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リアクション
桜月 舞香(さくらづき・まいか)とそのパートナーたちは、車軸の折れて傾いた馬車から下りてからずっとハリールから離れず、彼女を守っていた。
「来た来た来たっ。もうすぐそこまで来てるアルよ〜」
奏 美凜(そう・めいりん)が武者震いをしながら言う。
「舞香」
と、イコナとダリルの様子を見ていたハリールが、舞香に向き直って冷静に告げる。
「あなたはイコナちゃんやダリルさんと一緒に、ここから離れて」
反対側からの敵を警戒していた舞香は、驚いて振り返った。
「そんなこと! あたしも戦うわ、まい――」
ハリールの指が口先に触れて、その先の言葉を止めた。
「イコナちゃんが治療してくれてるけど、彼は重傷よ。完全回復するには時間がかかるわ。それに、あんな小さな子をあなたもあの危険な人にこれ以上近付けたくないでしょう?」
ぐっ、と言葉に詰まり、舞香はあごを引く。
「……でも」
「私は強いの。知ってるでしょ?」
片目をつぶってぺろっと舌先を見せる。
緊迫した状況ながらも余裕を失わない彼女に、思わずくすりと笑うと、舞香はうなずいた。
「気をつけて」
「あなたもね。あなたが話してくれたことに関しては、今度会ったときに話すわ。だから絶対、また会いましょう」
「……うん」
軽く抱き合って、2人は分かれた。
影に潜むものにダリルを乗せたイコナと、舞香は離れていく。
ハリールの手に、横から桜月 綾乃(さくらづき・あやの)がそっと両手で触れた。ぽう…っと光が灯り、パワーブレスの力がそそがれる。
「また無茶な作戦立てて。けがしたらどうするんです?」
「あら? 私は負ける気なんかないわよ。こんなことする卑怯者になんかね」
相手がカナンの要人だというのは聞いていた。
(でも、それが何? カナンのお家騒動なんか、興味もないわ)
カナンにかかわってこなかった者の強味でそう考える。ほかの人たちのようにためらったりしない。
自分を見つめるハリールに、彼女がそう考えたのを感じとって、綾乃は苦笑した。向こう見ずな彼女らしい。
新体操のリボンのような純白の鞭、覚醒光条兵器リボンソードを身内から取り出してハリールに手渡す。
「さあ、綾乃も離れて」
「くれぐれも自分を大切に」
(イナンナ様、どうかまいちゃんをお守りください)
後ろに下がり、祈るように両手を組む。
綾乃と入れ替わりにひょこひょこ美凜がやってきて、となりに並んだ。
「あなたは綾乃を守って」
「そうするネ。まい……ととっ。ハリールの邪魔はしないアルよ」
「じゃあ――」
「でも、後ろの3人は別ネ。あの3人片付けたら、綾乃のとこに下がるネ」
茶目っ気のある美凜のいきいきとした表情に苦笑する。
言い合っている暇はなかった。カイたちはもうすぐそこだ。
「相手は強敵よ。気を引き締めて」
「抜かりないネ。ほかの者たちが大分疲れさせてくれてるから、ワタシでもなんとかなるアルよ」
「来たわ」
カイの気配をぎりぎりまで引きつけて、舞香は振り返った。
ハリールに変装しているから、遠目にはだませても顔を合わせれば一発で別人とばれる。しかしそれが舞香のねらいだった。
標的じゃないと驚く、その一瞬をつく。
(敵が得意とするのは一撃必殺のヒット・アンド・アウェイ。初撃を止めて、カウンターをたたき込む!)
