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【四州島記 巻ノ三】 東野藩 ~解明編~

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【四州島記 巻ノ三】 東野藩 ~解明編~

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第三章  魁!四州塾!

「皆さん!改めて、初めまして。私が、『魁!四州塾』塾頭の樹月 刀真(きづき・とうま)です」

 刀真は、30名ほどの塾生が行儀よく座る教室全体に響き渡る声で、挨拶した。
 先日仮開講した時と比べて、生徒数は早くも倍以上に増えている。

「身分職業性別年齢種族等一切不問!受講料無料!誰でも入塾可能です!」

 という触れ込みが、効果を発揮しているようだった。


 刀真が御上に塾の開設を相談してからまだ数日しか経っていないが、その数日の間に事態はトントン拍子に進んだ。

 藩主不在の今、やはり塾の開設に正式な許可は降りなかったが、代わりに筆頭家老の大倉 重綱(おおくら・しげつな)
の内諾を取り付けることが出来たのである。
 印田での衝突を目の当たりにした重綱は、豊雄公の遺志である開放政策を実現するには四州人と外国人の更なる理解が
必要不可欠であることを痛感した。
 そこで重綱は、印田で武力衝突が起きたその翌日には、早くも内諾を出したのである。
 更にこの決断の背後には、「塾の開講を先延ばしにして、もし印田での暴動が悪化した場合、塾の開設は一層困難になる。
開講を許可するのなら、今しかない」という、冷静な情勢判断もあった。 

 重綱の内諾によって塾用地の取得や、その他備品の調達もあっと言う間に進み、塾はわずか3日で正式開設に至ったのである。

「当面の間、私と、隣にいるこの武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)の2人が教師を務めることになりますが、これはあくまで形式的なモノです」

 刀真の発現の真意を掴みかね、生徒たちは互いに顔を見合わせる。

「私たちは、外の世界の事は良く知っていますが、四州の事は知りません。代わりに皆さんは、四州の事私たちよりも余程よくご存知でしょう。このように、本来教師であるはずの私たちが、生徒である皆さんから学ぶべき事は、たくさんあるはずです。ですから、我が四州塾では、“皆が教師であり、皆が生徒である”を座右の銘に、みんなで一緒になって学んでいきたいと思います」

 刀真の言葉に、「得心がいった」という顔で頷き合う生徒達。
 その表情に、自分の理想に間違いがなかった事を確信する刀真。
 その顔には、満足気な笑みが浮かんでいた。


「えー皆さん、先日の課外授業で既にご存知の方もいるかと思いますが、改めて自己紹介させて頂きます。
先程塾頭より紹介がありましたが、私が副塾頭兼語学教師の武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)です」

 黒板に大きく自分の名前を板書し、生徒たちに向かって頭を下げる牙竜。
 2回目だけあって、教師役もだいぶ堂に入ってきた。

「では皆さん、まずは机の上にある教科書を見て下さい」

 そう言って牙竜は、両の手に持った2冊の教科書を指し示す。
 牙竜に言われるまま、机の上の教科書を物珍しそうに手に取る生徒たち。
 牙竜のパートナーで【資産家】でもある龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が、自分のポケットマネーで用意したものだ。
 灯の私塾における役職は『事務員』なのだが、彼女はこの他にも生徒たちの筆記用具や辞書まで用意しており、
事務員というよりはむしろ後援者と言った方が良さそうなカンジである。

「こちらは日本で使われている言葉、そしてこちらはアメリカで使われている言葉になります」

 一冊は《国語の教科書》、そしてもう一冊は《英語の教科書》だ。

「人が起こす諍いの根底には、必ずと言って良いほど相手に対する不理解があります。不理解は偏見を産み、そして偏見は差別へ、
更に敵意へと用意に進化するからです」

 皆の脳裏を、今印田で起こっている衝突がよぎる。

「では、異なる文化への理解をいかに深めたら良いか。それには様々な方法がありますが、相手の国の言葉を学ぶことは、
最も大切かつ、効果的な方法の一つです。ですからまずは、日本語と英語から、学んで行きましょう。そして私と塾頭は――」

 そこで牙竜は、後ろで授業の様子を見学している刀真の方を見た。

「皆さんに四州の言葉を教えてもらいます」

 牙竜の言葉に、刀真は深く頷いた。  


「皆さん、お疲れ様でした。簡単ですが、お食事の用意ができてますよ」

 授業の終わりを見計らって、割烹着姿の灯と漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が昼食を運んできた。

 出汁の効いた味噌汁の良い香りが、鼻をくすぐる。
 昼食は、味噌汁とおにぎり、それに魚の干物という、純和風のメニューだ。
「初めての外国食は、四州と文化のよく似た日本食がいいだろう」という、灯の心配りである。

