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リアクション
【4】
第9地区沖合には所属不明の潜水艇が沈んでいる。
以前、教団の巡回艇によって撃沈されたのだが、サルベージ調査の命令を教団が出していないため、今日に至るまで放置されていたものだ。
海底に散乱する”G”の刻印がなされたシルバーメタルの巨大コンテナを回収にするため、サルベージ船からブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)とフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)、狩生乱世とリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が派遣された。
「まだ人間が水中作業をしてるなんて、未来もあまり進歩してないんですね……」
不格好な潜水服に息苦しさを感じ、フェルはポツリと言った。
「野蛮な集団が支配している町だもの。大して発展してなくても不思議じゃないわ」
「その野蛮な連中に喧嘩ふっかけた奴が言えたことかよ」
唇をとがらせるリカインに、乱世は呆れた視線を向けた。
「まぁこれだけ色んなもんが沈んでる海だ。レーダーだけでモノを判別するのは難しいんだろ。結局、最終的にはなんでも人の力でやるしかねぇってこった」
「未来なのに前時代的だねぇ」
ぐふふ、とブルタは笑った。
ウォータブリージングリングとダークビジョンによる暗視能力で、彼は海中でも快適に活動出来る。魚のように素早く動き、潜水メンバーを先導して進む。
「さて、例のコンテナはどこかな?」
「……調べます」
フェルはディメンションサイトで海底の地形を探った。
「ん……左に300mぐらいの所にそれっぽいコンテナがある感じ」
彼女の言うポイントに行くと確かにコンテナがあった。
四人は船から降ろされるクレーンにコンテナを固定する。海面に上がっていくコンテナを見送り、次のコンテナを探しに移動する。
その途中、海京市街の面影を残す区画に、リカインはあるものを見つけた。
「……何かしら?」
結構大きめの動物の骨だった。
散乱する装備に見覚えがある。ワイヤクローにショルダーキャノン……。
「ま、まさか……」
彼女の飼っていた恐竜キャロリーヌのものだ。イコンと違って生き物である彼女は時の流れに勝てなかったのだろう。
リカインは変わり果てた愛竜に手を合わせ、そして供養にと装備を持ち帰った。
サルベージ船の甲板に引き上げられたコンテナが並んだ。
溶接された金属蓋を開けて、収められた装置を取り出し、中身の確認をしていく。
確認作業には、十七夜 リオ(かなき・りお)も加わっている。
「なるほどね。ここの連結部がここに繋がって……ふむふむ、するとここは……」
「これは何の装置なの……?」
海から戻ったフェルは潜水服を脱ぎながら尋ねた。
「一種の”バリアフィールド発生装置”だね」
「バリア?」
「グランガクインの大きさから考えると敵の攻撃は全部受ける形になる。機体周囲に張るバリアフィールド発生装置は巨大兵器には必須の防衛手段なんだ」
装置に特務隊から借りたPCを接続しスペックを調べる。
機晶タキオンエネルギーという、リオの世界にはまだ存在しない未知のエネルギーを元に展開されるバリアは凄まじい出力だった。出力の調整、及び発生箇所の調整も可能。
ただし、使用ごとに装置の冷却が必要なため短時間での連続使用は不可、また同時に2カ所には展開出来ないようだ。
「任意の場所にバリアを展開することが出来るなら、戦術の幅も広がりそうだね」
バリアの中に敵を閉じ込めることも、大規模攻撃で周囲に被害が広がらないようにすることも、またバリアで攻撃範囲を絞れれば威力を収束させることも可能だろう。
それにこのスペックなら、教団の使うシャドウレイヤーに対してアンチフィールドを張ることも出来そうだ。
「なるほど。対シャドウレイヤーフィールドね……」
リオは考えた。
「なら名前は、”P(パワーが)T(低下しても)A(諦めんな!)フィールド”だな!」
「……そのネーミングセンスはどうかと思いますけど」
フェルは冷ややかな視線送った。
二人のとなりでは、乱世がサルベージされたユニットの確認をしていた。
こっちのコンテナにあったのは、その名も”火事場のガクインブースター”。
発動させると一定時間ジェネレーター出力を大幅に上昇させることの出来るパワーブースターの一種だ。
ただ、瞬間の爆発力は得られる反面、使用後は一定時間出力が半減してしまうデメリットもある。
「海京の戦力が瓦解しちまうほど敵の力は凄まじい。こっちも相応の力で挑まねぇとな」
そこに、ブルタの鼻歌が聞こえてきた。
彼はコンテナから回収した身体のラインを強調する黒のラバースーツを並べている。
「巨大ロボのパイロットスーツは密着型のラバースーツじゃないとね。ラインのはっきり出た女の子ボディラインは最高だもの。もじもじ恥ずかしがる姿なんてたまらないなぁ。ほんと伝統には感謝しなくちゃいけないよね。こんな素敵な文化を作ってくれてさ」
