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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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『異世界への旅立ちを前に』

 『イルミンスールが枯れた未来の世界』からやって来たというミーナコロンの両名によって、イルミンスールの寿命を大きく減じている原因が存在する世界『天秤世界』への道が開かれたのは、数日前のこと。世界樹イルミンスールから伸びる深緑の光、『深緑の回廊』を見上げ、各人は天秤世界へ旅立つ準備を進める――。

「皆様揃いましたね。では、始めさせていただきます」
 イルミンスール魔法学校校長室には、校長であるエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)、普段の少女姿ではなく女性の姿のアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)、第五龍騎士団団長アメイア・アマイア、当時の竜兵部隊隊長と歩兵部隊隊長、部隊が解散された後はアメイアの副官を務めるヘレス・マッカリーゴルドン・シャインに加え、レン・オズワルド(れん・おずわるど)ガウル・シアード(がうる・しあーど)が顔を揃えていた。
「既にご存知の事とは思いますが、ここイルミンスールより『天秤世界』への道が開かれ、そこでは『龍族』と『鉄族』の2つの種族が長い間戦争を続けています。
 また、第3勢力として『デュプリケーター』なる存在も確認されていると。……このような世界へ旅立つに当たり、イルミンスールとしても十分な準備を整える必要があります」
 司会進行役を務めるメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が目線でレンを促し、立ち上がったレンが自らの考えを述べる。
「……このような時に何を言うと思うかもしれないだろうが、真面目な話、俺はあの回廊が開けたことを素直に喜ぶことは出来ない。
 戦いを終わらせる為の戦い。世界樹の護り手達による、世界樹を救うための戦い。……それは耳に聞こえは良いが、実際はそんな簡単な話ではない。深緑の回廊が開けたことで俺達は天秤世界へ行けるようになった。だが同時に俺達……いや、この世界、この時代はリスクを負う形になった」
 各人の顔を見、レンが続きを口にする。
「異世界からの侵略。天秤世界で争う2種族は世界の理に縛られ天秤世界の外に出ることは出来ないかもしれないが、第3の存在『デュプリケーター』は深緑の回廊を通じてこちら側に来る可能性がある。
 そうなった場合にイルミンスールを守る為の戦力、戦えるだけの体勢は作っておかねばならない」
 ミーナとコロンが語った話では、天秤世界は遥か昔から、2つの種族が『富』を得るために戦いを繰り広げてきたという。今は龍族と鉄族がその『2つの種族』に当てはまるなら、彼らは自分が滅びるか相手を滅ぼすかするまでは天秤世界を離れるつもりはない可能性が高い。だがデュプリケーターと呼ばれる者たちは、天秤世界の理に沿っていないように思われた。戦いを終わらせるために契約者がやって来た事を知れば、天秤世界を抜けこちらの世界にやって来ようとする可能性は、十分に考えられるだろう。
「アメイアはニーズヘッグと共に、天秤世界へ行くと聞いた。その事自体に俺は口を挟むつもりはない、アメイアの意思を尊重する。残った第五龍騎士団については、アメイアを支えてきたヘレス・マッカリーとゴルドン・シャイン、そして俺がフォローに入り、イルミンスールの体制強化に用いたい。既に両名、アメイアには話を通し、了解を得ている」
 レンの言葉に、アメイア、ヘレスとゴルドンがその通り、と表情で訴える。
「……なるほど、内容は理解した。
 一つ確認させてもらうが、先に話を通したということはつまり、前回のように私等イルミンスールから第五龍騎士団に依頼するのではなく、おまえが第五龍騎士団に申し入れを行っており、私等がおまえの申し入れを容認することで第五龍騎士団はイルミンスールの戦力になる、という解釈で相違ないな?」
 アーデルハイトが尋ねたのは、第五龍騎士団はどこの枠に入っているか、という点である。前回、『煉獄の牢』の調査の時はレン率いる『冒険屋ギルド』が仲介に入り、イルミンスールは第五龍騎士団に調査への協力を依頼した。今回は言うなれば冒険屋ギルドと第五龍騎士団が手を組むのをイルミンスールに認めさせる形になっている。前回は第五龍騎士団はイルミンスールの枠に入っているが、今回は冒険屋ギルド、つまりレンの枠に入っている。意地の悪い見方をすれば、レンは第五龍騎士団をいいように出来る(しかもそのことをイルミンスールは容認している)事になる。
 その意図を汲んだか、レンが口元をフッ、と歪ませて答える。
「相違ない。……これは『力』を束ねる者としての責任を自覚した上での提案だ」
 レンとアーデルハイト、二人の視線が交錯する。ややあってアーデルハイトが視線を外し、口を開く。
「……よかろう。おまえたちの協議の結果を容認する。エリザベート、お前もそれでよいな」
「私は構いませんよぅ」
 エリザベートに確認を取り、アーデルハイトがイルミンスールの意思を伝える。
「感謝する。では以上の前提で、想定されるケースにおける対応の協議に移ろう」
 レンが席につき、メティスに進行を譲る。
「イルミンスールでの変事、または天秤世界での変事が発生した場合は、本日お集まりいただいた方々で協議を行うことになります。皆様、よく顔を覚えていただければと思います。では、有事の際の対応についてですが……」

