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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #4『遥かなる呼び声 後編』

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 第20話 いのちの形
 
 
 
 
    真実は、ひとつだけ。
    それをわたしたちは知っている
 
 
 
 
 グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)は不思議な夢を見た。
 真っ暗な空間の中を、ただひたすら歩いている。
 目指すものも無ければ、自分が進んでいると確認する標も無い。
 仄かな光が人の姿を写す。
 それはグラルダの目の前に現れた。
 翼を持つ、隻腕の女。
 不敵な笑みを浮かべたまま、言葉も無く佇んでいる。

 ああ、これはイメージだ、とグラルダは思った。
 自分は夢を見ていて、都合のいい光景を作り出している。
 本来ならば交わる筈の無い邂逅。

 隻腕の女が、ゆっくりと手を上げる。
 グラルダは立ち止まらなかった。
 自分より高い位置の手のひら。
 すれ違いざまに、精一杯に伸ばし、ハイタッチする。
「行って来い」
「行って来る」


 目が覚めた。
 ボロ布のようなマントに包んだ身を起こし、グラルダは目を擦る。
 この異変が始まり、前世を夢見るようになってから、眠るのが怖かった。
 起きた自分が、全く違う何かに変わっているのではと不安だった。
「考えてみれば、杞憂だったわね」
 憑き物が落ちたように、心がすっきりしている。
「アタシとアタシに繋がる因果が、つまらない理由で立ち止まる筈がないもの」
 不安と共にいつもあった、頭痛や吐き気、そして腕の痛みは、嘘のように消えていた。
 覚醒の話を聞いた時、内心で怖れた。
 しかし今、グラルダはそれを克服したのだった。

「さて、ルーナサズに“貸し”でも作りに行きますか」
 グラルダは、所持品の中から人形を取り出す。
 デッサンなどに使用される、球体関節の人形だ。
「喚起、応じよ式神」
 式神の術により、人形を式神に変える。
 グラルダのイメージによって形を成したその人形は、翼を持った、隻腕の女の姿をしていた。
「これがアタシの答え。アタシが選んだ形」
 全ては、記憶の中にある。
 グラルダの精神に反応して、式神が不敵な笑みを浮かべる。
 同じ表情だった。



 もしもやり直すことができるなら。
 確かに、最後の瞬間、そう思った。
 けれどそれは、自分の世界の代わりに、別の世界を滅ぼしたいということではない。
 ソア・ウェンボリスの覚醒によってパラミタに目覚めたレウは、困惑しつつも何とか周囲の状況を理解し、そして、エセルラキアと再会した。
「レウ? 君も此処に来ていたのか」
「はい。エセルもですか。
 こんなことになっているなんて……」
 互いに話は伝わっている。エセルラキアは頷いた。
 この世界は、今生きている人達のもの。
 未来を見据えてこれからを生きる者達の居場所を、過去の亡霊が不当に占拠することなどあってはならない。
 モクシャの滅亡は覆しようのない事実で、それをこんな形で覆そうとすることは、世界の理に反する行動だった。
「とにかく、イデアという男の策謀を阻止しなくてはならない。
 イデアに味方する者も少なくないらしい。
 この世界の者達は、彼等に干渉できないというから、その者達も駆逐しなくては。
 俺達にできることがあるとすれば、その辺だろう」
 エセルラキアは、てきぱきと状況を整理していく。
「君は休んでいろ」
 言われて、エース・ラグランツのパートナー、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は肩を竦める。
「軽い眩暈がするくらいだ、休むほどでは無いよ。
 我々この世界の者としても、この事態を看過するわけには行かないしね」

 エースが覚醒し、エセルラキアに変貌した後、メシエは試しにエースにテレパシーを送ってみたが、反応は何もなかった。
(覚醒すれば死ぬとイデアは言っていたが……やはり本当だったのか)
 死んだ相手とは、テレパシーはできない。

「私も、手伝います」
そう言って、レウはエセルラキアをじっと見つめた。
 その手に持つ彼の剣に、見覚えがある。
 佇むその姿が、とても懐かしかった。
「どうした?」
「……私、死ぬ時、後悔していました。色々なことを」
 レウは、そう言うと、エセルラキアに笑顔を見せる。
「でも、最後にまた会えて、よかった」
 エセルラキアは、少し驚いたような表情をし、それから微笑んだ。
「……そうだな。
 俺達がこの世界に復活したことは、不自然以外の何物でもないが、君の笑顔を見られただけで、甦った価値はあった」
 悲しい出来事から、滅多に笑顔を見せることをしなくなった、過去のレウを思い出す。
 滅びてしまった、あの世界で。


◇ ◇ ◇


 イデアは何処にいるのか。
 イルヴリーヒが騎士を率い、ルーナサズ周辺を捜索するが、中々見つからない。
 遅れて合流した小鳥遊美羽が、イデアの居場所について聞き回り、突き止めようと探す他は、契約者達は、イデアが現れるのを待っていた。
「後手に回ることになりそうだな……」
 弟からの連絡は無い。
 ルーナサズの城、街や龍王の卵を望む城壁の上で、ち、とイルダーナは舌打つ。
 今回は、イデアはわざわざ姿を見せてから龍王の卵を攻撃するような真似はしないだろう。最早囮の必要も無い。

