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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第1回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第1回/全4回)

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錯綜――後方




 そのやりとりを聞いて、氏無は、大岡 永谷(おおおか・とと)の用意し、要塞化した拠点で小さく笑みを噛み殺した。
「本番は突入の時だから、特に遺跡対応組はできるだけ破損と消耗を防いで、適度に仲間とスイッチよろしくね」
 最前線の白熱ぶりとはとは対照的に、どこかのんびりとした調子で、氏無は前線へと声をかけた。前線のイコン部隊が、他校所属の多い複合構成であるからというのもあるだろう。実質、彼自身は調査団たちと共に、前線からだいぶ引いた位置で、裏椿 理王(うらつばき・りおう)桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)の乗るマリアをの作る、相互性のチャンネルから、各ポイントの情報を受け取りつつスカーレッドと共に指示を出す、という、指揮というより責任者という立ち振る舞いだ。
「休息はこまめに、一時帰還推奨ってことでよろしく」
「そういえば、少し気になっていたんですけど」
 その氏無の言葉に、通信機越しに未憂が口を開いた。
「イコンは契約者と共に動かすものですよね?」
「ということは、あれがイコン、ってことは白雪姫さん……じゃない、エカテリーナさんは地球人なの?」
 首を傾げるようなリンの言葉に「そうだ」とドミトリエから返答が返った。
「詳しいことは知らないが、ドワーフ達が里に連れてきた子供だ」
『とは言っても、地球に住んでた頃のことは覚えてないけどwwwボク捨て子だしwwみんなと契約してからずっと、こっちで育ったのだぜ』
 それに付け足すように流れた声は、どうやらエカテリーナの打ち込んだ文章を自動的に読み上げる擬似音声のもののようだ。その語調も相まって、いまいち深刻そうに聞こえない。ともあれ、そういった経緯で、エカテリーナもドミトリエと同じようにドワーフたちの里で育った、ということらしい。
『だからボクとドミトリエおにいちゃんは兄妹みたいなものなのだぜ』
「そんなエカテリーナたんも知らない、ドミトリエの体の秘密を教えてやろう」
 会話に割り込んだのは、消耗の激しさから、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)の説得で最前線から一旦退いた光一郎だ。
「なあ知ってるか、オトコのコは本当の絶頂を迎えると全身が光るんだぜ?」
 モニター越しに不審そうにむう、と眉を寄せるエカテリーナに、光一郎は続ける。
「そう、ドミトリエは、もう目覚めている!」
『薔薇的な意味で?』
「エカテリーナ殿?」
 光一郎への条件反射のようなエカテリーナのノリに、オットーが思わず声を上げたが、とりあえずそれはスルーされて、光一郎は続ける。
「今は亡きカンテミールの部品を使って、体に聞いてみたらピカピカ光ったからな、絶対だ」
『……』
 途端の一瞬、エカテリーナは黙り込んで、工房のドワーフ達のざわ……ざわ……というざわめきが音声に混じる。そして次の瞬間には、擬似音声の追いつかないほどの猛烈な勢いで、エカテリーナはモニターに文字を打ち込んだ。
『既に資格を示していたとは、流石だな兄者。ま、「あの人の血筋」なんだから当然といえば当然なのだぜ。これでおにいちゃんも選帝神の候補。その機晶術の資質を考えれば、今更杉だけどww』
 皆が一瞬目を見張った中、ドミトリエは苦虫を噛み潰したような顔で眉を寄せた。
自身の素性について、余り良く思っていないのか、そんなもの、とドミトリエは溜息と共に首を振った。
