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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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▽ ▽


 レウは、その姿を見て蒼白と立ち竦んだ。
 憶えている。
 はっきりと目撃したわけではなかったが、忘れられずに心に刻まれている。その恐ろしい惨劇を。
「レウ?」
 エセルラキアが、異常に気付いてレウを気遣う。
 ツェアライセンは、血の気が引くレウを見て、目を細めた。
「んー……アナタどこかで、会ったかしらぁ……?」
 殺した相手のことならつい先刻のように憶えているツェアライセンだが、それ以外に関する記憶は殆ど無い。
「へぇぇ、そのキレイな銀色の髪……毟り取ってあげたくなっちゃうぅぅ……ハアハア」
 異常だ。エセルラキアは、レウを背後に庇う。
「レウ」
「あの……あの人は、あの人は……」
 ぎゅっとレウはエセルラキアの腕を掴んだ。
 あの人は、私の家族を。
「……あいつか!」
 ぎっ、とエセルラキアはツェアライセンを睨みつける。ツェアライセンは、気持ちよさ気に笑った。
「なぁにィ? お姉さんを誘っちゃうのぉ? ソレって誘ってるのよねぇ!?
 え? 私が殺したディヴァーナの中にあなたの家族が居たの?
 ええぇぇ!? 驚いちゃった!
 ダレ誰!? あの羽がきれいな純白だった人かしら?
 それとも同じような銀髪の女性だった?
 ねぇ どんな人だったの? 特徴おしえて! 今思い出すからぁ…… 
 うひひひ……イイなぁ
 あなたもパパとママみたいに 粘り気が出るまでメチャクチャにしてあげるぅ!!!!」

「死ぬのは、お前だよ」
 背後から、ツェアライセンの体を、剣が貫く。
 いや、それは戦斧だった。巨大なくの字型の戦斧の先端。
 魔剣ガエルを持つのは、彼の親友、ケヌトだった。
 ぞく、ぞく、とツェアライセンは震える。その表情には歓喜があった。
「あぁぁあぁ? 何? 嗚呼、すッごくイィ!
 何これすごくイイ! イク、イク、ああでも、あたしにもやらせてぇ!」
「ゴメンだね!」
 振り返るツェアライセンから、ケヌトは力任せに斧を引き抜く。
「ガエル、浮かせな!」
 そして斧を振り上げると、ツェアライセンの脳天から叩き下ろした。
「ああっ……!」
 倒れるツェアライセンを、レウ達は呆然と見る。
「あなたは……?」
「誰でもいい。ガエルが頼むから、斬った。それだけだ」

 非道なツェアライセンの所業を聞き、ガエルはそれを放置することなどできなかった。
 自らを、弱き者の為の武器であり、
 弱き者を虐げる者の敵対者であり、
 弱き者を喰らい蝕む者の捕食者であるという信念を持つガエルには。
 だから、どうか、少しだけ。
「我の我儘を利いてくれ。我が友にして担い手、ケヌトよ」
「そんなにへりくだるなよ。ガエルの頼みなら聞くに決まってる」
 そうして、二人はツェアライセンの行方を追った。
 捜すのは容易かった。
「さあ、騒ぎにならない内にとっとと行こうぜ。
 あんたら、あとはよろしくな」
 ケヌトはエセルラキア達にそう声を掛けると、足早に去って行った。


△ △


「お久しぶりです。髪を切ったんですね。随分印象が変わって驚きました」
 面会を希望して、通されたのは応接室のようだった。
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)の挨拶に、イルダーナは、まあな、と言った。
 以前、会った時は、名前も違っていた。
「でも、印象的な金の瞳はそのままですね。綺麗だと思いますっ」
 ソアの言葉に、イルダーナは苦笑する。
「――どうも」

 選帝神イルダーナは、『龍王の卵』の崖の上にある宮殿ではなく、街の奥にある城に滞在していた。
「崖の上にお城があると聞いていましたが」
 街の何処からでも、あの断崖は見える。その上にある宮殿までは、流石に見えなかったが。
「あんな街から離れたところで施政なんざ出来るか」
 イルダーナは肩を竦めた。
 此処は元々、この街の選帝神が代々住んでいた城で、彼も子供の頃、此処に住んでいた。
 華美さは無いが、街の風土に見合った、質実剛健な城である。
「無理やりとはいえ民に造らせたものだし、無駄に豪華で取り壊すのも勿体無いから、観光名所にでもしようかと思ってるが」
 最も、元龍騎士トゥレンは
「折角造ったのに使わないと勿体無いでしょ」
と言って、あの宮殿で勝手に部屋を選んで寝泊りしていた。
「あんた等も、自由に泊まっていいぜ」
「ありがとうございます」
 その話は、また後にすることにして、ソアは、イルミンスールで起きたことを、より詳しくイルダーナに説明した。
 特に、気になっていることがある。
「イデアという人は、『竜とオリハルコン』と呟いていたんです」
「竜とオリハルコン?」
 イルダーナは首を傾げた。
「心当たりは無いですか」
「オリハルコンて何だ?」
 イルダーナは、傍らに控えている弟の方を見た。
「伝説の鉱石です」
 考え込む仕草をしながら、イルヴリーヒは答える。
「詳しくはありませんが、パラミタ大陸を造った鉱石だとか」
 イルダーナは呆気に取られた後、眉間を押さえた。
「嫌な予感しかしねえ」
「全てを揃えることで、儀式魔法か何かを行うつもりではないかとも思うのですが」
「……ああ」
 イルダーナも同意して頷く。
「人づてに聞いたことがあるだけですので、オリハルコンの所在については詳しくないのですが……。
 竜、は、この街の象徴ですよね」
「ああ、龍王の卵は、何らかの形で狙われていると思う。だが目的は絞れていない」
「でしたら、私、そちらの防衛に協力します」
 『書』も大事だが、他も狙われているのなら、そちらも護らないと。
 ソアの言葉にイルダーナは頷いた。
「助かる」
 礼を言い、イルダーナはソアの顔をじっと見た。
「だが、大丈夫か? 顔色が悪いぜ」
「え? そんなことはないです。大丈夫ですっ」
 ソアは笑って答える。
 体調は悪くない。ただ、不安が少しあるだけだ。
 少しずつ思い出す、前世。それらは悲しかったり無念だったりするものが多かった。
 全てを思い出した時、自分達は、平常でいられるのだろうか……。

