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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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15



「――……っ」


 煉と切り結んでいたアルケリウスは、それに気付くのが一瞬、遅れた。
 あれほど濃く染まっていた超獣の体が、呪詛に染まった黒から灰色へとゆっくりと、薄れるようにして変じていくのだ。
 驚愕に目を開いていたアルケリウスは、直ぐにその意味を悟って、視界をめぐらせると、それを見つけた。
「……ディミトリアス……ッ!!」
 叫ぶようにその名を呼びながら、憤怒の形相でディミトリアスに向って突撃しようとしたアルケリウスだったが、ガギンッという音一つし、それは阻まれた。メイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)の機甲魔剣アロンダイトだ。
「そがいに、みやすう行かせるわけにはいかんけぇのう」
 身の丈を超える大剣が、ギリギリと槍の突き進むのを阻んでいる。
「邪魔だ、どけッ」
 吼えるアルケリウスが、そのまま貫かんばかりに力を込めるが、組み合っている剣が悪かった。メイスンのアロンダイトは、機甲魔剣の名の通り、その形状が突如変化すると、アルケリウスの槍の穂先を絡めるようにして、そのまま横へと振り払ったのだ。直線の攻撃に対しての、横からの急な力に、アルケリウスの体が槍と共に揺さぶられる。
「ちい……っ」
 舌打ちと共に、アルケリウスが槍に雷を纏わらせ、それで剣をメイスンごと弾き飛ばしたが、その勢いもあって、アルケリウスの体の方も、やや横に弾き飛ばされる結果となった。
 そして、その場所は。
「今ですわ、衛様!」
 ルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)の声と共に、銃声一つ。放たれたインテリジェンストラントの魔弾がアルケリウスを襲った。魔道書「妖蛆の秘密」の中に蓄積された、名伏しがたい知識の渦が襲い掛かるのに、アルケリウスの動きが鈍る。そして、鵜飼のルーン結界が発動した。
「―――ッ!?」
 設置されたルーンが次々と発動し、幾つもの魔術がノータイムで襲い掛かってくるのに、自身も魔法で相殺させようとしつつも、さしものアルケリウスも後退を余儀なくされたが、それを許すはずも無く――
「出でよ、シルフ、人魚姫ッ!」
 鵜飼の切り札である、召喚術式。シルフと人魚姫、風と水の力が一気にアルケリウスに襲い掛かったのだ。避け様も無く、食らえば致命的だ。
「……ッ、太陽よッ!!」
 一声。
 瞬間、傾きかけた陽のように、その槍が茜色に染めあげられたかと思うと、次の瞬間にはごうっと噴出した強烈な炎を纏った槍の一撃が、襲い掛かる二体の召喚中を飲み込んだ。
「……ち、あれを破るとはのう」
 それにも冷静さを崩さず、残るルーン魔術を発動させ続けるが、衛の表情は険しい。だが、アルケリウスの方も、流石に消耗は激しいようで、はあ、と息が荒い。だが、その目は先程よりもぎらついた、狂気に似た光が揺れて、戦っている鵜飼ではなく、ディミトリアスとクローディスの方を見ている。
「その術を……やめろ……!」
 それだけで人を射殺しかねない殺気を放ちながら、アルケリウスが槍をディミトリアスの方向へ向けたのに、「おや、おや」と、その場にそぐわないのんびとした、けれど人を馬鹿にするような響きの声が、アルケリウスに向けられた。
「何を焦ってるんです? 貴方の望んだ状況でしょう。成功すれば少なくとも巫女さんの眠りは解けるわけですし」
 そうすれば超獣は操れるようになるんですからね、と続けながら、それとも、とにやにやと神経を逆撫でする笑みを浮かべて、エッツェルは目を細めた。
「それなのに止めるなんて、どうしてです? 少なくとも眠ってくれていれば、自分のものにしていられるからですか?」
 アルケリウスは答えないが、その口調と言葉に、どんどんとその表情は険しく、怒気を越えて殺意がその目に宿っていく。
「貴様……、その口、永遠に塞がれたいのか?」
 殆ど脅すように言ったが、エッツェルは構わない。それどころか、更に嘲笑するようにして続ける。
「取り戻されるのが嫌なんでしょう? 本当は……弟さんから奪い取った今の状況を、内心でほくそえんでたんじゃあありません?」
