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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第2回/全3回)

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鏡の国の戦争 14


「次来るぞ、遠距離砲撃用意! 回避行動を取りつつ、撃ちまくれ! マクベスは前進! 装甲を生かして前衛に立つ!」
 相沢 洋(あいざわ・ひろし)は砲撃の音をBGMに覇王・マクベスを前進させていく。
「ノルトとの通信、回復しました」
 乃木坂 みと(のぎさか・みと)は、ノイズの激しい通信から言葉を聞き取ろうと集中する。通信はこの機体だけに当てたものではなく、新星の部隊に送られたもののようだ。こちらから問いかけても返答は望めない。
「それで、どうなった?」
 洋は目の前のレッドラインと互いに盾で押し合いながら尋ねる。パワーはこちらが上だ。盾を強引に横に払いのけ、20ミリバルカンを動かなくなるまで撃ち込む。
「機体の損傷はかなり激しく、これ以上の経戦は望めないと」
「無茶な事を、敵の矢面に立つ旗艦があるか。下がって修理と補給を受けるんだな」
「はい、そのようです」
「了解した」
 コームラント隊の支援を受けながら、マクベスは確実に敵を倒していく。飛び掛ってくるのは後方のコームラントに任せ、狙いを絞り、一つ一つ丁寧に撃破していた。
 堅実な戦い方のおかげで、マクベスも後方のコームラント隊もほとんど損傷は無い。
「あとどれぐらい戦い続けるんでしょうか」
「命令が下るまでだ」

「もう少しもう少し、っと、かかった!」
 相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)はビルの隙間から、レッドラインが小型空中機雷に自ら向かい、爆発に巻き込まれるのを確認した。
 小型空中機雷の下には、どこかの誰かが使っていたクェイルが転がっていた。このクェイルは比較的損傷が少なかった。レッドラインを引き込む餌と、機体を敵に渡さないための機密保持のために、機雷を設置していたのである。
「あいつら間抜けで助かるぜ……っても、全部処理すんのは無理だよな、どーすんだよこれ」
 小型飛空艇アルバトロスでざっと見て回っただけでも、破壊されたりパイロットがびびって逃げ出したりして放置されたイコンは十数機はある。それら全てを爆破していくには、持ち込んだ小型空中機雷では足りないだろう。国連軍の弾薬庫に、こんな便利なものはないので補充も利かない。
 普通の火薬でイコンを破壊できる量を用意するのは、難しい。
「ま、できる範囲でやりゃいいか。無理な事は無理だもんね」
 現状は、洋も理解しているはずだ。今重要なのは、レッドラインの足を止める事だ。その為に、散らばるイコンの残骸はこのまま餌として活躍してもらう方がいい。
「よし、次は―――」
 パーツの揃っている機体の方が餌としては上質だ。見渡して、それっぽいのを探していると、小型空中機雷の爆煙が、中に居るレッドラインの腕によって振り払われた。
「げ、まだ生きてやがんのかよ」
 レッドラインは真っ直ぐに洋孝に向かって手を伸ばす。回避しきれるか、反応がおくれたせいでギリギリだ。
「のわっ」
 洋孝の口から漏れた声の原因は、レッドラインの手ではなく、彼の横を通り抜けていったヴォルケーノミサイルだ。レッドラインの足を止めるのが精々の威力だが、機雷を直撃し半死半生になっていたレッドラインには致命傷となった。伸ばしていた手は何もつかめずに、地面にへと落ちる。
「敵機の完全撃破を確認しました。以上」
 エリス・フレイムハート(えりす・ふれいむはーと)の操る小型飛空艇ヴォルケーノのミサイルの発射口からは、煙が昇っていた。
「ふぅ、間一髪だったじゃん」
「敵を撃破の確認を怠るのはいけません、今回は助けに入れましたが、今後の保障はできかねます。以上」
「わかってるよ。ただちょっと、油断しただけだって」
 小型空中機雷はレッドラインが無防備なところに当たる。装甲を盾に依存している彼らは、これで十分致命傷になっていた。今回のは勘がよかったか、あるいは個体差で少し硬かったのだろう。どちらにせよ、珍しい事態であるのは確かだった。
「一瞬の油断が命取りです。以上」
「はいはい、僕が悪かったっての。けど、助かったよ、さんきゅーな」
「当然の事をしたまでです。以上」