▽ ▽


 タスクは、祭器が持つその能力によって、恐るべき事実を知った。

「世界が滅亡する……」

「何故だ」
 共に冒険していたカズは、その言葉に驚く。
 作為的なほどに対を成す、二つの国への違和感を、以前からカズは感じ取り、悩んでいた。
 その疑念が、各地を旅する原因となっていたと言っても過言ではない。
「一体、何が起きようとしている?」
「偶然か、必然か……」
 タスクは呻くように呟いて、カズを見つめる。
「聞きますか」
「聞く。どんな内容であってもだ」
 何を知っても、冷静に受け止める。それだけの猶予を、タスクは与えてくれている。
「これを知ってどうするべきか……何ができるか……。私達はどうしますか? カズ」
 そう言ってタスクは目を閉じ、再び開いて、言葉を紡いだ。


△ △


「やれやれ……前世や来世など無いと思っていましたが、あると考えなければ話が進みませんね……」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)は溜め息をひとつ吐く。
「ルーナサズの『書』は、『ジュデッカの書』との関わりはあるのでしょうか?
 願い事を叶える書なんてものは、そうそう無いと思いますが……」
 ザカコは不思議に思う。
 聞いたところによると、ルーナサズにある『書』には、ジュデッカのような人格は存在していないらしい。
 しかし、今は『書』より、ザカコはソア同様、イデアが残した言葉の方が気になっている。
「竜とオリハルコン……。ルーナサズの龍鉱石と、何か関係があるのでしょうか?」
 選帝神イルダーナに心当たりを訊いてみたが、
「関連はあると思うが心当たりは無い」
 という回答だった。

 
◇ ◇ ◇


▽ ▽


 サイガは自問する。
(魔剣は魔剣。いつまで経っても殺しの道具。なら、そうじゃなくすにはどうすればいい?)
 決まっている。
 スワルガだろうがヤマプリーだろうが、そういう認識を持っている者達を、全て滅ぼしてしまえばいいのだ。
(生まれた種族如きで、俺の存在まで決められて堪るか。
 俺は、世界を破壊してやる)


△ △


「……とか、もう中二だったらないよね」
 深々と、溜め息を吐く。

 相田 なぶら(あいだ・なぶら)は、以前のルーナサズの事件の時に、トゥレンと知り合っている。
 ルーナサズに来たなぶらは、トゥレンに詳しい話を聞くことにした。
「この件、エリュシオンにも広がってたんだね。
 銀髪の男との接触によるものだって思ってたんだけど」
「まあね。
 多分エリュシオンの方が早かったと思うぜ。
 最もこっちでは、原因が判明されてなかった。
 シャンバラでは、各都市間での交流が活発みたいだけどさ、他では普通、そんなでもない。
 勿論上の方の連中は、色々情報を集めたりしてるけど、下々の民までそんな情報行き渡らないしね」
 彼が後頭部をさすっているのは何故だろう、となぶらは首を傾げる。
「てことは、シャンバラに来る前に、イデアはエリュシオンであちこちを回ってた……」
「そういうことだろね。
 最も、ユグドラシルでは今の所、前世を思い出したって奴は確認されてない。
 あそこは今色々あって、余所者の出入りは厳しくなってるからなあ。
 イデアとやらも入り込めなかったんじゃないの」
「どんな人達が、前世を思い出してるの? 種族とか、年齢とか……」
「それは様々だな。そっちと同じ」
 言って、トゥレンは面白そうになぶらを見た。
「あんたも前世を思い出してんの?」
 その言葉に、なぶらは頭を抱える。
「いやもう……それに関しては、黒歴史というか……」
 前世のこととは言え。
 そう思いつつも、恥ずかしいと言ったらないのだ。
「何というかすごい恥ずかしいこと連呼しててさぁ……。
 あんなこと言って、後で振り返って死にたくなるのは自分なのに……」
 落ち込むなぶらを見て、トゥレンはけらけら笑う。
「正に今、死にたくなってるってわけだ。まあ生きろ」
「うん……」
 背中を叩かれて、なぶらは溜め息を吐く。