 その後、幾つかのケースにおける対応の検討がまとまり、それらを双方が書類の形で保管することを確認して、会合はお開きとなった。
「正直な所、驚いている。冒険屋というからには今回の件、異世界に赴くかと思っていたのだが」
 帰り支度を進めるレンの元へ、ガウルがやって来て言う。
「冒険したい気持ちが全くないわけではない。俺としては騎士団の皆にも、天秤世界を自由に冒険してもらいたい気持ちがある。
 だが、事が事だ。世界樹が絡んでいるとなれば他国からも注目を浴びる。ザナドゥの時のように軽率だと非難を浴びるのは、避けなければいけないからな」
 そういう奴らほど口が達者だからな、とレンは肩をすくめる。鋭すぎる言葉は刃となって、向けられた者を傷付ける。異世界で傷つく可能性がある者たちに、これ以上傷つく理由を作る訳にはいかない。
「……なるほど、そういう思いもあったのか。俺は地味な行動だと思っていたが、考えを改めなければな。
 守る為の戦い。それが単純な力勝負だけではなく、こうした根回しや交通整理、誰かの不在を誰が補うかなど、戦う前に決めておくことで大きく影響するものがあると学んだ。勉強になる」
「それが分かってくれたなら、おまえをこの場に呼んだ甲斐があるというものだ。
 さて、そろそろ引き上げるとしよう。まだまだ、決めておかなければならないことがあるからな」
 レンの言葉にガウル、メティスが同意し、一行は校長室を後にする――。


「アーデルハイト様。私は本件に対し、倫理的な問題から疑義を呈します」
 アーデルハイトを前に、そのように口火を切ったアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、天秤世界に干渉することについての問題を論じる。
「私は、例え先人の愚かさから生まれた問題でも、その時代の問題はその時代の者が解決すべきことと認識しております。例えその結果が最悪のものだったとしても、それが世の定めだと。
 ミーナとコロン、彼らのしたい改変は、恐らく善いことなのでしょう。……ですが、この改変によって大なり小なり影響を受ける全ての者にとっても良いことであるとは限りません。バタフライ効果……アーデルハイト様ならばご存知でしょう。
 そして、もし今回の改変で将来不利益を被った者がいたとして、その者が『歴史が改変された』事に気付けば、今回のように歴史を修正しようと考えることは必然と言っていいでしょう。その者に対しどう説明をつけるのか? ミーナとコロンが良くてその者は何故駄目なのか、彼らとて自分の都合で歴史を変え、余波を受ける周りの者のことなど考えていなかったではないか? ……そういう話になるのではないでしょうか」
 ミーナとコロンの行いをきっかけとして、今後、ある時点における条件が変更された(その条件は、『天秤世界での龍族と鉄族の戦いが終わった』という結果は変わらないが、『誰が』その戦いを終わらせたのかが変わる、というもの)とする。その変化は未来へ進むに従って決定的な違いを生み出すかもしれないし、何も変わらないかもしれない。今のこの世界が一つのケースモデルで表せない以上、『こうしたからこうなる』は絶対に言えない。
「今はまだ、二人は限定的な事しか口にしていないけれど、例えば、過去に失われ二度と元に戻らないはずの大切なものが元通りに出来る可能性というのも、存在するかもしれない。それに気がついたら、何が何でもしがみついてくる者もいる筈。
 ……その事を数十年前の私が知ったなら、行為に手を染めないとは言い切れないわ。他にも身近な例ならヴィオラも、荒れていた時の精神状態だったらどうだったか、校長が万が一失われたときミーミル達が過去改変の可能性を見せられたらどう思うか。
 コップからこぼれた水は元には戻りません。時間だって同様です。……だからこそ、人は一度立ち止まっても前に進まざるをえない。なのにやりなおせるかもしれないと知ってしまったら、それにしがみつきたくなってしまいます」
「やりなおしが利かない、それが人生というもの。……もしかしたらやりなおしが出来てしまうかもしれないけど、その情報はたとえあったとしても知らせず、闇に葬ってしまってほしい。
 僕もさぁ、時々思うのだよ。あの時嫁さんに一服盛られる事無く、普通に婚約者と結ばれていたらどうなっていたか……ってね。でも、嫁さんも最初は強引だったとはいえ力いっぱい愛してくれたし、可愛い子供もできた。僕も今でも、嫁さんと子供を愛している。短かったけど、そんなに悪い人生じゃあなかったって思うんだわ」
 エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)の言葉に、アーデルハイトは腕を組んで考え込む。果たして今回のケースは、『過去の改変』に当たるのか、当たらないのか。そのどちらかだとして、では今後どのように対応していくべきなのか。
「本来は、彼らのことは見なかったことにして何もしないのが筋なのでしょう。……だが、彼らは我々に大きく干渉してきた。もう歴史が変わる流れは止められない、ならばせめて後の世のために、歴史の改変を禁忌とすることや倫理観とルールの形成こそが我らの役目かと存じます」
 一歩を踏み出し、アルツールがそう口にした所で、イルミンスールの外からと思しき通信による音声が室内に響く。
『ふむ、こちらの通信システムは正常に機能しとるようじゃな。……あぁ、断りもなく会話に割り込んだこと、謝ろう。何やら興味をそそる話が聞こえてきたものでな、妾も混ぜてはもらえぬか』
 声の主は玉藻 御前(たまも・ごぜん)と名乗ると、自らの持論を口にし始める。
『パラミタの話ではなく地球の話じゃが、インドには『三千大千世界』という世界観があるそうじゃ。この場合、それ自身が正確な数ではなく無限などの比喩かのぉ。
 妾たちは、数多くある世界の内のいくつかを世界の全てだと思っている。ミーナとコロンが来たという『イルミンスールが枯れた未来の世界』もその一つ。そして、もし彼らが目的を成し、結果過去を変えたとしてもその未来が消えるわけではない……単に増えるだけなのじゃ。そう……例えば世界樹イルミンスール、その枝葉一本一本が世界だとしようかのぉ。ある枝から別の枝が生えようとも、元の枝が枯れて落ちるわけではない。変わった世界と変わらない世界、その両方が続いていくのじゃ。そうでないとおかしなことになるからのぉ』

