リアクション
▽ ▽ 「くっ……」 その戦場で、シャウプトは焦りを感じていた。 手強い相手と斬り結んでいた。 戦闘部隊ではなく、シャウプトの任務は護衛だったのだが、強襲してきたクシャナを迎え撃ち、斬り合う内に、護衛の対象から引き離されるように場所を移動されている。 誘われている。 これ以上対象から離れるわけにはいかなかった。 一気に踏み込む。攻撃を喰らうことを覚悟したが、それより先にクシャナを斬り払うことができた。 「くっ!」 クシャナは傷口を押さえて後退する。 シャウプトを睨みつけたクシャナはそのまま撤退し、シャウプトは急いで身を翻した。 勝った気がしない。 彼にとって、護衛対象から引き離された時点で、警護役としては負けに等しかったからだ。 負傷したクシャナは、森へと逃げ込んだ。 「……ふ、手柄なんて、意識して立てようとするものじゃないわね……」 苦笑した。 馬鹿みたいだ、と自嘲する。結局、こんなところで、死んでいく。 ……死ぬ。死ぬのか。 クシャナは樹の幹によりかかり、ずるりと座り込みながら、傷の痛みに気が遠くなる。 怖い。死ぬことがとても怖かった。 これが、誇り高き神の子、ディヴァーナである自分の最期なのか。 クシャナは目を閉じた。 「――大丈夫か」 うっすらと目を開けたクシャナに、声が掛けられた。 「止血はした。あと応急処置をしたけど……。 俺、魔法苦手で、回復させられなくて悪いな。 これ、痛み止めの薬草。死にはしないからしっかりしろ」 灰色の翼を持つディヴァーナの少年だった。 森の外から喧騒は聞こええない。戦闘は終わったようだった。 「…………何が目的」 彼の応急処置のお陰か、気を失う前より随分楽になっている。 これなら確かに、死ぬことはなさそうだ。内心でどっと安堵する。 「何って……」 睨みつけられ、瑞鶴は困惑した様子で言った。 「打算なしに、人を救うなんて有り得ない。何か目的があるんでしょ」 「……ま、いいか」 そういう目で見られることには慣れている。 瑞鶴は、溜め息をひとつつくと、立ち上がった。 「んー。それじゃあさ、もしもローエングリンと会ったら、俺が捜してたって伝えてくれよ。 はぐれちまって……ずっと捜してんだ。 泣いてないといいんだけど」 じゃあな、と行って去って行く瑞鶴を、クシャナは警戒半分、当惑半分で見送る。 傍らに残された、薬草と水筒を見下ろした。 「……有り得ない。打算無く、人を救うなんて」 だけど、と、心の中で、何かが言う。 だけど、もしかしたら、見返りを求めない献身というものが、本当にあるのだろうか。 △ △ むー、と、ループ・ポイニクス(るーぷ・ぽいにくす)が頬を膨らましている。 「どうしたの、ループ?」 「ルーはおこってるんだよー」 パートナーの鷹野 栗(たかの・まろん)に問われて、ループは口を尖らせた。 「だってね、ルーのゼンセ……クシャナは悪いことしたんだもん。 なんだか冷たそうなカンジだったし、きっと、だれかのために何かをしてあげたことなんかないんだよ」 「まあ、そう言わずに。 ……それに、ループはループじゃない。前世がどうだったのかは、別のことだよ」 「そーかなぁ……」 「きっと、記憶を思い出すのは悪いことばかりじゃない。 何か理由があるから、多くの人が思い出すことになったのだろうし……。 どうしても気になるなら、その人の代わりに、ループが誰かに何かをしてあげたらいいわ」 「……うん、今、あれこれ考えても、シカタナイかぁ」 「そうね。まずはルーナサズに行ってみましょう」 「そだね。ゼッタイにジュデッカのこと、取り戻すんだから」 栗と話して、ループは決意を新たにする。 ▽ ▽ 色鮮やかな花々の咲き誇る中庭を、ミルシェとアマデウスが横切る。 「マユリ先生の許可をいただきましたわ。 薔薇を一束、頂いてもいいそうです。ミルシェさん、何色がお好き?」 親友のアマデウスに問われて、ミルシェは、そうですね、と首を傾げる。 「とても美味しいお茶が手に入りましたのよ。ミルシェさんにも是非味わっていただきたいですわ」 薔薇の花は、お茶会の席で、テーブルを彩る為に使われるのだ。 「嬉しいです。