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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)
【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回) 【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第4回/全4回)

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【疾走:ユグドラシル】





「……大丈夫か?」

 ドミトリエが微妙な顔で言うのに、各々微妙な顔で頷いた。怪我がある者はなかったが、乗り物が苦手な人間には特に厳しかったと見えて、ディミトリアスは若干目を回しているような有様だ。
「エカテリーナのメカって、いつも面白いよね!」
 無邪気に喜んでいるのはセルウスぐらいのものだ。とはいえ、そんな状況ではないことは流石に判っているのだろう。すぐに気を引き締めるようにぱしん、と頬を叩いて、暗い通路の壁にひたりと触れた。途端に、淡い光が床に当たる部分を照らして、道を映し出していく。仲間達どころか、キリアナも目を瞬かせている辺り、樹隷独自の能力なのだろう。
「ここから暫くは、オレたちの間で口伝しかされてない通路なんだ」
 普段は、世界樹内部のメンテナンスを行うための通路なのだそうだ。そのためか、下へ下へと降りていく間、敵の気配を感じることはなかった。特にエリュシオン国民にとっては、樹隷は神聖の存在であり、不可侵の民だ。お互いに出会わないで済むように、こうしてずっと互いの交わらない場所で暮らしてきたのだろう。
「ユグドラシルは広いけど……こうやって帰ってきたら、何か狭く感じちゃうなぁ」
 不思議だよね、と懐かしげに目を細めるセルウスの後をついて、進むこと暫く。複雑に入り組んだ通路の先が僅かに開け、セルウスは足を止めてぐっと顔を引き締めた。
「……こっから先は、”選帝の間”に繋がってる道だ」
 公に使われるような大きな道ではないが、知られざる、ということもない。その言葉に、キリアナも手の平を握り締めた。この先は、自身の同僚とぶつかる可能性が高い。複雑な心境に眉を寄せるキリアナの肩を、唯斗が無言のまま軽く叩いた。それで覚悟はついたのだろう、頷いたキリアナに頷き返し、セルウス達は通路を飛び出した。




