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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)
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【思惑は錯綜し激突す】





 世界樹ユグドラシルの中で、事態が動こうとしている頃、メガネにスーツ姿をし、記者然とオケアノスのグランツ教教会へと訪れたクナイ・アヤシ(くない・あやし)は、すっかりボランティアの一員として、掃除を終えた後のお茶会に勤しんでいた北都を案内役に、教会の説明をしていた男の部屋へと向っていた。
「そんな所じゃないかとは思っていましたが……」
 他に誰もいないのを確認し、やや呆れたような息を漏らすクナイに、北都は誤魔化すように目を逸らしながら「ちゃんと話は聞いてきたよ」と反論した。
「だけど、みんな反応は大体同じだね。特にここの信者さんたちは、超国家神が大陸を救ってくれるから、って他のことはあんまり関心が無いみたいだし」
 おかげで大した情報はなかったようで、クナイはそれをこの教会の上役に確認するつもりだったのだが、教会の奥まった場所にある部屋の前に辿り着いた二人を待っていたのは、予想外の事態だった。
「……あれ、誰だろう」
 ドアについた僅かな覗きから垣間見えたのは、体型が判らないほど幾重にも体をローブで覆い隠した人物だった。信者と言うにはそのローブは豪奢なもので、不在だった神官かな、と北都が首を傾げていると、一人しか見えない部屋から、会話のような声が漏れてきた。
「こちらは上手くいっている……あれの……が、王になれば、また一つ、駒が揃う」
 着込んだローブが口元まで覆っているのか、くぐもった声からも性別が判り辛い。気付かれないようにそっと聞き耳を立てていると「信者たちも、協力的だ」と、やはり独り言とは思えない言葉が続いた。
「あれは人の動かし方が上手い……も、どちらが操られて……か、判るまい」
 あれ、が誰を指しているのかは判らないが、この場所でこんな言葉が出てきている以上、グランツ教は何らかの形でこの皇位継承問題に噛んでいる事は間違いない。そしてそんなグランツ教への支援がはっきりしているラヴェルデもそうだ。更に情報を得ようと耳を澄ましていると、もう一人の方の声の聞こえない中、ローブの人物がふと首を振った。
「問題は無い……目的は一致している。疑う者はなかろう……今の、所は」
 どうも話の風向きが可笑しいのに、二人は顔を見合わせた。グランツ教の神官と思しき人物の口ぶりは、まるで誰かを、それもグランツ教の人間を騙そうとしているかのようだ。教会内部の内輪揉めか、あるいは、と北都達が考えをめぐらせていると、そんな二人の気配に付いた様子も無く、ローブの人物は続ける。
「奴等の目標は、我々の経過点……足並みは揃っている方が、事は早く済む。いずれにせよ……」
『そう、パラミタは滅ぶ……我々はただ歯車を回せば良い……』
 その言葉を引き取ったのは、地の底を震わせたような、ぞわぞわと低く背中に響く響きの声だった。その途端に周囲が寒気がするほと冷たい空気に変わったのに、二人が顔を強張らせていると、その声は続けた。
『だが望んだ通りに回すためには……判っているな、オーソン?』
「全ての手筈は済んでいる。最早どう転ぼうと……ユグドラシルは下るだろう、アールキング」






「……違う、というのは、どういうことです?」
「そのままの意味だよ」
 その会話は、選帝の儀が行われるより前に遡る。呼雪達が、オルクス・ナッシングと共にラヴェルデの私室を訪ねていた時のことだ。ほんの少し、戸惑ったように堅くなった呼雪の声に、ラヴェルデはうっすらと笑い、どこか興奮したような様子のまま、声を潜めて続けた。
「君自身が口にしたではないか。我々は、過ちを犯しているのだと、な。グランツ教の目指すところは、その過ちの延長に過ぎん」
 統一国家神がパラミタを統一すれば、パラミタの崩壊は止められる、というのがグランツ教の教義だ。それが過ちの延長である、ということは、と思い当たったところで、呼雪は背中に冷たいものが走るのを隠すように「あの方は」と先を促した。
「あの方は、真にこの世界を統べられる王となる。いまだ終わりを拒む偽りの世界を、正しき世界へ導いてくださるのだ」
 詩でも読むかのような物言いのラヴェルデの言葉に、嘘はない。頭の中で人物の相関図を描いていきながら「では」と呼雪は更に問いを重ねた。
「何故、グランツ教に便宜を図っておいでだったのですか?」
 思想が相容れないなら、手を組むのも可笑しいのではないか。そう言外に含む問いに、ラヴェルデはにまりと口元を笑みにして、商人のような顔で「損得の一致だよ」と返した。
「我々の目指すところは違うが、そこに至る道筋は似ている。それならば、下手に足を引っ張り合うより、手を組むほうが得策ではないか……勿論、あちらは利用していると思っているようだがね」
 そう思わせるように仕向けたのもラヴェルデの手腕なのだろうが、気付かれている可能性も、ラヴェルデの視野にはあるらしい。その上で、最後は自分達が先んじるだろう、と確信しているようだ。
「滅びの道は止められん。この国もヴァジラのものとなり、それはそのままあの方の……真の王のものとなるのだよ」
 その瞬間が待ち遠しい、と言わんばかりだったが、同時に苛立ちと焦りの芽もまだ残っているのだろう。不意に顔を顰めたラヴェルデは「だが、君の言うとおり、それを拒むものがいる。運命に抗うものがいる」と唸って、呼雪の傍にいたオルクス・ナッシングへとちらりと視線を向けた。
「あの方の道に、少しの障害も許されん。あの小僧を……排除せねばならん。貴様も判っておろう、ナッシング」
「……我は、オルクス……オルクス・ナッシングだ」
 だが、オルクスはそれには否定するような調子で首を振った。ラヴェルデが訝しがるのに構わず、オルクスは続けて手の平を翳して見せた。
「ナッシング……は、力、のしもべ……我は……オルクス。”そこ”から外れ、我は、我となる……」
 そう言い残すと、困惑に言葉を失った面々を残して、オルクス・ナッシングはすっとその姿を消してしまったのだった。