「資格があるって言うなら、お前も同じだろ、エカテリーナ。そのスイーツとやらが気に入らないなら、お前が選帝神になれば良いだけのことだ」
『面倒だから嫌に決まってるだろjk』
 ボクはただ引き篭もってゲームしてたいんだから、と続いたエカテリーナの即答に、更に大きな溜息を吐き出したドミトリエは、援護射撃を求めるように、他のツッコミ役を探して振り返ったが、そこでは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が持ち込んだ大量のドーナツを頬張っているセルウスたちの姿があった。頭の痛そうな様子のドミトリエに、思わずと言った様子でブルーズがぽん、とその肩を叩いたのだった。
「腹が減っては戦は出来ぬ、って言うもんね」
「うんっ」
 戦地とは思えない程のほほんとした空気が流れているが、そうなった理由はその環境にもあった。
 調査団の待機場でもあるそこは、永谷の細かい気遣いのおかげもあって、戦地でありながら寛げる空間になっている。調査団の新人隊員であるチェイニなどは、戦地の直ぐ傍らであることを忘れたかのように寛いだ有様だ。
 勿論、戦術拠点でもあるため、資材や機材、弾薬などがごろごろしていて、殺伐とした空気を完全に殺せるわけではなかったが、それでも戦地としては十二分の休息所である。
「これは何処へ置けばいいのでありますかな?」
「あ、それは横にケースが並んで……ますから」
 少しでも居心地良く、と忙しなく右往左往する永谷は、辮髪式輸送トラックで補給に訪れたマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)に敬礼で応えた。
「それでは、こちらにサインをお願いします」
「あー、ええと、ここで良かったでありますか?」
 てきぱきとこなす永谷と対照的にもたついた様子のマリーに「ほらー」と茶化すような声を上げたのはカナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)だ。
「すぐボロが出るからやめときなよ、って言ったのにマリちゃんってばー」
「なにおうっ、かつて後方のヒゲとボインの異名で通っていたのですぞっ」
 反論したものの、実際には後方を受け持っていたのは友人であったので「それはそれとして」と蘆屋 道満(あしや・どうまん)はさらっと受け流すと「どうせ動機は不純なのであろうしな……フ」と肩を竦めた。
「ていうかね、マリちゃん、マリちゃん、そんな似合わないことしてないでちょっと聞いてー」
 道満の言葉にぎくりと目を逸らしたマリーに、カナリーがさりげないツッコミと共に脇から服を引っ張る。
「うじーは大体いつも、指揮を取るか情報を収集するかで、実地にいても後方寄りにいたよね? で、スカーレッド大尉はスカーレット大尉は退路確保か先頭に立つかのどちらかだったよ」
「そうですな」
 頷いたマリーに、カナリーは続ける。
「なのに、二人が揃ってエリュシオン寄り、それも限りなくエリュシオン領内に食い込みそうなところにいる、ってのはどう考えても不自然だよ」
 本来であれば、シャンバラ教導団としては、安全面などから考えてもコンロンの中の国軍の色が強い側に拠点なり敷く方が、理に敵っている。少なくとも、氏無がそれを理解していないはずがなく、であればこの配置は何らかの意図があるはず、と「うじー(氏無)研究家」を自称するカナリーは主張する。
「つまり?」
 先を促すマリーに、続けようとしたカナリーを押しのけるようにして道満が「……フ。つまりだな」と割り込んだ。
「カナリーは退路か攻略対象であると同時に、情報の裏付けを取る対象がいるのでなければ、その必要ないよねと言いたいようだ」
「まぁ……確かにそうでありますな」
 道満の言葉に頷きながら、マリー達三人は、囁きながらいつの間にやらじりじりと距離を詰めて、ちらっちらっと氏無の方を窺った。三人のさりげなく堂々とした視線に、氏無は気付いていながらそっぽを向いていたのだが、それも承知の上で三人はひそひそと続ける。