「相沢少尉、聞こえますか?」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は通信機を手に、遠くない場所で戦うマクベスを見上げながら声をかけた。
「聞こえています」
「いくつか、確認できました」
「確認という事は、アナザー・コリマの件ですね」
「ええ」
 イコン部隊が半壊し、敵の勢力を押し留め続ける現状の原因を洗い出すといくつも浮かび上がるが、その中でも一番の問題は指揮官であるアナザー・コリマの身に何かがあったという事件だ。
 その曖昧な表現は、詳細な情報が伝達されていないことを示している。結果、司令部は一時大混乱に陥った。
 司令部は素早くこのニュースが広まるのを阻止したが、結果情報の行き来に齟齬を生じ、全体の連携は軋んでしまった。ゆかりは状況を確認すると共に、この戦いにおける自分達の役割を果たすために行動を開始した。
「ひとまず、死亡ではありません。どうやら、斥候部隊の弓にやられたらしいのです。傷は肩か腕か、致命傷になるような場所ではなかったのは確かですね」
「となると……毒、ですか」
 弓という単語で洋は気付いたようだ。
「その可能性が高いです。裏椿少尉に解毒の技を使えるものを呼ぶように、と伝えました。ですが、この戦場を指揮はほぼ不可能でしょう」
 アナザー・コリマはこれまで、奇抜な戦略や奇策で敵を翻弄するようなことはしていない。だが、その風貌と落ち着いた身のこなし、少ない護衛で前線まで進む度胸、そういった部分で兵士達の信頼を得ていた。どこか人間場慣れした雰囲気で、兵の精神を支えていたのである。
 その柱が折れるというのは、まずい。オリジンの出身者はともかく、この戦場の多数はアナザーの兵なのだ。
 ただでさえ、慣れないイコンに振り回されてのこの状況だ。総崩れも、ありえない未来ではない。
「こっち、来るなぁ!」
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)のファイアストームが、狭い路地を満たす。炎にあぶられたゴブリンの群れはすぐに倒れた。
「げっ」
 魔力のこもったファイアストームの壁は、ダエーヴァの怪物にとってほぼ鉄壁だ。だが、その炎に自ら突っ込むものがいた。装甲車だ、それも、怪物化していない。
「使い分けるっていうの? ごめん、カーリー、これ以上抑え切れないかも!」
 速度を落とす様子の無い装甲車の進路から回避し、すれ違いざまに天のいかづちを撃ち込む。装甲車は電撃を受けてハンドルが乱れたのか、そのまま近くに瓦礫に突っ込んだ。
 その中から、ワーウルフが三体、飛び出してくる。
「これ以上、持ち堪えるのは厳しいかもしれません。一旦通信を切ります」
 通信を打ち切り、ゆかりは敵部隊に向かう。ワーウルフは危険な固体だが、それ以上に敵の動きが気にかかる。少数で突撃してなんとかする、なんて方法を使ってくる相手だったら、ここまで苦労はしてないはずだ。
「上です!」
 廃マンションの中腹に敵影を確認する。
「……後退します、殿は私とマリエッタが引き受けます。室内にいるのなら、こちらを追うのに時間がかかるはずです。十分猶予はあります」
 敵の数はこちらの三倍、いや四倍は確実だ。
 怪物達に対して魔力を用いて優位に戦えるぶん、契約者は彼らにとっても早く倒したい相手だ。そのぶん戦力を集中してきる―――集中できるだけの余裕が、既に彼らにはあるのだ。
「もう少し、頑張りましょう」
「カーリーと一緒なら大丈夫って、あたし知ってるから、平気だよ」
「ええ、誰一人欠けさせるものですか」