「来ると思ってたわ、セルウス君」
 最初に立ちはだかったのは、嘗ては共に逃亡劇を繰り広げ、ジェルジンスクで捕まったはずの、リカインとシルフィスだった。とても合流するといった雰囲気ではない、その意外な相手にセルウスが目を瞬かせていると、リカインは視線を明後日へ向けた。
「だって……ねぇ? 捕まっちゃったし」
 しれっと言うが、セリフは棒読み、演技はばればれだ。後ろに控える龍騎士は、従騎士あわせて二人。揃ってやる気満々な様子で、ぱしん、とリカインは自らの拳を叩いた。どうやら本気相対するつもりらしいことがわかって、セルウスもどうして、と敢えて問うことはせずに剣を構えた。邪魔をするなら力ずくで、と心なしか苦くなったその目が語っていたが、リカインは一歩も退かず、寧ろ楽しんでいるかのように笑った。
「残念だけど、ここまでよ。運命の女神がどちらに微笑むか、試させてもらうわよ、セルウス!」
「そうはさせませんわよ!」
 そんなリカインに向かって、ずいっと前へ出たのは、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)だ。
「愛ある限り戦いましょう……命!燃え尽きるまで! 美少女剣士シュヴェルトリン!」
 正義のヒロイン然と、ばばっと決めポーズを決めたノートだが、美少女と言いつつその顔はバイザーで隠れている。没落したといえ、シャンバラの貴族が他国で暴れたとあっては外交問題に発展してしまうため、ということだが、望が彼女を見る目は生ぬるい。果たして、龍騎士は「貴様」と眉を寄せた。
「シャンバラの者が、我々に剣を向けるつもりか!?」
 びしっと剣を突きつけられて、ノートはびくうと思わず後退した。
「な、何故にバレたし!?」
「遺跡に大型飛行艇を突っ込んだ身で、その程度の変装でばれない方が不思議ですが」
 冷静な望のツッコミにうぐう、と唸ったが「ふっ。まあ良いのですわ」と直ぐに気を取り直すと、ノートは仁王立ちにリカイン達の前へ立ちはだかると、剣を構え直した。
「己の道を征く者を守るのも、『戦乙女の導き』というものですわ」
 いざ参る、とばかり剣を掲げて広げた翼が、瞬いたかと思った瞬間。光が走ったかという程の速度で、ノートの剣が龍騎士に肉薄した。剣と剣の交わって擦れる金属音の尾を響かせ、従騎士の接近を望が抑える間にノートは追撃に身を翻したが、そこへリカインの咆哮が空気を振るわせた。ただの音ではなく、歌姫の放つ声は武器だ。びりびりと空気を揺るがすその声は、龍騎士までも動きを鈍らせた。
「この狭さで、歌姫の攻撃は厄介ですね」
 固まっていると危険だ、と望が眉を寄せるのに、ノートは怯まずリカインの懐近くまで飛び込んで龍騎士と剣を交えさせ、ぎりぎりと押し込みながら首だけを振り返らせた。
「ここは任せて、お行きなさいセルウス!」
 そうは言われても、躊躇う様子のセルウスに、構いません、と望が銃で接近を牽制しながら続ける。
「もたもたしている暇もありませんよ。折角の祝砲を無駄にしないでくださいね」
 その言葉に、後ろを任せる形でセルウス達は走り出した。のだが。
「頼んだわよ!」
 と、何故かその殿で走っているのは、シルフィスだ。彼女にとっては、先日のジェルジンスクでは単にイコンを倒したかったから戦っただけで、捕まったことに対しても原因が自分だという反省も自覚も特に無く。選定の儀に遅れたのだという候補と選定神がいるのなら、それを送り届けるのは人として大事なことだ、とドヤ顔である。
 当然、突然の裏切り行為に顔色を変えた龍騎士が「どう言う事だ」といぶかしみと共に振り返ったが、そのままリカインの浮かべている壮絶な笑みに硬直した。
「お、おい……待て」
「……フィス姉さん……」
 止めようとする龍騎士の声も聞こえていない様子で、一音一音を区切るような声に、シルフィスがびくっと背中を強張らせて振り返り、身構えたが、遅かった。
「反省しろ……!」 
 一声。放たれた滅技・龍気砲が、ノートを龍騎士と共々弾き飛ばし、真っ直ぐにセルウス一行の背中――の、殿のシルフィスに向かって直進してくる。とっさに アブソリュート・ゼロで氷の盾を作り出したものの、殺しきれない威力はシルフィスまでも吹き飛ばしたのだった。
「……こ、これ……って、どういうことに、なりますの……?」
 めこっと音を立てて壁にめり込んだシルフィス同様に、力を出し切ってぱったり倒れるリカインを見やり、よろめく体を支えられながらのノートの言葉に、望みはさっくりと「さあ」と首を傾げた。
「結果オーライと言うことではないでしょうか」