「卵を割る際には、姿を現すのでは?」
 アマデウスが、イルダーナと同じ城壁の上から、龍王の卵を見つめる。
 卵の上で待とうかとも思ったが、やめておけ、とイルダーナが言って、共に此処にいた。
「どうだかな。
 現すとしたら、卵を割ってからじゃないかと俺は思うが」
「そうですわね……」
 アマデウスは周囲の光景を見渡す。
 結局、自分の世界を護ることはできなかった。
 自分の行動は、全て間違っていたのだろう。
 今度は正しい選択をしたい。ここが、自分の存在すべきではない見知らぬ世界だとしても、今度こそ護りたい。
「わたくしに、何ができるでしょうか」
「さあな」
 イルダーナは、そっけなく言う。
「……人生など、間違いばかりだ。いつも、いつも」
 二度と間違えない。そう思って、二度と間違えなかった者などいない。
 ええ、と、アマデウスは苦笑した。
「……そうですわね」


 そして。
 来た、とイルダーナは呟いた。素早く指で宙に十字を描く。
「永劫交わることなき天空と地の偉大な王よ」
 側にいたエメ・シェンノートは、はっと上空を見た。
 光の塊――巨大な魔力の塊が、上空から降って来る。
 あんなものが叩きつけられたら、卵はおろか、断崖を中心に、ルーナサズの街など丸ごと巻き込まれてこの一帯はクレーターになってしまう、と、ぞっとしてイルダーナを見た。
「我が前にて互いの手を取り不破の盾と成せ!」

 龍王の卵の上に、トゥレンが『書』を手に立っていた。
 上空の魔力を感じ、『書』を開く。
 噴き上がる魔力の塊が、上空で落下してくる魔力の塊と激突した。
 恐ろしい反動が周囲へ弾け、衝撃波が広がり、ルーナサズの上空を覆う、イルダーナの魔法防御の上を滑る。
 圧風に身体を支えられず、エメとアマデウスは身を低くして、何とかその場に留まった。


 息も出来ない、押し潰されるようなプレッシャーがやがて薄まり、鬼院尋人は顔を上げた。
 トゥレンがうずくまっている。慌てて駆け寄った。
「トゥレン!」
 近くに『書』が無い。使い果たして消滅したか。
「大丈夫か、トゥレン!?」
「うー、頭痛ぇ……。ちょっと休ませて」
 元に戻っている。尋人はほっと安堵し、卵岩から周囲を見渡した。
 イルダーナの防御外にある森が一部なくなっているが、街は無事のようだ。
「よかった……」
 とりあえず、守りきった。



 一方、この一連の事件に最初から関わってきたリンネに、何らかの形で決着をつけさせてあげたい、と博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)は思っていた。
「行きましょう、リンネさん。
 この世界を護る為に、イデアを止めなくては」
 リンネと、リンネの存在するこの世界を愛している。
 世界に息づく、全ての美しいもの、そして何よりもリンネを護る為に。
「うんっ」
 差し伸べられた手を、リンネは取る。そして、あのね、と考えていたことを言った。
「ウラノスドラゴンを召還させるには、フラガラッハが必要なわけだよね。
 つまり、杖を取り戻せば、召還できない、ってことだよね。
 イデアが『書』も持ってフラガラッハも持ってる、ってことは無いと思うんだ。
 きっと違う仲間が持ってるんじゃないかなって」
 成程、『書』とフラガラッハは別の人間が別行動で持っている可能性が高い。
 前にフラガラッハで龍を召喚して来たのも、イデアとは別の者だった。
「恐らく、杖の防衛は厳しいと思いますよ」
「でも、取り戻さなきゃ! 誰もできないなら、リンネちゃんがやるよ!」
「手伝います。リンネさんならできますよ」
 活躍したい、そう思うのは、役に立ちたい、と思うことだ。
 そう思うリンネを、博季は手伝いたいと思っていた。
 そして、そんな彼女を護るのは、自分の義務だ。

 魔術師は数人の戦士と共に潜んでいたが、リンネの作戦を知ったイルダーナが地図を開き、何ヶ所かの位置を見当付けたそのひとつで発見した。
 博季はあえて大技を仕掛け、魔術師に攻撃する。
 そして迎え撃つ魔術師の背後から、リンネが飛び掛かった。
 戦士達には構わず、まっすぐ魔術師に突っ込む。魔術師はすかさず杖を向けた。
「させません!」
 そこへ、更に博季が後方から攻め込む。
 はっとした魔術師の隙をついて、リンネが杖を掴んだ。
「おのれっ……」
「きゃあっ……」
 既に魔力が発動されようとしていた杖に触れ、リンネの身体に反動が来た。
 強い魔力だ。杖を離せば暴発しかねない、そう思い、リンネはしっかりと杖を掴む。
「リンネさん!」
 魔術師を押さえ込みながら、博季が叫んだ。
 リンネはその声に博季を見たが、杖を両手で抱えて離そうとはしなかった。
「うううーっ!」
 その背後から、誰かがリンネを抱え込む。
 杖を握る手にびくりとしたが、その手はリンネの手を包み込んだ。
「魔力を抑えつけないで。受け流して解放するんです。上へ」
 イルヴリーヒの言葉に従って、リンネは杖の魔力を解放する。
 負荷がなくなり、ほっと座り込んだ。
「見事です」
 イルヴリーヒは微笑んで、駆け寄る博季に場所を譲る。
「大丈夫ですか」
「うん。ちょっと立てないけど、ヘーキ。ありがと、博季くん」
 リンネは博季に満面の笑みで礼を言った。
「あ、これ。取り戻したよ!」
 そして握り締めていた杖を、にっこり笑ってイルヴリーヒに渡した。