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【四州島記 巻ノ三】 東野藩 ~解明編~

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【四州島記 巻ノ三】 東野藩 ~解明編~

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第五章  知泉書院

「ハァ〜……。これが、知泉書院ですか〜……」
「確かに、スゴイ所だな」

 行く手に広がる光景に、林田 樹(はやしだ・いつき)フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は思わず感嘆の吐息を漏らした。
 人一人通り抜けるのがやっと、すれ違うなどトンデモナイ、という位に細い通路を挟んで、古びた書架がひたすらドコまでも並んでいる。

 樹とフレンディスたち総勢7名は、首府広城内にある書庫、知泉書院(ちせんしょいん)へとやって来ていた。
 この東野に来てからずっと調査を続けている、白女輝岩(はくじょきがん)について調べるためである。
 初めの内こそ入館に根回しの必要だった知泉書院だが、失われた古書を再発見するという成果を上げてから、調査員は無条件で入館出来るようになっている。

「実はさ……」

 同じように呆然としながら、緒方 章(おがた・あきら)が口を開く。

「調査団の報告書にさ、『消失点のある書庫』だって書いてあったんだよね。『さすがにそれは嘘だろう』って思ってたんだけど……あるね、消失点」
「ああ、あるな」

 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が、憮然として応じる。
 これを全部探すとなると、一体何日かかるやら、皆目検討がつかない。

「ご心配には及びませんよ、ご主人様!僕が、必ずや探してご覧に入れます!」
「頼りにしてますよ、ポチ」

 フレンディスに良い所を見せようと、やたらと張り切る忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)

「しゅごいれす!しらべるものが、こんないっぱいあるなんて!うでがなるれしゅお!」

 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)もすっかりやる気満々だ。

「おーおー。脳天気でいいなぁ、おこさまーズは……」
「まーまー。ここは一つ、俺たちも頑張ろうぜ!」

 これから始まる作業の事を考え、すっかりヤル気を無くしているベルクの肩を、新谷 衛(しんたに・まもる)がガッシ!と引き寄せる。

(あの犬コロよりも先に目当てのモン見つけて、ふれんじすちゃんにイイトコ見せないとイケナイんだろ?)
「なっ……!」

 そう耳元で囁かれ、思わず顔を朱くするベルク。

「いつに無くヤル気になっているのはいいが、マモルよ。教導団の品位を落とすような事は厳禁だ。幾ら司書の女性が好みだとは言え、ナンパや胸揉みは……断じてするでないぞ?」

 チャキッ!と言う音と共に、衛のアゴに銃を突きつける樹。
 カビの生えそうなじーさんばかりの司書の中にただ一人、メガネの似合う、しかも衛好みのバインボインな女性がいたのである。
 しかもこれが、うっかり衛(たち)ににっこり微笑んでくれたものだから、衛のテンションはバカ上がりである。

「や、やだなぁ〜……いっちー。それとこれとは全く別問題ですよ?」

 図星を突かれ、必死に誤魔化す衛。

「……フン、まあいい。とにかく、みんな頑張ってくれ。コタロー、マモルは忍び娘と犬と共に資料検索を」
「あい!」
「へいへ〜い」
「頑張ります!」
「おまかせを!」

「私とアキラ、それに黒いのは文献の分析だ」
「了解」
「よっしゃ!とっとと片づけっかー」

「東野での調査に当てられた日数は残り少ない。何とかして、次につながる手がかりを見つけるんだ!」

 樹の【指揮】の元、一同は一斉に作業に取り掛かった。
 

 樹たちが探しているのは、機晶石や地質に関する文献や古地図である。
 自分たちで作った大直備山(おおなおびさん)北斗山(ほくとさん)の地図、それに嶺野山地(れいやさんち)の地層の連続予想図と照らし合わせ、何故あの場所に白女輝岩が設置されたのかを、調べようというのだ。

「まもたん!このちじゅ、もってってくだしゃい!」
「衛さん、これもお願いします」
「鎧の人。コレも頼むですよ」
「おーう、ジャンジャン持って来な!どうせ運ぶんなら、一度にまとめて運んだほうが手間が省けるってもんだ!」