「……大丈夫かなあ」

 結局、ぶっ倒れたリカイン達を龍騎士と一緒に置いてくることになってしまったのに、心配げにセルウスが言ったが、皆は微妙な顔だ。結果的に助けられた、ということになるのだろうが、手放しで喜んでいいのかは謎である。
「気にすることはないと思いますよ。双方、本望でしょう」
 ノートを金糸雀に乗せた望みはしれっとしたものだ。いずれにしろ、今は自分達の身の心配が最優先である。リカイン達が盛大にやってくれたおかげで、騎士達の警戒はとりあえずリカイン達の辺りに向かっているのか、駆けているセルウス達の前に障害になるような存在は、今のところ現れていない。詩穂は、青白磁の背中を窺った。
「乗り心地は悪くありませんか?」
「なかなか新鮮じゃの」
 その問いに、背負われて揺れるノヴゴルドは笑った。見た目は高齢ではあるが、足腰の弱そうなところが一切無い老人である。普段誰かに背負われるまでも無く、自分で動いていると判る体躯だ。「でしょうな」とシグルズも軽く笑った。大人しく背負われているのは、契約者と一緒になって走るには、流石に早さと体力が追いつかないとわかっているからだ。とはいえ、大人一人分を背負って走るのも体力を使う。「そろそろ交代しよう」とシグルズが声をかけ、応えるように青白磁がひょい、と膝を曲げた、その時だ。
 びゅうッ、と唐突に天井から人ごと降って来た剣が、シグルズの肩口に鈍い音を立てて直撃した。ノヴゴルドを狙った一撃だったのが、青白磁が偶然姿勢を下げたことで襲撃者のしかけたトラップ発動の目測を誤ったのだ。深々と剣先の食い込むその激痛にたたらを踏みつつもシグルズはにっと、狙い通りだとばかりに笑って大剣を払い、襲撃者の体を吹き飛ばした。
「テロリスト……っ」
 次の瞬間には、皆構えを取ったが、その隙間。まるで初撃が失敗すると踏んでいたかのようなタイミングで、その吹き飛ばされた人物の裏から、するりと闇が抜け出るように飛び出す影が一つ。地面を這うように一息に接近し、振り上げられた短剣はあやまたずノヴゴルドの喉下を狙っていたが、同じように飛び込んだ影の短剣が、それをガキンッと受け止めた。身を隠して同行していた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)だ。トラップを使って消されていた殺気が、直前になって漏れ出たことで反応が間に合ったのだ。続く二撃目を入れようとした影に、アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が氷術を横合いから放つ。
「せっちゃん!」
 合図して、続けざま雷術を放ったが、影の方が一瞬早かった。ぶつかった刀の勢いを使って高く飛んでいた影は、天井を蹴って後方へと一旦離れる。ジェルジンスクでノヴゴルドを狙った少女だ。
「……どうしてこう、邪魔をしてくれるのカシラ?」
 肩を竦める仕草は幼いが、目は暗く笑っていない。
「まぁでも、ワタシの秘蔵っ子の攻撃を避けたのは、褒めてあげてもいいカシラ」
 避けた、とは微妙に言いがたい状況ではあるが、それが狙ってのことだと少女は感じたようだ。果たして、剣を杖代わりに体を支え、尚もノヴゴルドを庇うシグルズは不敵に笑った。
「何、君の上司の力を逆手に取らせてもらっただけだ」
 ラヴェルデの持つ能力、他人の運気を自らに巻き込むそれで、『戦では常勝不敗だったが、暗殺により死んだ』という自身の因果を敢えて巻き込むことによって、暗殺を受ける側の運を引き込んだのだ。
「どうせ、そんなところだと思っていましたよ」
 アルツールがグレーターヒールをシグルズにかけながら呆れたように息を漏らした。とは言え、言葉を交わしていられたのはそれが最後だ。こちらも呆れたように肩を竦めて見せた少女が、その動きの中で袖口からダガーを取り出して、振りかぶる動作で刹那達に向かって投擲した。ヒュウ、と空を切るダガーをそれぞれが最小限の動きでかわしたが、それに意識をやる一瞬を狙っていたのか、少女自身が既に飛び込んでいる。だがその振りかぶった短剣は、ガキッと言う音と共に白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)の斬撃天帝によって受け止められた。
「……また、アナタ……本当、厄介な男ネ」
 少女がちっと舌打ちして飛び離れるのに、びゅっと剣先を向けた竜造はにいっと口の端を上げた。
「こないだは殺し損ねたからな……今度こそ、あの世へ送ってやるよ」
 その言葉に構えを直す少女に、回復したシグルズや刹那も構え直したが、竜造は剣を払ってそれを留めた。
「とっとと先行け」
「だが……」
 一人では、と言いかけた煉に、竜造は煩そうに舌打ちして「邪魔だ」と吐き捨てた。
「それとも先に斬られてぇのかよ?」
 挑発的な物言いに煉は顔を顰めたが、行きましょう、詩穂が踵を返した。
「私達の目的は、ノヴゴルド様とセルウスさんを、一刻も早く選帝の間へお送りすることです……!」
「……そうじゃの」
 ノヴゴルドの言葉に、詩穂と青白磁が頷いて駆け出し、セルウスも直ぐに後を追った。刹那はまだ引っかかりを残した様子ではあったが、元々の役目はノヴゴルドの任務だ。離れるのは望ましくない。「せっちゃん」と自分を呼ぶアルミナの言葉にやはり踵を返したのだった。
 当然その後を追おうとするかと思われた少女だったが、焦った様子も無く短剣を構えたまま首を傾げた。
「良いのカシラ?」
「何がだよ」
 竜造が眉を寄せた瞬間、少女の背後からするっと複数の影が動いてセルウス達の駆け出した後を追いかけていく。少女の配下のテロリスト達だろう。だが竜造は構うことなく剣先を少女につきつけたままだ。その反応も予想の範疇だったのだろうが、少女は今度こそ本当に肩を竦めたようだった。
「……少しは追いかける素振り位、して欲しいワネ」
 言いながら、低く低く構えを直した少女は「まぁイイワ」と口の端に僅かに笑みを浮かべた。

