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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第2回/全3回)

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12






 同じ頃。
 イルミンスールの森でも、激しい戦闘は未だ継続中だった。
「いい加減に、鬱陶しいぞ、貴様ら……っ」
 飽きもせずに繰り返され、劣勢ではないものの、強引に相手のパターンに乗せられている形の状況に苛立ってか、アルケリウスは吐き出すと、ついに槍を大きく振りかぶって、雷を纏わせた渾身の一撃で、馬鹿正直に正面から突っ込んでくるイヴリンの胴を、槍の柄で思い切り薙ぎ払った。
「……っ」
 みしりと食い込む強烈な一撃は、スパイクでは堪えきれず、イヴリンの体が僅かに地面から浮くと、数メートル後方まで弾き出される。だが、その一瞬に、セレンフィリティとセレアナは、目だけで意思を交わすと、アルケリウスに向けて再び飛び込んだ。
「またこのパターンか……っ」
 苛立ったアルケリウスが、殆ど反射的にパターンをなぞろうとしたが、それこそが、狙いだった。今の今まで、イヴリンの実直な攻撃に併せるように、単調をもって自身を「パターンをなぞることしかできない相手である」と認識させていたセレンフィリティは、銃の引き金を引くと見せかけて、今までより更に一歩踏み込む位置にまで食い込むと、一瞬認識を狂わされて反応の遅れたアルケリウスに、その銃身そのものを、拳代わりに叩き込んだ。
「……っ、な、……!」
 咄嗟にそれが狙った頭蓋を庇ったアルケリウスだったが、続けざまにセレアナのフロンティアスタッフが襲い掛かってくるのに、回転させた柄で弾き飛ばすのが精一杯だ。
「ちぃ……ッ」
 唐突にパターンを狂わせ、大きく隙の生まれたアルケリウスが、咄嗟に魔法で弾こうとするが、タマーラのウインドタクトの生んだ風によって体がバランスを崩し、そこへ襲い掛かるグラキエスのクライオクラズムが吹き荒れ、超獣の傍へ戻るのを阻む。
「させないわよ……!」
 離脱したアルケリウスの間合いに入り込むのはニキータだ。モンキーアヴァターラナックルで接近戦へ持ち込もうとする姿に、苛立ったように、アルケリウスの表情は険しくなった。
「次から次へと、邪魔な奴らだ……っ」
 超獣の傍への後退を阻まれただけではない。自分を阻もうとする全てが
「あたしたちは「誰かのため」に戦ってるのよ」
 軍人としても、あんたの好きにさせるわけにはいかないのよね、と続けながら、フットワークを生かしたニキータの拳が降り注ぐのを、アルケリウスは槍を中心に持ち替えると、その柄で打撃を防ぎながら、回転する槍の穂先と柄の長さの違いで間合いを変動させながらかわしていくが、実質一対一状態とはいえ、接近戦では長い武器は不利だ。たちまち激しい攻防戦となる中で、ニキータは口を開いた。
「そう、アタシたちは”誰かのため”に戦ってるけど、あんたは”何のため”に戦ってるのかしら」
 胴を払う一撃を、ナックルでいなしてニキータは続ける。
「”また俺たちを裏切るんだ”……だったかしら? あんたみたいな男が、裏切った相手の”ため”に動くとは思えないのよね」
「煩い」
 苛立たしげな声と共に、バヂッと電撃が弾けたが、それもニキータの実践的錯覚によって不発に終わり、アルケリウスの苛立ちを増幅させた。
「貴様には関係の無いことだ」
 だが、そんなアルケリウスに、ニキータは「そういうわけにはいかないのよね」と呟くようにして、目を細める。
「裏切った弟さんを、それでも復活させたいの? 世界樹の力を手に入れて復活したいのは、自分だけの都合でしょう」
 それとも弟さんも、巫女と同じように道具として必要なわけ? と、半ば挑発もかねて言葉を投げつければ、その怒りを表すかのように先程より激しい電撃がスパークした。
「違うッ」