 コタロー、フレンディス、ポチの助の選び出した資料を山積みにして、運ぶ衛。

「おーい、これ、ドコにおけばいいんだ?」
「あ?なんだアホ鎧か――適当にそこらへんにおいとけ」

 章は衛の方を見もせずに、横のスペースを指差す。 

「へいへい……よっと。おー!なんかここだけ、エラい近代的だなー!」

 分析班の陣取る机の上には、《銃型HC》や《こたのもびゃーるぱしょこん》、それに章が【用意は調っております】で調達したスキャナやブラックライトが並んでいる。もちろん、電源のバッテリー込でだ。まさに【至れり尽くせり】といったカンジである。
 
「見つけた資料はデータ化して、いつでも利用出来るようにしておかないとな」
「データ化をこうりつよくしゅしゅめるには、でばいすがいっぱいひつようれす!」
「という訳で、こちらの準備は万端整ってる。ドンドン持って来ていいぞ」
「あいよ!」

 こうして、出だしこそ順調に始まった調査だが、半日もしない内に滞ってしまった。
 理由は幾つかある。
 まず、整理済みの資料があまりに少ないこと。
 次に、未整理の資料を調べるのは時間がかかること。
 最後に、樹たちの調査に有用な資料の数が少ないこと。

 特に、この最後の問題がネックとなった。

 地球で言うところの「明治維新直前の江戸時代」と等しい文化レベルの四州では、まだ科学的な地質調査などは一切行われていない。
 土地に関するモノと言えば、一部の好事家のまとめた地誌や農業関係の手引き書のようなものが、わずかにあるキリである。

 結局、題名から関係がありそうと思われる資料は、早くも翌日にはあらかた調べ尽くしてしまった。
 もっとも、フレイとコタロー、それにポチの助の【捜索】能力が高すぎるせいもあるのだが……。

「どれ、コッチの方は一段落ついたみたいだし……。章、それじゃ俺も本探しの方に回るわ」
「そうしてくれると助かるよ」

 ベルクは伸びをしながら立ち上がると、頭をポリポリ掻きながら書架の方へと歩いていく。

「……なぁ、葦原の忍び娘さんよ」
「はい?なんですか樹さん」

 調査項目を、自作の地図へ書き込む作業が一段落した樹が、フレンディスに話しかけた。

「先日、緑髪の魔導娘たちが隠し書庫を発見したという報告があったな」
レイカ・スオウ(れいか・すおう)さんたちですね」
「どうだ。同じような隠し書庫を見つけることは出来るか?」
「はい。私も【壁抜けの術】は使えますから、場所さえわかれば入る事は可能です」
 
『葦原の忍び娘』というのはフレンディスの事だ。

「なら、少し探してみてもらうか……」
「わかりました。まずは、レイカさんたちが見つけた隠し書庫へ行ってみます」

 早速、隠し書庫へと向かうフレンディス。

「そういれば、樹ちゃん。アホ鎧ドコ行ったか知ってる?」
「あぁ。ここしばらく、運ぶ本が無いからな。周りをウロチョロされても鬱陶しいんで、『自分で探してこい』と言っておいたが……」


 さて、その衛はというと――。

「っていう訳でさー。オレたち、白女輝岩っていうのを調べてるんだよねー。何か、それについて書いてある本とか知ってたら、
教えてくれない?」

 調べ物を口実(?)にして、件の司書の女性とお近づきになろうとしているのであった。

「はくじょきがん……ですか。――すみません、わかりません。私も、まだここに勤め始めて日が浅いもので……」

 軽く小首をかしげて考えた後、済まなそうに頭を下げる。
 一つ一つの動作がやけにコケティッシュで、なんというか「男好きのする」女性である。

「そっかー。それじゃあさ、例えば地図とか、風土記みたいなのとかある場所知らない?」

(こんな所で司書なんてやってるの、ホンマ勿体無いわー。身体といい、雰囲気といい、クラブにでもいけばすぐにトップ狙えるでー!!)

