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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は呆然としていた。
 誰かが自分達の前に現れた瞬間、その人とパートナーの樹月 刀真(きづき・とうま)が、別の人物に変身してしまった。
 刀真はこれまでも度々おかしいことがあり、その度にまるで別人だと思っていたが、まさか本当に別人になってしまうとは。
 これはイデアの力なのだろうか?
 だが、月夜はすぐに気を取り直す。
 刀真はきっと大丈夫、そう信じた。
「あなた、トーガね。お願い、力を貸して!」

 フランチェスカ・ラグーザ(ふらんちぇすか・らぐーざ)と刀真は、邂逅を果たした瞬間、揃って覚醒した。
 フランベルジュを前にしたトーガは、一瞬驚き、それからフランベルジュを抱きしめる。
「……あたしは確か、トーガと……」
 フランベルジュもまた、現状に戸惑いを見せたが、月夜の言葉を聞き、彼を見る。
「よくわからないけど、生きてるのね。
 話は後よ、トーガ。戦うのならあたしを使って」
 フランベルジュを離し、トーガはにやりと笑った。
「いいぜ、俺達の最強を知らしめてやる」
 トーガはフランベルジュに手を差し伸べ、それに応えてフランベルジュは剣化した。



 推測に過ぎず、何の確証もないが、覚醒してすぐに死ぬということは無いと思う。
 トオルやシキの状況を知った早川呼雪はそう言って、トオルを助けに行く、と覚醒することを選んだ。
「はあ……分があるのかも解らない賭けだけど、呼雪の頼みなら僕も乗るしかないよね」
 そう言ったパートナーのヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)に、すまない、と謝る。
 ヘルは苦笑した。
「ちゃんとトオルをつれて戻ってきてよ? じゃないと追っ掛けちゃうから」
 そうして、呼雪は覚醒して前世のアザレアに存在を明け渡し、目覚めたアザレアは呆然と周囲を見渡した。
「これは……?」
「ううっ、気持ち悪い〜」
 同時にヘルは、体調の悪化にへたりこむ。
 それでも、呼雪に頼まれているのだ。アザレアに事情を説明しなくてはならなかった。

「……大切な方を奪って申し訳ありません」
 ヘルから事情を聞いたアザレアは、ヘルに癒しをかけつつ謝った。
「もうホント、呼雪はドSだからさー」
 癒しはあまり効いてはいないが、それでも無いよりはマシだ。
「そんなことになっていたとは……」
 モクシャに愛着はある。
 だが、その復活の為に、他の世界やその生命を犠牲にすることは望まなかった。
 イスラフィールはきっと、此処に来るだろう。
 パートナーロストに苦しむ人達を癒しながら、アザレアはイスラフィールを迎え撃つ為に待った。



 ヴァルナを腕に抱いて飛び、白鯨の背に到着したイスラフィールは、ヴァルナを下ろしながら探るように周囲を見渡し、ある場所でその視線を止めた。
「来ると思っていました……」
 アザレアの言葉に、イスラフィールは困ったように笑う。
「邪魔をしないで欲しい」
 心配そうなヴァルナを下がらせる。
「あなたを止めます」
 言いながら、アザレアは悲しそうにイスラフィールを見た。
 モクシャで、彼にとどめを刺したのは自分だった。
 今再び、彼と対峙することになろうとは。
 大弓を構える。自分に使いこなせるような武器ではないが、ハッタリなので構わなかった。
「仕方がない……」
 イスラフィールは翼をはためかせた。
 ふわりと足が地面から浮き、そこから一気に、アザレアの懐に飛び込む。
 接近戦を仕掛けてくるとは思わなかったアザレアは驚いて、咄嗟に、半ばまで引いていた矢を放してしまった。
 確実に急所を狙う弓。
 それでも、威力は弱く、恐らく、少なくとも急所を避けることくらいはできたはずだった。
 だが、動きを止めたイスラフィールは、それを躱すことなく、むしろ――

 駆け出したヴァルナは、間に合わなかった。
 アザレアの矢は、イスラフィールの心臓を貫く。
「イスラフィール!!」
 叫びながら、手を伸ばす。
 一瞬、イスラフィールがヴァルナを見た。
 別れを告げている、そう直感したヴァルナは、「嫌!」と叫んだ。
 最後まで傍にいる、そう誓った。
 もう離れるのは嫌だと、そう告げたはずだ。
 イスラフィールは微笑み、ヴァルナに手をのばす。
「……おいで」
 一緒に行こう、と。
 その手に向かって、ヴァルナは飛び込む。
 抱きしめたヴァルナと共に、イスラフィールの身体が、霧散した。
 光が煌めき、塵のような光の欠片が、やがて空気に溶けて消えて行く。