楽しみにしてますね」 学校でのミルシェは、心優しい、温和なお嬢様として、真面目に勉強しながら、穏やかに日々を過ごしている。 学校に通う者には、戦場に出ない者も多かったから、ミルシェのおてんばな本性を知る者は少なかった。 △ △ エリュシオンに行けば、イデアに会えるかもしれない。 ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)は、リンネ達と共に、ルーナサズに行くことにした。 「え? 何それ面倒だから嫌だ。 というか、まだ本当に前世の自分がナイスバディーだと信じてんの? ヨルディアさ、人の夢と書いて儚いと読む――ヘブッ!」 皆まで言わせず黙らせる。 必殺のパイルドライバーに白目を剥いているパートナーの十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)を引きずって、ルーナサズへと向かった。 そして、ルーナサズにも『書』があると知り、一層イデアの出現に期待をかけて、ヨルディアは軍用犬を駆使して地上から、宵一はスレイプニルに跨って上空からのイデアの捜索に励んだ。 「――あっ!」 宵一のホークアイが、見覚えのある銀髪を捉えた。 「ヨルディア! いたぜっ!」 イデアが上空を見上げ、宵一を見て笑ったように見えた。 連絡を受けたヨルディアは急いで駆けつけたが、見失ってしまう。 「……でも、やはり、いらしたのですわね」 ヨルディアは笑む。 なってみせる。何がなんでも。 前世のあの、ナイスバディーな姿に。 ▽ ▽ 師であるヤミーの教えの賜物か、ヤミーは魔剣だが、人型でいてもそこそこの戦闘能力を誇り、稀に戦場に出ても剣ではなく人の姿を取っていることが多かった。 だが、更に稀に、魔剣の姿を取って特定の者に使われることもあった。 けれど使われていてすら、ヤミーは気まぐれだった。 「……飽きましたわ」 その言葉と共に、剣化を解き、人の姿となったヤミーが、さっさと帰ろうとするのを見てジョウヤは憤った。 「戦場に来てて何言っとんじゃ! 敵前逃亡する気か!」 「アナタに、我の眠りを妨げる権限などありませんわ」 「チッ! どいつもこいつも!」 ジョウヤは溜め息を吐くと、勝手にしろとばかりに身を翻し、敵に向かう。 「――ぐっ!?」 その背後から殺気を感じ、振り返ろうとしたジョウヤの胸から、剣先が貫いた。 「……貴様ッ……!」 「我の足を止めた罪は重いのですわ」 ヤミーは微笑み、騒然とするスワルガ軍を尻目に、さっさとその場を後にする。 殺したジョウヤのことも、戦場のことも、頭には無い。 ただ眠い。それだけだった。 △ △ 「――聞いていますか、燕馬?」 「聞いてるよ。というか、精神感応で聞こえてないわけないだろ」 ルーナサズとシャンバラとに隔たれた、パートナー同士の定時連絡。 サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)の言葉に、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は気だるく返した。 「そちらはどうですか」 「うん、前世の調査をしようと来たけど、こっちにも『書』があるっていうんで、防衛陣に加えて欲しいって頼んでみた。 何のコネも無いんでちょっと不安だったけど、あっさりよろしくお願いされたよ。 ミュケナイの選帝神て割と気安いね」 「……燕馬」 「何?」 「……本当に、大丈夫ですか?」 「ああ、勿論」 「……いつまで経っても、嘘が上手くなりませんね」 「……頼む。もう少しだけ、騙されていてくれ」 仕方ないですね、と、苦笑するサツキの表情が見えるようだった。 「――さて」 連絡を終えて、燕馬は『書』の防衛に向かう。 ここ暫く、前世の記憶が自分を侵食しているような気がしてならなかったが、今は冷静に作戦を考える余裕すらあった。 サツキの声を聞いたからかな、と考えて、苦笑する。 「やれやれ……我ながら単純だな、おい」 |
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