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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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古の白龍と鉄の黒龍 第3話『信じたい思いがあるから、今は』

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●天秤世界:ルピナスの拠点内部


「……来ましたわね」
 ルピナスの感覚が、接近する複数の気配を捉える。どうやら地上の巨大生物の相手を別の契約者に任せ、一部がこちらへ真っ直ぐやって来たようだ。
「そういえばこんな話を聞きました、「契約者は君を、説得しようとするだろう」と。今までもそうして、一度は敵対した者を仲間にしてきたのだと」
 段々、足音が近づいて来る。今ならここで先制打を浴びせれば、契約者を足止め出来るだろう。だがルピナスは微笑むだけで、その場から動こうとはしない。

『――――!!』

 正面の扉が、外側からの力によって破壊される。
「ここに居るのは分かってるんですよぅ、ルピナス! 大人しく出てきなさぁい!」
「お母さんっ、乱暴なのはダメですよっ」
「わ、分かってますぅ。ちょっとやってみたかっただけですぅ」
 扉を破壊したと思しき幼子――エリザベートが、自分と同じ三対の羽を持つ少女――ミーミルに抱きかかえられるのを見、ルピナスは愉快な気分になる。
「な、何がおかしいですかぁ!」
「……いえ、失礼いたしました。そういう気分になったのですわ」
 笑いを消して、ルピナスが服の裾をつまんで恭しく一礼する。
「改めまして……ようこそ、わたくしの『家』へ。
 先日お会いした際は大層な歓迎を賜り、嬉しく思いますわ。お返しがあの程度で、こちらとしては申し訳なく存じますが」
「あなたは何を言っているですかぁ? あれのどこが歓迎なんですかぁ!」
 エリザベートが上を指して声を荒げる。今頃地上では、多くの契約者が巨大生物と激しい戦闘を続けているだろう。
「今すぐあのバケモノを引き上げさせなさぁい! 大人しくしていればどうこうするつもりはないですぅ」
「うふふ……あら。つまりはあなた方は、わたくしをどうこうするつもりですのね。
 だってわたくしは、あの巨大生物を引き上げさせるつもりはありませんもの」
 ルピナスの態度に、エリザベートがぐぬぬ、と歯噛みする。いっそぶっ飛ばしてしまった方がスッキリするのではと思うが、それではこちらもただでは済まない。
「ですが……わたくしもあなた方の強さはよく存じています。このまま意地を張ってあなた方と対峙しても、滅ぼされるのは必然。
 ですから、わたくしはあなた方の『言葉』というものを聞こうと思います。それ次第ではわたくしが巨大生物を退けさせ、白旗を挙げて降伏するかもしれませんわよ?」
 ルピナスの態度からは、どういたしますの? という言葉が聞こえていた。明らかに契約者の特徴を知り、試している態度だ。
「……あなたに私たちの事を吹き込んだのは誰ですかぁ」
「それはお答え出来ませんわ。言えばあなた方は彼らを糾弾するはず。それはそれでいい展開かもしれませんけれども、『誰が口にしたのか』が分からない方が面白くありません?」
 ふふふ、とルピナスが微笑む。言葉を聞く、と言っておきながら契約者を小馬鹿にしたりと、彼女の言葉は本当か嘘かが分かりにくかった。

 そんな、悶々とした状況の中。
「♪〜〜〜♪〜〜〜」
 歌が、聞こえてくる。歌の出処を辿れば遠野 歌菜(とおの・かな)であり、彼女は歌いながらルピナスへ歩み寄ると、微笑んでぺこり、と頭を下げる。
「ルピナスさん、この前は私とお話をしてくれて、ありがとうございました。
 あなたともう一度お話がしたくて、来ちゃいました。私の歌……どうでしたか?」
「そう。あなたのような人が契約者には多く居ると聞いたわ。
 歌……良いのではないかしら? わたくしも幼い頃に聞いていた覚えがあるわ」
 互いに挨拶のようなものを交わし合った後、歌菜が本題を口にする。

