天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

リアクション公開中!

古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』 古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

リアクション

 
「うーん、こうして細かく見ると、結構傷が付いてるなぁ。
 この傷自体は戦士の勲章みたいなものだけど……ソーサルナイトに負担をかけてるってことでもあるんだよね」
 イコン基地にて、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)涼介と乗る機体である{ICN0004496#ソーサルナイト?}のメンテナンスを行っていた。
「煉獄の牢の事件が終わってから、オーバーホールをしてなかったからね。今回の事件も、またこの子の力を借りないといけない事態が起こるかもしれないし。
 今の内に、直せる所は直しておかないとね。大事な時にフルパワーが出ないと大変だから」
 クレアが機体の全身をくまなくチェックし、外装にガタがないか、内装に不具合がないかを確認する。その後で中に乗り、動力のテストを行う。初代『ソーサルナイト』から引き継がれたプログラムも多く、それらが上手く噛み合っているかどうかを一つ一つ確認していく。これが一つでも崩れると、たちまち不効率を生じ機体は全力を発揮できない。
「君のおかげで、私もおにいちゃんも全力で戦えてるんだよ。いつもありがとうね、ソーサルナイト。
 今回も厳しい戦いになるかもしれないけど、力を合わせて頑張ろうね」
 クレアの言葉に、なんとなく『ソーサルナイト』の同意の声が聞こえたような気がした。


「ふむ……結果はともかくとして、とりあえず龍族、鉄族、デュプリケーターの3種族と接触を持ったか。
 ここからどう出てくるかの? 龍族も鉄族も行動が停滞していた、ここで新たな行動に出るやもしれんな……」
 イルミンスールに送られてくる情報を纏め、アーデルハイトがこれからの各陣営の行動を予測する。龍族は近々、主要な人員が拠点を訪れると言っていた。鉄族も同様の動きを見せているという。
「そして、デュプリケーター……厄介な問題も発生しておる。奴の行いは自業自得じゃが……。
 む、どうしたザカコ、何か問題でも起きたのかの?」
 視線に気付き、アーデルハイトがザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)を見る。
「いえ、その姿も素敵だなあと思っただけですよ」
「なっ! ……そ、そうか。……ではない! おまえ、ちゃんと仕事せんか!」
 驚いて、一瞬だけ嬉しそうな顔を浮かべたアーデルハイトが、怒った顔でザカコに言葉を投げ、背を向けてしまう。
「ええ、分かっています」
 表情の変化を楽しんだザカコが、用意した席に座り状況の確認を行う。
(……クリフォトに何かあった時に、アーデルさんを一人で行かせる訳にもいきませんからね。
 何があろうと、もうあの時みたいにアーデルさん一人に背負い込ませないって決めたんです)


「エリザベートさん、一つお聞きしたいのですが……。イルミンスールに天秤世界の件、お話をいたしましたか?」
 アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)の問いに、エリザベートはあ、と言ったような顔を浮かべる。
「そういえば、言ってませんでしたねぇ。ちょっと聞いてみましょうかぁ」
 椅子に座り、エリザベートが目を閉じる。しばらくその状態が続いた後で、エリザベートがはぁ、とため息をつく。
「だんまり、ですよぅ。よっぽど都合の悪い事が隠れてるんでしょうかねぇ」
「そう、ですか……」
 エリザベートの言葉を受けて、アルティアが考え込む。もしイルミンスールが天秤世界の事を知っているなら、それはいつから知っているのか、最近知ったことなのかを確認しようと思っていたのだが、答えないとなるとまた対応を変える必要がある。無理に聞き出そうとして余計事態をこじらせては、取り返しのつかないことになるかもしれない。
(開けてはいけない箱を、不用意に開けてはいけませんものね)
 ありがとうございました、と礼をして、アルティアは校長室で雑務を担当していたイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)の下へ歩み寄る。
「色々な情報が入ってきてはいるが、流石に、天秤世界の構造についてはなかったな。
 天秤世界は元から存在している世界なのか、何者かによって統制されている世界なのか……」
 二人が天秤世界について考える、しかしそれは容易に回答が出るものではない。そもそも世界とは必ず何かによって生成されたもの、と考えてしまうことも出来る。『何者の手も借りず、自然現象的に生じた世界』の例を想像できない(そもそもそんなものがあるのかどうか分からない)以上、明確な回答は導き出せそうになかった。