 爆発にも等しい電撃に、腕でガードして庇ったものの、流石のニキータの体もそれで弾き出された。
「……っ」
 体制が崩れる。そこを狙って、アルケリウスの槍先が先ほど同様の雷を纏う。ニキータは一瞬顔色を変えたが、そこにすれ違うようにしてエリスが飛び込んできた。
「させないわよッ」
「行けえぇッ!」
 同時、フォーティテュードで襲ってきた雷を堪えると、そのタイミングを見計らって、エヴァがその背後から飛び出すと、 戦闘用イコプラや可変型機晶バイク等、周囲のあらゆるものをカタクリズムで叩き込むことによって、アルケリウスからの追撃を防いだ。
「ち……っ」
「余所見は厳禁、だよ、っとッ!」
 その間に、今度は体力の回復を終えたなぶらが飛び込んで、振りかぶった剣がアルケリウスの槍と激突した。ガキン、と激しく火花が飛んだが、その手応えに、なぶらは目を細めた。
「どうしたのかな、随分、荒くなってるよ?」
 指摘に、アルケリウスの眉間に深い皺が寄る。先ほどから続く苛立ちが、如実に攻撃に現れているのだ。最初に刃を合わせた時とは違い、余力を残すこともせずに柄が軋むほどの力の篭った一撃が、横凪に払われる。重い一撃だが、なぶらはそれを剣の脇を滑らすようにして流し、ニキータはその苛立ちを突くように、ことさら皮肉に口を開いた。
「図星をつかれてムキになったってワケ?」
「違う……!」
 アルケリウスは声を荒げた。
「あいつは道具じゃない。たった一人の、俺の家族だ」
 それは本音には違いないのだろう、声には重たい響きが混じったが、ニキータは容赦しなかった。
「その弟さんが、どうして”また裏切った”のかしらね?」
 挑発も込めて皮肉に言ったが、アルケリウスは一瞬、苦い顔を浮かべて「……あいつは、いつも、そうだ」と小さく呟くように言うのに、一瞬、攻撃の手が鈍った。
「……どういうことよ?」
 吐き出す声の重さに、とニキータが問い返すと、アルケリウスは思い出したくも無い、とばかりに眉を寄せる。
「術士頭まで上り詰めながら超獣を還すなどと言いはじめ、故郷が滅びようと言うのに命を捨てて巫女を封じた。その上今度は、超獣も巫女すら捨てて……お前たちを取る。いつも、過ちしか選べない、愚かな弟だ」
 ニキータは思わず眉を潜めた。恐らく、ディミトリアスは迷ったのだろう。役目と情との間で苦しみながら、その上で、いつも最良と信じた道を選んできたはずだ。だがそんなディミトリアスの選択で、一族をみすみす滅ぼし、巫女を嘆きのままに閉じ込めてしまったのだと、アルケリウスは否定する。
「だが、それでも俺の弟だ。選ぶ余地さえなくなれば……そんな愚かな考えはしなくなるだろう」
 今まで苦い顔をしていたアルケリウスの顔が、ゆっくりと歪むようにして笑みを浮かべ、細めた目が狂気を宿していく。ゆっくりを構えを正していくアルケリウスに、一度は攻撃を控えた契約者たちは、その気配に再びそれぞれの武器を構えなおした。
「邪魔はさせない……俺は、全てを取り戻す」





「駄目だあいつ、マジで酷いブラコンだぜ」
 交代でやや前線から退いていた陽介が嫌そうな顔をしたが、「どうかな」と乱世が眉を寄せた。
「結局、自分の思い通りにいかないのが気に入らねぇ、ってだけにしか思えねえんだよな」
「そうですわね。しかも、巫女のことには全く触れていませんわ」
 女の敵には敏感なアンは、憤りに目を吊り上げるようにしながら頷いた。
「女性を道具としか考えていないなんて……!」
 今にもその手のボウをへし折りそうな勢いのアンに、どうなんでしょうねぇ、と空気にそぐわぬ笑いを漏らしたのはエッツェルだ。
「案外、本当に手に入れたかったのは巫女の方かもしれませんよ?」
 くくく、と人を不快にさせるような、喉を震わせる嘲笑に、軽く眉を潜めた者もいたが、その可能性を否定する声はなかった。何故なら、巫女を手に入れるためには、ディミトリアスのかけた眠りの封印を解かなければならず、そのためにディミトリアスの存在は必要不可欠だ。裏切り者と呼びながら取り戻そうとする理由はそこにあるのではないか、という可能性が浮かんだが「本当に、そうでしょうか」と神崎 零(かんざき・れい)がぽつりと口を開いたのに、神崎 優(かんざき・ゆう)も頷いて後を引き継ぐ。