「……死んだの?」
 ヘルが呟いた。
 て言うかアレ身体はつまりトオルなんだよね大丈夫なの消えちゃったんだけど、と瞬く。
 アザレアは、唇を噛み締めて俯いた。
 殺すつもりではなかった。助けたいと思っていたのに。
 けれど、イスラフィールの最後の表情が、償う者の目であったことに気がついた。
 彼は最初から、死ぬつもりだったのだ。

 だが、だとしたら、腑に落ちないことがひとつある。
「……けれど、此処を死に場所に選んだのは、何か、しようとしていたことがあったからでは……」
「ええ、多分」
 呟きに応えたのは、ローエングリンだった。
 瑞鶴と共に、丁度辿り着いたローエングリンは、イスラフィールの最期を見届けた。
「彼は、この世界に覚醒した私達を、導こうとしていたのだと思います」
「導く……何処へ?」
「勿論、私達の世界へ」
「だが、俺達の世界は……」
 瑞鶴が言う。あの世界は、滅びたはずだ。
「ええ。あの世界は滅びてしまったし、私達は死にました。
 でも、死後の世界がモクシャにとてもよく似ていたら、きっと死んでからも楽しいですよね」
「死後の世界……ナラカがってことか?」
「この身体と魂を返せば、私達はただの思念、精神です。
 でも、そんな私達にも存在できる、私達だけの死後の世界……もう、それは作られてしまっているのですから」
 具現化は、されない。させない。
 あの世界は“狭間”に在り、この先もずっと、狭間に在るまま。
 けれどその世界に、イスラフィールは目覚めてしまった全てのモクシャの人々を導こうと思ったのだろう。
 自分達は、この世界に在っていい存在ではない。
 魂も身体も、本来の持ち主に返さなくてはならないのだから。
 だがそれは、きっとイスラフィールの力だけでは足りない。だから此処に来たのだ。
 オリハルコンの力を、ほんの少しだけ借りる為に。
「でも、死んじまったんじゃ、もう……」
「待ちましょう」
 瑞鶴の言葉に、ローエングリンはにこりと笑った。



「これは、いい剣ね」
 アーリエが、リネン・エルフトのカナンの剣を手に言った。
「あったり前だろ。それはリネンの剣なんだからな!
 アーリエだか何だか知らねぇが、てめぇみたいなキチ(ピー)野郎にやった覚えはねえ! ……うっ」
 アーリエに怒鳴ったフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は、急な吐き気に口を押さえる。
「つわり?」
「なワケねー! 大体団長も頭痛ぇくせして変な突っ込みすんな!」
 ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)の冷たい一言に、フェイミィは怒鳴る。
「……くそ、どうしたらいいんだ、リネンはこんな奴になってるしっ……」
「落ち着いて、フェイミィ」
 ヘリワードがたしなめる。
 激しい頭痛に顔色が悪かったが、なるべく表に出さないように努めていた。
「今はアーリエに協力する。そう決めたはずよ」
「……了解した、団長」
 アーリエと会い、彼女の目的が、イデアを倒してイスラフィールを取り戻すことだと聞いた時、それがリネンを元に戻す方法になるのなら、と、ヘリワードはそれに協力することを決めた。
 手勢を集めて、援護の準備も整える。
 相手はイデアだけではない。覚醒し、イデアに賛同するモクシャの民や、パラミタの滅亡など酒の肴くらいにしか思わない奈落人達が、報酬目当てや興味本位でイデアの仲間に加わってもいる。
「……けどなぁ、もし嘘だったら、リネンが戻って来なかったらアーリエ、てめぇのその首叩き落してやるからなぁ……! ううっ……」
「好きにすれば」
 どうでもよさそうに、アーリエはフェイミィに言う。
 ちっ、とフェイミィはアーリエから目を逸らした。
(早く……早く帰って来い、リネン!)
 死んだ、という。事実自分はパートナーロスト状態になって、でも、それでも信じられない。
 きっと何か方法があって、戻って来ると思えてならない。
(オレだって……フリューネだって待ってる!)

 ふん、と、一方アーリエもまた、フェイミィから目を逸らす。
 どうでもよかった。転生も、モクシャの復活も。
 大事なことは、イデアからイスラフィールを取り戻すことだけだ。
 あの時、届かなかった手。
 今、もう一度機会があるのなら、今度こそは。今度こそはと――