 などと聞くべきことを聞きつつも、頭の中はすっかりオッサン臭い事でいっぱいである。 

「そういうのでしたら、あちらになりますよ――ご案内しましょうか?」
「ええ、それはもうゼヒ!」

 思わずニヤけそうになる顔を必死に抑えながら、衛は、女性の後をついて行く。


 それから更に数時間が過ぎ――。
 もう間もなく閉館時間になろうかという頃、ベルクが息せき切って、樹たちの所にやって来た。

「おいみんな!ちょっとこの本見てくれよ!」

 すっかり好調した面持ちで、一冊の本を皆の前に置く。
 かなり昔のモノらしい和綴じの本だが、表紙は擦り切れて書名を判別する事は出来ない。

「おい、黒いの。なんの本だコレは?」
「随分と古そうなモノだけど……」

 書名も分からぬ本の登場に、怪訝な顔をする樹と章。

「実はオレ、【オカルト】とか【陰陽道】とかの本を読み漁って、コレを見つけたんだけどさ。この本に、昔の大魔法使いの伝説が載ってるんだよ」
「大魔法使い?」
「あぁ。“四州島全体に結界を張って回った”っていう人の話」
「結界って……もしかして、白女輝岩がその一つとかいうのか?」

 “結界”というキーワードに、途端に樹と章の眼の色が変わる。

「そこまではっきり書いてある訳じゃないんだけど――ちょっと読んでみてくれよ」
「いや。それよりも、読んでもらったほうが早いな」
「ちょっと待って。それなら、コタローやポチの助たちも呼んでくる」
  
 ベルクの読み上げた内容とは、おおよそ次のようなモノだった。


 ある日、平和な四州島に、邪悪な炎の魔神が住み着いた。
 魔神は、島にあった3つの山を噴火させて力の源とし、島を火の海に変えようとした。
 地は震え、天からは熱い溶岩が降り注ぎ、畑には厚く火山灰が積もって、作物は全てダメになった。
 人々は幾度も討伐隊を差し向けたが、誰一人として帰ってきた者はいなかった。

 そんなある日、島に一人の男がやって来た。
 彼は、名をといい、強大な力を備えた魔法使いであった。
「偉大なるシャンバラの女王から、この島の民を救うよう名を受けてやってきた」という魔法使いは、火山へと向かうと、
大地に幾つもの矢を打ち込んだ。

 楔は島の大地を切り裂き、に島に3つある火山の内、小さい2つを四州島から切り離すことに成功した。
 この2つの火山は、やがて島からゆっくりと離れていき、のち『二子島(ふたごじま)』と呼ばれるようになった。

 魔法使いは、残った一つの火山も島から切り離そうとしたが、この火山には魔神が居座っていて、容易に近づく事が出来なかった。
 そこで男は、島の人々を引き連れ、北にある島で一番高い山の頂上に登った。
 そこに壮大な祭壇を築くと、異界の精霊に助けを乞うたのである。
 人々の祈りの声は、異界に棲む雪の女王の耳に届いた。
 心優しい女王は、人々の願いを聞き入れ、北の峰に降り立った。

 女王は、魔法使いに雪と、氷と、吹雪を操る力を与えた。
 魔法使いは、与えられた力を使って魔神の住処に乗り込むと、魔神の力の源である火山を、雪と氷で覆った。
 力の源を失った魔神は魔法使いに地の底深く封印された。
 人々は、見事魔神を倒した魔法使いを、歓喜の声で迎えた。

 人々は、二度と魔神が甦らぬよう、雪の女王に島にとどまってくれるよう頼んだ。
 女王はその願いを聞き入れ、北の峰に住まうようになった。
 コレが、今も北嶺の巫女によって祀られている女神、『白峰輝姫(しらみねのてるひめ)』である。

 魔法使いは、魔神の力の源だった火山を粉々に砕くと、四州のそれぞれに封印の術を施して回った。
 こうして女王に与えられた使命を果たした魔法使いは、名残惜しむ人々に見送られながら、島を後にした。

 こうして、かつて火山のあった場所は、厚い氷に閉ざされ、その状態は数千年も続いた。
 しかし、やがて時が経つにつれ、徐々に氷は溶け始め、氷の大地はやがて巨大な沼となった。コレが現在の南濘である。
 また、溶け出た水は沼から溢れて流れ出し、やがて大きな湖となった。これが太湖(たいこ)である。


「――とまぁ、こんなカンジなんだが。どうだ?」
「今の話にある、『封印の術』ってのが、あの白女輝岩だと、黒いのはそう言いたい訳だな」
「そうそう」
「確かに、『白女輝岩』と『白峰輝姫』という神様の名前は、よく似てますです」
「でも、『この伝説にちなんで後から名前をつけた』っていう可能性もあるぜ?」

