天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

星影さやかな夜に 第二回

リアクション公開中!

星影さやかな夜に 第二回
星影さやかな夜に 第二回 星影さやかな夜に 第二回 星影さやかな夜に 第二回

リアクション

 十四章 最後の決断

 特別警備部隊の詰所。
 逃げてきた全ての子供達を手厚く保護し、白竜達や託には応急処置を施した。
 が、休む暇もなく、室内では会議が開かれた。それは、白竜が強奪戦のことを話したからだ。

「……クソッ! そういうことか……ハナからあいつらは生きて帰す気なんかなかったんだ!」

 トマスは感情を露わにし、机を思い切り叩く。
 机に置かれたペンダントが跳ね、床に落ちてカランと静音を響かせた。

「ええ、そうです。……疲弊しているとは思いますが、増援に向かってくれますか?」

 白竜は激痛により、今にも意識が飛びそうになるのを堪え、他の契約者たちに目配せした。
 礼拝堂での戦闘を終えた契約者たちは、一様に頷く。
 状態は、決していいとは言えない。あちこちに傷が出来、中にはまだ出血の止まっていない者もいる。
 けれど、誰もが退かない意思を目に宿らせていた。

「……ありがとう、ございます」

 白竜はその姿に感謝しつつ、言葉を続ける。

「それでは急いで準備を。終わり次第、至急――」

 向かいます、という言葉は途中で遮られた。
 それは、詰所に置かれた電話機がプルルルル、と電子音を響かせたからだ。

「こんな時間に誰が……」

 トマスは不審に思いつつ電話機へと歩き、受話機をとる。

「はい、こちら特別警備部隊ですが」

 そう伝えると、受話器の向こうで特徴的な笑い声があがった。
 トマスは、顔を強張める。電話の相手が分かったからだ。

「っ、アウィス・オルトゥス……!」
『っひは、御機嫌いかがぁ〜? 特別警備部隊の皆さんよぉ』

 癪に触る声で、アウィスは笑い続けた。
 トマスは頭に血が上るのを感じたが、ゆっくりと息を吐き出して、冷静さを保つ。

「……なんのようだ」
『っひはは、怖ぇ怖ぇ。まぁ、用っつーのはあれだ。おまえらのお仲間のことで話しがあるんだよ』

 アウィスは、愉快そうな声で続ける。

『っひは、お仲間は結構やべぇみたいだぜ?
 健闘を続けてるみてぇだが……ありゃあ、時間の問題だな』
「……何が言いたい?」
『っひは、そう焦んな。で、だ。俺様が言いてぇのは――』

 アウィスの声が温度を失う。
 続く声は、殺意に満ちた冷たいモノだった。

『お仲間を助けたいなら、おまえらの持ってる計画の鍵を渡せ』

 思わず、トマスが息を飲む。
 その気配が伝わったのか、アウィスは再び笑いを出した。

『あっひゃひゃひゃ! 決断は早くしろよぉ〜? ついつい殺しちまうかもしれないからなぁ!』

 その言葉を最後に、ブツリと電話は切れた。
 トマスは感情を上手く制御できず、叩きつけるように受話器を置いた。




 トマスは早速、電話の内容を全員に伝えた。
 戦力はあちらが明らかに上。誰も死なずに救うのなら、取引を受けるしかない。
 ペンダントを渡すにしても、渡さないにしても、取引に応じれば時間を稼げる。その隙に、奇襲を仕掛けるというのが特別警備部隊の案だが。
 問題は、誰が取引に向かうのか、ということだ。

「……私が行きます」

 一通り看病を終えたフランは、自ら志願した。
 それはパートナーの大介のを思ってのことだろう。しかし、トマスが首を横に振る。

「ダメだ。戦闘能力のない君を、そんな危ない場所に向かわせるわけにはいかない」
「ですが、戦闘能力のある他の人が行くわけにもいきません。ただでさえ少ない貴重な戦力を、失うわけにはいきませんから」
「それでも、ダメだ」
「トマスさん……!」
「僕は、仲間の隊員をそんな危ない目に遭わせるわけにはいかない」
「ですがっ!」

 トマスは拒否の姿勢を崩さない。
 フランは唇を強く噛み締め、悔しそうに目を伏せた。

「君達は、この街にいる他の契約者に協力の要請を頼む」

 トマスの言葉に、周りの契約者の数人が頷き、通信機に向かう。
 それと共に室内に沈黙が訪れた。そうして、数分の時が過ぎ――。

「僕がやります。僕に、やらせてください」

 扉を開け、そう言ったのは明人だった。
 彼はトマスを見つめ、言葉を続ける。

「この中で一番弱く、いざというときに逃げる力を持っているのは僕です。その役目、僕が一番適しています」

 明人は有無を言わさぬ口調でそう言うと、床に転がるペンダントを拾いに行く。
 トマスはしばし考え、彼に問いかけた。

「……死ぬかもしれないよ?」

 どくん、と明人の心臓が跳ねた。
 彼の脳裏に、アルマを失ったあの瞬間が思い浮かぶ。

「君は、この街をめぐる事件からやっと逃れることが出来た。それは、獣人の彼女と一緒に。
 このまま、二人でどこか遠くに逃げれば、君達は平和な日常に戻ることが出来る。それでも、君はこの件に関わり続けるつもりなのか?」
「…………」
「ここで見てみぬ振りをすれば、君は幸せになれるだろう。それでも、僕達と共に立ち向かうつもりなのか?」
「……はい」

 明人はペンダントを拾い上げ、顔を上げた。

「誰かを犠牲にしないと幸せになれないのなら、僕はもう、そんな幸せはいりません」

 明人はトマスを見つめ、言葉を継いでゆく。
 その目に宿るのは、退かないという意思だ。その顔は、一人前の戦士の顔つきだ。

「僕は、皆で幸せになることを諦めたくないんです。
 皆と一緒に、明日を笑って生きたいんです。一緒に肩を並べて歩く幸せが欲しいんです」

 明人は意思のこもった強い声で、言葉を紡いでいく。

「そんなこと、ただ夢物語なのかもしれません。実現不可能な事かもしれません。
 それでも、僕は諦めたくない。
 それを仕方ないって諦めたくないから、ここで諦めたらこの世界で何かを為すことなんて出来ないだろうから――僕にも戦わせてください」

 トマスは思わず息を飲み、俯いて頭を掻いた。

「……全く、君は」

 そして、顔を上げると、明人を見据え、こう言った。

「分かった。君に、取引を任せるよ」
「あ、ありがとうございますっ」
「だけど、危なくなったらすぐに逃げることを約束して。
 ……じきに出発をするよ。はやく、準備を」
「は、はい」

 踵を返す明人を見て、トマスは口を結び、言った。

「さぁ、長い祭りを締めくくる戦いを始めようか」