「今度こそ、殺していけばイイだけ……ダモノ」






 竜造と少女から離れること暫く、どさくさで少女の飛ばしたダガーを拾っていたリーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)は、僅かに眉を寄せた。選帝神を狙った割りに変哲の無いダガーのようだ。ディミトリアスが言うには「使い捨て、というものだろう」とのことだ。神を殺すために力を与えられていたのだろうが、投擲武器だ。後々証拠として残らないためにそうしているのだろう、暗殺者らしい周到さである。とはいえ、手がかりとして無意味ではない。
「力が消えても痕跡は残る。調べてみる価値はあるだろうな」
 そんなことを話している傍ら「ふっふっふ」と不気味に笑いを漏らしていたのは、マリーだ。
「やはり現れましたな、ワテのファンが! 此処は任せて先に行け! 確かに聞きましたぞ!」
「絶対空耳だと思うよマリちゃん」
 狙い通り、と言わんばかりのマリーに、すかさずカナリーが突っ込みを入れたが、必殺聞こえないフリでさっくりと話題を変え、青白磁に背負われるノヴゴルドと、その背中を守るように後方を警戒しつつ進むシグルズとを交互に見やって、マリーは悔しげに眉を寄せた。
「しかし、貴重なチャンスを逃してしまったであります。次こそは……!」
「次を待つのはどうかと思うが……フ」
 マリーの狙いを知っている道満がボソボソっとツッコミを入れた。だが、思いのほか、そのチャンスはすぐ傍らまで近付いていたのだ。相変わらず影に隠れるようにして併走していた刹那が、ぴくりと反応した。
「来たぞ」
 同時、ヒュヒュッと幾つかの空気を切る音がし、針とダガーの中間のような細身の剣が飛来してきた。前へ出たシグルズの剣と刹那の短刀がそれを弾いたが、やはりテロリスト達も同時に飛び込んでいる。少女とは違い、こちらはカタパルトのようなものを使って速度を上げたようだ。刹那が合図と共に痺れ粉をばらまき、一人目は失速したが、その直ぐ後ろ。一人目を死角に飛び込んだもう一人が、ノブゴルドの背を狙っていた。
「――今であります!」
 叫んだのはマリーだ。武器を取るのも間に合わないと、ばっと身を躍らせたマリーに、テロリストの剣が背中を撫でるように裂いて通り過ぎた。
「チッ」
 舌打ったテロリストは、そのままマリーの背中を蹴り、天井を蹴って飛び離れたが、セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)のフラワシが襲い掛かってバランスを崩させ、詩穂の拳がその胴へ叩き込まれて沈黙する。続けざま、飛び掛ってきた三人目はレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)がサイトワインダーの一撃を打ち込み、バランスを崩したところで真空派を放って壁面に叩きつけた。
「乙女の本懐、遂げたでありますぞ……」
 そんな中一人、怪我を負った体をノヴゴルドの腕に支えられたマリーががっつポーズを取っていた。剣に毒が塗ってあった可能性を考え、ミア・マハ(みあ・まは)が治療を行っているが傷そのものは然程深くないようだ。倒れるほどの怪我ではないが、ミアは大人なのでそこをあえて問い質したりはしない。なので「目的のためには手段を選ばす……か……フ」という道満のツッコミは当然のように無かったことになったのだった。