 ポチの助の言葉に、衛が反論する。

「たしかに衛の言うような可能性も否定出来ないが、にしては白女輝岩の位置が出来過ぎてる」
「白女輝岩のある嶺野山地を辿ると、北嶺山地だな」

 地図をみなから樹がいう。

「北嶺山地には、白峰輝姫様がいらっしゃるんですよね?」
「そうだぜフレイ。そしてその輝姫は、魔神を封印する力を持つ神様だ。オレは思うんだ。『あの岩の下にあった機晶石は、
北嶺の神の力を南濘にまで届けるための装置だったんじゃないか』って」
「つまり、『あんぷ』でしゅね。たしかに、べるるしゃんのいうことは、すじがとおってましゅ!」
「エロ吸血鬼にしては、中々いい推論ですね。【機晶技術】的にも、有り得る話です。割れた機晶石がアンプなら、あの特殊な地層は、送電線と言った所でしょうか……。
機晶石の分析データが帰ってきていれば、もう少し確かな事が言えるんですが」
「僕も、調べてみる価値はあると思うよ。樹ちゃん」
「ふぅん……。じゃあ今後は、ベルクのこの説にそって調査を進めてみるか」

 皆の意見を聞いていた樹が、顔を上げる。

「この本によると、『封印は四州のそれぞれに施された』とある。つまり、アレ以外にも他の3藩にあと3つ、封印がある訳だ――
みんな、以後は調査範囲を東野以外の藩の地図や地誌にも広げてくれ。それからベルクは引き続き、魔術関係の書物の調査を頼む」


 新たな調査方針が決まって、皆一気に活気づく。
 閉館までの僅かな時間、見違えるように生き生きと動いた。


 こうしてその日の調査を終えた、その帰り道――。

「なあみんな、この後、新しい発見を祝してみんなでお祝いをしないか。【晩餐の準備】が出来てるんだ」

 という章の申し出に浮かれる皆の中で一人、フレイだけが釈然としない顔をしている。

「どうした、フレイ。何か気になることでもあったのか?」

 フレイの様子を気にして、ベルクが声をかける。

「うん……。大した事じゃないのかもしれないんだけど――今日私、レイカさんたちが見つけたっていう隠し書庫に行ったじゃない?」
「うん、それで?」
「それでね。中に入ってみたんだけど、そこにあるはずの本がなかったの」
「本って……、確か『本草秘経(ほんぞうひきょう)』っていったっけ?」
「そう、その本よ。レイカさんたちは、『コピーを取った後、確かに戻した』って言ってたんだけど……」
「司書の人には言ったのか、その話?」
「うん」
「なら、ダイジョブだろ」
「なら、いいんだけど……。なんか、気になるのよね」

「2人とも、早く来ないと、俺たちが先にごちそう食べちゃうぜー!」
「お前は自重しろ、アホ鎧!」

 2人が立ち話を話している間に、皆随分と先に行ってしまっている。

「ま、あの書庫よくモノが無くなるっいうし、俺たちが気にしてもしょうがないって――ほら、早く行こうぜ。衛たちにメシ全部喰われちまうぞ!」
「は、はい……」

 ベルクに手を引かれるようにして後を追うフレイ。
 その後フレイは、隠し書庫から消えた本の事が何時まで経っても頭から離れなかった。




 
「ど〜お〜、リオン〜?見つかったぁ〜?」
「いえ。今のところ、手掛かりすら見つからない状況です。あなたの方は、いかがですか?」
「ん〜ん〜。さっぱり〜」
「そうですか……」
「「ハァー……」」

 清泉 北都(いずみ・ほくと)リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)は、互いに顔を見合わせると、同時にため息をついた。
 北都とリオンはここ数日、知泉書院にこもりきりで、一冊の書物を探していた。
 その書の名は、四遺宝集成(しいほうしゅうせい)
 この四州島に残されている古王国時代の遺跡や遺物について網羅しているという、奇書である。
 今から100年ほど前の日記で言及されていることから、少なくともその頃までここにあったのは間違いないのだが、
今現在行方がわからなくなってしまっている、幻の書である。

 北都は、この日記の年代を手がかりに、それより前の時代の書物を片っ端から【資料検索】してみたところ、
四遺宝集成について言及のある本が更に何冊か見つかった。
 それらの本の書かれた年代から、四遺宝集成がから100〜130年程前の間に失われてしまったことまでは確認できたのだが、そこで手がかりが尽きてしまった。
 この30年間に書かれた本を虱潰しに探したとしたら、少なくとも1週間以上はかかるだろう。