「あの方……真の王……別人を指すとは思えないな」
 ラヴェルデと共にユグドラシルに来た後、選帝の間の前で待機していた呼雪は、軽く眉を潜めながら、真の王を名乗ったアールキングのこと、そして気になる物言いを残していったオルクス・ナッシングの言動を思い返していた。そんな思考の海に沈んでいた呼雪に、ヘルは肩を寄せて、その目線を促した。その先では、内部の様子を盗聴しているクローディスが、厳しい表情を浮かべている。
「……どうやら、中で何かが動いたようだな」
 その言葉を肯定するように、扉を警護するように固まっていた教導団の面々に、氏無は目を合わせず、限りなく潜めた声で「不味いねぇ」と漏らした。
「奴さん、相当焦ってるみたいだよ」
 いまだに到着する様子が無いティアラの事に合わせて、選帝の間では、口論とまでは行かないが、セルウスの扱いについて意見が違えているようだ。その原因は、帝国で流れている噂と、それに対する世論の反応である。
 荒野の王への不審な噂もあるため、セルウスを待つべきではないか、と言う意見もある一方で、それを渋る意見もある。荒野の王に力があるのは確かであり、セルウスはその生まれの事や、果たして本当に資質があるか、待つだけの価値があるかどうか、と言う点が不明だから、ということだ。
 今回の、急ぎすぎていると言っても良い、ラヴェルデからの選帝の儀の要請に他の選帝神達が応えたのは、ひとえに一刻も早い帝国の主を擁立させて欲しいと言う、帝国民の願い故だ。待つにしてもいつまでもというわけにはいかないだろう、と言う結論が出るまで、そう時間はかからなかった。アスコルド大帝の崩御から、随分時間は経っている。儀式は今更中止にするわけにもいかない上、ティアラの票もほぼ決まったも同然である。二名を除いても過半数は揃えられる以上、待てるのは儀式が完全に終わるまで、ということに落ち着いたのである。条件は厳しいが、秘宝は中へ持ち込まれており、その資質を見極めるチャンスを与えるつもりはあるようだ。
「本当に資質があるのなら、間に合うはず……ってところかねぇ?」
 氏無は僅かに苦笑した。
 エリュシオンの皇帝は、選帝神によって選ばれ、世界樹ユグドラシルが承認することによって即位する。
 最終的な権限はユグドラシルが持つため、選帝神が行っているのは実際には「皇帝に相応しいと思われる人物を選ぶ」ことである。奇しくもティアラが言っていたように、何が皇帝に相応しいと思うかは、個人やその時代によって違うものだ。それ故に選帝神の、過半数が今のエリュシオンに必要な存在であると認めた者を、ユグドラシルは彼らの判断を汲んで、皇帝として承認するのである。
 そう説明する氏無に、随分と詳しいですね、と探るように白竜が目線を向けた。連絡を取り合っている天音が、この案件について氏無の上司と、エリュシオンの上層部とが繋がっているのでは、と気にしているためだが、氏無はにっこと笑って「一般教養だよ」とはぐらかした。
 そうしている間にも、扉の向こうでは、着々と儀式の準備が進みつつある。白竜が漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)からの連絡を受け取って視線を送り、それを受けたクローディスが、時計を窺うような動作をしたのを合図に、さりげなく教導団員たちがその配置を完了させるのを待って、酷くゆっくりとした動作で氏無は組んでいた腕を解いて、わざとらしくクローディスの傍へと寄りかかった。
「だから、くっつくなと言うのに……」
 言いかけた言葉は、途中で途切れた。氏無の腕がクローディスを引っ張ると、片足を踏み込ませた。
「……ッ!」
 ガギッと、鈍い音と共に火花が散る。咄嗟に選帝の間を庇うようにして飛び出したローザの銃と、氏無の抜き放った刀が、ぎちぎちと鍔競り合って音を立てた。
「何を……ッ」
 ぶつかった勢いに押されて、扉に押し付けられる形のローザが、その隻眼で氏無を睨みつけたが、それに構わず、氏無は二撃目の体勢に入っていた。色めきたったジャジラッド達の接近は、ローザが氏無を狙ったに見せかけた流れ弾が邪魔になって一瞬、遅れた。放たれた氏無の二撃目は、ローザの体をギリギリ避けて扉の金具を破壊し、そのまま体当たりするように氏無たちは選帝神の間へとなだれ込んだのだった。


