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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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【●】月乞う獣、哀叫の咆哮(第3回/全3回)

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 最初の祠の歌い手、イコナはすうっと息を吸い込んだ。
 七番目の祠に居るリリが言うには、上手くいけば巫女の精神へ接続できるかもしれないと言う。クローディスと繋がるリンクの術とは違って、あくまで情報の同調ではあるが、巫女自身が眠りに落ちている今、情報収集という意味では有効かもしれない。だがそれ以上に、イコナにとっては巫女アニューリスへ同調する、ということに意味を見ていた。
「……全く、お父様もそうだったし、鉄心もそうだし、男の人というのは勝手がすぎますわ」
 ディミトリアスは、巫女を庇い、その命で巫女を封じ命を守ろうとした、という。けれど、巫女にとってそれはどうだったのだろうか。もし自分が、と思うと、イコナは胸の辺りがぎゅうと締め付けられる思いがする。置いていかれると言うことが、どれほど怖くて、辛いことか。
 その思いはきっと、巫女と繋がるだろう、と、ぎゅっと小さな手のひらを握り締めて、イコナは口を開いた。

”深い闇夜で泣いているひと さぁ 明かりを灯しましょう
 夜明けが怖いの 太陽が月影をさらってしまうから
 いっそ なげきの海に身をゆだねれば、あなたの元へと行けるでしょうか ”

 それは奏でられるメロディに乗り、祠を通して超獣の元へと、そして巫女の元へと響いた。

 寂しさが共鳴し、愛しい人を探す心が反応して揺れる。確かな手応えと、僅かに驚きに目を見開いている鉄心の存在に勇気付けられながら、イコナは目を閉じて一心に、続く祠からの輪唱のように重なる歌声の中で歌い続けた。

”手のひらにのこる 消えないぬくもりを思い出すの
 あなたがいて 笑ってくれるだけで 欠けることなく満たされていた”
 どうか絶えることなく 私を照らしていてください
 そして 私は星の海にあなたの姿を探す”

 それらの言葉の幾つかが、光を灯すように反応を示し、超獣の中に同化する巫女の意識と接続されていくのを感じ、リリはぐっと掌を握った。
「巫女の記憶が反応しているのだ。今なら、手繰り寄せられるかもしれない」
 その感覚は、歌によって繋がっているユリには特に顕著に感じているのだろう、こくんと頷くと、廻って来た自分の順のタイミングに合わせて、ユリもまた歌声を祠に響かせた。

”太陽と月に守られ 乙女は悦びを謡う
 やがて蜜月が過ぎ 太陽は砕け 月は死に絶え
 乙女の胸は涙に濡れようとも ”

 接続された記憶から、ユリの歌は精神へとゆっくりと流れ、同調を深めながら祠の側へと意識を手招く。同時にやってくる超獣の意識がユリを害さないようにと庇いながら「酷いな」と、ララが僅かに顔を顰めた。
「これでは手が付けられない。狂った獣そのものだぞ」
「だがこれは、超獣自身のものではないようなのだ」
 超獣は巫女の表面的な嘆きとシンクロしている。還る事もできず、大地に眠ることも出来なくなって、人の身に縛られたままならなさへの苛立ちにも似た、感情と名前のつく前のものが、巫女の強い感情に引きずられているようなものだ。リリとララに支えられながら、接続された巫女の精神。ゆらゆらと、封印のまどろみと、悲しみや嘆きの中にたゆたう巫女の記憶をまさぐりながら、ユリはその端を探し当てた。
「ここです、ここが……悲しみの根幹……」
 そこから感じられる激しく、同時に胸を裂かれるような感情の渦にあてられたのか、顔を顰めながらユリが呟く。その肩を抱き、記憶の向こうにあるはずの巫女へと声をあげた。
「教えて欲しいのだ。”その時”何があったのかを……!」
 その声が聞こえたのかどうか。ユリがが手繰り寄せたその記憶の糸は、何かに引っ張られるようにしてするするとユリからリリへ、そしてその歌声たちの中にゆるりと解けるようにしてあふれ出すと、あるものは歌から、あるものは触れた場所から、巫女と繋がる者へと逆流した。
『――何故』
 怯えるような、不安そうな声がまず響いた。
『新月……と、日食……恐らくは――が、……』
『お逃げください、どうか――』
 眠りの影響でまだ記憶がはっきりと覚醒していないのか、それとも長い間の内に擦り切れかかっているのか、続く声は酷く曖昧だ。
「この声は……巫女さん、と、一族の者達でしょうか」
 ユリの呟きに、リリは頷いた。駆け出す足音に、悲鳴。あらゆる不吉を感じさせるものが次々と浮かんでは消え、やがてそれらがはっきりとしだすと同時、その声は響いた。