カイの強さは十分見てきた。あなどったりはしない。
「ほわたーーーーっ!!」
気合いの声とともに美凜の放ったバイタルオーラがカイの側近たちを吹き飛ばす。
舞香のねらいどおりカイは動揺したのか、わずかに刺突の切っ先が揺れた。ダンシングバックラーをたたきつけるようにして切っ先をすり流し、左目に向かって含み針を飛ばす。
カイは回転し、着地するとすぐさま後方へ跳んだ。舞香の針はかわされて目をつぶすまでは至らなかったが、こめかみの辺りに刺さっている。
「まだまだっ」
疾風迅雷発動。リボンソードを手に、走り寄ろうとしたときだった。
カイの死角から、何かがカイへ走り寄った。
何か――何者かは、カイに向かって術を放つ。術を受けた瞬間、カイの体の動きが止まった。水色の瞳に、このとき初めて驚愕の色が浮かぶ。
無防備な背中に、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)は冷笑を浮かべた。
闇洞術『玄武』はきれいに決まった。もはやカイは振り返ることすらできない。
「ティア、周りの手下たちを押さえていろ!」
その補助として影に潜むものをつけた。いかにティアンでも1人では難しいだろうが、30秒はもつだろう。
玄秀の言葉に、彼がついに仕掛けることにしたのだと悟ってティアン・メイ(てぃあん・めい)は揺れた。そして――真っ白になった頭で、気がつけば玄秀の前に飛び出していた。
「ティア!?」
突然立ちはだかった彼女に、玄秀は驚きを隠せなかった。
また僕を裏切るのか――苦い痛みがこみあげそうになった一瞬後。ティアンははっと何かに気付いた表情を浮かべ、玄秀の腰に下がっていた絆のアミュレットを引き千切り、投擲する。
彼女の手を離れた瞬間、絆のアミュレットは爆発した。
「ティア!!」
爆風に耐えながら玄秀は黒煙のなか、ティアンの姿を目で捜す。ティアンはよろめき、あお向けに倒れた。
寸前爆発物は手放していたが、それでも右腕と右半身に負ったけがは玄秀が息を飲むほどすさまじい。
「し……シュ、ウ…」
息絶え絶えで彼を呼ぶティアンに玄秀は魂から揺さぶられ、彼女以外のすべての思いが吹き飛んだ。
「ティア! どうして…!!」
ひざに抱き上げ、彼を求めて伸ばされた手を掴む。
「………っ…」
――どうして?
ティアンにも分からなかった。ただ、カイがまぶしかったのだ。
カイをずっと見てきた。彼女は己のすべてを投げ打って、ただ1人の人のために動いている。その信念にわずかのくもりもなく、何を言われようと揺らぎもしない。
(私と同じ)
なのに、どうしてこんなにも私はみじめなの?
「私は……何になりたかったんだろう……何になりたいんだろう……シュウは何を…」
彼女は戦いの間じゅう、そのことについて考えていた。
手は縛霊剣を握り、その技を行使し戦っていたが、それは日ごろの訓練で身に染みついた成果であって、心は遠く離れていた。
何百回、何千回問おうとも、答えは出ない。
答えは彼女のなかにない。
「……え……て…」
「え? 何だ?」
教えてほしかった。
どうすればあなたのようになれるの? 一点の迷いなく、気高き騎士としてあれるの? 疑いはないの?
心臓を直接灼熱の炎であぶられたかのように息が詰まる。
「……たし…」
どうしたら…………私は、私を好きになれるの……?
涙がひと筋ほおを伝い落ち、かくっと首が倒れた。
「ティア! ティア!!」
揺さぶったが、ティアンはもう何の反応も返さない。一瞬彼女が死んだと思い、凍りつきそうになったが、ぶるぶる震える手で探ると、弱々しいが脈があった。
なぜさっさとあんな物、捨ててしまわなかったのか。ヤグルシに不審に思われないためとか、そんなことどうでもよかったじゃないか。ティアンを失うくらいなら――。
(――いいや、まだ失ったわけじゃない!)
「羅刹女!」
すくい上げ、羅刹女にティアンを手渡す。
そこにガーゴイルに乗った式神 広目天王(しきがみ・こうもくてんおう)が戻ってきた。
従者たちを連れて情報収集に向かい、別行動していた彼は、意外なものを連れていた。逃げたはずのハリールだ。
「ハリール!?」
ガーゴイルの背中にうつ伏せになったハリールに気付いた舞香は目を瞠り、名を呼ぶが、ハリールは気絶しているらしくぴくりとも反応しない。
「戻る途中、遭遇しましたので捕縛しました」
広目天王が淡々と報告する。しかし今の玄秀にはとてもじゃないがそのことを喜ぶほど気持ちに余裕はなかった。
「行くぞ」