 
 そうして辛くテロリストの強襲を阻み、アルツールの召喚した不滅騎士団が更に壁となってその接近を阻んでいたが、このままでは速度が出ない。望とアルツールが、それぞれの武器や魔法でセルウス達を一歩先に向かわせた、ほんの数秒も行かない内の事だ。
「……っ、危ない!」
 祥子がとっさに飛び出してセルウスの前へ出、飛び込んできた砲撃を切り裂いた。空中で爆散したその煙の向こうに立っていたのは――……

「フハハハ! 良くこの天才科学者ドクター・ハデスの一撃をかわしたな!」

 ドクター・ハデス(どくたー・はです)の率いる、世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの面々だ。
「テロリスト・セルウスめ、ついにユグドラシルまでやって来るとはな……だが、ここまでだ!」
 マネキ・ング(まねき・んぐ)がラヴェルデとの秘密裏の交渉の結果、黙認と言う形で入り込んだ彼らは、通路を要塞化してセルウス達を待ち構えていたようだ。ずらりと並んだ構成員達に、祥子も眉を寄せた。
「……数が多い……」
 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も思わず呟く。それでなくとも背後では、アルツールや詩穂たちが抑えてはいるが、ノヴゴルドを狙うテロリスト達との戦闘が継続中なのだ。
「ここは、ウチが……!」
 このままでは此処で足止めを食ってしまう、と、キリアナが前へ出た。プリンス・オブ・セイバーの再来と称されるその嫌疑であれば、一気に道を切り開くことも可能だと思われた、が。
「――……ッ!?」
 剣を構えた瞬間、キリアナの体ががくんっと力を失って膝を突いたのだ。
「おい、どうした……っ」
 辛うじて名前を呼ぶのを留まった唯斗がその体を支えたが、仮面越しでもわかるほど、顔色は真っ青になっている。彼らにはあずかり知らぬことだが、カンテミールにいるブルタが、遠隔呪法で呪詛をかけていたのだ。
「くそ……こんな、時に……ッ」
 ぎりり、と見たことも無いような険しい顔でキリアナが吐き捨てたが、呪詛に蝕まれて立つことも出来ない。そんなキリアナの体を唯斗が支えた。とてもではないが、戦える状態ではない。戦力の痛手を受けて身構えるレキ達の心を知ってか知らずか、ハデスはびしっとセルウス達を指差した。
「選帝神ノヴゴルド殿は守れなかったが、他の選帝神たちは我らオリュンポスが守ってみせる!」
 そのノヴゴルドはまさに今ちょっと離れた場所にいるのだが、何しろ面識が無いため、気付いていないようだ。ラヴェルデの流す偽情報にまんまと踊らされたままのハデスは、ツッコミのタイミングを逃した面々の様子に構わず、ばっと手を振りかざしてセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)を差した。心得て、オリュンポス大幹部の1人、戦神将アレスを名乗ったセリスもまた、仲間のマイキー・ウォーリー(まいきー・うぉーりー)冷 蔵子(ひやの・くらこ)を手で示し、半ば演技かかった調子でばさりと手をセルウス達に向けて突きつけた。

