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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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 北カフカス山への道は複数存在する。
 特に関所があるわけでもなく、踏破不可能な土地があるわけでもない。ようは早いか遅いかだけで、どの道を用いても北カフカス山に到着する。ハリールやコントラクターの隊は明日の到着を予定してルートを組んでおり、その道は村に行きあたることもなく、すれ違う者もまばらだった。
 馬車と馬、そして飛空艇で構成された隊は、馬車の速度に合わせて進む。リースたちのおかげか、昼を回ってもそれらしい影や気配もなく、隊はとどこおりなく進んだ。
 もちろんだからといって警戒は怠っていない。昨夜の襲撃で相手側の意図は分かった。話し合いを持つ気はさらさらなく、問答無用で攻撃を仕掛けてくるに違いない。
 奇襲を警戒し、戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)はシャンバラ国軍軍用犬を偵察に放ち、自身は赤兎馬の仔に乗って先頭を行く。ほかにも何人か、手分けして全方位に索敵に出たり、要所要所で感知系の魔法やアイテムを用いて周囲の警戒に努めていた。
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)もそのなかの1人だ。馬車での移動中、イナンナの加護を用いて警戒を怠らない。カナンの大地にはイナンナの守護の力が満ちている。そのため、イナンナの加護はほかのどの地よりカナンでその力を発揮するのだ。
(私はハリールを守るために来たんだから。ちゃんと務めをはたさなくちゃ!)
 心のなかで奮起する佳奈子の気持ちをエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)は見抜いていた。
(佳奈子はすっかりハリールに感情移入しちゃってるわね)
 無理もない、と思う。昨夜の襲撃のあと、佳奈子は天幕のなかで憤っていた。
『あの人たち、ひどいよ! あんなこと言うなんて! ハリールがかわいそうだよ! ハリールだって今の出自を選んで生まれてきたんじゃないし、それでも対話の巫女の血を引く者としてイルルヤンカシュを鎮めようと頑張ってるのに!
 第一、ハーフで何が悪いの!』
『何も悪くないわね。でも……巫女って、そういうふうに考えられてたりするじゃない? 例えば神社で、外国人の巫女さんが出てきてHAHAHAと笑いながら英語まじりの片言の日本語で解説始めたら違和感感じない?』
『う…』
 その光景を想像する。金髪碧眼、クルンクルンの髪とそばかすを散らした女性が「ココ、境内ネー。皆さんおイノリしますネー」とか言ってたら、たしかにそれはそれで違和感は感じるかもしれない。
『今のは極端だけど、そういうのと似た感じじゃないかしら。その人が悪いとか、それが良い・悪いとかいうのとは違った意味で、神域に触れて生きる者には、やっぱりある程度の象徴的なものを求めてしまう人もいるのよ。特にそれを信奉してきている人々はね』
『エレノアは、彼らの味方なの?』
 佳奈子は驚きの目でエレノアを見つめる。
『まさか。そのことを踏まえても、彼らの口にしたことは許されないし、していることを認める気もないわ。佳奈子の言うとおりよ、ハーフで何が悪いの。そんなこと、ひとがひとを見下す理由になんかならないわ』
『だよね! あーよかった。びっくりしちゃった』
 胸をなで下ろし、はーっと息をついたあと。佳奈子は決意に燃える目で告げた。
『私、ハリールの気持ちを応援してあげたい。だから、絶対にハリールとイルルヤンカシュのもとまで一緒に行くよ!』
 それで佳奈子は張り切って、こうして今もハリールを守るために目に見えないところで頑張っているのだった。
 彼女の向かい側の席で、ハリールが長らく目にあてていた濡れタオルを下ろす。