それから海底で拾った貞操帯にラブセンサーを組み込み始めた。
大文字博士はパイロットの精神を機体にフィードバックさせるシステムを研究していた。それは意志の強さ、魂の強さをパワーに換えるものだが、その技術を応用すれば、パイロットの羞恥心を機体にフィードバックすることも可能ではないか、とブルタは考えた。
襲いかかる恥ずかしさをパワーに。負を正に……いや、性を生に換える画期的な装置だ。
「辱めが世界を救う原動力になるなんて、ロマンチックだよね」
「どこがロマンチックだ、バカ!」
乱世は貞操帯とパイロットスーツを海に捨てた。
「な、なにをするんだ! キミが放り投げたのはボクらの希望なんだよ!?」
「うるせぇ、バカ! 死んでもこんなものは着ねぇ!」
軽く焼きを入れられて、ブルタは甲板に突っ伏した。
その時、床に小さな装置が落ちているのに気付いた。コンテナから落ちたのだろう。
黒と黄色の縞模様で縁取られ、硝子ケースに入ったスイッチ……たぶん”自爆装置”だ。
「……へぇ。大文字博士は漢の浪漫をわかってる人なんだね」
ブルタはぐふふ、と笑った。
時々、手段が目的になってしまう人がいる。
及川翠もそういう子で、イコンやユニット以外の使えるアイテムのサルベージに行ったはずが、サルベージ夢中になっている間に、使えるアイテムのサルベージをするという目的の”使える”の部分だけ海の底に忘れてきてしまった。
困ったのはサルベージ品の仕分け担当のミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)と柊 唯依(ひいらぎ・ゆい)だ。
何せ、拾ってくるもののほとんどがガラクタかワカメなのだからたまったものではない。
「ガラクタばっかり! 私はガラクタとワカメの仕分けにきたんじゃないぞ!」
「……なんかその、空気の読めない子でごめんなさい」
その時、翠がサルベージから帰ってきた。
「ただいまなの! また、サルベージしてきたのーーっ!」
「……今度は何を拾ってきたの?」
ミリアは回収された旧海京時代のコンテナの中をあらためる。
中には大量の魚の缶詰。恐ろしいことにパンパンに膨れ上がったものだ。
「えへへん! お昼ごはんゲットなの! みんなで食べようなの♪」
「あ、待っ……」
無邪気に缶詰を開けた瞬間、凄まじい悪臭がサルベージ船を包み込んだ。
23年の間に、缶詰は芳醇の時(詩的表現)を迎えていたようで、甲板は地獄と化した。
「いい加減にしろ!」
唯依は翠を叱った。
「さっきからガラクタばかり拾ってきて。仕分けするほうの身にもなってみろ」
「でも、使えるものも拾って来てるの」
翠は、イコンの部品や装甲資材、壊れた武器の類い、弾薬などを指差す。
「その横を見てみろ」
そこには、使えるものの三倍はあるだろうガラクタと、一年分はあろうかというワカメの富士山がそびえ立っている。
「わー、ワカメすごい。ミネラル補給は万全だねぇ」
「今、ミネラルはいらん!!」
「……まぁまぁ。喧嘩してても進まないわ。今は作業に集中しましょう」
ミリアは仲裁に入る。
「しかし、アンドレッティ。もう甲板がガラクタとワカメでいっぱいだぞ」
「とりあえず、サルベージ品を修理に持っていってもらいましょうか」
その仕事の白羽の矢が立ったのは、佐藤 奏(さとう・かなで)とサリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)だった。
「そう言うことでしたら、まーかせてください。じゃあ、私が使えるもの担当になります」
「だめ!」
奏が立候補すると、音速でミリアが止めた。
「はうう……瞬殺。な、なんでだめなんですかぁ?」
「だめったらだめ。奏は使えないもの以外触っちゃだめ。禁止。絶対にだめだから」
「そんなぁ……」
「……というわけだから、サリア。お願い出来る?」
「うん。わかった。この部品を整備ドックのある船に届ければいいんだよね」
サリアは船のクレーンを手際よく操作して、運搬用の小型船に荷物を奇麗に並べていく。
「……わ、私だって」
奏もクレーンを操作して缶詰のコンテナを小型船に乗せようとする。
けれど、操作レバーを握った手が”案の定”滑った。クレーンはフルスイング。更に最悪なことにこぼれた缶詰が奏の顔面を直撃した。
「はわわわ! く、臭いですぅ! ちょっと汁が漏れてきましたぁ!」
「お前は一人で何をやってるんだ……」
全力で行われるひとり相撲に、唯依は心の底から呆れた。
「絶対ヘマすると思ってこっちに回したけど、こっちでもアレなのね……」
「はうう! 誰か止めてくださいーーっ!!」
尚も暴れるクレーンから、翠は慌てて逃げる。
あ! と思ったその時、懐から”不可思議な籠”が転がり落ちた。
「……蓋が取れちゃった……」
中には”この街で目指すべき場所”と書いた紙を入れてある。
拾い上げた紙にはこう書いてあった、”グランツミレニアム第6地区・守護者の聖堂最下層”と。
「守護者の聖堂……?」
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