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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #2『書を護る者 後編』

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第8話 『書』を巡る攻防
 
 
 
 
    それは運命ではなく、
    もはや呪いに違いない
 
 
 
 

▽ ▽


「くっ……」
 その戦場で、シャウプトは焦りを感じていた。
 手強い相手と斬り結んでいた。
 戦闘部隊ではなく、シャウプトの任務は護衛だったのだが、強襲してきたクシャナを迎え撃ち、斬り合う内に、護衛の対象から引き離されるように場所を移動されている。
 誘われている。
 これ以上対象から離れるわけにはいかなかった。
 一気に踏み込む。攻撃を喰らうことを覚悟したが、それより先にクシャナを斬り払うことができた。
「くっ!」
 クシャナは傷口を押さえて後退する。
 シャウプトを睨みつけたクシャナはそのまま撤退し、シャウプトは急いで身を翻した。
 勝った気がしない。
 彼にとって、護衛対象から引き離された時点で、警護役としては負けに等しかったからだ。


 負傷したクシャナは、森へと逃げ込んだ。
「……ふ、手柄なんて、意識して立てようとするものじゃないわね……」
 苦笑した。
 馬鹿みたいだ、と自嘲する。結局、こんなところで、死んでいく。
 ……死ぬ。死ぬのか。
 クシャナは樹の幹によりかかり、ずるりと座り込みながら、傷の痛みに気が遠くなる。
 怖い。死ぬことがとても怖かった。
 これが、誇り高き神の子、ディヴァーナである自分の最期なのか。
 クシャナは目を閉じた。

「――大丈夫か」
 うっすらと目を開けたクシャナに、声が掛けられた。
「止血はした。あと応急処置をしたけど……。
 俺、魔法苦手で、回復させられなくて悪いな。
 これ、痛み止めの薬草。死にはしないからしっかりしろ」
 灰色の翼を持つディヴァーナの少年だった。
 森の外から喧騒は聞こええない。戦闘は終わったようだった。
「…………何が目的」
 彼の応急処置のお陰か、気を失う前より随分楽になっている。
 これなら確かに、死ぬことはなさそうだ。内心でどっと安堵する。
「何って……」
 睨みつけられ、瑞鶴は困惑した様子で言った。
「打算なしに、人を救うなんて有り得ない。何か目的があるんでしょ」
「……ま、いいか」
 そういう目で見られることには慣れている。
 瑞鶴は、溜め息をひとつつくと、立ち上がった。
「んー。それじゃあさ、もしもローエングリンと会ったら、俺が捜してたって伝えてくれよ。
 はぐれちまって……ずっと捜してんだ。
 泣いてないといいんだけど」
 じゃあな、と行って去って行く瑞鶴を、クシャナは警戒半分、当惑半分で見送る。
 傍らに残された、薬草と水筒を見下ろした。
「……有り得ない。打算無く、人を救うなんて」
 だけど、と、心の中で、何かが言う。
 だけど、もしかしたら、見返りを求めない献身というものが、本当にあるのだろうか。


△ △


 むー、と、ループ・ポイニクス(るーぷ・ぽいにくす)が頬を膨らましている。
「どうしたの、ループ?」
「ルーはおこってるんだよー」
 パートナーの鷹野 栗(たかの・まろん)に問われて、ループは口を尖らせた。
「だってね、ルーのゼンセ……クシャナは悪いことしたんだもん。
 なんだか冷たそうなカンジだったし、きっと、だれかのために何かをしてあげたことなんかないんだよ」
「まあ、そう言わずに。
 ……それに、ループはループじゃない。前世がどうだったのかは、別のことだよ」
「そーかなぁ……」
「きっと、記憶を思い出すのは悪いことばかりじゃない。
 何か理由があるから、多くの人が思い出すことになったのだろうし……。
 どうしても気になるなら、その人の代わりに、ループが誰かに何かをしてあげたらいいわ」
「……うん、今、あれこれ考えても、シカタナイかぁ」
「そうね。まずはルーナサズに行ってみましょう」
「そだね。ゼッタイにジュデッカのこと、取り戻すんだから」
 栗と話して、ループは決意を新たにする。