「先生、これはなんですか?」
「この汁物は、随分と茶色いですね」
「でも、いい匂いですよ」
「地球にも、握り飯はあるんだな!四州と一緒だ!」

 外国の食べ物に、生徒たちは興味津々だ。

「食べ物を通した異文化交流か。いい考えだ」
「それに、同じ釜の飯を食べれば、自然と連帯感も養える。流石は灯だな」
「そ、そんな……」

 牙竜と刀真に同時に褒められ、灯は少しくすぐったそうだ。

「では皆さん、頂きましょう――頂きます」
「頂きます!」

 塾頭である刀真の号令一下、一斉に食事を始める生徒たち。

「うわっ……!!す、すっぱ!!な、なんだこれ!?」
「それは、日本の食べ物で、梅干しといいます。地球の漬物の中では、一番酸っぱいと言われていています」
「う、うめ!?梅の実ですかこれ!!道理で酸っぱい訳だ!!」
「慣れると、美味しく感じられるようになりますよ。日本では、数の差こそあれ、梅干しを全く食べないという人はほとんどいません」
「あー、わかります!私、この酸っぱさ結構好きです!」
「女性は酸っぱいものが好きな方が多いですからね」

 灯が丹誠込め手作った手作りの昼食に、初めて見る食べ物への興味も加わって、この日の昼食は非常に盛り上がった。
 一度高まった生徒たちの熱は午後の授業でも冷めること無く、正式開講した四州塾の第一日目は、大成功に終わったのであった。
 

「なんだ、月夜。まだやってたのか?」

 その日の夜。
 塾内の戸締りを済ませ、帰ろうと事務所を覗いた刀真は、月夜がまだ《テクノコンピューター》や《シャンバラ電機のノートパソコン》と格闘しているのを見つけた。
 刀真たちの授業に必要な情報を【ユビキタス】で拾い集めて、資料にまとめているのである。
 月夜自身《博識》だし《記憶術》にも自信があるが、教材と使うだけに、やはり情報の裏付けはしっかり取っておきたい。

 今検索に使っている回線は、御上に頼み込んで調査団の専用線を融通してもらったのだが、IT僻地の四州島に来ると、改めてその有難味が分かる。

「あ、刀真。あと少しで終わりそうなの。悪いけど、もう少し待ってて」
「あ、ああ……。わかった」

 そして、それから更に小一時間ほど経ち――。

「あー!やっと終わったー!!」
「お疲れ。コーヒー入ってるぞ」
「本当!有難う!」

 いそいそと刀真の隣に座り、淹れたてのコーヒーの香りを胸一杯に吸い込んだ。
 そっと一口啜ると、熱さと苦味とが疲れた身体に心地良く染み渡っていく。

「フーッ……。あぁ、美味しい……」
「随分、大変そうだな」
「うん。生徒さんたちの質問が多岐に渡ってるから、その情報を集めてくるだけでも結構かかっちゃうのよね。何だかんだ言って、
回線も不安定だし――そうそう、例の件、御上先生にメールしといたわよ」
「有難う。それで、返事は?」
「もう来たわよ。団長さんの方に上げておくって」
「そうか」

 2人は、四州島の情報通信分野の発展を見据え、【R&D】や【機晶技術】、【先端テクノロジー】による情報通信事業に関する研究会立ち上げを、御上に提案していた。

 今はまだIT技術がほとんど導入されていない四州島だけに、一旦導入が始まれば加速度的な勢いで普及していくことになる。
 その時に、本当に効な技術をいかに効率良く浸透させていくか、今の内から検討しておく必要があるというのが、刀真たちの考えだった。

「あと牙竜から言われてた、印田の事件に関する資料、まとまり次第送ってくれるって」
「そうか。牙竜のヤツ、授業で使いたいって言ってたからな」

 牙竜は、交渉による問題解決が、単に道義的な面のみならず、費用の面でも非常に有用であることを生徒たちに実感してもらおうと、
暴動によって生じた物的・人的損害の被害額と、交渉にかかる費用を対比しようと考えているのだ。

「ハーッ……。でも今日は、ホントーっに疲れたわ〜」

 大きく後ろに伸びをする月夜。
 脱力したその頭が、ポン、と刀真の肩に乗る。

 ここしばらく、胸の大きさの事ですっかり「すね癖」がついてしまい、どちらかと言えば刀真を避ける事の多かった月夜だが、
今日は刀真の肩に頭を乗せたままだ。
 それだけ、疲れているのか、それとも疲れた事を口実にしているのか――。

「ホント、よく頑張ってくれたな――有難う、月夜」

 肩に乗った月夜の頭を、そっと撫でる刀真。
 照れ隠しなのか、顔を明後日の方向を向いたままだ。

「にゃ〜……。気持ちいい〜……」

 月夜も、素直に甘えた声を出す。
 朝からずっと、矢のような早さで流れていた2人の時が、その流れをゆったりとしたもの変えつつあった。


「どうだ灯?忘れ物は見つかったか?」

 学舎の外で待っていた牙竜が、灯に声をかける。

「ウウン、また明日でいいわ」
「なんでだ?わざわざ取りに来たのに」
「今、中で『相互理解』の真っ最中なのよ」
「あ?なんだそりゃ?」
「なんでもなーい!行こっ、牙竜!」
「え?お、おい……引っ張るなって!」

 灯に引きずられる様にして、雑踏に消えていく牙竜。

 手探りの私塾立ち上げは、まだ始まったばかりである。