「佳奈子、どう?」
 正面を向けてくるハリールをじっと見て、佳奈子は答える。
「大分マシになってると思う、けど…。舞香さん、どう思う?」
「そうね…」
 話を振られて、桜月 舞香(さくらづき・まいか)は読んでいた本から目を上げて、となりのハリールの方を向いた。ぷに、と目の下を指で軽く押す。
「ほとんど腫れは引いてるみたい。だけどもう少しあてておいた方がいいかも」
「まだかぁ。まいったなぁ」
 ハリールがまたタオルを目に戻そうとすると、桜月 綾乃(さくらづき・あやの)が手を差し出した。
「そっちのタオルを貸して。予備と交換するわ」
 馬車に乗る前、ハリールに渡した物と別に用意してあった濡れタオルを渡す。
「ありがとう」
 早朝、食事の席に現れたハリールの泣き腫らした目を見て彼らは驚いていた。そして濡れタオルを渡したり、あれやこれやと世話を焼き始めたのだった。
 馬車に落ち着いてからも、なぜこんなになっているのか問うこともなく、ただこうして黙って近くにいてくれて、身を案じてくれる彼らに感謝する思いで、ハリールは素直にそれを受け取って目の上へと乗せる。
「それで、どう? 気分は良くなった?」
「おかげさまで、かなり楽になったわ」
 そしてハリールはぽつぽつと、エヴァルトやコアに吐露したことを語った。
「……みんなには、言わなくてもいいと思ってたの。だって、イルルヤンカシュを鎮めるって行為には変わらないんだし、みんなはそれを知ってるし、それでいいんじゃない? って。これはあたしの個人的な考えなんだから、みんなには関係ないって。
 でも、そうじゃなかったのよね。全然あたしの個人的なことじゃなかった。みんなはあたしのためにあの山を目指してて、あたしを守ろうとしてくれてるのに。結果は同じだから本当の目的を教えなくてもいいなんて、そんなの卑怯もいいとこだわ。
 大勢の人たちのためにイルルヤンカシュを鎮めるなんて、そんな高尚なものじゃない。これは結局……あたしの個人的な復讐の旅なの」
 タオルをはずして、佳奈子や舞香たちを見つめる。
「……あたしのこと、嫌いになった?」
 脇についていたラブが、きゅっとそでを強く握った。
「嫌いになってもいいわ。でもあたしは、あなたたちを守る」
「ハリール――」
 佳奈子が何か口にしようとしたときだった。
 外でけたたましく犬の吠える声が起きた。



「どうした!」
 小次郎は前方で激しくうなり声を発する軍用犬の姿に、手を上げて隊を止めた。
 直後。
「うにゃーーーっ!」
 ラージェスに乗って上空からの偵察に出ていたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が、警告の鋭い声を発する。
 ラージェスは隊の方へ引き返してきたがそのまま上空にとどまり、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)がその背から飛び降りた。機晶姫用フライトユニットを吹かして着地したアイビスは小次郎や榊 朝斗(さかき・あさと)たちの元へ走り寄る。
「何があったの? アイビス」
「囲まれています! 前方、左右にそれぞれ約10名! いずれも黒装束の者たちです!」
 まるで地から湧いたかのように突然現れた敵影にとまどいながらも、アイビスは短く要点を報告する。小次郎は赤兎馬の仔を反転させ、馬車の周囲を囲っている仲間たちに指令を飛ばした。
「全員ハリールの乗る馬車を中央に臨戦態勢をとれ! 戦闘準――」
 その瞬間。
 左右の地面が爆発した。



「彼らを相手に小手先の策は通じない」
 佐和子からわけてもらった爆弾が次々と爆発するのを見下ろして、ヤグルシはカイに言う。
「多彩な技を持っているからな。正面からぶつかってもこちらが不利だ。おれたちに勝機があるとすれば、遊撃と奇襲で短時間に決着をつけるしかない。
 ま、とはいえ、おれたちの役目は殲滅じゃない。足止めだ。文字どおり、今回は足を奪わせてもらおう」
「……やつらは飛空艇を持っている。それを使って彼女を運ぶんじゃないか?」
「ならどうしてそうしない?