 一方で、自分の【トレジャーセンス】を頼りに探しているリオンの方も、四遺宝集成につながる手がかりは見つけられていない。
 たまに閃いては収蔵品の山をひっくり返すのだが、そのたびに古代の装飾品やら、手の込んだ芸術品やら、価値はあるのだが
四遺宝集成とは全く関係のない品を見つけてしまうのだ。

 それはそれで大発見ではあるし、書院の司書などは「所在の分からなくなってしまった文物が、こんなに見つかるなんて!!」と
大喜びされてはいるのだが――。

「そろそろ閉門時間だし、今日はもう帰ろうか〜」
「……ですね」

 リオンが見つけた、年代物の二絃琴を手に、受付へと戻ってい二人。
 この二絃琴も所在不明の文物の一つだったらしく、司書の男性は大喜びしていた。

「いやー、本当に有難うございます。こんなに色々と見つけて下さるなんて、ホントお二人には、幾らお礼を言っても言い足りないぐらいです」

 二絃琴を矯(た)めつ眇(す)つしながら、その状態を記録していく司書。
 口を動かしつつも、手は決して休めようとしない。

「しかしお二人とも、このところ毎日いらっしゃってますが、一体何をさがしていらっしゃるんですか?」
「えぇ。実は、四遺宝集成という本を探してまして……」
「四遺宝集成……?……あ〜!あの本ですか〜。あの本はもう、随分前に行方不明になってしまって、今はもう無いんですよ――誰かから、聞きませんでしたか?」
「ハイ〜。それは以前にも伺いましたが〜、どうしても見てみたくてぇ〜。ずっと、探しているんですよぉ〜」
「はぁ。そんなに、ご覧になりたいんですかー。残念ですなぁ……。ん!待てよ……」
「ど、どうかしたんですか?」

 突然後ろの棚をゴソゴソし始めた司書に、リオンが訊ねる。

「ちょっと待って下さいね……。ドッコイショ……っと」

 司書は何やら分厚い帳面の様なモノを引っ張りだすと、それをパラパラとめくり始める。

「えっと……四遺宝集成しいほうしゅうせい……と。お!あったあった!確か前に見たような気がしてたんですが、思った通りだ!」
「な、何があったんですかぁ?」

 思わず司書の手元を覗き込む北都。

「喜んで下さい、お二人共。あるかもしれませんよ、四遺宝集成」
「ほ、ホント!?」
「一体ドコに!!」
「実はですね――」

 男のかけている御上のモノにも匹敵する分厚いメガネが、キラリと光を放つ。

「実は四遺宝集成は、以前に一度写本が作られた事があるんです」
「写本?」
「ハイ。写本は全部で3部作られ、他の三公家に一冊ずつ配られました。この写本が、他の三公家に伝来している可能性は充分にあります」
「なら、他の藩にいけば、見られるんですね!」
「もちろん、他の藩でも既に失われた可能性がないとは言い切れませんが……。ちょっと待って下さい。今、紹介状をお書きします」
「紹介状?」
「ええ。こういった稀少文書の閲覧には、色々と面倒な手続きがあるんですが……。これを見せれば、すんなり見せて貰えるはずです」
「本当ですか!!」
「有難うございます〜」
「いえいえ。お二人にはあれこれと見つけて頂きましたからね。ほんのお礼です」
「良かったですね、北都さん」
「ええ〜。それもこれも、リオンさんのおかげです〜」

 思わぬ展開に、思わず顔をほころばせる二人。
 その心は既に、遠い他藩へと飛んでいた。




「んー……、そうですねぇ。そうした資料を見た事は、ないですねぇ。多分、ここにはないんじゃないでしょうか」
「そうですか……。わかりました、有難うございます」
「いえ。こちらこそ、お力になれずにすみません」

 大岡 永谷(おおおか・とと)は司書の男性に一礼すると、トボトボと自席へと戻った。

 永谷が探しているのは、東野の神社の資産状況や経営状態を示す書類の類である。
 鎮魂のための儀式を行ったり、そのための建築物を建てるには、当然カネがかかる。
 カネの流れを調べることによって、東野における鎮魂の儀式の状況について何がしかの事がわかるのではないかと思ったのだ。