「『大帝が臥せっているため、国内が不安定なエリュシオンに、小型龍をはじめとする外敵侵入されたらひとたまりもないから国軍が支援する』ということに「なっている」ようだが……フ。果たしてそれが「建前」でないと誰が言えようか」

「珍しく随分後ろで指揮を取ってるようでありますしなあ」
 独り言のふりをした意味ありげな目線とセリフに、氏無はひょいと肩を竦めて見せた。
「やだなぁ、ボクみたいなのが生身で前線出たって足手まといでしょ。弱兵よろしく一番後ろでがくぶるしてるだけだって」
 冗談めかすが、随分わざとらしい仕草に、マリーが一瞬目をきらりとさせたのに、氏無はふうっと煙草を吐き出して目を細めた。
「まあ、ね。何かと物騒なご時世だ……「隣は何をする人ぞ」ってわけさ」
 アンデットの出現によって被害を受けているのは、シャンバラだけではない。そんな次期に突然の候補者の出現、真の王……アールキングの暗躍、グランツ教の台頭。きな臭い情報ばかりが、このところパラミタ全土から集まってきているのだ。
「大陸が不安定になってるから、とはいってもあんまり時期が近すぎるんだよねぇ」
 どこにどう根っこが繋がっているのやら、と意味ありげに言って、氏無が見上げたのは、理王の愛機マリアだ。
「『真の王』とか『荒野の王』とか、今後いったいどれだけ王様が出て来るやら……」
 そのコクピットでは、持ち込んだインプロコンピューターの前で理王が呟いた。通信に重点を置いた機体の性能を生かし、情報の中継と解析の役割を担う傍ら、「情報の貴賎は問わないから」との氏無の許可の下で「ブリアレオス」に関しての資料を集め、その画像などを理王の開設しているサイトで流しているのだ。
「王という呼び名が付くならそれなりに「信者」というか、啓蒙する人等がいそうだしな」
 そんな彼らから情報が得られないか、と考えてのことだ。頷き、理王のデータ整理を手伝いながら、屍鬼乃も疑問を浮かべた眼差しで、モニター越しに荒野の王のイコン――ブリアレオスを見やった。
「”ドージェの再来”って……イコンを動かしたからといって、ドージェはイコンに乗ったりしないしねえ」
 それに、パイロットであるはずの荒野の王自身も、ブリアレオスに搭乗せず、その傍らに立って戦況を見やっているだけだ。そもそもブリアレオスはイコンではなく、ゴーレムの類なのではないか、と屍鬼乃は疑問なのだ。
「それも含めて、何がしか情報入ればいいけど……いっそ直接話を聞けたらいいんだけどね」
 理王が呟いた、その時だ。まるでその言葉が聞こえていたかのように「ふむ」とマリーは目を光らせた。
「……と、なれば、こんな時こそこのワテ、英国紳士のべんぱつの出番でありますな!」
 言うや否や拠点の奥に引っ込んだマリーに、何をするつもりかと、永谷や道満たちと顔を見合わせた氏無をよそに、チベットやキマクでも馴染みのあるというバター茶を用意すると、マリーはエリュシオンとの境界線に佇む荒野の王へと堂々と歩み寄った。
「どうですかな、こちらでお茶でも飲みながら、対談と洒落込みませんかな」
 あまりにストレートな誘い文句に、永谷たちのみならず荒野の王も一瞬軽く目を開いたようだったが、意外にも「いいだろう」とそれに応じた。永谷の設えた拠点が、他国の賓客を迎えるに不都合のないものに仕上がっていたことも理由のひとつだろうが、理王の用意したサイトへ公開するためのマイクも断らなかった辺りを考えれば、荒野の王自身の立場や思惑もあってのことだろう。
「エリュシオンの次期皇帝たる者、狭量と思われたくはないのでな」
 そう答える態度は、軍服とは言え半ズボン姿の、セルウスと同じ年頃の少年に不釣合いな貫禄がある。
「例えそれが、余の監視も含むものであろうとな」
 くっくと笑って向けられた視線に、意図を読まれた東 朱鷺(あずま・とき)は「申し訳ありません」と率直に頭を下げた。
「名乗り遅れましたが、朱鷺は葦原の八卦術師。そして、こちらがパートナーの第七式です」
