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リアクション
間合いを詰めた黒装束の男は無言で逆手に持った黒刃の短刀をふるう。
「……まったく、やんなっちゃうねぇ」
後方へ跳ぶと同時に分身の術を用いる。目の前で託が複数に分裂したことに驚く一瞬の隙をついて、流星・影を放った。
弧を描いて飛んだ蒼いチャクラムが黒装束の男の背後から肩を割る。声もなくその場に倒れた相手からチャクラムを抜き取って、託はふうと息をついた。
殺し屋のリーダーがセテカ……この国の要人とすれば、彼らは間違いなくこの国の騎士だろう。国を憂う者たちを殺したくはないが、かといって自分が殺されてやるほどおひとよしにはなれない。
剣を持ち、それを行使する以上、剣で倒される覚悟はあるに違いない。もっとも、一体何が彼らをそんなにもあの少女殺害に駆り立てているかは不明だが。
「本当に、結構大変な人たちに狙われているねぇ」
(そこまで生きてたどり着いてほしくない者かぁ…)
託はハリールについて考えてみた。この2日間、保護対象として同じ隊で寝食をともにし、接してきたが、普通の女の子にしか見えない。だが彼らには、それこそ命を賭けても阻止したいことなのだろう。
なぜか?
それを知りたくないかと言われれば、知りたい。わけも分からないまま一方について、あとで後悔するなんてことにはなりたくない。
(けど、こんなことをされると、彼女にはなんとしても着いてほしくなるよねぇ)
吠え面をかかせてやれば、きっと胸のすく思いがするだろう。
われながらあまのじゃくだな、と思う。
苦笑する託の耳にこのとき、焦燥にかられた瀬乃 和深(せの・かずみ)の声が届いた。
「みんな、無事か!」
彼は敵と戦いながらも横転した馬車の車内に向かい、声がけをしている。
「な……な、と……」
くぐもった少女の声でなかから答えが返ったが、周囲の戦闘音にまぎれてだれのものともつかなかった。
あれはセドナだろうか、それとも月琥?
「待っていろ、今出してやるから!」
そう言いはしたが、なかなか実行に移せないのがもどかしい。馬車を狙ってくる敵――おそらくやつらはどちらにハリールが乗っていたか知らないのだ――を、和深は宝刀【幸玉】で撃退するのに手いっぱいで、なかなか馬車に近寄ることすらできずにいる。
「くそっ!」
行動予測で動きを見切り、倒したのもつかの間、振り切った腕を引き戻す間もなく今また2人の手練れが2方向から同時に和深へと斬りかかる――。
ギイィィンと鋼のぶつかる音がして、一方の短刀が敵の手のなかからはじけ飛んだ。
「ここは引き受けた! きみは馬車を!」
ゴッドスピードで割り入った託は俊足を活かして片方を斬り伏せるや、返す手で和深とつばぜり合いをしていた敵を攻撃する。黒装束の男はこれをかわし、後方へ跳ぶ。いったん距離をとっただけで、すぐ攻撃に転じてくるのは分かっていた。
油断なくかまえを維持する託に、和深は「すまない」と言って剣を引くと馬車へ転じた。車輪と車軸を足場に上に上がり、ドアについた窓から車内を見下ろす。
「月琥、セドナ!」
「大、丈夫……兄さん」
脱力した声で答えたのは瀬乃 月琥(せの・つきこ)だった。あお向けになっているので、和深とは顔を正面に合わせる格好だ。うす暗いながらも、月琥の視線が揺れているのが分かる。
「どうした!? けがを負ったのか!」
「横倒しになったときにドアノブに頭をぶつけて軽い脳震盪を起こしたようだ」横についたセドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)が冷静沈着に言う。「ほかも打撲だけだ」
彼女の手元でメジャーヒールの光が生まれ、月琥を包み込んだ。
「そうか。よかった」
そこでこの馬車に乗っていたのは2人だけでないことを思い出した。
「ほかにけが人はいるか?」
「いや――」
「ホリイたちは大丈夫ですよ〜。ありがとうございます〜」
セドナの声に重なって、あっけらかんとしたホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)の返事がした。死角になっているのか姿は見えないが、声の調子からしてけがはしてないようだ。
「よし。じゃあ今からこのドアを開けるから、なるべくドアから離れていてくれ」
和深の言葉に従うように、セドナたちはドアの真下を避けてできるだけ端に寄った。身を起こした月琥を、ホリイと草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)が引っ張り寄せる。
彼らがドアから離れるのを待って、和深はゆがんで開かなくなっているドアの破壊に入った。
しかしこの馬車は襲撃を予想してレンタルした物だった。黒塗りの鋼は思っていた以上に頑丈で、開いてくれない。