 永谷は、「知の宝庫と言われる知泉書院にならば、そうした資料もあるだろう」と思い探してみたのだが、予想に反して、
そうした資料はほとんど見つからなかった。

 永谷は勘違いしていたのだが、実は四州の神社はそのほとんどが、藩の管理下にはない。
 また、例えば日本の神社本庁のような、神社を束ねる組織もない。
 つまり、永谷の求める資料を作るような組織自体が、四州には存在しないのだ。
 そうなると、一つ一つの神社を個別に調べていくしか無いのだが、これにも限界がある。
 藩や有力者からの寄進がされているような大社であれば、多少なりともそうした資料はある。
 しかし、村の鎮守レベルの神社について、資産や経営の状態を示す資料などはほとんど見当たらない。
 実際にその神社に行けばあるのかもしれないが、少なくともこの知泉書院には収蔵されていない。
 四州島の文化レベルは、まだそうしたデータの蓄積に意義を見出す所までは、至っていないのだ。

 
「さて……と。無いものはしょうがない。手元にある資料だけでも分かることはあるだろうし、まずはやってみっか」

 サッと気を切り替えて、資料に向き合う永谷。
 時々刻々と移り変わる戦況に一々拘泥しているようでは、軍人は務まらない。

 まずは調査団が集めてきた、幽霊の目撃地点のリストと、実際の東野の地図とを比較し、幽霊が出た場所に何らかの共通点がないか、洗い出していく。

 一時間ばかりも地図と格闘していると、面白いコトがわかってきた。
 まず、幽霊が目撃された場所は、供養塔や慰霊碑、墓地などが8割以上を占め、神社は2割に満たないこと。
 その神社も、9割以上が首塚明神か、首塚大神に関係する神社であること。
 そして、藩や有力者からの寄進を受けているようないわゆる大社の内、幽霊が現れたのは首塚大社のみであること。
 
「ふーむ……。つまりだ、幽霊が現れたのは死者を弔うための場所と、首塚明神のみってコトか?」

 手元の資料を見つめながら、自問自答する永谷。

「首塚明神……祟り神……祟り……怨念……。こうして見るとやはり、誰か――あるいは何か――が、
東野の地に眠る怨念を次々と呼び覚ましているって考える方が自然だな。後は、その目的か……」

 一人静かに、推理を続ける、永谷。
 掴めそうで掴めない『敵』の意図に、もどかしさを感じつつも、一歩一歩着実に近づいているという実感が、永谷にはあった。




「よーし。二人共、揃ったな。それじゃ、始めるぞ」

 知泉書院(ちせんしょいん)にほど近い、広城城内の一角。
 日当たりの良い草はらに敷いた花茣蓙(はなござ)の上で、クリスチャン・ローゼンクロイツ(くりすちゃん・ろーぜんくろいつ)による講義、
『四州島地理概説』が始まろうとしていた。

 生徒は、レイカ・スオウ(れいか・すおう)カガミ・ツヅリ(かがみ・つづり)
 求める秘薬神気霊応散(じんきれいおうさん)の処方には、東野以外の三州をも回らねばならないが、
二人とも三州についての知識はほとんど無い。
 幸い東野で探すべき薬草はもう無く、時間に幾らかの余裕もある。「それならば」と、急遽クリスによる特別講義開講と
なったのである。
 ちなみに青空教室での講義となったのは、

「一応仮にも図書館の中であれこれ話すのは憚れるし、どうせ他所でやるなら、外でやろう。天気も良いし、何より本を返しに行くのがラクでいい」

 というクリスの提案があったからである。


「それじゃまずは――」

 レイカが【資料検索】で見つけ出してきた、大判の地図をバサッと広げるクリス。

「この東野を含めた四州島全体についての概論と、三州についての基本的な知識を説明するぞ。同じ事は二度言わないからな。
耳の穴かっぽじって、よく聞けよ」
「もちろんだ。自分の命に関わることだからな」
「いつでも、どうぞ」
「よしよし、気合は充分だな」

 レイカとカガミの真剣な反応に気を良くしたクリスが、話し始める。
 内容も難しいことはないし、何より生徒が優秀なため、クリスの講義は滞りなく進んでいく。
 そして講義は、各藩の概説から、薬草のある場所についての具体的な説明へと移っていった。

「この東野の後、何処に行くかまだ決まっていない――ぶっちゃけ、調査打ち切りという可能性もないではない――が、
まぁ順当に考えれば、隣にある北嶺か西湘だ。という訳で、まずは北嶺からだ」