 そこは、樹に飲み込まれた円形の神殿のような空間だった。天井の高い円形闘技場にも似た、段差の最上段では、それぞれの紋章の下に選帝神たちが立ち、既に儀式は始まろうとしていたらしく、裁判官のように中央の荒野の王を見下ろしていたが、突然の侵入者にその視線が一斉に扉へと向けられた。
「何事だ!」
 鋭い声を上げたのは、ラミナ・クロスだ。体当たりで吹き飛ばされた、ように転がりこんだローザが体を起こしつつ「申し訳ありませんっ」とそれに返す。
「直ぐに排除します……っ」
「それは困るねぇ」
 武器を構えたローザの緊張に触発されるように、続けて突入した面々の間で警戒の膨れ上がった中で、氏無はのんびりと言ってクローディスを引き寄せるとその刀を喉元へ寄せたのに、飛び掛ろうとした一同が眉を寄せた。
「動かないでもらえるかなぁ。神聖な場所を、血で穢したくはないでしょ?」
 そう言って牽制する氏無に対して、さりげなく荒野の王を庇うようにして前へ出た鉄心は、表情を険しくした。
「気でも狂ったんですか!?」
 糾弾する声に、氏無は「やだなあ、最初から正気だよぉ」と笑みを深める。
「待っていたのさ。儀式が始まって、お歴々が指一本手出しが出来なくなる、この瞬間をね」
 そう言って、大袈裟に肩を竦めて見せながら氏無は続けた。
「大体、君らも教導団のお偉いさんも、まどろっこしいったらありゃしない。シャンバラにとって最も都合がいいのは、このまま空座が続くことじゃあないか。国同士の仲良しこよしなんてなぁね、どっちか一方が圧倒的に優位だからこそ成り立つんだよ」
 飛び込むことを躊躇する様子の龍騎士団、そして、じりじりと距離を詰めるルカルカと、一部始終にカメラを回す理王をくるりと見回し、氏無は尚も続ける。
「まあしかし、君らはいい働きをしてくれたよ。皆がセルウスに注意を集めてくれたおかげで、ボクのマークは外れてくれたし、団員じゃないと疑う相手も、無いに等しかったからねぇ」
 後は、此処を台無しにしてしまえば良い、と口にした次の瞬間。パンッという高い音と共に閃光が弾けた。クローディスが目晦ましの花火を弾けさせたのだ。同時、それに眩んだふりをした氏無の手がクローディスを押し、ルカルカは氏無に向って、白竜はその背をあわせるようにして飛び出していた。
 ギィンッ、と重たい金属音と共に火花が弾け、再び間合いを取ったルカルカが、得物を構えて氏無に向かい合う。
「武器を下ろしなさい、教導団を騙るテロリスト。国賊として逮捕します」
 ダリルを従えて冷たく言ったが、氏無の構えは解けない。
「嫌だといったら?」
「力尽くでも!」
  一気に膨れ上がった剣呑な気配に、荒野の王へ出ようとするのを、鉄心が制した。
「テロリストは、教導団が生け捕りにする……任せて頂きたい」
 言いながら、それに、と鉄心はちらりと視線を後方へ向けた。
「ブリアレオスでは加減も効き難いでしょう? この場を血で穢せば、あの男の思う壺です」
「ふん……」
 その言葉に、荒野の王は鼻を鳴らすと、お手並み拝見とばかりに腕を込んで、その場を譲るように一歩引いた。
 
 そんな様子を、やや離れた位置から眺めつつ、クローディスはふう、と息をついた。
 氏無の手から逃げ、理王たちに保護された、という体裁を整えるためにそれらしくしているが、実質理王の突撃ビデオ撮影のための死角を作っているようなものだ。
「アレって本当に演技なのか」
 カメラを回す理王のサポートをしながら、桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)が思わず呟いた。レンズ越しでは、ルカルカと氏無が激しい剣戟の真っ最中だ。それ以外の戦力は、互いが牽制しあっている状態だ。軽く打ち合わせはしてあるものの、はた見からはテロリストとその制圧中の教導団員、にしか見えない。
 それにしても、飛び交うセリフといい態度といい、なかなかに皆、ノリノリである。
「まあでも、ちょっとのことだろうしね」
 こちらの音声が入らないように気をつけながら、理王が呟いた。月夜が白竜へ送ってきたのは、セルウス達の現在地だ。残る距離はさほどない。あとは、彼らが立ち塞がる者たちを越えて、辿り着けるかどうかだ。
「荒野の王は、気付いたんじゃないかな……セルウスが、もう、すぐ傍まで来てるって」
 密かに向けられるカメラの向こうでは、荒野の王が静かな敵意を、そこに何かがあると確信した目線で向けながら、口元を引き上げていた。
 対決の時がもうすぐだ、とでも言うように。