「ここを通りたくば……我らを倒していくことだ」
 


 そうして始まった激突は、激しいものだった。
「ペルセポネ! ヘスティア! 合体機晶姫オリュンピアに機晶合体するのだ!」
「わかりました、ハデス先生っ!」
「かしこまりました、ご主人様…じゃなくてハデス博士」
 ハデスの命令に、ヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が頷き「機晶合体!」と声を合わせた。次の瞬間、ヘスティアの背中のウェポンコンテナが開き、銃火器ががしゃがしゃと音を立てて展開し、そうして出来たコンテナの空間に、ヘスティア自身が乗り込むとコンテナがペルセポネの背中へと接続される。そうして、大銃火器を背負ったペルセポネ……合体機晶姫オリュンピアと対峙しているのは祥子だ。
「合体したところ悪いけど……そこをどいてもらうわよ」
 こちらは魔鎧那須 朱美(なす・あけみ)を纏い、宇都宮 義弘(うつのみや・よしひろ)を構えている。
「そうはさせません。此処は絶対に通しませんよ!」
 言って、先手を取ったのはオリュンピアだ。背中のポットからヘスティアのミサイルが祥子を狙う。当然祥子も直ぐにその場を飛び離れたが、ミサイルは自動的に対象を追ってきた。
「ホーミングミサイルか……!」
 祥子は舌打ち、アブソリュート・ゼロで即席の防壁を張って直撃を避けたが、その爆炎に紛れてオリュンピアが接近してきていた。轟雷閃の雷を纏わせたパラサイトブレードが振り下ろされるのに、刃を合わせるのは危険と祥子はぱっと距離を取った。だが、そこへも追い討ちのミサイルが飛んでくる。
「ちまちまやってられないわね……っ」
 下手に打ち落とせば隙ができるし、かといって迂闊に避ければ誰に被弾するかも知れない。最短で決着をつけるべく、祥子はポイントシフトによって一気に間合いを詰めた。が。
「させないと、言いましたよ……!」
 瞬間、オリュンピアの周囲にマグネティックフィールドが展開された。突然の強力な磁場の発生に、義弘が影響を受けて剣先が乱れる。
「ち……っ」
 舌打ちして、再びポイントシフトで距離を取った祥子は、不適に笑みを浮かべながらも、時間が磨り減っていくような感覚にじわじわと焦りが浮かんでくるのを感じていた。

 一方で、美羽とコハクは、セルウスとドミトリエを両端で挟むようにして武器を構えながらも、目の前の光景に困ったように眉を寄せていた。
「拒否しますデス!」
 その視線の先では、セリスの出撃命令に断固と宣言する蔵子の姿がある。
「現代っ子がゲームの画面から離れられない病が如く、ワタシも冷蔵庫の中から出るわけにはいかない宿命があるのデス!」
 頑として冷蔵庫の中から出てくる気配の無いのに、セリスも頭を抱えている。それだけでも奇妙な光景であるのに、そんなセリスいや、戦神将アレスが頭を抱えるその前で、ぞろぞろと行く手を阻んでいるのはマイキーだ。こちらはこちらで、ドッペルゴーストの軍勢を率いて、ムーンウォークやらサイドウォークやらで道を塞いでいるのだ。
「さぁ、ボクらは、1人じゃない! 2人の王の愛が袂を分かつその日までっ!ベルリンの壁ならぬ愛の壁となろう!」
 同じ顔と姿が一斉に踊る様はいかにも奇妙で、言っていることもやっていることも奇怪だが、要塞化されている上にそう広くない通路をふさがれているのが厄介だ。
 はたと我に返って、美羽が味方やユグドラシルに当たらないように設定した強化型光条兵器のブライトマシンガンで、盛大に光弾をばらまいているが、その後ろでは敵としては本命の、アンデットの群れが控えているのだ。それらがじわじわと迫ってくる一種異様な光景は、精神的な面で妙な威圧感があった。一体一体の力は、レキたちの敵ではないが、総数だけなら圧倒的に差があるのだ。龍騎士が出てこれらても厄介だが、狭い通路で要塞を持った相手とこれだけの数を相手となると、問題は体力だ。
「キリが無いよ……っ」
 しびれ粉をばらまき、動きを鈍らせたところで真空派を放ち、一体一体に応対しているが、相手もアンデットだ。ミアの光術はダメージを通しているが、その壁が崩れそうになると、マネキの特戦隊が応戦し、更にはオリュンポス大首領が隙間を埋めてくるのだ。後者はピンチになると自爆をしてくるので、厄介な相手だ。
「愚痴っても仕方なかろう。兎に角、なんとしても道を開かねば……」
 自爆の余波を受けた丈二を治療しながら、ミアは苦い顔だ。
「……セルウスが、目覚めてくれれば……」
 二人を庇うようにして弾幕を張りながら、ヒルダは呟いて視線をセルウスへと向けた。仲間達に守られながらも、前は前へ出ていくセルウスは、じりじりと何か、もどかしさをを堪えるような表情で剣を振るっている。
 だが、セルウスも仲間達も、まだ気付いていなかった。
 その腕に嵌められた腕輪が、静かに瞬き始めていたのだ。