 ベルリヒンゲンが警告を発している。ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)はあがり続ける周辺の気温に呆れた様子で、
「ここは一体どこだか忘れそうになるな」
 そうぼやいた。見上げると、炎でできた花がいくつも形勢されている。以前の報告にあった、ダルウィのものだろう。周囲の気温は八十度を越えて、まだ上昇し続けている。
「これでは、パワードスーツももたないだろうな。任務を早く済ませよう」
「ええ」
 後方の装甲兵員輸送車にいる八上 麻衣(やがみ・まい)が無線機越しに答える。
「反応はすぐ近くよ」
「わかった、探索する」
 この地点は、かなり敵の本陣に近い。最初は、こちらの防衛ラインの最前線だったが、押し込まれた結果だ。
 赤い花から火の粉が粉雪のように降り注ぐ中、ケーニッヒは注意深く周囲を探索する。この環境では化け物も動けないらしく、倒れて動かないゴブリンの姿が散見された。
 ケーニッヒは間もなく目標を発見した。エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だ。熱した鉄板のようになったアスファルトに倒れこんでいる。
「発見した、回収する」
 近づき体を起こそうとすると、彼がそこらの車から剥ぎ取ったらしいシートを引いているのが確認できた。おかげで、皮膚は焼け爛れてはいない。
「意識はあるか」
 体を起こし、声をかける。エヴァルトの目はうっすらと開いた。
「あ……」
「意識は確認できた。返事はいい、今より―――」
「急いで帰る事もあるまい、せっかく場が整っているのだ」
 二人に影を落としたのは、腕を組んだダルウィだった。
 ケーニッヒは咄嗟に大きく飛んだ。二人のいた場所に、ダルウィーの斧が叩きつけられる。コンクリートは砕け、小さな破片を撒き散らす。普段な気にしないゴミも、この状況では高温の凶器だ。ベルリヒンゲンの装甲で防ぐ。
「随分探し回ったのだが、そちらはもう限界のようだな。その鎧はただの鎧ではないようだが、果たしてどれだけ耐えられるかな」
 ダルウィの金色の鎧は、周囲の炎を反射して赤く輝いていた。
 同じ司令級の扱いを受けているものの、ザリスとダルウィは全くの別物である。ザリスはこのような派手な振る舞いはせず、その個々の能力の上限は低い。一方のダルウィは、単騎で軍を相手にするように作られているかのようだ。
 ダルウィは自分の周囲に熱をばら撒き、自身の血液さえも熱源とし、人間や兵器が稼動できない環境を作り出す。あの炎の花も、何かを壊すためにあるのではなく、熱をばら撒くというのが本来の使い方なのだ。
 ―――彼が率いていた騎馬は、自分の戦闘範囲から素早く離脱できる足が必要なため、またその機動力と突進力で敵をその範囲に押し込むのを目的としていると推測できる。
 羅団長補佐は、空港での戦いからそう推測していた。
「全く、お手柄だな」
 この灼熱地獄は、ダルウィを中心として展開され、その脅威は対する敵だけではなく、彼ら怪物にも及ぶ。どのような戦闘を展開していたのか、ケーニッヒにはわからないが、ここにダルウィを足止めし、かつこの状況を作らせるまで粘ったエヴァルトの行動は、大きな価値があるのは間違いなかった。
 もしあの化け物が、単騎で突入してきてこの陣を組み立てていたならば、状況はもっと悪い方に、最悪既に決着が付いていた可能性すらある。
「何か言ったか?」
「こちらの話だ。それと、一つ言っておかなければならない事があるんだが、言ってもいいかな?」
「構わん、言ってみろ」
 ケーニッヒは視線をダルウィではなく、表示されているレーダーに向けた。視線を悟られないというのは、地味だが便利な利点である。
「貴様に付き合う暇はこちらには無いのだ、遊びたいなら一人でやっているがいい」
「煙幕、今よ」
 配置が完了した、二機のパワードスーツ隊が、一斉に煙幕弾を放つ。同時に、最大速度でケーニッヒはこの場を離脱した。少しの間追ってくる気配があったが、それもすぐに途切れた。
 ダルウィは、待つか単騎突入かのどちらかに行動を徹しているのだろう。
 灼熱地獄から脱し、装甲兵員輸送車で麻衣と合流する。すぐに車を出し、後方へと撤退していった。
 エヴァルトは水をもらい、体を冷やしてもらい少し回復した。まだ、頭の中の熱はまだ篭っていて朦朧としている部分はあったが、麻衣に向かって尋ねた。
「あいつら、は?」
 それが何を指すのか、麻衣は判断に少し迷った。国連軍から借り受けている兵士の事だと思い至った時、それが表情に出てしまった。
「俺達が探索した範囲は狭いが、そこに人間の姿は見つけられなかった。希望を持たせるつもりで言うわけではない。それが、我々の知りうる全てだ」
 麻衣に応急手当をさせるために運転を変わったケーニッヒがそう答えた。
「悪い……少し、やすむ」
「好きにするといい。乗り心地は保障しないがな」
 前輪が瓦礫を踏んで、車体が大きく揺れる。