「どうも、アルケリウスの言動には一貫性がない気がする。だというのに、目的だけが変にぶれていない」
 それに違和感がある、と言うのには、一旦下がったニキータが「そうねえ」と同意した。
「佑一、だっけ、彼の説じゃないけど、”真の王”ってのがアルケリウス自身に何かしら影響を与えてるのかしら」
 確信は無い推測ではあったが、エッツェルもふむ、と笑う首を傾げた。
「あんな逆切れするような人ですからねぇ。唆されちゃった、とか?」
「だとすれば……逆に、止めることも出来るはずだ」
 優が言うのに「どうするつもりだよ?」と乱世が首を傾げると、先程より激しくなったように見えるアルケリウスの様子を振り返りながら、優はきっぱりと口にした。
「説得する」
 その言葉に、皆が思わず目を開いた。
「無茶だろ。あの野郎、すっかりいかれちまってるぜ」
 仮に、この侵攻が唆された故のものだとしても、あの復讐心だけは彼自身のものだ。アルケリウスの敵である者の言葉など、耳を貸したりしないだろう、と乱世は諭したが、優は頑なに首を振ると、自らのパートナー達を振り返って、強く頷いた。
「例えアルケリウスを倒して、超獣を還したとしても、それじゃあ、本当に終わったことにはならない」
 憎悪は残り、巫女やディミトリアスの心に、深く傷を残すだけだ、と優はまるで我がことのように眉を寄せた。
「せめて……復讐に囚われた心だけでも、救いたいんだ」
 その声は、静かだが反論を飲み込ませるだけの、強い決意を持っていた。皆が言葉を閉ざす中、口を開いたのは刀真だ。
「危険だぞ」
 ただ戦っているだけでも、厄介な相手だ。説得するためには、その心を言葉にしなければならないが、そちらに気を取られていては、身を守ることすら叶わないだろう。それでも決意は変わらないのか、と問う視線には、優に代わって
神代 聖夜(かみしろ・せいや)が「大丈夫だ」と答えた。
「優のことは俺たちが守るからな」
 その隣で、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)も頷く。揃って意思が固い様子に、刀真はちらりと封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を見やった。巫女の境遇に、白花の過去がどこか重なって見えたのだ。その目は、じっと願うように乞うように刀真を見ている。その意味など、口にされなくてもわかっている。刀真はその頷き一つで、わざとらしく肩を竦めて見せた。
「仕方が無い。分の悪い賭けだが、やってみよう」
 それがどれほど難しいことかは判っていたが、止める者もいなかった。



 決断からの行動は、早かった。そもそも。
「アルケリウスに声を届けるには、スピーカーを使うか、接近するかしかないが」
『安全を考えればスピーカーでしょうけど、無理ね』
 答えて、スカーレッドは申し訳なさそうに『今から追加するのは難しいわ』と続けた。
 音波攻撃対策として、持ち込んでいるものだが、そもそも武器の類とは違う機材だ。手配するにも、電源回り等も含めて時間がかかり過ぎる。かといって、現行のスピーカーは、超獣の音波攻撃の対策として欠かすことは出来ないし、いくつかのうちの一つを使うにしても、その調整などに時間を取られてしまう。それに、とスカーレッドは続ける。
『私の立場としては、許可を出すわけにはいかないわ』
 すまないわね、とは言うものの、声には断固とした響きがある。彼女には、軍人として、指揮官として「最大多数の安全」を確保する必要があるのだ。敵であるアルケリウスのために、味方に不利な状況を作り出すわけにはいかない。
「と、なれば接近するしか無いが、そうすると超獣に近付かざるを得なくなるな」
 刀真が難しい顔で呟いた。
