
 まどろみの中の曖昧な意識の中でも、眠っていても子守唄の届くように、悲鳴が聞こえてしまうように、巫女は確かに”感じて”いる。と同時に、眠りを戒められた巫女の心は、ずっと同じところで留まっている、と言うのだ。プリムが感じ取ったように、深い悲しみと、「もう戻らない誰か」を求める強い、想い。それが、超獣そのものが持っている嘆きや、呪詛による苦しみと混ざり合って、影響しあっているという。
「今……二つは、分かたれず……同じ……憎悪と、嘆きを……安らぎに」
 その言葉に、プリムはこくりと頷いた。集まってきた言葉や、思いの欠片から、歌うべき歌のイメージは、大分固まってきている。リンがプリムの手を繋ぎ、未憂に渡されたギャザリングへクスで喉を潤した羅儀が、深く息を吸い込む。超獣の傍ではリカインとミスノが地上で、呼雪が上空で、その合図を待っている。

 やがて、ヴァイオリンの奏でる、子守唄のような音色に乗せて、高く、低く折り重なって、歌は響いた。




 明かりを灯せ大地が上 八つの意思 星のごとく 点と点を繋ぎて瞬く

 指し示す杖の先 水瓶の水は流れ 花は開く
 踊る刀に滑る光 跳ね踊るは魚達
 琴の響きに 揺れる稲穂 珠の回るように廻り巡る

 太陽は天よりの守りとなり 月は地の底にて君が天蓋の傍らに
 全くの闇の中に 還るを断たれた繋がり
 その眠りの終わるまで 失われしが満ちるまで
 忌むべきものの届かぬよう 星の下に君を守らん
 
 




 かつて大地そのものであった超獣の、力が正しく廻るように。貴方の愛しい人は傍に居ると、巫女に語りかけるように。 繋がったイメージは、まだ荒いながらも、強い歌となってイルミンスールの森に響き渡った。
 そして――
 

「呪詛が、揺らいだ?」
 逆流する呪詛を抑えるため、再び祠を回っていた学人が、それに気付いた。
 イルミンスールで響いた歌によって、超獣の抱えている嘆きが揺らぎ、伴って、蝕んでいた呪詛がその力を揺らがせたのだ。僅かな、だが決定的な転機だった。

「”星の狭間 在るべき場所へ 怯えて帰れ月の光に 想いを秘めし強き光に――!”」

 揺らいだ呪詛を押し返し、追い払うように、押し出すように、歌姫たちが、ありったけの声と祈りを込めて歌った歌は、中央の”槍”と呼応して、先程までの淡い光などとは比べ物にならないほどの、月のように冷たく強く光を放った。それは狭い廟を満たし、更に祠全体を貫くかのようにあふれ出していく。
「――ッ」
 あまりの眩しさに、契約者たちは思わず目を覆った中、サングラス越しに、レンは見た。
 神官たちの躯を留めていたものが崩れ、同時にその躯が光に包まれるようにしてゆっくりとその輪郭を失っていく。そうして、廟の中を染めていた血と共に、完全にそれが失われてしまうと、廟は穢れが完全に祓われたのが判った。
「や……った」
 ゆっくりと目を開けて、清浄に満たされた廟を目にした途端、へたり、とノアが力尽きるように体を傾けたのを、レンが支える。
『でもまだ、完全じゃあないようです。超獣はまだ、完全には浄化されきっていはいません』
 浩一の声が、硬く言った。イルミンスールの森では、未だ超獣はその猛威を振るい続けているのだ。
 廟の呪詛と共に、超獣の呪詛は祓われたが、そもそもそれを結び付けていたのはアルケリウスの深い憎悪だ。アルケリウスが健在な今、それはまだ超獣と巫女の嘆きに喰らいつくように蝕んだままだ。だが。
『これで、超獣を大地に還す最大の障害は、無くなった』
 アキュートは、力強く言って、挑むような目をして、口元を引き上げる。

『こっからが最後の仕上げ、って奴だ』