 クリスが、地図のある一点をビシッと指す。

「北嶺で必要になる薬草は幾つかあるが、その全てがこの北嶺山脈で採れる」
「北嶺山脈……。なんだか、寒そうですね」
「そうだ。だが、その寒さが薬草探しには重要だ。この時期、他の州では採れないような薬草でも、北嶺山脈の高地にいけば
採れる。また、そもそも北嶺山脈の高峰にしか自生していない植物もある」
「まさに、北嶺山脈さまさまだな」
「そういう事だ。それじゃ、今現在採りに行くのが決まってる場所について説明するぞ――」

 クリスが、一つ一つの場所について説明し、残りの二人がメモを取る。
 場所についての情報は全てデータ化してクリスの《TC/カスタムN》に入力してあるが、自分の手で要点をまとめ、
それを自分の手で書くという作業は記憶を固定するの役立つ。

「――とまぁ大体こんなカンジなんだが、北嶺山脈の場合、一つ気になる所があってな」
「それはなんですか?」
「北嶺藩では、『白峰輝姫(しらみねのてるひめ)』という女神が祀られていてな。北嶺山脈にその神域があるんだが、
その神域内は部外者の立ち入りが禁止されていてな。ここに薬草があると、厄介なコトになる」
「そこにしかない薬草があるのか?」
「そうだと決まった訳じゃないんだが……。可能性はある」
「いよいよとなれば、忍び込んででも、か……」

 カガミが、厳しい表情になる。
 
「出来れば違法なコトはしたくはありませんがけど……」

 その隣ではレイカが、顔を曇らせている。

「ま、その辺りの事は今から心配してもしょうがない。備えるべき危険は、別にあるしな」
「危険?」
「そりゃそうだ。何せ、春先の雪山に登るんだからな」
「雪崩か」
「そうだ。必要なら現地でガイドを雇うなりして、万全の準備を整えて臨みたい。あたしたち――つうか、ぶっちゃけあたしだけか?まあいい――も、雪山に備えて登山の訓練なんぞをしておいた方がいいかもしれん」
「確かに、雪山には充分に備えた方がいいな」
「他の皆さんにも、相談してみましょう。どなたか、雪山の経験がある方がいらっしゃるかもしれませんし」
「確か、本部の御上教諭は登山のプロだったような気がするが――」

 どうにも思い出せない、とクリスが苦虫を噛み潰したような顔をする。

「なら、後で伺ってみましょう」
「と言っても、今御上教諭は印田に行っていて留守だがな」
「そうか……。確か、一揆勢との交渉に行ったんだったな」
「それだと、お帰りは遅くなりそうですね」
「ま、とにかく人にあたってみるのは賛成だ。さて、それじゃ次行くぞ」

 クリスの講義は続く。

(どうやら、これは一筋縄では行かなそうだ)

 これが、レイカとカガミの一致した見解だった。




「ほう……。確かにこれは、伊綱の鍔に間違いありませんな」
「本当ですか!?」

 刀装師の言葉に、思わず身を乗り出す木賊 練(とくさ・ねり)

「やったね、ひーさん!」
「はい。内心少し心配でしたので、正直ホッとしました」

 日頃あまり感情を表に出さない彩里 秘色(あやさと・ひそく)も、目に見えて嬉しそうだ。

 先日の中ヶ原(あたるがはら)古戦場での調査で刀の鍔を、その後の中ヶ原首塚明神(くびづかみょうじん)での調査で刀身を手に入れた秘色は、この2つがそもそも一体の物だったのではないかと思い、調査していた。
 その結果、広城城下に古刀に詳しい刀装師がいると聞き、こうして訊ねたのである。

「お侍さん。この刀、どちらで手に入れなすった?」

 練たちを奥に招き入れた刀装師は、二人にお茶を勧めながら訊ねた。
 色々と、話を聞く気のようだ。

「はい。話せば長くなるのですが――」

 秘色は、一部始終を話して聞かせた。

「なるほど。それならば、伊綱の来歴とも符合しますな」
「来歴?」
「はい――こちらをご覧下さい」

 刀装師は、書棚から一冊の古ぼけた書物を取り出すと、あるページを開いた。
 どうやらそれは、名のある刀を一堂に集めた名鑑のようだった。
 見開きの一番端に、「伊綱」とある。
 そこに描かれた鍔の絵は、確かに秘色の持ち込んだ鍔と瓜二つだった。