「黙れ……ッ!」
 ついに堪えきれず叫び、一気に距離を詰めたアルケリウスの槍が、過たずエッツェルの体を貫いた。何故か身じろぎもしないエッツェルの体を、ずぐりと嫌な音を立てて槍先はめり込み、怪異の躯を突き抜けて先端が顔を覗かせる。
「奪ったのは貴様らだろうが……ッ、俺は、取り戻そうとしているだけだッ」
 呻くような、泣き叫ぼうとするかのような声で言うアルケリウスが、更に槍を体にめり込ませようとしたが、くくっと喉を震わせるような低い笑いに、思わずその手が止まった。
「勘違いも、そこまでいくと滑稽ですよ。今現在、奪っているのは誰です。あなたでしょう」
 人を不快にさせるような笑みを湛え、エッツェルが目を細めると、ぞろり、とその異形の左腕がぞる、と槍に絡み付いて、ずずっとすするようにエネルギーを吸い上げながら、そのままアルケリウスの腕を飲み込むように這っていこうとする。
「なん、だこれは……っ」
 憤怒に染まっていたアルケリウスの顔が、初めて嫌悪と不快感に引きつった。そんなアルケリウスに、追い討ちをかけるようにエッツェルは続ける。
「美しい女性を虚言で誑かし、自分の思い通りにならない弟君の引き離し……ほら、どう考えても奪ってるのはあなたの方じゃあないですか」
 エッツェルの言葉に、ぎり、と奥歯を鳴らすと、怒りと不快と――僅かな焦りのようなものを浮かべて、アルケリウスは強引に、絡みつく触手を引きちぎるようにして、エッツェルから槍を引き抜いた。
「黙、れぇええ……ッ」
 そのまま、ありったけの雷を纏ってその体を貫こうとしたが、それを見計らったかのように、距離を詰めた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の剣の結界の剣が、阻むようにアルケリウスに襲いかかった。それを回転させた槍の柄で弾いたアルケリウスが、後方へ飛びずさるのとと同時、その目前に、刀真が媚びこんできていた。
 左手の白の剣が、ガギンッと槍と交わる。
「次から次へと……邪魔を、するな……ッ!」
 先へ進めない苛立ちがピークに達したらしいアルケリウスが呻き、すぐさま激しい攻防が始まった。
 神降ろしで自身を強化して挑んでいるが、刀真の百戦錬磨の経験をもってしても、セーブすることも、ダメージを食らうことをも無視するような、捨て身のアルケリウスの攻撃は激しく、死角からの月夜のラスターハンドガンの攻撃を食らいながらも、手を止める気配も無い。刀真は、できるだけ攻撃を流すように流すようにと動き、一度詰めた間合いを離されないようにと食らいつく。
 そうやって何度、鍔ぜりあったか。痺れを切らしたように動いたのは、やはりアルケリウスだった。
「我が太陽が前より、疾く、退け……っ」
 一声、再び赤い炎を纏った槍が、同時に雷を迸らせながら振り下ろされた。だが。
「退くかよ――テメェはここで止める!」
 それこそが、狙っていた一瞬だった。
 振り下ろされた槍を見切り、体術回避で髪先を焼き切られながらもかわしきった刀真の体は、そのままアルケリウスの死角に回り込むように反転すると、その動きを利用して、すぐさま振り返ろうとしたアルケリウスの視界を、ブラックコートの翻りで一瞬塞ぐ。そして――
「刀真ッ!」
 刀真の体をブラインドにし、ダッシュローラーで飛び込んできた月夜の胸から抜き放たれた、黒の剣が閃いた。
「―――……ッ!」
 反転から、更に反転。その体の回転の勢いを乗せて、高速の斬撃、神代三剣が、アルケリウスの体にまともに叩き込まれ、声を上げることもできず、アルケリウスの体が地面へと崩れ落ちたのだった。
「独りっきりのテメェと違って、俺には二人がいてくれる」
 負けるわけが無い、と。手にしたふた振りの剣、その象徴する、自らのパートナーを背中に感じながら、その剣先を喉元へと突きつけて、刀真が言う。その言葉に、アルケリウスの顔が、一瞬だけ奇妙に歪んだ。
「独り、か――……そうだな、独りになってしまった」
 その声はあまりに小さく、聞き取れたのは刀真ぐらいだったろうか。そんな彼が倒れたのを確認し、抵抗せぬようにと向けた幾つもの武器を前に、アルケリウスは何故か、くっくと低く笑い始める。見かねたように、優が「アルケリウス」と声をかけた。
「もう……終わりにしよう、こんなことは」
 超獣を大地へ還し、新しくやり直そう。そういって伸ばされた手は、アルケリウスには届かなかった。