 戦闘の邪魔をせず、声が聞こえる位置……アルケリウスが、エネルギーの回復のために結界内へと戻ろうとするパターンを考えれば、時に結界を踏み越える必要も出てくるだろう。そうなれば、間違いなく超獣の攻撃が襲ってくるはずだ。
「二分できるほど戦力に余裕も無いしな。こうなれば、不完全でも”歌って”みるしかないか」
 眉を寄せたまま、呼雪が息をついた。
 体力のある男性陣は兎も角として、プリム達に余り無理をさせないためというのもあって、エールヴァントのユビキタス等を駆使しながら、慎重に検討を進めていたところだったのだが、そうも言っていられない。
 超獣の呪詛を解くために、祠側でも全力の尽くされている中、戦力を割かずに超獣に対抗するには、今武器となるのはこれだけだ。
「キィ・ワードは揃ったはず。あとは試しながらいくしかないわ」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が決意を込めて言った。
「幸い、私なら動きながら歌うのは慣れてるもの」
 歌劇団員であるリカインだ。超獣にある程度接近しても、歌いながらそれを避けることは叶うはずだ、と強気である。ミスノ・ウィンター・ダンセルフライ(みすのうぃんたー・だんせるふらい)を伴って、直ぐにでも前線へ出ようとするリカインに、後ろから「待った!」と声がかかった。戦力や人手としてではなく、ミスノに手伝ってもらうための人質として、戦場真っ只中に関わらず、縄でぐるぐる巻きの上放置プレイされていた、シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が、猿轡を噛み切って声を上げたのだ。どうやら何か言いたい事があるらしいが、とりあえずぜいぜいと息をする背中をリカインが撫でてやった。
「まったく、なんてことすんのよ……」
 恨みがましい言葉は、周囲の心情も体現していた。兎も角。
「さっきから、気になってたのよ……超獣って、意思と呼ぶほど複雑な思考はない……つまり、赤子のようなものでしょう?」
 元保育士としての感性か、そんなことを言って、モニターごしに超獣を眺めた。
「だったら、もっと子守唄みたいな……そんな歌の方が、届きやすいんじゃないかしら」
 大体、さっきから聞こえている歌は、断片的で言葉が難しくて、判り辛いのよねと、続いた言葉に「そういえば」とリカインも頷いた。
「地輝星祭のときも、当時の言葉が難しいから、って変えたんだったわね」
 それを思い出し、おさらいするように地輝星祭や、今まで組み合わせてみた歌の、その歌詞をさらいながら、ふと、何かに気付いたように口元に手を当てると、ぶつぶつと呟き始めた。
「眠るもの、っていうのは超獣じゃなくて巫女のことよね……失われしが満ちるのが超獣、忌むべき槍はもうないわけで……それで……うん、やっぱり、そういうことなのよ……」
 何かを思いついたように、リカインが顔を上げると、歌い手たちを見回した。
「効果が今ひとつ上がらなかったのは、多分、言葉をなぞることに気を取られすぎたんだわ」
 伝えたいイメージが明確になっていないのよ、とリカインは言う。
 地輝星祭で歌われていたのは、巫女が眠らされ、呪詛を受けて封じられていた超獣へ力を与えるためのものだった。組み替えた歌に新たに加えたのは、超獣を鎮めていた頃のものだった。現在と状況が違っているところへ、過去の状況を示すものは意味が無い。要素を並べることも勿論必要だが、足りないキイワードとは、その想いそのものだとリカインは続ける。
「地輝星祭のときも、歌姫や町長が重要視したのは、歌の意味だったわ。大事なのは、言葉を繋げて意味を繋げて……相手の心へ届けることよ」
 超獣へ。そして、嘆きを歌う、巫女の元へ。
「あとは、北都くんが言ってたように、八つの意思、それから八つの”力ある言葉”を盛り込めば……」
 きっと効果があるはず。その確信に満ちた言葉に、よし、と呼雪は頷いた。

「上手くいけば、クローディスさんや、祠の歌姫達の負担も減らせるかもしれない」