「ふ〜ん。よく見ると伊綱って、他の刀と形が違うね」

 練は、見たままの感想を述べる。

「伊綱は、そもそもはマホロバから持ち込まれた刀で、様式的にいうと最初期の刀になる」

 刀装師は、今度は伊綱と別に刀を並べて示す。
 確かに、両者は形が全く違っていた。

「伊綱の方が刀身が太くて長いし、あと、溝がありますね」
「それは、『樋(ひ)』と言うものです。刀の重量を軽減するために、耐久性を損なわない範囲で、削ったのです」

 刀装師に代わり、秘色が説明する。

「左様。刀が長く、反りが激しいのは馬上から切り下ろすのに都合がいいからじゃ」

 お茶で喉を湿らせながら、刀装師が続ける。

「さて、それ程に古い歴史のある伊綱じゃが、この刀には数多くの二つ名があってな」
「ふたつな?」
「そうじゃ。ザッと上げただけでも、『滅びの運び手』『ナラカや誘う者』『真の死をもたらすモノ』『輪廻断つ刃』『霊斬剣』などがある」
「な、なんだかスゴイですね……」
「その二つ名から察しますに、伊綱には亡霊や怨霊の類を滅ぼす力があると見受けましたが――」
「流石はお侍様。仰る通りにございます。――と言っても、それを本当に見た者はいないのですが」
「そうなの?」
「うむ。過去、伊綱を手にしたという英雄豪傑は枚挙に暇が無いが、いずれも伝説の域を出ぬ。それ唯一にして最後の例外が、大倉家の家祖となった頼綱公じゃ」
「大倉家というと……今の筆頭家老の?」
「左様。伊綱はこの四州島最後に最大の戦い『中ヶ原の戦い』の際に、時の東野公より頼綱公に与えられ、そのまま頼綱公と共に行方不明となったのじゃ。もっともこの時の伊綱も、東野公が味方の指揮を高めるために作らせたよく出来た紛い物じゃという説が絶えなかったのじゃが……。お前さんたちの発見のお陰で、それも根も葉もない風説だったという事が証明された訳じゃが」
「スゴイ!まさに世紀の大発見だったんだね、ひーさん!」

 練が嬉しそうに言う。

「一方で、中ヶ原の首塚明神に奉納されたという話もあったのじゃが、まさか首塚の中に埋まっていたとは……。こちらの方は、
当たらずといえど、遠からずだった訳じゃな」
「でも、首塚の下の遺体に刺さっていたのは、何故なのでしょうか」
「さあ、そこまでは……。一介の刀装師風情に、神事呪術の事はわかりませぬ」
「そうですか……」

 秘色は、刀身と鍔しかない伊綱を刀として振るえるように、柄や鞘といった拵(こしら)え一式を頼むことにした。
 もちろん、話の礼も兼ねて、である。

「これからどうするの、ひーさん?」
「取り敢えず、知泉書院(ちせんしょいん)に行ってみましょう。あそこなら、何かわかるかもしれません」


 そして、数日後――。

 すっかり刀としての体裁の調った伊綱を手にした秘色は、その仕上がりに満足していた。
 知泉書院での調査の結果、遺体に伊綱が刺さっていたのは、亡霊を滅ぼす力のある伊綱を遺体に刺すことによって、その甦りを防ぐ意味があったのではないかという事が分かったが、伊綱が刺さっていた遺体が一体誰の物なのかや、秘色たちに語りかけてきた幽霊が一体誰なのか、そして幽霊が言っていた「あの男」が誰なのかは、結局わからなかった。

「残念だったね、ひーさん」
「何がですか?」
「結局、詳しいことは分からずじまいだったじゃない」
「はい。ですが、私はあまり心配していません」
「どうして?」
「この伊綱を手にしてさえいれば、いずれ、全てがわかる日が来る――何故だか、私はそんな気がするんです」
「そっか……。ひーさんがそういうんなら、そうなのかもね」
「はい。本当に、ただの勘でしかないのですが……」
「まぁでも、中ヶ原の戦いには他の三藩の侍も参加してたって言うし、調べる所は、きっとまだいっぱいあるよ!」
「ハイ!」

 練と話しながらも、伊綱を振るう手を片時も休めようとしない秘色。
 彼等の行先を指し示すように、伊綱は、陽の光を浴びて、まばゆく輝いていた。