「ルピナスさん、教えてください。
 貴女にとっての『幸せ』ってなんですか?」



「内部にはデュプリケーターを配置していないのかしらね。
 まぁいいわ、このままルピナスの所まで突き進むわよ!」
 ルピナスの拠点内部に、マルクス著 『共産党宣言』(まるくすちょ・きょうさんとうせんげん)と突入した藤林 エリス(ふじばやし・えりす)が、デュプリケーターの出現に備えつつルピナスの下へ向かう。
「同志エリス、ルピナスの目的は世界樹への反逆だと聞きました。
 なら彼女もまた、世界樹という権力に抑圧された革命家の一人と見ることも出来るかもしれません」
 その道中、『共産党宣言』がエリスに、自らの思想を交えた仮説を口にする。例えばルピナスの居た世界を、世界樹とそれが保護する契約者(契約者という存在が居るかどうかは分からないが、世界樹が保護する者たち)が繁栄を謳歌する世界だとするなら、ルピナスのような者はそこから零れ落ちた者であると。最大多数の最大幸福の恩恵を受けられない少数者であると。
「幸福追求の権利は全ての人民に等しく与えられるべきもの。万民の平等とは9999人の平等であってはならないのです。
 ……彼女に与することは大勢の人々に不幸をもたらすのかもしれませんが、私は彼女の言葉も聞いてみたいです」
 『共産党宣言』の言葉に、エリスは笑ったような困ったような顔を浮かべて、ぽつり、と言葉を落とす。
「あんたの言葉を聞いてね。もしかしたら私達契約者って、意識してるしてないに関係なしに、1人の『平等でない者』を生み出してるんじゃないかなって思ったの」
「……それは……」
 『共産党宣言』の戸惑いの声が聞こえる。少しして、エリスがごめん、と笑って続ける。
「こんな事を言っちゃうくらい、あたし自身この戦いにまだ迷いがあるのかも知れないわね」
 呟くエリスの脳裏に、今の戦いとどこか似ているかつての戦いが浮かんでくる。
 それはシャンバラの隣国、カナン解放を目指した戦い。契約者の誰もが敵だ、悪だと信じ切っていた征服王ネルガル。しかしその彼にも、国を想う真意はあった。
 翻って天秤世界、イルミンスールはルピナスを『制するべき敵』と判断した。そして龍族と鉄族、ルピナスは世界樹によって『悪』と判断された。しかし龍族も鉄族もルピナスでさえも、真に悪であるというものではない。『悪役』はいくらでも居る、だが『悪』は実は存在しないものなのかもしれない。
「契約者や校長、それに世界樹……皆の判断が常に正しいとは限らないわ。一方的な立場に立った思い込みは正義じゃない。
 先入観を排してすべての立場と声を聞く……判断するのはその後でいいわ。だから、今はとにかくルピナスに会って、あの子の言い分をたっぷり聞いてあげようじゃないの」
「そうですね、同志エリス。
 ……見えて来ました、おそらくあの先に同志ルピナスが居るものと思われます」
 『共産党宣言』の示す先、扉が破壊された後があり、既に複数の契約者がルピナスと対峙していた。誰かが何かを話しており、未だ大規模な戦いには至っていないようである。
(……さて、何と言っておくべきかしら。
 そうね、アレがいいかしら。そういえば前にも大ババ様に、同じ事を聞いたっけ)
 思い出される光景、あの時アーデルハイトは、「誰でも望めるわけではない」と言った。それに自分は、「理想の世界なら誰にでも望める」と思った。
(大体みんな考える事なんて一緒。美味しい物お腹一杯食べて、暖かいベッドで眠りたい。
 みんな、幸せになりたいのよ)
 けれども、世界中を幸せで満たすにはこの世界の資源は足りなすぎる。だから結局奪い合いの争いになる。
 みんなが幸せな世界。それは理想として望むことすら、厳しいのかもしれない。
(契約者なんて結局最後は、力ずくでごり押しばっかり。多分恨み買ってる自覚はあるし、矛を収めてくれなんて虫のいい話だって分かってる。
 でも、だからこそ、せめて妥協点を探る努力はしたいと思うのよ。抑圧者の一人として、ね)
 それで結局結果は同じになったとしても――。

「同志ルピナス、私達が貴女の意に沿えるか否かは、正直まだ分かりません。
 ですが、貴女にはそれを声を大にして訴える権利があります。私達の為でなく、貴女自身の為に」
「あんたはこの戦いの先に、どんな世界を望むの?」



「このままじゃ、俺達は降参するしかない……どうせなら、話を聞かせてもらえないか?」
 そうルピナスに切り出したのは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)である。彼としてはエリザベートとミーミルの護衛という傍ら、戦力が分断された状態では対処しようにも難しいこと、そもそもルピナスに対しどのように対処するべきなのかが判明していない現状で、少しでも情報を得るべく時間稼ぎを行う側面があった。
「いいですわよ。そういえば腕の方、もう治ったのですわね」
「まあな。もう腕をボロボロにされるのは御免だ。
 聞きたいことなんだが……実は貴女自身も、この天秤世界に墜とされた身、というオチだったりしないか?」
 エヴァルトの問いに、ルピナスはゆっくりと首を横に振る。
「堕とされたのではなく、飛び込んだのですわ。わたくしは所詮一人、世界のバランスを崩すほどの脅威にはなりませんもの」
 ルピナスの言うように、確かに龍族や鉄族ほどの戦闘力はルピナス(デュプリケーター)にはなかった。デュプリケーターが戦闘力を得たのは契約者との接触に依るところが大きい。
(飛び込んだ……自ら道を見つけて? どうやって?)
 エヴァルトの中に疑問が生じるが、今はとりあえず別の問いを投げかける。
「貴女の幸せと世界樹への復讐ってのは、どうしてもイコールにしかならないか?
 世界樹への復讐というのを抜きに、幸せを得ようとすることは出来るんじゃないのか?」
「イコール、というのではないかもしれませんわね。世界樹への復讐、反逆はわたくしにとってそう……始まりに過ぎませんもの。
 あなたの言うように、世界樹へ反逆を行わずとも幸せは得られるかもしれませんけど……そうやって得た幸せも結局は世界樹に依るものなのかと思うと、わたくしは気が狂いそうになりますわ。
 それならいっそ、あなたは死ぬまで幸せにはなれない、そう宣告される方が楽というものですわ」
 イコールとは違うようだが、ルピナスにとって世界樹への復讐・反逆というのは絶対条件であり、おそらく彼女が諦めない限りは撤回されないのであろう、エヴァルトにはそう思えた。
(いやあ、これ、どうすんだ? 上で戦ってる魔神や魔王が来ても、勝てんのか? 俺ら……)
 こうして会話をしている中で、相手につけ込む何かがあればと思ったが、どうにもその点が見つけられない。
(ここは、他の奴らに期待するか……いざとなったら重要人物二人を連れて撤退することも考えないとな)
 エヴァルトがそう考え、事態に備える。