「そうだな、終わりにしよう――全て」

 呟くように、一言。
 その、瞬間。

「離れて……ッ」
 超感覚の知らせる危機に、歌菜が声を上げたのと同時、アルケリウスの手にしていた槍が、突然炎を噴き上げたのだ。
「なんだ、あれは……」
 とっさに飛び離れた一同は、息をのんだ。
 赤く染まっていた槍は黒く塗り潰され、噴き上がる炎も漆黒だ。しかもしれは、アルケリウスの体まで飲み込んで吹き荒れているのだ。
「自殺……?」
 乱世が呟いたが、違う。黒い炎を身に纏わせながら、アルケリウスは立ち上がると、ざわりと肌を粟立たせるような笑みを浮かべて、目を細めた。
「……どうせ、取り戻せないのなら、ここで全てを終わらせてやろう」
 低い声で言い、アルケリウスは結界の中へとじりじりと後退すると、その槍を地面へと突き立てた。すると、黒い炎の幾らかが地面へ飲み込まれていった。そして。

「な―――……っ!」


 変化は劇的だった。
 呪詛の祓われたはずの超獣が、突如悶えるように身を捩ったかと思うと、背の骨のようなものを足代わりに体を起こさせ、灰色へと薄まったはずの胴体のなかを黒い塊が蠢く。起こされた上体はますます女性のような体つきと化して、開かれた大きな口からは歯が生えてくる。
 再び変貌した超獣は、地面へもぐりこませていた腕を引き戻すと、側面から伸びる無数の腕と共に縦横無尽に振り回し始めたのだ。結界に阻まれて外へは出れないで荒ぶる腕は、まるで灰色の竜巻のようだ。

「呪詛は祓えても、俺の憎悪は消せはしない」

 冷たすぎて、触れたものを火傷させてしまうような、凍った声が哂う。

「俺たちの絶望と憎悪……還せるものなら――……還してみるがいい」





 超獣が暴れ狂っている中、その影響を直に喰らって、クローディスががくんと膝を突いていた。
「クローディスさん!」
 駆け寄った英虎が治癒を試みるが、怪我や異常状態では無いためか、あらゆる回復手段でも効果が無い。
『ち……厄介だな』
 愚者の舌打ちに、どういうことですか、と理王が問う。
『あの野郎、自分の魂をエネルギーに変えて、超獣に流し込んでやがんだよ』
 恐らく、最初に超獣を使ったのと同じ方法だろう。憎悪に塗れた自分の魂を代価に、穢れを束ねて超獣に呪詛をかけたように、今度はその憎悪そのもので超獣を暴走へ導いているのだ。しかも今は、超獣は巫女とも同化している。その嘆きと苦しみが、アルケリウスの憎悪や絶望と共鳴しあって超獣の暴走を加速させ、その余波が、巫女を通じてクローディスに向ってきているのだ。
 体の中で何かが荒れ狂うような感覚を抑えるように、自身をきつく抱きながら、クローディスはぜい、と息を吐き出した。
「大丈夫だ……呪詛が無い分、さっきよりましだ……ただ……、巫女の方が、危……ないな」
 その眉を顰めて、クローディスが言う。先ほどの歌で一瞬、その嘆きが揺らぎはしたが、その揺らぎに、まともに憎悪と絶望が食い込んだ形になっているのだ。リンクの深度が深まった分、その眠りの封印の因果も引き寄せているため、苦しさとけだるさが交互に寄せるようで、クローディスは苦笑する。
「……不味いのは、絶望……だな……目の前で、恋人を失った巫女、の、悲しみが、絶望に……傾き、かけてる」
 このままだと、同化が進んで超獣そのものになってしまう、とクローディスの目が焦りを宿した。そうなれば、恐らくリンク状態にあるクローディスにも、何かしらの影響が及んでしまうだろう。
「どうすれば、暴走を止められるのでありますか?」
 丈二が、クローディスと超獣とを見比べながら、切迫した声で問うたが、『俺が知るか』と愚者は投げやりに言った。
『考えんのは、てめぇらの仕事だろ』
 その言葉に眉を潜めながらも、フレデリカは努めて冷静さを保とうとしながら、考えを纏めるように口を開いた。
「……状況を、整理しましょう。とりあえず、超獣の呪詛は祓われた、これは間違いないわ」
 暴走しているとは言え、呪詛からは解放されている。流し込まれた憎悪と、暴走状態を無視して、超獣を還してしまったとして、巨大なエネルギーは憎悪の力程度は相殺し、大地への影響は無いだろう。「しかし」とアルツールが言葉を添える。
「超獣と巫女が同化している現状、還そうとすれば、恐らく彼女は巻き添えになる」
 巫女を助けるためには、まず、その同化から破らなければならない。そうなれば、必然、あの荒れ狂う超獣への接近は避けられない。
 

 全員が難しい顔で、超獣の巨大な体を見上げた。
 諦めなければ、考えれば、手段はあるはずだ。

 だがまるで「どうにもなるはずがない」と嘆くように、超獣は、彼らの目の前で、のたうつように暴れていた――
 




担当マスターより

▼担当マスター

逆凪 まこと

▼マスターコメント

 皆さま、今回も大変お疲れ様でした
 相変わらず、頂きましたアクションに引っ張っていただいております、逆凪です
 おかげさまで、気がつけば文字数が増えてきてえらいことになりました

 前回に引き続き、フルスピードで状況が進んできておりますが
 無事呪詛も祓うことができ、結界は防衛されました
 また、記憶の方も、封印の扉まで辿り着くことが達成しまして
 あとは超獣と記憶の封印が立ち塞がるばかりとなりました

 とは言えあと最後の一歩、このキャンペーン最大の難関が立ち塞がっているとも言えます
 しかし同じぐらい、方法と手段は皆さま勝ち取ってくださってますので
 是非、皆様で可能な限りの最良の結末に、辿り着いていただけたらと思います


 さて今回は、お察しの方もいらっしゃるかと思いますが、いつもより厳しい判定となっている箇所もあります
 また場所の指定が無かった方については、アクションの内容の結果としての現時点となっております
 次回はまだまだシビアな状況が続いていますが、是非挑んでいただければと思います

 それでは最終回にて、お会いできれば幸いです