 そんな彼らの奮闘を、激突地点から一歩引いたところで指示を出すだけ出して見守っていたマネキは、口元を「フフフ……」と邪悪に引き上げていた。
(既に、シャンバラ側の契約者の介入により、エリュシオン国内の意志は2分化の芽が息吹きつつある。全て我の計画通り……)
 カンテミールでの戦争の頃から、本格的にラヴェルデに交渉してきた結果が、漸く芽吹きそうな予感に、マネキの顔は緩むばかりだ。
(あとはオリュンポスの力を以って、時を稼ぐだけで良い……荒野の王が、この場で王になればなお都合がいいのだよ……そう……すべてはアワビの為)
 そんな横顔に、またろくでもないことを考えているな、とセリスは溜息を吐き出したが、口を挟んだところで意味が無いことも判っているので敢えて無視した。マネキとは違う目的で戦いに望むセリスにとっては、自分達が優位のはずのこの戦況は、あまりありがたくはない。その目的を知る天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は、何とも言えない顔で肩を竦めた。彼自身の立場は、セリスとマネキの中間のようなものだ。
「中々どうして、激戦ですね……」
 死霊騎士団の指揮をしながら、俯瞰的に戦況を見つめていた十六凪は呟いた。時折レキが放ってくるサイドワインダーや、ミアの光術を、オルクスが前へ出て受け止め、黒い光で相殺させている。放っておくとそのまま前線へと出て行こうとするオルクスに、十六凪は軽く苦笑して手を翳し、後ろへと下がるように言った。その強さは確かなものだが、一体多数はいざ知らず、多数対多数の戦いに、オルクスは慣れていないのだ。この混戦状態では、巻き込むか巻き込まれるか、いずれにしても好ましくない。
「オルクス君。くれぐれも無茶はしないように。君は僕らオリュンポスの大事な仲間なのですから、ね」
 その言葉をどう捉えたのか、無言のままこくと頷いたオルクスだったが、不意に何かを捜すように視線をさまよわせると、珍しく迷っているかのような微妙な調子で口を開いた。
「我々……は、セルウス……の、敵……か?」
 珍しいオルクス・ナッシングの方からの問いに、軽く面食らいながら、十六凪は曖昧に笑みを浮かべた。
「どうでしょうね。味方では無いですが、憎い相手という訳でもない」
 含むような言葉で言ったが、曖昧過ぎて判りにくかったらしい。首を傾げる風なオルクスに苦笑して、十六凪は仲間にも聞こえないぐらいに声を落とした。
「これは、セルウス君への試練なんですよ。彼が大帝の器であれば、絆の力でこの試練を乗り越えるはず」
「僕個人は、彼に目覚めて貰いたいと思っています。そうでなければ、僕らオリュンポスにとって利用価値はありませんからね」
 それも婉曲な表現ではあるが、何がしかは伝わったらしい。そうか、と短く答えたオルクスはすっと踵を返した。
「ならば、我、は……そのように、動……く」
「オルクスくん?」
 十六凪が訝しげに呼ぶが、オルクス・ナッシングはすっと何処かへと消えて行ってしまったのだった。