「お二人は、イルミンスールと同じ、世界樹、という種族という認識で良いのですわよね?」
「そう、だね。僕とコロンは世界樹という種族だよ。今のイルミンスールが世界樹という種族かどうかは、ハッキリとは言えないけどね。
 つまり、ミーナとコロンがいた世界では、『世界樹』という種族が認知されていて、一方パラミタではまだ世界樹という存在はあっても、種族として認知されているわけではないからイコールというわけではない、というのがユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)に対するミーナの回答であった。
「最も『世界樹』に近い存在がイルミンスールではないかと思うけどね。他の世界樹を伝って来たことがないから分からないけど、楽に来れたと思うし」
「お二人は、『深緑の回廊』の様な、世界と世界を繋ぐ路を作りましたけど、これはどの程度の消耗があるんですの?」
「あぁ、最初に言っておくけど、『深緑の回廊』という世界と世界を繋ぐ路があるわけじゃないんだ。単に僕がそう命名しただけで、世界と世界を繋ぐ路自体はあるけど特に名前はない、というのが本当の所ね。路を作ること自体は、元々繋がっている世界と世界なら、そう難しいことじゃない」
「……ということは、天秤世界とイルミンスールは、元々繋がっていたということですの?」
「まあ、そうなるね。僕もこの世界についてはこっちに来てから初めて知ったんだ。何でこんな世界があるんだろう、ってね」
「不思議なんだよ、この世界には世界樹がないの。いろんな物がないんだよ」
「世界樹がない……そのような世界が存在しますの?」
 ユーリカが考え込む、世界の中には世界樹がない(あるいは、認知されていない)世界があるだろう。だがパラミタのことしか知らないユーリカは、そういった世界を想像することが出来ない。
「『天秤世界』へ繋ぐのと、『天秤世界』から他の世界へ繋ぐのとには、違いがあるんですの?
「違いがあるかどうかというよりは……この世界とイルミンスールなり何なりで、繋がっているかどうか、が鍵になるんじゃないかな。
 繋がっていたら後は路を出すだけだし、繋がっていなかったら……うーん、繋げない、のかなぁ。ごめん、その辺はハッキリとしたことは言えないや」
「魔術とか、その他手段で、同じ事は出来ないんですの?」
「これも、同じ回答だね。出来るかどうかは分からない。君たちの力も分かっていないから、出来ないとも言えないし出来るとも言えない、かな」

「……以上が、今まで集まった情報、ですか」
 イルミンスールの一室で、パートナーたちから情報を得た非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)が深く考え込む。
「『天秤世界』の意図したような構造と、何故イルミンスールなのか? が……気になるんです。
 天秤世界はまるで、『蠱毒の壷』なんですよ。こんな意図された世界が、元から存在しているとは思えないんです。誰かが必ず運営していると思うんです」
「お二人は、天秤世界の運営者についてまでは、知らない様子でしたわ。イルミンスールが一番『世界樹』に近いから来るのは楽だった、と仰っていましたけれど、元々お二人はイルミンスールが枯れるのを阻止する目的で来ているはずですから、他の世界樹を使って来ようとは思いもしなかったのかもしれませんわね」
 ユーリカの言葉に、近遠はなおも考え込む。ここからは、謎が謎を呼ぶ展開だ。
「『天秤世界』への新種族の召喚条件も、2種族の力の天秤が傾いたら……なのでしょうか。安定しようとしたらなのでしょうか。あの世界の構造を作り出しているものが……世界の意思の様なものなのでしょうか。何らかの暗躍している者がいるのでしょうか。或いはあの世界の法則なのでしょうか。意思が伴うものであれば、その意図や目的は何なのでしょうか」
「…………、何だか、訳がわからなくなってきたぞ」
「アルティアも……えぇと、その、どういうことなんでしょう」
 イグナとアルティアが、頭を抱えて呟く。推測が5つも6つも重なれば、分からなくなってくるのは仕方ない事でもあろう。しかもその答えを知るものは、今のところ見当がついていない。
「天秤世界の存在意義、と言いますか、もし2つの種族を争わせる事が目的なら、講和がもし為ってしまえば、新しい戦因が呼び込まれて、どうしても戦闘を終らせない様に世界は動くでしょう。
 2つの力の天秤が釣り合っている事だけが目的なら、ではどのような行動を取ったら、どのように世界は動こうとするか。根本的な解決策を練る・見つけ出す為にも、見つかった時にすぐに対処する為の準備を進める意味ででも、漠然とでも、ある程度の予想・想定はしておかないといけないと思うんですよ」
「そ、それは分かりますわよ? ……でも近遠ちゃん、これだけ考えて、疲れませんの?」
「そりゃ、疲れはしますけど……でも、身体を動かすよりはずっと楽ですよ」
 近遠の答えに、他の三人はあぁ、と納得した様子で頷く。