 そう言って、拠点の外に待機する第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)を示して、朱鷺は、自身の行為をコンロンの方々を安心させるためにも、互いの立場が均等であることを示す必要があると思ってのことだ、と帝国側への他意のないことを示し、それを証明する手立てとばかりに、パートナーを再び示した。
「その代わりといっては何ですが、第七式を、エリュシオン側への防壁の代わりとしてくだされば」
 その大柄な自律ロボットのような見目のシュバルツを見やり、ほう、と荒野の王は僅かに興味を示したようだった。
「心なしか、余のブリアレオスに似た趣があるな」
 面白いものだ、と、自らの巨人のような見目の機体ブリアレオスを振り仰いだ荒野の王に、S級四天王国頭 武尊(くにがみ・たける)が、さり気なく距離を詰めた。
「ブリアレオス……ってぇと、君か、キマクの野郎達が「荒野の王」とか呼んでるってのは」
「そうだ」
 頷いた荒野の王に、質問に耳を傾けはするのだと判って「何でも、誰にも動かせなかったイコンで、えらくご活躍だそうじゃないか」と、仕入れてきた情報を確認するように武尊は続ける。
「確かそいつは、ドージェの細胞を利用して作られたとか聞いたが……どうやって動かした?」
「それを貴様に教えなければならない理由は無いと思うが?」
 否定せず、しかしその問いには答えず目を細めた荒野の王は、どこか面白がっているかのようで、口元には笑みが浮かんでいる。互いの間にちりりと探りあうような空気が一瞬流れたが、武尊が何か言う前に、荒野の王はどこか芝居がかった仕草でブリアレオスを振り仰いで、足を組み直した。
「強いて言えば、余が選ばれた者であるということだ」
「……だが、その証明は誰がする?」
 低く問いを発したのは、荒野の王への興味から、恐竜騎士団員として同席したジャジラッドだ。
「選ばれた、というならシボラの国家神がセルウス側に付いている」
 暗に、後ろ盾はあるのかと問う物言いに、荒野の王は泰然と「他国の神が味方である事など、些かも有利とはなりはせん」と笑った。
「余とて伊達で候補と名乗っているのではない。オケアノスの選帝神の推挙あってのことだ」
「ならば何故、セルウスを見逃している」
 今回の作戦は教導団が主体となっている。であれば、エリュシオン帝国から正式に、罪人扱いになっているセルウスを引き渡すように求める、という手もあった筈だ。その問いには「最初はそのつもりではあったがな」と荒野の王は答えた。
「遺跡を止めるのに必要なのだというなら、止めるわけにも行くまい。お手並み拝見、といったところだ」
 肩を竦めて見せる様子に焦りはなく、その程度のことで、自分の優位は揺らがない、という自らの力への絶対の自信が垣間見える。
 対談インタビュー番組を模したような今の状況を、格好の宣伝場所を考えてか、ある種のパフォーマンスを行っている節のある荒野の王に、それを逆手に取る形で、さりげなくエリュシオン側まで下がってアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は通信でその対談に滑り込んだ。
「はいはーい、じゃあ俺からもいいですかね、ええと……?」
「……呼びづらければヴァジラで構わん」
 荒野の王がその名を明かすと、アキラはマイクを突きつける勢いで「それじゃあヴァジラ殿に質問です」と続けた。
「貴方がもしエリュシオン皇帝になったらシャンバラとの関係をどうするつもりなんですか?」
 口調こそ軽めではあったが、問いの意味は大きい。僅かに空気がぴりりと緊張を孕んだ中、荒野の王だけが低く喉を笑わせて、ゆったりと体を椅子に沈めたまま「何を聞くかと思えば」と口を開いた。
「「シャンバラとエリュシオンの関係」……か。今のパラミタの状況からすれば、そんなものは些細な事だ」
「それはどう言う……?」
 アキラが更に問いを重ねようとしたその時。
 何かに感づいたように向けられた荒野の王の視線の先で、ドォンッ、と一際大きな爆発音が響き渡った。

「ようやく始まったか……待ちくたびれたぞ」