▽ ▽


 色鮮やかな花々の咲き誇る中庭を、ミルシェアマデウスが横切る。
マユリ先生の許可をいただきましたわ。
 薔薇を一束、頂いてもいいそうです。ミルシェさん、何色がお好き?」
 親友のアマデウスに問われて、ミルシェは、そうですね、と首を傾げる。
「とても美味しいお茶が手に入りましたのよ。ミルシェさんにも是非味わっていただきたいですわ」
 薔薇の花は、お茶会の席で、テーブルを彩る為に使われるのだ。
「嬉しいです。楽しみにしてますね」
 学校でのミルシェは、心優しい、温和なお嬢様として、真面目に勉強しながら、穏やかに日々を過ごしている。
 学校に通う者には、戦場に出ない者も多かったから、ミルシェのおてんばな本性を知る者は少なかった。

△ △


 エリュシオンに行けば、イデアに会えるかもしれない。
 ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)は、リンネ達と共に、ルーナサズに行くことにした。
「え? 何それ面倒だから嫌だ。
 というか、まだ本当に前世の自分がナイスバディーだと信じてんの?
 ヨルディアさ、人の夢と書いて儚いと読む――ヘブッ!」
 皆まで言わせず黙らせる。
 必殺のパイルドライバーに白目を剥いているパートナーの十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)を引きずって、ルーナサズへと向かった。

 そして、ルーナサズにも『書』があると知り、一層イデアの出現に期待をかけて、ヨルディアは軍用犬を駆使して地上から、宵一はスレイプニルに跨って上空からのイデアの捜索に励んだ。
「――あっ!」
 宵一のホークアイが、見覚えのある銀髪を捉えた。
「ヨルディア! いたぜっ!」
 イデアが上空を見上げ、宵一を見て笑ったように見えた。
 連絡を受けたヨルディアは急いで駆けつけたが、見失ってしまう。
「……でも、やはり、いらしたのですわね」
 ヨルディアは笑む。
 なってみせる。何がなんでも。
 前世のあの、ナイスバディーな姿に。


▽ ▽


 師であるヤミーの教えの賜物か、ヤミーは魔剣だが、人型でいてもそこそこの戦闘能力を誇り、稀に戦場に出ても剣ではなく人の姿を取っていることが多かった。
 だが、更に稀に、魔剣の姿を取って特定の者に使われることもあった。
 けれど使われていてすら、ヤミーは気まぐれだった。

「……飽きましたわ」
 その言葉と共に、剣化を解き、人の姿となったヤミーが、さっさと帰ろうとするのを見てジョウヤは憤った。
「戦場に来てて何言っとんじゃ! 敵前逃亡する気か!」
「アナタに、我の眠りを妨げる権限などありませんわ」
「チッ! どいつもこいつも!」
 ジョウヤは溜め息を吐くと、勝手にしろとばかりに身を翻し、敵に向かう。
「――ぐっ!?」
 その背後から殺気を感じ、振り返ろうとしたジョウヤの胸から、剣先が貫いた。
「……貴様ッ……!」
「我の足を止めた罪は重いのですわ」
 ヤミーは微笑み、騒然とするスワルガ軍を尻目に、さっさとその場を後にする。
 殺したジョウヤのことも、戦場のことも、頭には無い。
 ただ眠い。それだけだった。

△ △


「――聞いていますか、燕馬?」
「聞いてるよ。というか、精神感応で聞こえてないわけないだろ」
 ルーナサズとシャンバラとに隔たれた、パートナー同士の定時連絡。
 サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)の言葉に、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は気だるく返した。
「そちらはどうですか」
「うん、前世の調査をしようと来たけど、こっちにも『書』があるっていうんで、防衛陣に加えて欲しいって頼んでみた。
 何のコネも無いんでちょっと不安だったけど、あっさりよろしくお願いされたよ。
 ミュケナイの選帝神て割と気安いね」
「……燕馬」
「何?」
「……本当に、大丈夫ですか?」
「ああ、勿論」
「……いつまで経っても、嘘が上手くなりませんね」
「……頼む。もう少しだけ、騙されていてくれ」
 仕方ないですね、と、苦笑するサツキの表情が見えるようだった。

「――さて」
 連絡を終えて、燕馬は『書』の防衛に向かう。
 ここ暫く、前世の記憶が自分を侵食しているような気がしてならなかったが、今は冷静に作戦を考える余裕すらあった。
 サツキの声を聞いたからかな、と考えて、苦笑する。
「やれやれ……我ながら単純だな、おい」