 飛空艇に乗っているのは少数だ。彼らも分かっているのさ、そうすれば今朝の彼女たちのように撃破されると」
 彼らが飛空艇やドラゴンを用いた場合を考えてワイバーン隊も用意していたが、使わずにすみそうだとつぶやくヤグルシをじっと見て、カイは離れた。
 佐和子や竜造たちがあとに続く。
「おれたちが行く必要はない、と言っても、無駄なんだろうな」
 ヤグルシは苦笑する。
 しかたがない。カイは部下に任せ、後方から指揮をとるような人間ではない。彼女は常に先頭に立ち、一族の者に彼らを率いる力が自分にはあると顕示し続けなければならないのだ。だからこそ彼らは彼女を認め、彼女のために命を投げ打つ覚悟で服従しているのだから。
 そしてカイが前線へ出る以上、ヤグルシもまた、ここで眺めているわけにはいかない。
「やはりオズと代わってもらうべきだったな。おれには荷が重い役だ」
 ふうと重いため息をつくと、ヤグルシもまた彼らのあとについて下って行った。


※               ※               ※


 もうもうと舞い上がる土煙が彼らの視界をおおっていた。
 バキバキ木の折れる音、突然の爆音と人間の発した驚声に恐慌をきたした馬たちが上げるいななきがあちこちで起きている。
「――くそっ! 各自声を出せ! 負傷者はいるか!」
 小次郎は興奮状態の赤兎馬の仔を落ち着かせながら声を張った。
 赤兎馬の仔でさえこうなのだ。並の馬ならば混乱し、爆発が起きた時点で逃げ出していたかもしれない。実際、点呼の声があちこちで起きるなか、黒煙まじりの土煙を突っ切って現れた永井 託(ながい・たく)は、彼にそう報告した。
「馬が数頭逃げたよ。とっさに制御できなくて、何人か放り出されたみたいだ。
 あと、爆風で1台の馬車が横倒しになって、1台の車軸が折れて傾いてる。ハリールの馬車だ」
「なっ!? 彼女は無事ですか?」
「たぶん。声をかけたら大丈夫って返事がかえってきてたよ」
「それはよかった――はっ」
 託の後ろ、土煙のなかを怪しい影がよぎったのを小次郎は見逃さなかった。
「永井、後ろだ!!」
「えっ!? ――うわっ!」
 託は振り向こうとしたところを斬りつけられた。肩口をかすめた刃が鮮血を散らす。焼けた鉄の棒を押し付けられたような痛みが託を襲ったが、傷に目をやる暇もなく、彼は再び標的となった。
 傷を負った腕目がけて刺突をかけてきた刃を、手にした流星・影で弾く。攻撃は防げたものの、衝撃によろけた託はそのまま襲撃者に押されるかたちで再び土煙のカーテンの向こうへ消えた。
 彼らの武器がかち合う鋼の音が徐々に遠ざかっていく。
「敵襲だ!! 各自戦闘態勢をとれ!!」
 小次郎がそう叫ぶ間にも、あちこちでぶつかり合う音が起きた。
 敵の動きを把握しようにも視界はさえぎられてしまっている。味方が今どんな陣形を組んでいるのかも確認できない。
 土煙はいずれ地に沈む。しかしそれに合わせて、敵は退いていくだろう。
「――やられた…!」
 ぎりりと奥歯を噛み締める。小次郎は冷静さを保つよう努めて、頭をフル回転させた。
 この場合、とれる策は2つだ。この場でおのおの我が身を死守するか、多少の犠牲を覚悟で視界の効く場まで逃れるか。選ぶならば後者だろう。敵総戦力もこちらには分かっていない。残れば全滅もあり得る。
 逃げるとすれば敵影のない後方か。アイビスの報告によればそうなるが……後方にだけ配置されていないというのは、あからさまに罠のにおいがした。あるいは、撤退すれば追わないという敵の意思表示か。
 いずれにしても、馬車に乗っていた者たちの安否が不明だった。横倒しになった馬車に乗っていた者たちの救出は済んだのか? 車軸が折れた馬車の方は? 放り出された者たちで、動けなくなっている者はいないか?
「まずはそこからですね…」