自分1人では無理か――そう思った直後。
「手伝おう」
低い声がして、横から伸びた男の手がドアのめくれた端を掴んだ。
「助かる。しかしもう1〜2人――」
「いいか、こういうものは気合いだ!」
言うなり、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)はうおーーっという野太い気合いの声とともにドアをめくり上げた。
車体とドアの間に、人1人分の隙間ができる。
「ホリイ、羽純! けがはないか」
「うむ。助かったぞ、甚五郎」
隙間から羽純のほっとした笑顔が現れた。
「さあ、手を出せ。引き上げてやる。
ブリジット」
唐突に名を呼ばれ、ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)は肩越しに彼を見上げた。
ブリジットは今、救出に集中する甚五郎や和深の背中を守るため、馬車に近付こうとする敵の排除を行っていた。
視界不良のなか、乱戦状態ではマスケット・オブ・テンペストは使えない。そうと判断したブリジットは、己の鋼鉄の体を用いての肉弾戦に切り替えた。加速ブースターを用いての疾風迅雷で敵の懐へ飛び込むやこぶしをたたきこむ。鋼鉄の機晶姫の一撃を受け、相手は悲鳴ひとつ上げることもできず吹っ飛んだ。
「大丈夫です、甚五郎。今のうちにどうぞ」
「よし」
安全を確認した甚五郎はホリイ、羽純、セドナ、月琥と次々に引っ張り上げる。
「ふむ、外はこのような事態になっておったのか」
周囲をざっと見渡して、現状を把握した羽純はニッと笑みを浮かべる。刻印眼が光った。
「ふん。このような狼藉をわらわに向けた、その返礼をせねばならぬな。
受け取れ!!」
宙に突き上げられた手の先、フェニックスが召喚される。赤く燃える炎の鳥は羽純の意思に従い、眼前の敵へ向かった。敵は突然中空に出現した怪鳥に目を瞠り、おののいて、避けきれずはるか後方へはじき飛ばされる。
羽純はさらにウェンディゴを召喚。すかさず双頭の大蛇も差し向けた。
「おーっ、すごいですね〜、さすが羽純さんっ」
オートガードの光を放ちながら、ホリイはにこにこ笑顔で感心しきりだ。
「まだまだこんなものではないぞ。昔からこういうときは倍返しと相場は決まっておる。
行くぞ、ホリイ」
「はいですっ。防御はワタシに任せて、羽純さんはガンガンやっちゃってくださいっ」
インビンシブル発動。言葉どおり、ホリイは強力な獣たちを意のままに操る羽純を狙ってくる敵の攻撃をすべて受け止め、流体金属槍によるソードプレイで反撃する。
「……2人とも、大事ないようですね」
率先して敵へ向かっていく2人の姿に、一時手を休めてブリジットが言う。理性的でほとんど感情を表に出さないブリジットだが、このときばかりは声に安堵がにじんでいた。――とはいえ、甚五郎にのみ分かる程度だが。
「うむ。2人に負けてはおれん。わしらも行くぞ」
「はい、甚五郎」
再び戦いへ身を投じていく2人の後ろでは、セドナの手当てによって完全回復した月琥が憤っていた。
「うもーーー怒った!! よくもやってくれたわねーーっ!」
「月琥、腹が立つのは分かるが無茶をするな。もう少しじっとしていろ」
和深がいさめ、自制するよう求めた――が、無駄だった。
「セドナ、おまえもだ。この状態ではかなり負傷者が出るだろう。今回は防衛に徹することにする。今からハリールの馬車を見に行く。おまえたちも一緒にきてくれ」
との指示も聞かず、月琥は走り出す。
「あ、こら! どこへ行く!!」
「防衛なんて手ぬるいわよ! こういうのはね、頭を押さえるチャンスなの! こっちが見えないってことはあっちだって見えないんだからっ」
くるっと振り向き宣言すると、また脱兎のごとく駆け出した。
「っておまえ、敵の頭目の居場所分かってるのか!?」
「勘!!」
「勘、って…」
そんな無茶な。
危険だと言おうとしたが、月琥の進む先、周囲の敵が彼女への攻撃を突然中止して、まるで酩酊しているかのようにふらふらと身を揺らす。
「悪疫のフラワシをバリアのように用いておるな」
「あのばか。あんな使い方すれば仲間まで巻き込むぞ」
「月琥はばかではない。我がなんとかすると考えてのことだろう。……おそらく」
ひとによってそれを信頼ととるかは微妙なラインだが、セドナは好意的に解釈することにした。
「……昨夜の二の舞となるようなことはすまいと思っていたのだがな」
月琥は月琥ということか。
ため息をつき、月琥のあとを追って走り出す。
「セドナ!」
「心配するな。ちゃんと心得ている」
2人の姿はあっという間に和深の視界から消えた。
和深は数瞬の間2人を追うべきか、はたまたハリールの元へ向かうべきかを思案したのち。
舌打ちをして、2人に背を向け馬車へ向かった。