「…………すぅ…………ん……まだ、眠い…………」
 パラミタ内海沿岸、{ICN0005046#【螺湮城参盤外殻部】ル・リエー}内部では、粘土板原本 ルルイエ異本(ねんどばんげんぼん・るるいえいほん)が浮遊要塞であるル・リエーの調整……をしているはずだが、すやすや、と寝息を立てていた。
「なるほど……その『枯れた世界』が仮になくなったのならば、未来の世界樹たちが此処にいる意味はなくなるということか……」
 同じく内部の住人、マネキ・ング(まねき・んぐ)は御前の話を耳にし、何やら思う所があるとばかりに言葉を漏らす。
「原因があるから結果を出すが、その結果が原因そのものを消してしまう……そう、世界そのものが創造され続けていると仮定しない限り、因果関係が破綻してしまうからな。
 ならばより良き世界創造の為に、動くのも『この世界』の支配者としての我の義務だな……」
「……俺にはよくは分からんが……現状で天秤世界へ向かうのは得策ではないだろう? まずは天秤世界からもたらされる情報を集め、整理してからでも遅くはないだろう……。こちらにも知恵者はいる、今のままでも助力は出来るだろう」
 御前の方を見つつ、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)が言葉を口にし、そういえば、と思案する。
(原因と結果で思い出したが……天秤世界で起きている事件が何故、イルミンスールの力を削っているのだろうか……?
 ミーナ、コロン……彼らなら、答えを知っているのだろうか)

 結局、アルツールが発端となった問題については、『もしも過去のある出来事を自らの手で別の結果に導く事が出来るとしても、その可能性は決して公言しない』という取り決めを決定する、という程度に留まった。現時点ではミーナとコロンは、『イルミンスールが解決した出来事を代わりに解決することで、イルミンスールが消費するはずだった力を使わないで済む』と言っている。それが過去の改変に当たるかは完全には言い切れないし、また御前の口にした世界観も、果たしてその通りなのかの保証がない。
「二人にはこの事、私の方から話しておく。今後はより慎重に行動する必要があるじゃろうな」
 アーデルハイトがそのように話をまとめ、この場はお開きとなった。

 ……そしていよいよ、契約者は旅立ちの朝を迎える――。