「うん……この辺りが限界みたいなのだよ」
 同じ頃、セルウス達と道を分かれ、こそこそと隠れながら独自に突き進んでいたリリが足を止めた。その手でうぞうぞしているのは大帝の目をくっつけたアスコンドリアだ。その下で、ディミトリアスが描いた紋様が薄く光を灯している。
「よし、始めるのだ」
 リリは気合いを入れると、アスコンドリアを自身と融合させると、その手のひらを壁、のように見えるユグドラシルの一部にぴとりと触れた。どれほど年月が経ったかも知れない硬く冷たい樹皮だが、手のひらが触れた場所から、じわじわと魔力が集まって来るのが感じられる。
「だが、これだけでは足りないのだよ」
 じれるように言ったが、焦っているわけではない。果たして。
「……! 来たのだ!」
 ジェルジンスク側のナッシングは何とか片が付いたのだろう。紋様の繋がりを通して、タマーラの意識が繋がる。神降ろしによって増幅された二人分の意識と身体を経由して、大帝の遺体が眠るオリュンポス火山から、その魂の表層に触れた。はっきりとした意識を繋げるには無理があるが、ずず、と大きな力が伝わるのを感じる。後はそれをセルウスに向けて繋げるだけだ。だが。「矢張り、そう易々とはいかないか……!」ララがユリを庇うようにして剣を構えた。力の動きを感知してだろう、ナッシングが出現したのだ。リリは身構えたが、そんな彼女にララが庇うように前へ出た。
「こっちは任せろ。君はセルウスに繋げることだけ考えるんだ!」
 その言葉に、リリはララを信じて目を伏せると、アスコンドリアが同化した手のひらに意識を集中させた。点を糸で結んで行くように、細いが確かな繋がりが一つ一つを繋いで向かって来る。
(受け取るのだセルウス、覚醒のきざはしを……!)
 リリの意志に呼応して、アスコンドリアがその発光を強め、同時に手のひらの紋様も輝きを増す。
 だが当然、ナッシングがそれを黙って見ている筈はない。デスプルーフリングのおかげで黒い光の影響は最小限に抑えられているが、逆にララの攻撃は、虚ろな影が明滅するような掴みどころのなさに有効なダメージが与えられていない。軽い苛立ちと共に、ララが踏み込んだ、が、それが徒になった。ぶわりと浅く切り裂かれたローブが捲り上げらせて、視界を一瞬塞ぐ。
「しまっ……!」
「……ッ」
 やられる。そうララが覚悟したその時だ。リリの吼こうが空気を震わせ、ナッシングを怯ませた。そして唐突に、荒れ狂っていたはずのナッシングの黒い光が止まった。いや、止まったのではなくーー「ナッシング!?」突如として現れた別のナッシングが、黒い光を吸収したのだ。リリ達が唖然とする中、現れたナッシングは、同類の筈の相手と距離を詰めると、その腕を掴んでぼそぼそと口を開いた。
「“手”、を……出すな。それ、は、可能性……の、一端」
 その言葉に、リリ達だけでなく、ナッシングの方も驚いたように「何、を……」と腕を振り払おうとした。
「目覚め……は、阻止……せねば、ならない……我ら……の、役目、の筈……」
 そんな困惑しているようにも見える様子に構わず、一方はその腕を掴む力を強めた。
「我、は……オルクス……役割、より外れ、意志……を、通す」
「意志、だ……と」
 ナッシングが理解不能とばかりに呟いたが、それが彼の最後だった。掴まれた場所から、まるで霧が溶るようにして、ナッシングの身体が輪郭を失い、オルクスの腕へと飲み込まれていく。やがて完全に手のナッシングを吸収したオルクスは、あっけに取られるリリ達を後目に身を翻した。
「ま、待て……!」
 ララが咄嗟に手を伸ばしたが、一歩遅かった。
「……お前達、が……我、を、何処へ……繋ぐ、か……」
 見届けるのも、面白い、と。そんな独り言のような言葉を残して、オルクスは姿を消してしまったのだった。